雫石鉄也の
とつぜんブログ
キヨモリの鍵
危機は芦屋川を越えた。トクガワ・ミナモト軍の一部は神戸市東部に進入した。ホンダ・ヘイハチロー率いるトクガワ先遣隊本隊は尼崎まで来ている。彼らは巨大兵器オダイバ・ガンダムを押し立てて、武庫川を渡ろうとしている。
神戸は、トヨトミ・タイラの最後の砦だ。神戸がトクガワ・ミナモトの手に落ちれば、西国のモウリはトクガワ・ミナモトの陣営に入る。それは日本全域がトクガワ・ミナモトの支配下になるということだ。冷酷な独裁者イエヤスの治世となり人民は塗炭の苦しみを味わうのは必定。
希望はある。神戸市はまだ、民主的なトヨトミ・タイラの勢力圏にあった。
大阪湾に入った。トヨトミ・タイラの虎の子「チヌ」は潜望鏡深度まで浮上し上陸予定地まで進む。
「チヌ」はかっては旧日本国海上自衛隊所属の潜水艦で「あきしお」と呼ばれていた。戦闘艦としては、歳がいきすぎているため、引退したが、輸送艦としては、まだまだ役に立つ。旧日本政府より無償提供を受け、主要な乗員も元海上自衛隊員だ。
チヌ。関西では黒鯛のことをこう呼ぶ。大阪湾には黒鯛がたくさん生息する。古くから大阪湾は「チヌの海」と呼ばれた。
トヨトミ・タイラ海軍部―といっても所属艦船はチヌ一隻だけだが―、の主戦場―といっても一カ所だけだが―、である大阪湾にちなんで名付けられた艦名だ。
艦長は潜望鏡を九〇度左に向けた。
「六甲アイランドに敵の姿は認められない。ようそろう。微速前進」
潜望鏡を少し上げる。六甲連山が黒く横たわっている。新月の夜だ。山腹のところどころに灯が見える。
「OKだ。予定通り深江に上陸できるぞ」
艦長が潜望鏡から目を離して、副長にいった。
「アツモリを呼んできます」
「頼む」
副長といっしょに五人の男がブリッジに入ってきた。そのうちの一人がいった。
「十分後出る。艦長ゴムボートを用意してくれ」
若い。まだ二十代前半だろう。十代の少年といってもいい。その若い男が艦長に命令している。人に命令するのが慣れているようだ。「浮上する。副長、ゴムボートを二つ甲板にだしてくれ」艦長がいった。
漆黒の海面が泡だった。墨一面のキャンバスに白い斑点が散らばった。斑点の群れを割って大きな長い鉄の塊が海中より現れた。
ハッチが開いた。アツモリたちが甲板に出てきた。二人と三人に別れてゴムボートに乗り込む。二人乗りが先、三人乗りが後。アツモリは後ろにボートに乗った。先のボートの一人は二メートル近い巨人だ。
「行くぞセイカイ」アツモリが巨人に声をかけた。二つのボートの船外機が稼働し始めた。「艦長。世話になった」
アツモリが先に敬礼した。
「成功を祈る」
深夜の海を北に進む。左側に黒い陸が見える。六甲アイランドだ。行き先の陸地は深江浜の埋め立て地。この両方ともに敵はいないことになっている。
深江浜の目前まで来た。海面から二メートルほど上がらないと地上に出られない。
アツモリが時計を見る。
「時間だ。セイカイ合図を」
セイカイが懐中電灯を点灯して立ち上がった。
「いや、待てセイカイ。懐中電灯をそのままそこに置いて、お前ら二人こっちに乗り移れ」
五人が一艘のゴムボートに乗った。沈みそうになる。二艘のゴムボートの距離が離れた。暗い水面に、セイカイが残した懐中電灯が、無人のゴムボートで蛍のように光っている。 突然、カタカタカタカタ。削岩機のような音がした。無人のゴムボートの周辺で激しく水しぶきが上がった。
「撃つな」
アツモリが小さな声でいった。
「やつらはこっちに気がついてない。ゆっくり岸壁に近づけろ」
五人を乗せたゴムボートは岸壁にぴったり接岸した。
「どうします」
セイカイがアツモリに聞く。
「味方がもうすぐ来るはずだ。コスケ泳いで向こう側から上がって、合図してくれ」
小柄な男が、そっと海に入り静かに泳ぎだした。ゴムボートとは反対側に行った。イカリ型フックがついたロープを投げる。フックがコンクリートに当たるカチッという音が聞こえる。そのままそこで待つ。
だいじょうぶだ。敵は気づいてない。上に上がる。敵は海面をライトで照らし始めた。アツモリたちが見つかるのも時間の問題だ。 コスケは時計を見る。もう来るはずだ。あいつらが来ないと、ここで釘づけになってしまう。時間の余裕はない。早急に「キヨモリの鍵」を手に入れなければ、ここ神戸も悪らつなトクガワ・ミナモトの手に落ちる。
バイクの音がする。複数のバイクが猛スピードで近づいてくる。銃撃の音。海面を照らしていた光が消えた。
地面に伏していたコスケは顔を上げ、バイクの方を見た。ヘッドライトの色。オレンジ、黄色、青の三色。間違いない。あいつらだ。銃撃の音が止んだ。海面に向かってライトを三度点滅した。
ロープが四本飛んで来る。アツモリたち四人が上がってきた。コスケと合流する。
皮のツナギにヘルメットの巨漢の男がやって来た。顔じゅうヒゲだらけ。後ろに四人従えている。
「マタベイか」
地上に上がってきたアツモリが巨漢に問う。
「アツモリか」
「車は」
「用意した」
「五人乗りか」
「もちろん。チューンナップしてあるから馬力が出る。道具も一通りトランクに積んである」
「どの道がいい?」
「山手幹線が適当と思われる」
「思われる?」
「未確認だ。偵察に出ると、今日、お前たちが来ることが疑われる」
アツモリたちが上陸したここは神戸は東灘区深江浜の埋立地。目的地はここより西に一〇キロほど。神戸市兵庫区切戸町。神戸市内を東灘から西へ車で移動しようと思えば、三本のルートがある。南から、国道四三号線。国道二号線。山手幹線。一番大きな道路は四三号線だ。
「ミナモトの連中はみんな殺ったか」
「八人いた。八人全員頭に穴を開けてやった」
アツモリたち五人が車に乗り込んだ。ハンドルはコスケが握る。アツモリは助手席に座る。
阪神高速五号線の下をくぐる。左に廃墟となった中央卸売市場東部市場が見える。深江大橋を渡る。埋立地を離れて本土に入った。ここからはトクガワ・ミナモトの支配地域となる。
アツモリたちが侵入したことは、奴らには知られていないはずだ。さっきの八人は深江浜埋立地の警備要員だろう。マタベイは八人が連絡を取る前に全員殺害している。奴らが気づくまで少しは時間がかかる。それまで、できるだけ距離をかせごう。ともかく、一刻も早く「キヨモリの鍵」を手にねばならない。
国道四三号線だ。頭上を阪神高速三号線が走っている。この二本の道路は二階建てとなっており、地上が四三号線、高架が阪神高速だ。
神戸市東部を貫く三本の道路のうち、一番巾が広い四三号線は灘区で二号線と合流する。山手幹線はその名のとおり、一番山側を通る。
四三号線は最も南。目的地から一番遠いルートだ。この路線を行くなら、ここで左に曲がらなければならない。アツモリたちはそのまま北へ走った。
阪神電車の踏切を渡る。そのまま真っ直ぐ。正面に赤鳥居が見える。赤鳥居の前の道が二号線だ。
二号線を横断した。赤鳥居をくぐるとすぐJRの線路。高架になっている。
JRのガードが目前。
「曲がれ。左だ」
アツモリが運転しているコスケに命じた。ガードの直前で急カーブ。
ガードが爆発した。砕石が車の天井に当たってカンカンと派手な音をたてる。銃撃の音が追ってくる。線路沿いに走る。またガードが見える。今度は大きなガードだ。片側二車線の道が線路の下を通っている。
「ガードをくぐるな。南へ走れ。」
敵は唐突に現れた。アツモリには気配が読めていたのか。北からガードをくぐって七台走ってきた。南からも三台。挟み撃ちになった。
右手に小学校がある。正門が見える。門があいている。廃校になったようだ。
「あの学校に入れ」
車はドリフトしながら車首を西に向けた。門を通った。すぐ校舎。校舎を抜けて運動場に入る。
「止まれ」
校庭の一番西の端で車を停めた。正門が正面に見える。車が通れる門は正門しかない。北と西にも門は有るが、車は通れない。学校に閉じ込められた。門から敵が入ってこない。警戒しているようだ。門は一台づつしか通れない。
「セイカイ。トランクを見てくれバズーカでもないか」
あった。セイカイがバズーカ砲の狙いを正門に向ける。
「どうする」
セイカイがアツモリに問う。
「しかたがない。もう一度あいつらの手を借りよう」アツモリは電話をかけた。
突然、一台が校庭に飛び込んできた。
「セイカイ撃つな。コスケ、ドライバーを撃て」
コスケが拳銃を撃つ。フロントガラスを貫通して、敵の頭に命中した。敵の車は横倒しになった。
「全員射殺」
倒れた車から一人はい出してきた。そいつの頭もコスケが吹き飛ばす。拳銃を構えたまま車に近づく。車内にあと二人残っていた。その二人のとどめも刺す。
正門は1台しか通れない。不用意にくぐるとどうなるか、敵は判ったはずだ。正門から、こちらは出られない。敵は入れない。
東の方から数台のバイクの音が聞こえてきた。銃撃戦になったようだ。
「セイカイ西門を撃て」
バズーカ砲を撃つ。二発。門の左右に撃ち込む。ブロック塀が崩れて車一台通れるスペースが開いた。
「まだ出すな。セイカイ、リアシートに座ってバズーカを構えておけ」
