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ひとめぼれ

「はい。わかりました。すぐうかがいます」 
 Y鉄工の資材部長からの電話だった。例の件、社長のOKが出たとのこと。
「課長、Y鉄工に行って来ます」
「Y鉄工?明日にしてもらえよ。それよりD電機の見積もりできたのか」
「いえ、まだです」
「あのなあ。月二〇万程度の客と、三〇〇万の客とどっちが大切なんだ?」
 Y鉄工は大手の造船会社の協力工場で、私の顧客ではCランク。溶接用の面、CO2溶接用のチップやノズル、溶接用機器類その他工具類などを納めている。売り上げは月に三〇万を超えることはない。
 先日、納品に行ったさい、購買担当者がぼやいていた。
「ガス切断機を五台大特急で納品して」
「はい。いつまで」
「ほんまは、今すぐでも欲しい。明日までなんとか頼む」
「えらいお急ぎなんですね」
「NCマシンがとうとう動かなくなった。とりあえず急いでいるぶんだけでも手切りで片づけないと納期に間にあわん」
 NCマシン。図面データを入力すれば機械が自動的に鉄板を切断加工する装置。
「うちのNC古いんだ。もう寿命だろう」
「最新のレーザーの機械に買い換えたらどうです」
 ほんの冗談のつもりでいった。NCマシンもとりあえずウチの営業品目には入れてある。頼まれればカタログぐらいは取り寄せる。しかし、ウチは元来は工具屋で、ハンマーやモンキー、スパナといった工具類の商いが主だ。NCマシンのような大型工作機械は扱ったことはない。
「そうだな。カタログ取り寄せてよ」
 担当者のこのひと言が、この度のことの出発点だった。ダメもとでカタログに見積書を付けて渡した。工具屋が出す見積もりだ。大手の工作機械専門商社にかなうはずがない。
「あのう、アメダのNCマシンの件です」
「なに、あれカタログ渡しただけだろう」
「見積もりもだしました」
「オレにだまって勝手なことするな」
「すみません」
「出してしまったものはしかたがない。とりあえず行ってこい」

 試運転はY鉄工の「Y」の字を鉄板で切り抜いた。
「やっぱりいいなあ。レーザーは。スパッタも出ないし」
「それに酸素もガスも要りませんよ」
「レーザーだから当たり前だな」
 Y鉄工の現場のど真ん中で、長い間がんばっていた年代物のガス切断のNCマシンが引退した。代わりに最新のレーザー加工のNCマシンが鎮座した。
 九八〇〇万円の取引であった。一件の取引でウチの1年分の売り上げを達成した。
「ではY鉄工さんのご発展を祈って、かんぱーい」
 さすがに大きな商いである。機械の搬入据え付け試運転も無事終わった。来週の月曜から本格運用に入る。この仕事の打ち上げという意味で、関係者で祝いの酒宴を催すことになった。出席者は、ウチの社長、部長、課長、
もちろん営業担当者の私、Y鉄工の社長、資材部長、購買担当者、それにメーカーのアメダの課長と担当者。費用はウチとアメダがもった。
「Yさん、いまだからお聞きしますが、見積もりはウチだけではないでしょう」ウチの社長がY鉄工の社長に聞いた。
「はい。おたくもふくめて三社合い見積もりです」
「参考までにお聞きしますが、あとの二社は」 二社ともアメダの一次代理店で大手の商社だ。
「わたしも今だから正直にいうが、おたくの見積もりが一番高かった」
「ではなぜウチに」
「そこにいる、お宅の担当者くんの熱意と人柄にほれたんだ」
 酒宴は盛り上がった。夜もふけた。おひらきとなった。
「こまった」Y社長だ。
「車で来てるんだが運転代行が急に都合が悪くなった」
「ではわたしが運転します。わたしは飲んでません」
 わたしは、酒は一滴も飲めない。
「お帰り。おとうさん。こちらは」
 Y社長宅に着いた。娘さんが玄関に出てきた。美人だ。
 一目惚れってある。わたしの女房はこの時の娘だ。Y鉄工の二代目社長に就任した。
 
コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )
« JR 明石 ニョッキ »
 
コメント
 
 
 
驚き色々 (アブダビ)
2015-11-21 13:08:09
あまり業界にいないと解らない情報かま山森で、単純にそれがたのしかったです。
椎名誠のSF小説とかにあるてしよう?
ストーリーテーリングより風景と小道具が引っ張る話って。
ああいうノリは感じました。
CADと連動してカッティングシート(ガラスや樹脂に貼り付けて、看板など作るシールのでかいの)を切るマシンがあるのは知ってましたが、NCマシンでしたっけ?
鉄板を切るのがあるとは知らず。ましてや
レーザーで焼ききるのがあるとは…
私の勤めた病院は大きな総合病院だたので、オペ室があったから、レーザーメスは観たことがあるのてすが、鉄板を切るのか…
スターウォーズだなあ。
9800万円とか…まずまずディティールが面白すぎ。手厳しい意見かも知れませんが、細部の面白さにストーリーが負けてる気持ちがしないでもないです。
でも落ちをつけて落とすのが短篇とは限らない。んなこと言ったら椎名誠の作品は全て失格です。
こういうディティールに凝ったのはこれで良いと思います。だってほかで読めないもの。
 