セイカイがリアシートに後ろ向きに座って、窓ガラスをたたき割った。バズーカの筒先を車の後ろに突き出す。
東の正門から一台侵入してきた。
「撃つな。出せ」
一瞬、後ろのタイヤが白煙を上げた。キュとタイヤが地面を噛む。何かに蹴飛ばされたように車が前に出た。真っ直ぐ西門に向かう。
西門を通り抜けた。一呼吸あとに敵が西門にさしかかる。
「撃て」
セイカイがバズーカ砲を撃った。西門をくぐり抜けかけている敵に着弾。残骸が門をふさいだ。これで、しばらくは敵を足止めにできる。
一台のバイクが寄ってきた。マタベイだ
「恩に着る」
「車での移動は無理だ。道路はトクガワ配下のオオクボの手の者に押さえられた。電車で行け。JRはまだチョウソカベの支配下にある。摂津本山の駅から乗れ」
車を摂津本山駅の南側に着けた。五人が車から降りた。銃声。ロクロウとカマノスケが倒れた。
「ロクロウ、カマノスケ」アツモリが二人に駆け寄ろうとする。
「いかん、われらにかまわず行ってくだされアツモリさま」
ロクロウが肩で息をしながらいった。腹を手で押さえている。そこからは血がとめどなく流れ出す。カマノスケは即死したようだ。「ここはオレがなんとかする。セイカイ、アツモリさまを頼む」
コスケが二人を自分の背後に押しやった。「コスケ」
「早く行け」
「さ、アツモリさま。電車が来る。電車にはユキムラさまとサイゾーが乗っております」
セイカイに背中を押されながらホームに駆け上がる。
「待っていたぞ」
ホームには隻眼の男が剣を抜いて立っている。
「ヤギュウ・ジュウベイ推参」
「どけ。頭を砕くぞ」
セイカイが金砕棒を、ブンと振った。
「お待ちくだされセイカイどの。ジュウベイの相手は私が」
忍者装束の少年が現れた。
「おぬし、確か服部半蔵配下の・・」
「影丸。伊賀の影丸」
「トクガワの禄をはんでいるおぬしがなぜ、トヨトミ・タイラの味方をする」
「確かにオレはトクガワの隠密をしていた。しかし、オレの実の父親は神戸出身の横山光輝だ。そんなオレがタイラに敵対できない」「なんでもいい。トクガワに仇なす者は斬る」 ジュウベイは裂帛の気合いで影丸に斬りかかった。影丸、紙一重の見切りでジュウベイの切っ先をかわした。
「電車が来る。さ、お二方早く」
「かってはさせぬ」
ジュウベイ、アツモリに斬りかかる。チャリン。ジュウベイの刃はセイカイの金砕棒に当たった。火花が散る。
電車が止まった。ドアが開く。車内からジュウベイめがけて手裏剣が飛ぶ。ジュウベイ、刀で手裏剣を振り払う。
「アツモリさま。早く車内へ」
「サイゾー頼む」
コスケにいわれてアツモリとセイカイの背中を押してサイゾーが電車に乗り込む。
「待て。逃さぬ」
ジュウベイが動く。
影丸が飛ぶ。ジュウベイと電車の間に着地した。影丸の懐から木の葉が流れ出した。風に乗ってジュウベイの方に舞いよる。
「う、なんだ」
ジュウベイがヒザを付いた。
「忍法木の葉がくれ」
そう叫ぶと影丸の姿が消えた。アツモリとセイカイを乗せた電車が発車した。
「お待ちもうしておりました。アツモリさま。拙者サナダ・ユキムラと申します」
中年の男が片膝をついてあいさつした。
「この者はサイゾウです」
「そなたが高名なユキムラか」
「はい。トヨトミ家恩顧の者にござる」
「拙者はタイラだ」
「タイラはミナモトとは不倶戴天の敵どおし。ミナモトはトクガワの盟友。われらトヨトミとトクガワも不倶戴天の敵にござる。われら、なんとしてもアツモリさまに『キヨモリの鍵』を手に入れてもらいとうござる」
「その『キヨモリの鍵』はどこにある。兵庫区の切戸に行けとだけ聞いた」
「兵庫区の切戸にはキヨモリ公の供養塔がござる。『鍵』はそこにあります。すでに私の手の者をやっております」
サイゾーがそこを離れて電車の運転席についた。電車を発車させる。急加速する。あっという間に住吉を通過した。
「三ノ宮で降りてくだされ。そこから西はミナモトのヨシツネが押さえてござる」
三ノ宮に着いた。三ノ宮駅のホームの西の端から見ると、線路上にバリケードが築かれている。電車はそれ以上西には行けない。
「JR、阪神、阪急、地上を走る鉄道はすべてヨシツネの手の者の支配下にあります」
「では国道2号線を走るか」
「道路はミナモトに派遣されたトクガワのイイがおります」
「では、どこを通って兵庫区の切戸へ行けばいい」
「神戸市営地下鉄海岸線だけは、イシダミツナリさまがおさえてござる」
「なにイシダは関ヶ原で負けて六条河原で斬首されたのではないか」
「あれは影武者。ミツナリさまはタイラがフクハラの屋敷の奥でかくまっておりました」
アツモリとセイカイが電車から降りる。
「ではアツモリさま。地下街へ行きなされ。地下街の入り口付近でさる高貴なお方が待っておられる。そのお方とお会いなさるのが先決です」
「お前はどうする。ユキムラ」
「ホンダ隊が武庫川を越えて西宮へ入りました。オダイバ・ガンダムの威力はすさまじく、西宮を守るマエダ・カトウ・クロダの面々は苦戦しております。拙者も援軍にかけつけます」
「そうか。では」
アツモリはJR三ノ宮の西の改札を出た。そこのすぐ上が神戸交通センタービルだ。そのビルの地下に降りると神戸三宮の地下街さんちかだ。
アツモリとセイカイは交通センタービルの一階にでた。その時、背後に殺気を感じた。凄まじい殺気だ。
阪急三宮駅の方から巨大な影が現れた。人間だ。二メートルを超す大男が声をかけてきた。
「待たれい。タイラのアツモリさまとお見受けする」
僧だ。ものすごい巨漢の僧だ。
「いかにもみどもはアツモリだ」
「そちらのお方は、ミヨシ・セイカイどのか」
「いかにも」
「拙僧はムサシボウ・ベンケイ。ヨシツネさまの命で、ここでそなたたちを待っておった。ここから先は通さぬ。タジマどのでられい」
センタービルの南側を国道二号線が走っている。その二号線の方から初老の男が階段を上がってきた。小柄な男だ。小柄だが周囲を圧する威圧感がある。
「拙者、将軍家指南役ヤギュウ・タジマ。せがれジュウベイは影丸ごときに手を取られておるが、新陰流宗家の拙者は簡単にはいかんぞ」
「どけいタジマ」
「仏におうては仏を斬り、鬼におうては鬼を斬る。トクガワにあだなす者は拙者が斬る。この妖刀村正もトヨトミ・タイラの血を欲しておるわ」
アツモリとセイカイはベンケイとタジマに挟まれた。
「ベンケイは私が止めます。アツモリさまはなんとか地下へ」
そういうとセイカイは金砕棒をぶんと振った。三〇キロはある太い鉄の棒だ。イボイボの付いたその鉄棒が頭に当たれば、頭は木っ葉微塵だ。ベンケイは手に持った巨大な長刀でガシッと金砕棒を受けた。金砕棒はベンケイの顔の寸前で止まった。
ベンケイの長刀がじわりと動く。刃がセイカイのほほに触れる。セイカイのほほから血がにじむ。
二メートル前後の二人の巨人が満身の力をこめて押しあっている。金砕棒と長刀。金属の塊がこすれ合う。ギギギギ。
互角だ。ベンケイはセイカイを倒して、さらにアツモリを倒さなくてはならない。セイカイはベンケイを倒しタジマを倒さなければならない。アツモリもタイラでは指折りの剣豪だが、タジマは強敵だ。セイカイは背後にアツモリが気になる。一刻も早くアツモリを地下へ行かさなくては。一瞬、スキができた。
デェヤア。ベンケイは長刀を押した。セイカイの金砕棒がわずかに下がった。長刀が斜め上に閃いた。血飛沫が飛んだ。ドサッ。何かが落ちた。次ぎにガン、金属の重量物が落ちる音。切断されたセイカイの片腕が落ちた。金砕棒が床に転がった。
「セイカイ」
アツモリが振り向いて見たセイカイには、右腕と首がついてなかった。首がないセイカイはその場に仁王立ちしている。
前にヤギュウ・タジマ、後ろにベンケイ。タイラ・アツモリ絶体絶命。
その時、紫色の霧が周囲に立ちこめた。霧が薄くなると、ボーと人影が現れた。若い男だ。少年といっていい。切支丹伴天連のいでたちをしている。太刀を抜いてアツモリの前に出た。
「アツモリどの。お行きなされ」
「あなたは?」
「私はアマクサ・シロウ。トクガワを絶対に許すことができないのです」
「あなた一人で二人を」
「心配ご無用。エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。我は求め訴えたり。トクガワに怨みある者、いま、ここに蘇るがいい」
また紫の霧が出る。三人の男が現れた。一人は青白い顔の総髪の男。一人はベンケイに負けぬ大男。長い槍を持っている。いま一人は中肉中背の男。ぞろりと太刀を抜いた。
「拙者、ユイ・ショウセツ。トクガワに遺恨ありしはアマクサどのと同じ」
「同じくマルバシ・チュウヤ」
「カナイ・ハンベイ」
「ここは我らに任せて。行きなされアツモリどの」
ショウセツがアツモリの背中を押した。
「待ていアツモリ」
タジマが前に出た。そのタジマの鼻先に槍の穂先が突き出た。タジマは村正でかろうじて槍を払いのける。
「にっくきトクガワの飼い犬め。串刺しにしてくれるわ」
マルバシがぶうんと槍を回転させた。長大な槍が空気との摩擦できな臭い臭いがする。さすがのヤギュウ・タジマも一瞬ひるんだ。そのスキにアツモリは地下へと向かうエスカレーターに駆け込んだ。全速力で走り降りる。 地下へ降りた。正面にガラス張りのサテライトスタジオがある。内側のカーテンが開いた。女性が一人現れた。
「まちゃれ。アツモリどの」
「あなたは」
「わらわはヨド。これからいうことをよく聞くのじゃ」
中年の女性だ。美しい。異様に強靱な眼力でアツモリを見ている。
「このさんちかのつきあたりに神戸市営地下鉄海岸線の三宮・花時計前駅がある。そこから電車に乗るのじゃ」
「はい」
「中央市場前で降りよ。そこにイシダの手の者が待っておる。その者から鍵を受け取るのじゃ」
「わかりました」
「このさんちかは五〇メートルほどの地下街じゃ。短いと思うでない。心して行くのじゃ」「その鍵が『キヨモリの鍵』ですね」
「そうじゃ。ヘイケ再興を切望するキヨモリ公の思念がこもった鍵じゃ。また、キヨモリ公だけではない、トヨトミの永続を願いつつ亡くなった太閤殿下の思念も入っておる」
「わかりました。なんとしても『キヨモリの鍵』を手にいれます」
「頼みましたぞ。なんとしてもトクガワ・ミナモト連合を倒すのじゃ」
そういうとヨドは消えた。
神戸の地下。さんちか商店街がアツモリの目の前にある。突き当たりが地下鉄の駅だ。
「サナダどのの連絡はまだか」
「いま、ありました」
「で、なんと」
「アツモリさまは三宮に無事到着されたとのこでございまする」
「そうか。で、サナダどのは」
「ただちに応援に向かうとのことでございます」
家臣からの報告を受けたマエダ・トシイエの上に黒い影がかかった。
オダイバ・ガンダムがそそり立っている。全長18メートルの巨大な二足歩行有人人型兵器、機甲龍騎兵。それがオダイバ・ガンダムだ。操縦者はトクガワ軍きっての猛将ホンダ・ヘイハチロウ。
オダイバ・ガンダムを先頭に、ホンダ、イイ、キソ、サカイといってトクガワ・ミナモト政府軍の精鋭が押し寄せている。
トヨトミ・タイラ連合の防衛線はずるずると西に押しやられ、とうとう武庫川を突破されてしまった。
マエダ、カトウ、クロダの軍勢は聖地コウシエンを背に布陣している。
聖地コウシエン。それはトヨトミ・タイラ連合の最後の砦だ。ここを破られれば、トクガワ・ミナモト本隊は一気に神戸まで進撃。先に侵入している最強切り込み軍ミナモト・ヨシツネ隊と合流。そうなると神戸だけではなく兵庫の制圧は容易い。あとは西日本を統治する、長州のモウリと九州は薩摩のシマズがトクガワ・ミナモトの軍門に下るのは時間の問題だ。
なんとしても、ここコウシエンでガンダムをくい止めなければならない。幸いいまはガンダムは動きを止めている。機甲龍騎兵は操縦者の脳波にシンクロして動く。ガンダムはホンダの脳波で動くように設定されている。ホンダ以外の人間ではガンダムは動かせない。別の操縦者向けに設定し直すには最低二四時間かかる。
「ガンダムの動きが止まったな」
「どうやらダンゾウが成功したようです」
マエダは忍者カトウ・ダンゾウを敵陣営に忍び込ませている。そのダンゾウがホンダ・ヘイハチロウを暗殺か、あるいはオダイバ・ガンダムを操縦できない状態にしたのだろう。
「ガンダム以外にトクガワ軍に機甲龍騎兵はあるか」
トシイエが家臣に問うた。
「ダンゾウからの報告によれば三体あるとのことです」
「ワダを呼べ」
家臣がコウシエンに走る。ツタがおおった壁面の中から縦縞の作業服の男が家臣とともに出てきた。
「トラ部隊で何体の機甲龍騎兵が動かせる」「三体です」
その時、ガンダムの背後から三体の巨人が姿を現した。身長五メートルの巨人だ。
「あれは?」
「ナガシマ、オー、エガワ。トクガワ軍の最新鋭の機甲龍騎兵です」
「やつら、あの三体で仕掛けている間に時間を稼いで、ガンダムの設定を変更するつもりだ」
「そのようです。アツモリさまが『キヨモリの鍵』を手に入れるまで、なんとしてもこの防衛線を死守しなければなりません」
「判っておる。ワダ、ただちにトラ部隊の機甲龍騎兵を出動させろ」
「御意」
ワダが手を挙げた。ツタのからまったコウシエンの大扉があいた。ギギギギギ。ヌッと、三体の機甲龍騎兵が出てきた。
バース、フジムラ、キュウジ。トラ部隊の、それこそトラの子である。
三体のうち、一番小柄なキュウジが前に出た。
ズコン。キュウジの腕の先から火球が飛び出した。ズウウウーン。火の玉が飛ぶ。ガゴーン。その火の玉がナガシマを襲う。キュウジの手を離れナガシマの胸板に着弾するまで一瞬であった。ナガシマの背中から火の玉が出た。煙が晴れるとナガシマの胸に大穴が開いていて、後ろにいるオーやエガワの姿がかいま見える。
勝負は一瞬でついた。しょせんナガシマはキュウジの敵ではなかった。ガラガラガラ。崩れ落ちるようにナガシマは倒れた。
瓦礫と化したナガシマの残骸を足でどけながらエガワが前に出てきた。エガワの肩口に穴が開いた。開口部から小型ミサイルが射出された。
ミサイルがフジムラを襲う。フジムラ長大な超高周波振動棒を振る。ミサイルを打ち返した。ミサイルはエガワの顔面部の横に装着されたパラボラアンテナを吹き飛ばして飛び去った。
バースがサンカン砲を発射した。砲弾がオーを襲う。オー、足を一本上げてよける。
地下鉄海岸線三宮・花時計前駅は見えている。一気に走りぬこう。アツモリはそう思った。足を踏み出した。
「待てい」阪神電車三宮駅側から、武者が一人出てきた。
「ヘイケの公達とお見受けもうす」
中年の実直そうな武者だ。
「拙者、クマガイ・ナオザネ。お手前はどなたかな」
「名乗るつもりはない。急ぐのでごめん」
そう応えたアツモリの顔を見てナオザネは、ハッとした。
「見れば息子ナオイエと同じぐらいの歳の若武者。不憫じゃが首を申し受ける」
そういうとナオザネがアツモリに組み付いてきた。ヘッドロックでアツモリの首を極める。鎧通しを抜いて首を斬ろうとする。
ナオザネの両足が床から浮いた。弓なりに身体を反らしたアツモリはナオザネをかかえたまま後ろに倒れた。バックドロップ。ルー・テーズばりの「ヘソで投げる」バックドロップだ。
ガグン。ナオザネの後頭部が床に激突した。むくむく。ナオザネが起きあがった。
「なかなか見事な裏投げでござる」
アツモリは驚愕した。ナオザネは後頭部を強打したはずだ。
ぶるんぶるん。ナオザネが首を振る。小さなナットが一個耳の穴からこぼれ落ちた。
「これは失礼。拙者、メンテナンスを怠っておりましたな。基盤を固定しているナットがゆるんでおりました」
「アンドロイドか」
ナオザネが太刀を抜いた。斬りかかる。アツモリも太刀を抜き、ナオザネの太刀を受ける。
チャリン。刃を合わせて双方、後ろへ飛ぶ。瞬間、ナオザネの次の太刀が襲った。かろうじてよける。非常に正確な太刀の打ち込みだ。 アツモリ、じりじりと壁際に追いつめられる。
「これよりヨシツネ様にお目通り願う。貴殿の首は、なによりの手土産だ」
ナオザネが太刀を振りかぶった。そのナオザネの額に亀裂がある。頭部を強打し、激しく動いたためだ。
アツモリの背中は、地下街さんちかのブティックのガラスに接している。太刀が一閃。ガラスが割れた。アツモリはそこから商品の婦人服をつかみだした。
その婦人服を、ナオザネの額に投げつけた。ナオザネの眼の色が変わった。そして、そのまま後ろを振り向いて、トコトコと歩いていった。そごうの方へ歩いていって、コト、倒れた。
アツモリが投げつけた婦人服は化学繊維であった。このところの乾燥した気候で、静電気を帯びていた。
アツモリはナオザネの頭部の亀裂の隙間から小さな基盤が覗いているのを見た。その基盤にCーMOSのICが装着されている。CーMOSのICは過電流に弱い。人体が自然に持っている静電気でも破損する。だから、CーMOSのICは素手で触ってはいけない。どしても素手で触る時は、セラミックのパッケージ部分に指を付けて持つ。金属の端子部分に触れると破損する。だから作業者は静電防止作業服を着用し、アースされた専用の作業台で静電防止手袋で作業する。
そんなCーMOSのICに乾燥した化繊の布が触れた。ひとたまりもない。アンドロイドは精密機械だ。小さなICが破損しただけで故障したわけだ。
アツモリは走る。さんちかの南の突き当たりは居酒屋だ。その居酒屋の中から磔にされた男が出てきた。背中に材木を背負い、あばらには槍が突き刺さっている。
「拙者、トリイ・スネエモンである。拙者が命に代えて守った長篠城主奥平貞昌さま。その貞昌さまの主君トクガワさまに仇なす者はこのスネエモンが許さぬ」
「どけい。斬るぞ」
「うわはははは。武田の軍勢の脅しにも屈しなかった拙者じゃ。たかがヘイケのこわっぱ、そっ首引き抜いてくれるわ」
トリイ・スネエモン。タケダ・カツヨリに包囲された長篠城の城兵である。城を決死の脱出。敵中を突破して、トクガワ・イエヤスに援軍を依頼。援軍といっしょに城へ戻れというイエヤスやノブナガの勧めをふりきり、トクガワ陣中を出た。途中、タケダに捕まり磔に。「援軍は来ぬ」と叫べば助けてやる、といわれたが「援軍は来る。がんばれ」と城に向かって叫び、殺された豪傑である。
スネエモンが自らのあばらに突き立てられた槍を抜いた。りゅうりゅうと二度槍をしごいた。