 
 
Unknown (りんさん)
2015-11-21 17:16:33
大口の取引先とお嫁さん。
両方手に入れちゃうなんて。
値段より人柄で取引を決めるなんて、今では少ないでしょうね。
釣りバカ日誌のハマちゃんみたいって、ちょっと思いました。

それから、海神を舞台にした話をまた書かせていただきました。
最近公私ともに忙しく、なかなか書けずにいたのですが、鏑木さんのお力を借りて書くことが出来ました。
よろしくお願いします。
おかしな点があったらご指摘ください。
 
 
 
SF共産主義 ()
2015-11-21 21:04:25
>スターウォーズ

技術の進歩と言えば、誰もがた易く鑑賞できて、馴染みやすいサブカルの世界が、その手招きをするものですね。思ったのですが、SWはサブカルだからこそ、ああいった自由な科学の進歩と、新世界を描き得たのでしょう。共産圏では、科学は官僚主義を支える梃子であり、冗談は許されないと思います。そして、共産圏の失敗とは、技術を独占し、官僚統制のまま厳に管理すれば、その国威は永らえる、と勘違いした事なのでしょうね。実際には、大衆化の中にこそ、科学などの国家予算をかけて、実行する政策の正統性があるわけなのに。
また、SWは新たな神話と語られ、それは正しいと思いますが、コスプレイヤーとかファンの愉しみと、その参加方法を見ている限り、技術や素材が、物語を遥かに凌駕しているのですね。ニワカで怒られそうですが、ダースベイダーを真似ながら、そのイデオロギーや人生を追おうとしている物好きは、本当に少ないと思うのですよ。最も、ベイダ―などは悪役が放つ魅力に魅せられているだけだと思いますが。

>細部の面白さにストーリーが負けてる気持ちがしないでもないです。

ディテールを追求すれば、物語がおざなりになるのは仕方ないと思います。それこそ、SWですよ。あれは、巨大産業となったから、物語が追い付いているのだと思います。よく、ルーカスの映画でありながら、音楽のジョン・ウィリアムズも、SWの世界観の中核を作った、と言いますが、メインテーマや帝国のマーチとか、SWには、確かに音楽抜きには語れない深みがあります。
セットとか衣裳とか宇宙船もそうでしょうが、技術を追求する事によって、全体の物語は厚みを増すと思います。そして、技術革新とは、コミュニケーション無しには成り立たないです。だから、画期的な発明がブレイクスルーを打ち立てる事によって、社会の物語は歩を進めるのだと思います。

宇宙が舞台となった時代とは、国境や民族を克服していますよね。多種多様な宇宙人や、アンドロイドであったり、惑星に住まう人種は、共生しているわけで、やはり、この物語にイデオロギーは無く、それを持っているのが、ニュータイプの出来損ないのベイダ―や、シスであると思います。つまり、悪の教典であっても、信仰と世俗との戦いはテーマの一つでしょうね。ジェダイは公に仕える、公僕であって、伝道師ではありませんし。
 
 
 
でもさあ… (アブダビ)
2015-11-21 23:59:57
でもさあ隆さん、共産圏に冗談は通じないというけどさ、月刊ムーみたいのを国家予算で真剣に、科学アカデミーで研究させてたのって旧ソビエトてすよ。
書名を失念したけど、昔、講談社新書で訳されていた本は、ソビエト科学アカデミーの地理学の権威だっ…ですけど、中身が古代インドの核戦争とか、ピラミッドは氷河期より古いとか、スプリガンか3つ目が通るか? みたいな内容でした。
多分、論分を書いても政治的な難癖を付けられて粛清されないジャンルだからだろうけど。
誰も相手にしないような荒唐無稽だから、
当局も放っておいてくれると。
社会体制が厳しくなると、逆にバカバカしい夢は必要になるでねいかな?
 
 
 
りんさんさん (雫石鉄也)
2015-11-22 04:54:48
私は、長年の購買仕入屋でして、買い物のプロですから、この話の主人公との相手の立場の人間です。Y鉄工の人間です。
実際は、こんなことはないです。夢物語を書きました。
りんさんさんの「海神」読みます。
 
 
 
アブダビさん (雫石鉄也)
2015-11-22 04:59:34
私をリストラした前の会社にはレーザーのNCマシンがありました。今の会社のNCはガス切断です。この話には1億を切る価格を設定しましたが、実際のレーザーNCマシンは軽く1億を超えます。前の会社はそんなゼイタクをしたからつぶれたのでしょう。
 
 
 
隆さん (雫石鉄也)
2015-11-22 05:06:33
スターウォーズのシリーズはSFよりもファンタジーに近いのではないかと私は思います。
SFとファンタジーの違いについては、アメリカの中国系SF作家テッド・チャンがいいこといってます。
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/e/c481cd7181710e30db8bf4a8600d5ae4
 
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