「このスネエモンの血を吸った槍で、こわっぱの胸板を貫いてくれるわ」
スネエモンは裂帛の気合いで槍を繰り出した。アツモリ、かろうじてよける。
「待てい。スネエモン」
アツモリとスネエモンが闘っているところは、さんちかの南の突き当たりである。そこから小さなエスカレーターを降りて正面が神戸市営地下鉄海岸線三宮・花時計前駅である。その駅の改札を抜ければ、イシダの勢力内である。
そこは神戸国際会館の地下である。そこには有名なフランスパンの店がある。そこから中年の男が出てきた。厳格な顔をした男である。
「トクガワは腐りきっておる。スネエモン殿ほどの豪の者が、トクガワに与するとは信じられぬ。スネエモン殿、ワシといっしょに腐ったトクガワを倒さぬか」
「おぬし、何者」
「オオシオ・ヘイハチロウ」
「トクガワに楯突いて自刃した愚か者が。死に切れず迷い出たか。引導を渡してくれるわ」「死にきれぬはお互いさまじゃ」
「ヘイケのこわっぱともども串刺しにしてくれるわ」
スネエモンは槍を大きく回転させると、ヘイハチロウめがけて突き出した。ヘイハチロウの胸に突き刺さった。槍の先端が背中から出ている。ヘイハチロウ、その槍を両手でむんずとつかんで、その場で回転した。スネエモンが槍を手から離す。そのままそこで転倒。
「小僧、行け」
ヘイハチロウに怒鳴られてアツモリが走る。一気に改札を駆け抜けた。そのままエスカレーターを走り降りる。
電車が止まっていて、その前に武将がひとり待っていた。
「タイラ・アツモリどのか」
「はい」
「イシダ・ミツナリでござる」
「お急ぎください。電車はすぐ発車します」
「かたじけない」
「中央市場前で降りてくだされ」
「判った」
「イエヤスを倒し、太閤殿下のご威光を取り戻してくだされ」
「はい。キヨモリ公のご意志でもある」
電車はすぐ発車した。次の駅は、旧居留地・大丸前。次はみなと元町。ハーバーランド、その次が中央市場前である。
電車は三宮・花時計前を出ると、猛スピードで走った。車内にはアツモリが一人だけ乗っている。運転席に行って見た。ミツナリ自らが電車の運転をしている。
中央市場前に着いた。運転席からミツナリが声をかけた。
「降りてくだされ。拙者の家臣が待っております」
電車から降りる。ミツナリもいっしょに降りた。
「拙者、このまま三宮にとってかえる。三宮で敵の侵入を防ぎまする」
そういうとミツナリは電車の最後尾に走った。電車は三宮に戻っていった。
ホームに降りたアツモリに向かってバラバラと武者たちが駆け寄る。
「アツモリか首をもらい受ける」ミナモトの手の者だろう。ここまで敵が侵入していたわけだ。急がなければならない。
五人の手の者がアツモリめがけて駆け寄ろうとしたが、五人はアツモリに届かなかった。 血しぶきが上がった。バタバタと五人とも倒れた。血煙の向こうから、男が一人やってきた。
「タイラ・アツモリどのか」
「そうだ。貴殿は」
「遅れて申し訳ござらぬ。拙者ミツナリさまの家臣シマ・サコンでござる」
「鍵は」
「ここに」
サコンが小さな鍵をアツモリに手渡した。「これを持って新長田の鉄人の所に行ってくだされ」
「電車はミツナリどのが乗って行ったぞ」
「あの電車はもうすぐ戻ってきます」
しばらくすると電車が来た。
「ごくろうカンベイ。ここからは拙者が運転する。アツモリどの、お乗りくだされ」
アツモリが乗ると、電車は暗闇の中を疾走し始めた。地下鉄が出せる最高のスピードで走る。和田岬、御崎公園前、苅藻、駒ヶ林、これらの駅を通り過ぎて、終着駅新長田に着いた。
「着きましたぞ。地上へ出て、道路の西側のビルの向こう側が若松公園でござる。そこに鉄人二八号がおわす。神戸の守護神でござる。その鉄人の右足の踵の鍵穴に鍵を入れ、時計回りに回して下され」
「どうなる」
「鉄人が目覚めまする」
アツモリが電車から出ようとする。
「お待ちくだされ。敵がここまで侵入しているやもしれぬ。充分、お気をつけくだされ」
「わかった」
地下鉄の駅から出て地上に出る。道路から見えるビルの向こう側が公園になっている。若松公園だ。その公園に鉄人がいる。
道路を渡ろうとする。向かいのビルの下に武者が一人たっている。若い。アツモリよりいくらか年上だろう。
近づく。
「タイラ・アツモリどのか」
「いかにも。ミナモト・ヨシツネどのか」
「ヨシツネでござる」
「ミナモトの御曹司が、よくここまで来られたな」
「ヒヨドリ越えを通ってきました」
「さすがだな」
「さて、そろそろやりますか」
ヨシツネが太刀を抜いた。
「そうだな」
アツモリも抜いた。
双方、同時に斬りかかった。チャリン。刃と刃が合わさった。次の瞬間、二人は後ろに跳んだ。
太刀を構えてにらみ合う。相手のスキを突こうとするが、二人ともスキがない。
アツモリとヨシツネは彫像のようになって立つ。動けばスキができる。そこに刃が打ち込まれる。先に動いた方が負ける。双方の剣技は同格。
にらみ合ったまま三〇分が過ぎた。精神力の勝負となった。戦略的な見地からいうと、トクガワ・ミナモトは攻める方、トヨトミ・タイラは守る方だ。この構造が二人の対決に相似形のように現れた。
ヨシツネが先に攻めた。太刀を突き出した。切っ先がアツモリを襲う。鋭い突きだ。間一髪、アツモリがかわした。ヨシツネの腕が伸びきった。アツモリはそのスキを逃さない。ヨシツネの脇の下に太刀を入れた。血しぶきが飛んだ。ヨシツネの手から太刀が落ちた。
「おみごと。さ、首を取られい」
「ごめん」
アツモリはヨシツネの首を落とした。
若松公園に走る。目の前のビル東急プラザビルのすぐ裏だ。
身長十八メートルの鉄人がそびえ立っている。その足下に駆け寄る。右足の踵。シマ・サコンのいったとうり確かに小さな鍵穴が開いている。鍵を差し込み右に回す。
ゴゴゴゴ。鉄人が動きだした。こちらを向き、アツモリと相対した。姿勢を低くしてアツモリに右手を差し出した。
「アツモリ。鉄人の手に乗れ。お前が鉄人を操縦するのだ」
「キヨモリさま」
タイラ・キヨモリが鉄人の中からしゃべっている。
「私は鉄人の操縦方法を知りませぬ」
「案ずることはない。鉄人は脳波で動かせる。お前が手を動かせば鉄人が手を、足を動かせば足を。お前の手は鉄人の手、お前の足は鉄人の足だ」
アツモリが鉄人の手の上に乗った。そのまま持ち上がった。鉄人の胸が開いた。そこにコクピットがある。アツモリはそのコクピットのシートに座った。上からヘッドギアが降りてきてアツモリの頭にかぶさった。
「行け。アツモリ。トクガワ・ミナモトを撃破してこの国を救うのだ。そして平和なトヨトミ・タイラの政権を樹立せねばならぬ」
トクガワ・ミナモト、トヨトミ・タイラ。コウシエンで対峙する、両軍の繰り出した三体づつの機甲龍騎兵同士の戦闘はほぼ決着がついたかに思われた。トクガワ・ミミナモのナガシマ、エガワは大破。残るオーは戦闘不可能。一方、トヨトミ・タイラのバース、フジムラ、キュウジの三体は無傷で残っている。 トヨトミ・タイラ軍はこの三体の機甲龍騎兵を先頭に前線を武庫川の東まで押し戻した。
トヨトミ・タイラのコウシエン基地の司令官マエダ・トシイエは、このままの勢いで一気にオオサカまでトクガワ・ミナモトを押し戻し、可能ならばオオサカ城を奪還、今は亡きタイコウ殿下の無念を晴らそうと考えていた。ただ懸案はオダイバ・ガンダムである。ダンゾウがホンダを行動不能にした。しかし、ホンダの代わりの操縦者がガンダムに乗り込み、稼働可能な状態に設定変更される。それぐらいの時間は経った。
恐れていることが起こった。ガンダムが姿を現した。
バース、フジムラ、キュウジの三体の機甲龍騎兵ではガンダムを止められない。
その時、西の空に巨大な物体が現れた。
「あれは鉄人。まにあったなアツモリ」
神戸は長田から飛来した神戸の守護神鉄人二八号だ。
鉄人はガンダムの前に降り立った。ガッキ。鉄人とガンダムが組み合った。身長二〇メートル近い鉄の巨人ががっぷり四つになった。ギシギシと膨大な質量の鋼鉄の塊が二つ、みしっと密着してこすれあう。
ガンダムが上手投げを打った。ドオン。鉄人が地面にたたきつけられた。
鉄人、立ち上がろうとする。そこへガンダムのキックが来た。頭を強打され鉄人が再び倒れる。
倒れた鉄人の胸をガンダムが踏んづけた。ガンダム、さらに踏みつけようと足を上げた。その足を鉄人がつかんだ。ガンダムが倒れた。 起きあがろうとするガンダムの両腕を鉄人が抱え込んだ。相撲でいうかんぬきに極めた。 ギギギギギ。バキッ。ガンダムの両腕が折れた。鉄人、離れる。ガンダム、両腕をぶらんぶらんさせる。
鉄人、こん身の力を拳にこめてガンダムの胸に正拳を入れる。ガゴオオーン。ガンダムの胸が陥没した。
ボコッ。グギュ。バースのサンカン砲が発射された。命中。ゴン。フジムラの超高周波振動棒が振り下ろされた。ボコッ。ガンダムの額に穴が開いた。キュウジの火の玉ミサイルが命中したのだ。鉄人の正拳がガンダムの胸に当たった。ドゴ。鉄人の腕がガンダムの胴体を貫いた。
ガンダムが倒れた。
鉄人を先頭に、バース、フジムラ、キュウジの三体の機甲龍騎兵が続く。
神戸の守護神鉄人二八号が大坂城に到着した。トクガワ・ミナモト軍は箱根より東に追いやられた。
神戸は、トヨトミ・タイラの最後の砦だ。神戸がトクガワ・ミナモトの手に落ちれば、西国のモウリはトクガワ・ミナモトの陣営に入る。それは日本全域がトクガワ・ミナモトの支配下になるということだ。冷酷な独裁者イエヤスの治世となり人民は塗炭の苦しみを味わうのは必定。
希望はある。神戸市はまだ、民主的なトヨトミ・タイラの勢力圏にあった。
大阪湾に入った。トヨトミ・タイラの虎の子「チヌ」は潜望鏡深度まで浮上し上陸予定地まで進む。
「チヌ」はかっては旧日本国海上自衛隊所属の潜水艦で「あきしお」と呼ばれていた。戦闘艦としては、歳がいきすぎているため、引退したが、輸送艦としては、まだまだ役に立つ。旧日本政府より無償提供を受け、主要な乗員も元海上自衛隊員だ。
チヌ。関西では黒鯛のことをこう呼ぶ。大阪湾には黒鯛がたくさん生息する。古くから大阪湾は「チヌの海」と呼ばれた。
トヨトミ・タイラ海軍部―といっても所属艦船はチヌ一隻だけだが―、の主戦場―といっても一カ所だけだが―、である大阪湾にちなんで名付けられた艦名だ。
艦長は潜望鏡を九〇度左に向けた。
「六甲アイランドに敵の姿は認められない。ようそろう。微速前進」
潜望鏡を少し上げる。六甲連山が黒く横たわっている。新月の夜だ。山腹のところどころに灯が見える。
「OKだ。予定通り深江に上陸できるぞ」
艦長が潜望鏡から目を離して、副長にいった。
「アツモリを呼んできます」
「頼む」
副長といっしょに五人の男がブリッジに入ってきた。そのうちの一人がいった。
「十分後出る。艦長ゴムボートを用意してくれ」
若い。まだ二十代前半だろう。十代の少年といってもいい。その若い男が艦長に命令している。人に命令するのが慣れているようだ。「浮上する。副長、ゴムボートを二つ甲板にだしてくれ」艦長がいった。
漆黒の海面が泡だった。墨一面のキャンバスに白い斑点が散らばった。斑点の群れを割って大きな長い鉄の塊が海中より現れた。
ハッチが開いた。アツモリたちが甲板に出てきた。二人と三人に別れてゴムボートに乗り込む。二人乗りが先、三人乗りが後。アツモリは後ろにボートに乗った。先のボートの一人は二メートル近い巨人だ。
「行くぞセイカイ」アツモリが巨人に声をかけた。二つのボートの船外機が稼働し始めた。「艦長。世話になった」
アツモリが先に敬礼した。
「成功を祈る」
深夜の海を北に進む。左側に黒い陸が見える。六甲アイランドだ。行き先の陸地は深江浜の埋め立て地。この両方ともに敵はいないことになっている。
深江浜の目前まで来た。海面から二メートルほど上がらないと地上に出られない。
アツモリが時計を見る。
「時間だ。セイカイ合図を」
セイカイが懐中電灯を点灯して立ち上がった。
「いや、待てセイカイ。懐中電灯をそのままそこに置いて、お前ら二人こっちに乗り移れ」
五人が一艘のゴムボートに乗った。沈みそうになる。二艘のゴムボートの距離が離れた。暗い水面に、セイカイが残した懐中電灯が、無人のゴムボートで蛍のように光っている。 突然、カタカタカタカタ。削岩機のような音がした。無人のゴムボートの周辺で激しく水しぶきが上がった。
「撃つな」
アツモリが小さな声でいった。
「やつらはこっちに気がついてない。ゆっくり岸壁に近づけろ」
五人を乗せたゴムボートは岸壁にぴったり接岸した。
「どうします」
セイカイがアツモリに聞く。
「味方がもうすぐ来るはずだ。コスケ泳いで向こう側から上がって、合図してくれ」
小柄な男が、そっと海に入り静かに泳ぎだした。ゴムボートとは反対側に行った。イカリ型フックがついたロープを投げる。フックがコンクリートに当たるカチッという音が聞こえる。そのままそこで待つ。
だいじょうぶだ。敵は気づいてない。上に上がる。敵は海面をライトで照らし始めた。アツモリたちが見つかるのも時間の問題だ。 コスケは時計を見る。もう来るはずだ。あいつらが来ないと、ここで釘づけになってしまう。時間の余裕はない。早急に「キヨモリの鍵」を手に入れなければ、ここ神戸も悪らつなトクガワ・ミナモトの手に落ちる。
バイクの音がする。複数のバイクが猛スピードで近づいてくる。銃撃の音。海面を照らしていた光が消えた。
地面に伏していたコスケは顔を上げ、バイクの方を見た。ヘッドライトの色。オレンジ、黄色、青の三色。間違いない。あいつらだ。銃撃の音が止んだ。海面に向かってライトを三度点滅した。
ロープが四本飛んで来る。アツモリたち四人が上がってきた。コスケと合流する。
皮のツナギにヘルメットの巨漢の男がやって来た。顔じゅうヒゲだらけ。後ろに四人従えている。
「マタベイか」
地上に上がってきたアツモリが巨漢に問う。
「アツモリか」
「車は」
「用意した」
「五人乗りか」
「もちろん。チューンナップしてあるから馬力が出る。道具も一通りトランクに積んである」
「どの道がいい?」
「山手幹線が適当と思われる」
「思われる?」
「未確認だ。偵察に出ると、今日、お前たちが来ることが疑われる」
アツモリたちが上陸したここは神戸は東灘区深江浜の埋立地。目的地はここより西に一〇キロほど。神戸市兵庫区切戸町。神戸市内を東灘から西へ車で移動しようと思えば、三本のルートがある。南から、国道四三号線。国道二号線。山手幹線。一番大きな道路は四三号線だ。
「ミナモトの連中はみんな殺ったか」
「八人いた。八人全員頭に穴を開けてやった」
アツモリたち五人が車に乗り込んだ。ハンドルはコスケが握る。アツモリは助手席に座る。
阪神高速五号線の下をくぐる。左に廃墟となった中央卸売市場東部市場が見える。深江大橋を渡る。埋立地を離れて本土に入った。ここからはトクガワ・ミナモトの支配地域となる。
アツモリたちが侵入したことは、奴らには知られていないはずだ。さっきの八人は深江浜埋立地の警備要員だろう。マタベイは八人が連絡を取る前に全員殺害している。奴らが気づくまで少しは時間がかかる。それまで、できるだけ距離をかせごう。ともかく、一刻も早く「キヨモリの鍵」を手にねばならない。
国道四三号線だ。頭上を阪神高速三号線が走っている。この二本の道路は二階建てとなっており、地上が四三号線、高架が阪神高速だ。
神戸市東部を貫く三本の道路のうち、一番巾が広い四三号線は灘区で二号線と合流する。山手幹線はその名のとおり、一番山側を通る。
四三号線は最も南。目的地から一番遠いルートだ。この路線を行くなら、ここで左に曲がらなければならない。アツモリたちはそのまま北へ走った。
阪神電車の踏切を渡る。そのまま真っ直ぐ。正面に赤鳥居が見える。赤鳥居の前の道が二号線だ。
二号線を横断した。赤鳥居をくぐるとすぐJRの線路。高架になっている。
JRのガードが目前。
「曲がれ。左だ」
アツモリが運転しているコスケに命じた。ガードの直前で急カーブ。
ガードが爆発した。砕石が車の天井に当たってカンカンと派手な音をたてる。銃撃の音が追ってくる。線路沿いに走る。またガードが見える。今度は大きなガードだ。片側二車線の道が線路の下を通っている。
「ガードをくぐるな。南へ走れ。」
敵は唐突に現れた。アツモリには気配が読めていたのか。北からガードをくぐって七台走ってきた。南からも三台。挟み撃ちになった。
右手に小学校がある。正門が見える。門があいている。廃校になったようだ。
「あの学校に入れ」
車はドリフトしながら車首を西に向けた。門を通った。すぐ校舎。校舎を抜けて運動場に入る。
「止まれ」
校庭の一番西の端で車を停めた。正門が正面に見える。車が通れる門は正門しかない。北と西にも門は有るが、車は通れない。学校に閉じ込められた。門から敵が入ってこない。警戒しているようだ。門は一台づつしか通れない。
「セイカイ。トランクを見てくれバズーカでもないか」
あった。セイカイがバズーカ砲の狙いを正門に向ける。
「どうする」
セイカイがアツモリに問う。
「しかたがない。もう一度あいつらの手を借りよう」アツモリは電話をかけた。
突然、一台が校庭に飛び込んできた。
「セイカイ撃つな。コスケ、ドライバーを撃て」
コスケが拳銃を撃つ。フロントガラスを貫通して、敵の頭に命中した。敵の車は横倒しになった。
「全員射殺」
倒れた車から一人はい出してきた。そいつの頭もコスケが吹き飛ばす。拳銃を構えたまま車に近づく。車内にあと二人残っていた。その二人のとどめも刺す。
正門は1台しか通れない。不用意にくぐるとどうなるか、敵は判ったはずだ。正門から、こちらは出られない。敵は入れない。
東の方から数台のバイクの音が聞こえてきた。銃撃戦になったようだ。
「セイカイ西門を撃て」
バズーカ砲を撃つ。二発。門の左右に撃ち込む。ブロック塀が崩れて車一台通れるスペースが開いた。
「まだ出すな。セイカイ、リアシートに座ってバズーカを構えておけ」
セイカイがリアシートに後ろ向きに座って、窓ガラスをたたき割った。バズーカの筒先を車の後ろに突き出す。
東の正門から一台侵入してきた。
「撃つな。出せ」
一瞬、後ろのタイヤが白煙を上げた。キュとタイヤが地面を噛む。何かに蹴飛ばされたように車が前に出た。真っ直ぐ西門に向かう。
西門を通り抜けた。一呼吸あとに敵が西門にさしかかる。
「撃て」
セイカイがバズーカ砲を撃った。西門をくぐり抜けかけている敵に着弾。残骸が門をふさいだ。これで、しばらくは敵を足止めにできる。
一台のバイクが寄ってきた。マタベイだ
「恩に着る」
「車での移動は無理だ。道路はトクガワ配下のオオクボの手の者に押さえられた。電車で行け。JRはまだチョウソカベの支配下にある。摂津本山の駅から乗れ」
車を摂津本山駅の南側に着けた。五人が車から降りた。銃声。ロクロウとカマノスケが倒れた。
「ロクロウ、カマノスケ」アツモリが二人に駆け寄ろうとする。
「いかん、われらにかまわず行ってくだされアツモリさま」
ロクロウが肩で息をしながらいった。腹を手で押さえている。そこからは血がとめどなく流れ出す。カマノスケは即死したようだ。「ここはオレがなんとかする。セイカイ、アツモリさまを頼む」
コスケが二人を自分の背後に押しやった。「コスケ」
「早く行け」
「さ、アツモリさま。電車が来る。電車にはユキムラさまとサイゾーが乗っております」
セイカイに背中を押されながらホームに駆け上がる。
「待っていたぞ」
ホームには隻眼の男が剣を抜いて立っている。
「ヤギュウ・ジュウベイ推参」
「どけ。頭を砕くぞ」
セイカイが金砕棒を、ブンと振った。
「お待ちくだされセイカイどの。ジュウベイの相手は私が」
忍者装束の少年が現れた。
「おぬし、確か服部半蔵配下の・・」
「影丸。伊賀の影丸」
「トクガワの禄をはんでいるおぬしがなぜ、トヨトミ・タイラの味方をする」
「確かにオレはトクガワの隠密をしていた。しかし、オレの実の父親は神戸出身の横山光輝だ。そんなオレがタイラに敵対できない」「なんでもいい。トクガワに仇なす者は斬る」 ジュウベイは裂帛の気合いで影丸に斬りかかった。影丸、紙一重の見切りでジュウベイの切っ先をかわした。
「電車が来る。さ、お二方早く」
「かってはさせぬ」
ジュウベイ、アツモリに斬りかかる。チャリン。ジュウベイの刃はセイカイの金砕棒に当たった。火花が散る。
電車が止まった。ドアが開く。車内からジュウベイめがけて手裏剣が飛ぶ。ジュウベイ、刀で手裏剣を振り払う。
「アツモリさま。早く車内へ」
「サイゾー頼む」
コスケにいわれてアツモリとセイカイの背中を押してサイゾーが電車に乗り込む。
「待て。逃さぬ」
ジュウベイが動く。
影丸が飛ぶ。ジュウベイと電車の間に着地した。影丸の懐から木の葉が流れ出した。風に乗ってジュウベイの方に舞いよる。
「う、なんだ」
ジュウベイがヒザを付いた。
「忍法木の葉がくれ」
そう叫ぶと影丸の姿が消えた。アツモリとセイカイを乗せた電車が発車した。
「お待ちもうしておりました。アツモリさま。拙者サナダ・ユキムラと申します」
中年の男が片膝をついてあいさつした。
「この者はサイゾウです」
「そなたが高名なユキムラか」
「はい。トヨトミ家恩顧の者にござる」
「拙者はタイラだ」
「タイラはミナモトとは不倶戴天の敵どおし。ミナモトはトクガワの盟友。われらトヨトミとトクガワも不倶戴天の敵にござる。われら、なんとしてもアツモリさまに『キヨモリの鍵』を手に入れてもらいとうござる」
「その『キヨモリの鍵』はどこにある。兵庫区の切戸に行けとだけ聞いた」
「兵庫区の切戸にはキヨモリ公の供養塔がござる。『鍵』はそこにあります。すでに私の手の者をやっております」
サイゾーがそこを離れて電車の運転席についた。電車を発車させる。急加速する。あっという間に住吉を通過した。
「三ノ宮で降りてくだされ。そこから西はミナモトのヨシツネが押さえてござる」
三ノ宮に着いた。三ノ宮駅のホームの西の端から見ると、線路上にバリケードが築かれている。電車はそれ以上西には行けない。
「JR、阪神、阪急、地上を走る鉄道はすべてヨシツネの手の者の支配下にあります」
「では国道2号線を走るか」
「道路はミナモトに派遣されたトクガワのイイがおります」
「では、どこを通って兵庫区の切戸へ行けばいい」
「神戸市営地下鉄海岸線だけは、イシダミツナリさまがおさえてござる」
「なにイシダは関ヶ原で負けて六条河原で斬首されたのではないか」
「あれは影武者。ミツナリさまはタイラがフクハラの屋敷の奥でかくまっておりました」
アツモリとセイカイが電車から降りる。
「ではアツモリさま。地下街へ行きなされ。地下街の入り口付近でさる高貴なお方が待っておられる。そのお方とお会いなさるのが先決です」
「お前はどうする。ユキムラ」
「ホンダ隊が武庫川を越えて西宮へ入りました。オダイバ・ガンダムの威力はすさまじく、西宮を守るマエダ・カトウ・クロダの面々は苦戦しております。拙者も援軍にかけつけます」
「そうか。では」
アツモリはJR三ノ宮の西の改札を出た。そこのすぐ上が神戸交通センタービルだ。そのビルの地下に降りると神戸三宮の地下街さんちかだ。
アツモリとセイカイは交通センタービルの一階にでた。その時、背後に殺気を感じた。凄まじい殺気だ。
阪急三宮駅の方から巨大な影が現れた。人間だ。二メートルを超す大男が声をかけてきた。
「待たれい。タイラのアツモリさまとお見受けする」
僧だ。ものすごい巨漢の僧だ。
「いかにもみどもはアツモリだ」
「そちらのお方は、ミヨシ・セイカイどのか」
「いかにも」
「拙僧はムサシボウ・ベンケイ。ヨシツネさまの命で、ここでそなたたちを待っておった。ここから先は通さぬ。タジマどのでられい」
センタービルの南側を国道二号線が走っている。その二号線の方から初老の男が階段を上がってきた。小柄な男だ。小柄だが周囲を圧する威圧感がある。
「拙者、将軍家指南役ヤギュウ・タジマ。せがれジュウベイは影丸ごときに手を取られておるが、新陰流宗家の拙者は簡単にはいかんぞ」
「どけいタジマ」
「仏におうては仏を斬り、鬼におうては鬼を斬る。トクガワにあだなす者は拙者が斬る。この妖刀村正もトヨトミ・タイラの血を欲しておるわ」
アツモリとセイカイはベンケイとタジマに挟まれた。
「ベンケイは私が止めます。アツモリさまはなんとか地下へ」
そういうとセイカイは金砕棒をぶんと振った。三〇キロはある太い鉄の棒だ。イボイボの付いたその鉄棒が頭に当たれば、頭は木っ葉微塵だ。ベンケイは手に持った巨大な長刀でガシッと金砕棒を受けた。金砕棒はベンケイの顔の寸前で止まった。
ベンケイの長刀がじわりと動く。刃がセイカイのほほに触れる。セイカイのほほから血がにじむ。
二メートル前後の二人の巨人が満身の力をこめて押しあっている。金砕棒と長刀。金属の塊がこすれ合う。ギギギギ。
互角だ。ベンケイはセイカイを倒して、さらにアツモリを倒さなくてはならない。セイカイはベンケイを倒しタジマを倒さなければならない。アツモリもタイラでは指折りの剣豪だが、タジマは強敵だ。セイカイは背後にアツモリが気になる。一刻も早くアツモリを地下へ行かさなくては。一瞬、スキができた。
デェヤア。ベンケイは長刀を押した。セイカイの金砕棒がわずかに下がった。長刀が斜め上に閃いた。血飛沫が飛んだ。ドサッ。何かが落ちた。次ぎにガン、金属の重量物が落ちる音。切断されたセイカイの片腕が落ちた。金砕棒が床に転がった。
「セイカイ」
アツモリが振り向いて見たセイカイには、右腕と首がついてなかった。首がないセイカイはその場に仁王立ちしている。
前にヤギュウ・タジマ、後ろにベンケイ。タイラ・アツモリ絶体絶命。
その時、紫色の霧が周囲に立ちこめた。霧が薄くなると、ボーと人影が現れた。若い男だ。少年といっていい。切支丹伴天連のいでたちをしている。太刀を抜いてアツモリの前に出た。
「アツモリどの。お行きなされ」
「あなたは?」
「私はアマクサ・シロウ。トクガワを絶対に許すことができないのです」
「あなた一人で二人を」
「心配ご無用。エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。我は求め訴えたり。トクガワに怨みある者、いま、ここに蘇るがいい」
また紫の霧が出る。三人の男が現れた。一人は青白い顔の総髪の男。一人はベンケイに負けぬ大男。長い槍を持っている。いま一人は中肉中背の男。ぞろりと太刀を抜いた。
「拙者、ユイ・ショウセツ。トクガワに遺恨ありしはアマクサどのと同じ」
「同じくマルバシ・チュウヤ」
「カナイ・ハンベイ」
「ここは我らに任せて。行きなされアツモリどの」
ショウセツがアツモリの背中を押した。
「待ていアツモリ」
タジマが前に出た。そのタジマの鼻先に槍の穂先が突き出た。タジマは村正でかろうじて槍を払いのける。
「にっくきトクガワの飼い犬め。串刺しにしてくれるわ」
マルバシがぶうんと槍を回転させた。長大な槍が空気との摩擦できな臭い臭いがする。さすがのヤギュウ・タジマも一瞬ひるんだ。そのスキにアツモリは地下へと向かうエスカレーターに駆け込んだ。全速力で走り降りる。 地下へ降りた。正面にガラス張りのサテライトスタジオがある。内側のカーテンが開いた。女性が一人現れた。
「まちゃれ。アツモリどの」
「あなたは」
「わらわはヨド。これからいうことをよく聞くのじゃ」
中年の女性だ。美しい。異様に強靱な眼力でアツモリを見ている。
「このさんちかのつきあたりに神戸市営地下鉄海岸線の三宮・花時計前駅がある。そこから電車に乗るのじゃ」
「はい」
「中央市場前で降りよ。そこにイシダの手の者が待っておる。その者から鍵を受け取るのじゃ」
「わかりました」
「このさんちかは五〇メートルほどの地下街じゃ。短いと思うでない。心して行くのじゃ」「その鍵が『キヨモリの鍵』ですね」
「そうじゃ。ヘイケ再興を切望するキヨモリ公の思念がこもった鍵じゃ。また、キヨモリ公だけではない、トヨトミの永続を願いつつ亡くなった太閤殿下の思念も入っておる」
「わかりました。なんとしても『キヨモリの鍵』を手にいれます」
「頼みましたぞ。なんとしてもトクガワ・ミナモト連合を倒すのじゃ」
そういうとヨドは消えた。
神戸の地下。さんちか商店街がアツモリの目の前にある。突き当たりが地下鉄の駅だ。
「サナダどのの連絡はまだか」
「いま、ありました」
「で、なんと」
「アツモリさまは三宮に無事到着されたとのこでございまする」
「そうか。で、サナダどのは」
「ただちに応援に向かうとのことでございます」
家臣からの報告を受けたマエダ・トシイエの上に黒い影がかかった。
オダイバ・ガンダムがそそり立っている。全長18メートルの巨大な二足歩行有人人型兵器、機甲龍騎兵。それがオダイバ・ガンダムだ。操縦者はトクガワ軍きっての猛将ホンダ・ヘイハチロウ。
オダイバ・ガンダムを先頭に、ホンダ、イイ、キソ、サカイといってトクガワ・ミナモト政府軍の精鋭が押し寄せている。
トヨトミ・タイラ連合の防衛線はずるずると西に押しやられ、とうとう武庫川を突破されてしまった。
マエダ、カトウ、クロダの軍勢は聖地コウシエンを背に布陣している。
聖地コウシエン。それはトヨトミ・タイラ連合の最後の砦だ。ここを破られれば、トクガワ・ミナモト本隊は一気に神戸まで進撃。先に侵入している最強切り込み軍ミナモト・ヨシツネ隊と合流。そうなると神戸だけではなく兵庫の制圧は容易い。あとは西日本を統治する、長州のモウリと九州は薩摩のシマズがトクガワ・ミナモトの軍門に下るのは時間の問題だ。
なんとしても、ここコウシエンでガンダムをくい止めなければならない。幸いいまはガンダムは動きを止めている。機甲龍騎兵は操縦者の脳波にシンクロして動く。ガンダムはホンダの脳波で動くように設定されている。ホンダ以外の人間ではガンダムは動かせない。別の操縦者向けに設定し直すには最低二四時間かかる。
「ガンダムの動きが止まったな」
「どうやらダンゾウが成功したようです」
マエダは忍者カトウ・ダンゾウを敵陣営に忍び込ませている。そのダンゾウがホンダ・ヘイハチロウを暗殺か、あるいはオダイバ・ガンダムを操縦できない状態にしたのだろう。
「ガンダム以外にトクガワ軍に機甲龍騎兵はあるか」
トシイエが家臣に問うた。
「ダンゾウからの報告によれば三体あるとのことです」
「ワダを呼べ」
家臣がコウシエンに走る。ツタがおおった壁面の中から縦縞の作業服の男が家臣とともに出てきた。
「トラ部隊で何体の機甲龍騎兵が動かせる」「三体です」
その時、ガンダムの背後から三体の巨人が姿を現した。身長五メートルの巨人だ。
「あれは?」
「ナガシマ、オー、エガワ。トクガワ軍の最新鋭の機甲龍騎兵です」
「やつら、あの三体で仕掛けている間に時間を稼いで、ガンダムの設定を変更するつもりだ」
「そのようです。アツモリさまが『キヨモリの鍵』を手に入れるまで、なんとしてもこの防衛線を死守しなければなりません」
「判っておる。ワダ、ただちにトラ部隊の機甲龍騎兵を出動させろ」
「御意」
ワダが手を挙げた。ツタのからまったコウシエンの大扉があいた。ギギギギギ。ヌッと、三体の機甲龍騎兵が出てきた。
バース、フジムラ、キュウジ。トラ部隊の、それこそトラの子である。
三体のうち、一番小柄なキュウジが前に出た。
ズコン。キュウジの腕の先から火球が飛び出した。ズウウウーン。火の玉が飛ぶ。ガゴーン。その火の玉がナガシマを襲う。キュウジの手を離れナガシマの胸板に着弾するまで一瞬であった。ナガシマの背中から火の玉が出た。煙が晴れるとナガシマの胸に大穴が開いていて、後ろにいるオーやエガワの姿がかいま見える。
勝負は一瞬でついた。しょせんナガシマはキュウジの敵ではなかった。ガラガラガラ。崩れ落ちるようにナガシマは倒れた。
瓦礫と化したナガシマの残骸を足でどけながらエガワが前に出てきた。エガワの肩口に穴が開いた。開口部から小型ミサイルが射出された。
ミサイルがフジムラを襲う。フジムラ長大な超高周波振動棒を振る。ミサイルを打ち返した。ミサイルはエガワの顔面部の横に装着されたパラボラアンテナを吹き飛ばして飛び去った。
バースがサンカン砲を発射した。砲弾がオーを襲う。オー、足を一本上げてよける。
地下鉄海岸線三宮・花時計前駅は見えている。一気に走りぬこう。アツモリはそう思った。足を踏み出した。
「待てい」阪神電車三宮駅側から、武者が一人出てきた。
「ヘイケの公達とお見受けもうす」
中年の実直そうな武者だ。
「拙者、クマガイ・ナオザネ。お手前はどなたかな」
「名乗るつもりはない。急ぐのでごめん」
そう応えたアツモリの顔を見てナオザネは、ハッとした。
「見れば息子ナオイエと同じぐらいの歳の若武者。不憫じゃが首を申し受ける」
そういうとナオザネがアツモリに組み付いてきた。ヘッドロックでアツモリの首を極める。鎧通しを抜いて首を斬ろうとする。
ナオザネの両足が床から浮いた。弓なりに身体を反らしたアツモリはナオザネをかかえたまま後ろに倒れた。バックドロップ。ルー・テーズばりの「ヘソで投げる」バックドロップだ。
ガグン。ナオザネの後頭部が床に激突した。むくむく。ナオザネが起きあがった。
「なかなか見事な裏投げでござる」
アツモリは驚愕した。ナオザネは後頭部を強打したはずだ。
ぶるんぶるん。ナオザネが首を振る。小さなナットが一個耳の穴からこぼれ落ちた。
「これは失礼。拙者、メンテナンスを怠っておりましたな。基盤を固定しているナットがゆるんでおりました」
「アンドロイドか」
ナオザネが太刀を抜いた。斬りかかる。アツモリも太刀を抜き、ナオザネの太刀を受ける。
チャリン。刃を合わせて双方、後ろへ飛ぶ。瞬間、ナオザネの次の太刀が襲った。かろうじてよける。非常に正確な太刀の打ち込みだ。 アツモリ、じりじりと壁際に追いつめられる。
「これよりヨシツネ様にお目通り願う。貴殿の首は、なによりの手土産だ」
ナオザネが太刀を振りかぶった。そのナオザネの額に亀裂がある。頭部を強打し、激しく動いたためだ。
アツモリの背中は、地下街さんちかのブティックのガラスに接している。太刀が一閃。ガラスが割れた。アツモリはそこから商品の婦人服をつかみだした。
その婦人服を、ナオザネの額に投げつけた。ナオザネの眼の色が変わった。そして、そのまま後ろを振り向いて、トコトコと歩いていった。そごうの方へ歩いていって、コト、倒れた。
アツモリが投げつけた婦人服は化学繊維であった。このところの乾燥した気候で、静電気を帯びていた。
アツモリはナオザネの頭部の亀裂の隙間から小さな基盤が覗いているのを見た。その基盤にCーMOSのICが装着されている。CーMOSのICは過電流に弱い。人体が自然に持っている静電気でも破損する。だから、CーMOSのICは素手で触ってはいけない。どしても素手で触る時は、セラミックのパッケージ部分に指を付けて持つ。金属の端子部分に触れると破損する。だから作業者は静電防止作業服を着用し、アースされた専用の作業台で静電防止手袋で作業する。
そんなCーMOSのICに乾燥した化繊の布が触れた。ひとたまりもない。アンドロイドは精密機械だ。小さなICが破損しただけで故障したわけだ。
アツモリは走る。さんちかの南の突き当たりは居酒屋だ。その居酒屋の中から磔にされた男が出てきた。背中に材木を背負い、あばらには槍が突き刺さっている。
「拙者、トリイ・スネエモンである。拙者が命に代えて守った長篠城主奥平貞昌さま。その貞昌さまの主君トクガワさまに仇なす者はこのスネエモンが許さぬ」
「どけい。斬るぞ」
「うわはははは。武田の軍勢の脅しにも屈しなかった拙者じゃ。たかがヘイケのこわっぱ、そっ首引き抜いてくれるわ」
トリイ・スネエモン。タケダ・カツヨリに包囲された長篠城の城兵である。城を決死の脱出。敵中を突破して、トクガワ・イエヤスに援軍を依頼。援軍といっしょに城へ戻れというイエヤスやノブナガの勧めをふりきり、トクガワ陣中を出た。途中、タケダに捕まり磔に。「援軍は来ぬ」と叫べば助けてやる、といわれたが「援軍は来る。がんばれ」と城に向かって叫び、殺された豪傑である。
スネエモンが自らのあばらに突き立てられた槍を抜いた。りゅうりゅうと二度槍をしごいた。
「このスネエモンの血を吸った槍で、こわっぱの胸板を貫いてくれるわ」
スネエモンは裂帛の気合いで槍を繰り出した。アツモリ、かろうじてよける。
「待てい。スネエモン」
アツモリとスネエモンが闘っているところは、さんちかの南の突き当たりである。そこから小さなエスカレーターを降りて正面が神戸市営地下鉄海岸線三宮・花時計前駅である。その駅の改札を抜ければ、イシダの勢力内である。
そこは神戸国際会館の地下である。そこには有名なフランスパンの店がある。そこから中年の男が出てきた。厳格な顔をした男である。
「トクガワは腐りきっておる。スネエモン殿ほどの豪の者が、トクガワに与するとは信じられぬ。スネエモン殿、ワシといっしょに腐ったトクガワを倒さぬか」
「おぬし、何者」
「オオシオ・ヘイハチロウ」
「トクガワに楯突いて自刃した愚か者が。死に切れず迷い出たか。引導を渡してくれるわ」「死にきれぬはお互いさまじゃ」
「ヘイケのこわっぱともども串刺しにしてくれるわ」
スネエモンは槍を大きく回転させると、ヘイハチロウめがけて突き出した。ヘイハチロウの胸に突き刺さった。槍の先端が背中から出ている。ヘイハチロウ、その槍を両手でむんずとつかんで、その場で回転した。スネエモンが槍を手から離す。そのままそこで転倒。
「小僧、行け」
ヘイハチロウに怒鳴られてアツモリが走る。一気に改札を駆け抜けた。そのままエスカレーターを走り降りる。
電車が止まっていて、その前に武将がひとり待っていた。
「タイラ・アツモリどのか」
「はい」
「イシダ・ミツナリでござる」
「お急ぎください。電車はすぐ発車します」
「かたじけない」
「中央市場前で降りてくだされ」
「判った」
「イエヤスを倒し、太閤殿下のご威光を取り戻してくだされ」
「はい。キヨモリ公のご意志でもある」
電車はすぐ発車した。次の駅は、旧居留地・大丸前。次はみなと元町。ハーバーランド、その次が中央市場前である。
電車は三宮・花時計前を出ると、猛スピードで走った。車内にはアツモリが一人だけ乗っている。運転席に行って見た。ミツナリ自らが電車の運転をしている。
中央市場前に着いた。運転席からミツナリが声をかけた。
「降りてくだされ。拙者の家臣が待っております」
電車から降りる。ミツナリもいっしょに降りた。
「拙者、このまま三宮にとってかえる。三宮で敵の侵入を防ぎまする」
そういうとミツナリは電車の最後尾に走った。電車は三宮に戻っていった。
ホームに降りたアツモリに向かってバラバラと武者たちが駆け寄る。
「アツモリか首をもらい受ける」ミナモトの手の者だろう。ここまで敵が侵入していたわけだ。急がなければならない。
五人の手の者がアツモリめがけて駆け寄ろうとしたが、五人はアツモリに届かなかった。 血しぶきが上がった。バタバタと五人とも倒れた。血煙の向こうから、男が一人やってきた。
「タイラ・アツモリどのか」
「そうだ。貴殿は」
「遅れて申し訳ござらぬ。拙者ミツナリさまの家臣シマ・サコンでござる」
「鍵は」
「ここに」
サコンが小さな鍵をアツモリに手渡した。「これを持って新長田の鉄人の所に行ってくだされ」
「電車はミツナリどのが乗って行ったぞ」
「あの電車はもうすぐ戻ってきます」
しばらくすると電車が来た。
「ごくろうカンベイ。ここからは拙者が運転する。アツモリどの、お乗りくだされ」
アツモリが乗ると、電車は暗闇の中を疾走し始めた。地下鉄が出せる最高のスピードで走る。和田岬、御崎公園前、苅藻、駒ヶ林、これらの駅を通り過ぎて、終着駅新長田に着いた。
「着きましたぞ。地上へ出て、道路の西側のビルの向こう側が若松公園でござる。そこに鉄人二八号がおわす。神戸の守護神でござる。その鉄人の右足の踵の鍵穴に鍵を入れ、時計回りに回して下され」
「どうなる」
「鉄人が目覚めまする」
アツモリが電車から出ようとする。
「お待ちくだされ。敵がここまで侵入しているやもしれぬ。充分、お気をつけくだされ」
「わかった」
地下鉄の駅から出て地上に出る。道路から見えるビルの向こう側が公園になっている。若松公園だ。その公園に鉄人がいる。
道路を渡ろうとする。向かいのビルの下に武者が一人たっている。若い。アツモリよりいくらか年上だろう。
近づく。
「タイラ・アツモリどのか」
「いかにも。ミナモト・ヨシツネどのか」
「ヨシツネでござる」
「ミナモトの御曹司が、よくここまで来られたな」
「ヒヨドリ越えを通ってきました」
「さすがだな」
「さて、そろそろやりますか」
ヨシツネが太刀を抜いた。
「そうだな」
アツモリも抜いた。
双方、同時に斬りかかった。チャリン。刃と刃が合わさった。次の瞬間、二人は後ろに跳んだ。
太刀を構えてにらみ合う。相手のスキを突こうとするが、二人ともスキがない。
アツモリとヨシツネは彫像のようになって立つ。動けばスキができる。そこに刃が打ち込まれる。先に動いた方が負ける。双方の剣技は同格。
にらみ合ったまま三〇分が過ぎた。精神力の勝負となった。戦略的な見地からいうと、トクガワ・ミナモトは攻める方、トヨトミ・タイラは守る方だ。この構造が二人の対決に相似形のように現れた。
ヨシツネが先に攻めた。太刀を突き出した。切っ先がアツモリを襲う。鋭い突きだ。間一髪、アツモリがかわした。ヨシツネの腕が伸びきった。アツモリはそのスキを逃さない。ヨシツネの脇の下に太刀を入れた。血しぶきが飛んだ。ヨシツネの手から太刀が落ちた。
「おみごと。さ、首を取られい」
「ごめん」
アツモリはヨシツネの首を落とした。
若松公園に走る。目の前のビル東急プラザビルのすぐ裏だ。
身長十八メートルの鉄人がそびえ立っている。その足下に駆け寄る。右足の踵。シマ・サコンのいったとうり確かに小さな鍵穴が開いている。鍵を差し込み右に回す。
ゴゴゴゴ。鉄人が動きだした。こちらを向き、アツモリと相対した。姿勢を低くしてアツモリに右手を差し出した。
「アツモリ。鉄人の手に乗れ。お前が鉄人を操縦するのだ」
「キヨモリさま」
タイラ・キヨモリが鉄人の中からしゃべっている。
「私は鉄人の操縦方法を知りませぬ」
「案ずることはない。鉄人は脳波で動かせる。お前が手を動かせば鉄人が手を、足を動かせば足を。お前の手は鉄人の手、お前の足は鉄人の足だ」
アツモリが鉄人の手の上に乗った。そのまま持ち上がった。鉄人の胸が開いた。そこにコクピットがある。アツモリはそのコクピットのシートに座った。上からヘッドギアが降りてきてアツモリの頭にかぶさった。
「行け。アツモリ。トクガワ・ミナモトを撃破してこの国を救うのだ。そして平和なトヨトミ・タイラの政権を樹立せねばならぬ」
トクガワ・ミナモト、トヨトミ・タイラ。コウシエンで対峙する、両軍の繰り出した三体づつの機甲龍騎兵同士の戦闘はほぼ決着がついたかに思われた。トクガワ・ミミナモのナガシマ、エガワは大破。残るオーは戦闘不可能。一方、トヨトミ・タイラのバース、フジムラ、キュウジの三体は無傷で残っている。 トヨトミ・タイラ軍はこの三体の機甲龍騎兵を先頭に前線を武庫川の東まで押し戻した。
トヨトミ・タイラのコウシエン基地の司令官マエダ・トシイエは、このままの勢いで一気にオオサカまでトクガワ・ミナモトを押し戻し、可能ならばオオサカ城を奪還、今は亡きタイコウ殿下の無念を晴らそうと考えていた。ただ懸案はオダイバ・ガンダムである。ダンゾウがホンダを行動不能にした。しかし、ホンダの代わりの操縦者がガンダムに乗り込み、稼働可能な状態に設定変更される。それぐらいの時間は経った。
恐れていることが起こった。ガンダムが姿を現した。
バース、フジムラ、キュウジの三体の機甲龍騎兵ではガンダムを止められない。
その時、西の空に巨大な物体が現れた。
「あれは鉄人。まにあったなアツモリ」
神戸は長田から飛来した神戸の守護神鉄人二八号だ。
鉄人はガンダムの前に降り立った。ガッキ。鉄人とガンダムが組み合った。身長二〇メートル近い鉄の巨人ががっぷり四つになった。ギシギシと膨大な質量の鋼鉄の塊が二つ、みしっと密着してこすれあう。
ガンダムが上手投げを打った。ドオン。鉄人が地面にたたきつけられた。
鉄人、立ち上がろうとする。そこへガンダムのキックが来た。頭を強打され鉄人が再び倒れる。
倒れた鉄人の胸をガンダムが踏んづけた。ガンダム、さらに踏みつけようと足を上げた。その足を鉄人がつかんだ。ガンダムが倒れた。 起きあがろうとするガンダムの両腕を鉄人が抱え込んだ。相撲でいうかんぬきに極めた。 ギギギギギ。バキッ。ガンダムの両腕が折れた。鉄人、離れる。ガンダム、両腕をぶらんぶらんさせる。
鉄人、こん身の力を拳にこめてガンダムの胸に正拳を入れる。ガゴオオーン。ガンダムの胸が陥没した。
ボコッ。グギュ。バースのサンカン砲が発射された。命中。ゴン。フジムラの超高周波振動棒が振り下ろされた。ボコッ。ガンダムの額に穴が開いた。キュウジの火の玉ミサイルが命中したのだ。鉄人の正拳がガンダムの胸に当たった。ドゴ。鉄人の腕がガンダムの胴体を貫いた。
ガンダムが倒れた。
鉄人を先頭に、バース、フジムラ、キュウジの三体の機甲龍騎兵が続く。
神戸の守護神鉄人二八号が大坂城に到着した。トクガワ・ミナモト軍は箱根より東に追いやられた。
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