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フォークリフトVSヒグマ

 20リッターのポリタンクが2本。40リッターの軽油を入れた。ほぼ、1日7時間、フルに稼動しているから、2日に一度 40リッターの軽油を給油してやらなくてはならない。
 三菱重工製MITSUBISHIフォークリフトGRENDIA-FD30。これがこいつの名前だ。俺の相棒だ。午前9時から、午後5時まで。毎日7時間は、こいつのシートに座っている。
 午後6時だ。終業後、FD30の月例点検をしていた。エアークリーナーをエアーブローし、各部をグリースアップ、フォークとマストのカラーチェック。全項目異常なし。点検終わり。帰るとする。ここには、俺一人が残っている。
 寒い。北海道に来て5年になるが、この寒さには慣れない。FD30を駐車位置に駐車して、事務建屋に着替えに行こうとした。
 向こうの藪がカサコソと音をたてた。風はない。何か動物がいるのだろうか。エゾシカでもいるのだろう。ところがエゾシカではなさそうだ。もっと大きな動物がいるようだ。剣呑な雰囲気がする。三日前に事務所で聞いた噂を思い出した。ヒグマが目撃されたらしい。被害は出ていないが、熊除けの警戒をした方がいいとの、役所のお達しがあったとのこと。
 突然、藪の中から飛び出した。噂されていた「ヤツ」だ。日本の野生動物で最大最強。そして最も凶暴で剣呑な動物が目の前に現れた。そいつは俺に向かって走り出した。強烈な殺意を感じた。本州のツキノワグマのような、素朴な森のクマさんではない。ヒグマは凶悪な殺人者となる可能性を有する。1915年北海道三毛別では一頭のヒグマに7人が殺害された。
 逃げねば。どこへ逃げる。事務建屋へ逃げこむか。だめだ、クマは俺と事務建屋の中間にいる。逃げ込む場所がない。視野の端にFD30が見える。そこまでなら走れる。
 走る。ポケットからキーを出しながら走る。FD30に軽油を入れておいて良かった。いつもは朝に給油するのだが、今日は月例点検のついでに夕方に給油した。クマはすぐ後ろを走っている。
 FD30に飛び乗った。発進。エンジン音に驚いたのかやつが一瞬立ち止まった。その間、距離を開けた。ギアを2速にしてアクセルを一杯踏み込んだ。全速力で走る。業務では出したことのないスピードだ。しかし、クマは追いついてきた。北海道の山間部で仕事をしているわけだから、俺でもヒグマについての最低限の知識は持っている。ヒグマは60キロ以上のスピードで走ることができる。FD30は無負荷時で20キロしかでない。
 すぐ後ろに来た。前肢でFD30の後部をたたいた。バカか。FD30のようなカウンターバランス型のフォークリフトの尻は鉄の塊だ。前部で重量物を持ち上げるため、バランスを取るため後部はカウンターウエイトとなっている。そんなものをたたけばいかにヒグマといえども手が痛いだろう。急ブレーキを踏んだ。2本足から四足になったクマの頭がFD30に激突。ギアをバックに入れた。かなり巨大なヒグマだ。体重は400キロはあるだろう。しかし、FD30は自重4トン。18.9/1700という荷役専用車ならではの大トルクを発揮する。いかに巨熊といえども、大関と序の口の相撲だ。ズスズズズ。FD30がヒグマを押す。このまま押して、事務建屋の壁に押し付けよう。小山のような茶色の熊がフォークリフトの後ろでのたくっている。
 衝撃はシートから伝わった。FD30と建屋の壁との間に熊を挟んだ。熊の肉体が破壊―、されなかった。建屋の壁はコンクリートではなかった。うすっぺらい石膏ボードだった。建屋の壁面の全面が抜けた。400キロの熊と4トンのフォークリフトが真正面から激突したのだから当然だ。一面の壁全面が突然消失したのだから、支えを失った建屋が崩れ落ちた。
 ギアを前進に切れ変えた。崩れた建屋から離れる。もうもうと立ち上がったほこりの中からヒグマが立ち上がった。さしたる怪我はしていないようだ。頑強な化け物だ。
 黄色い目は怒りに燃えている。ヒグマは凶暴で執念深い。特に自分の餌には執着心が強い。どうやら、こいつは俺を夕食と決めたようだ。ギアを前進に切り変えて、大あわてで前に進んだ。
 ヤツはダッシュした。たちまち追いつかれ。並走された。まずい。フォークリフトは前部は荷役装置が有り後部にはカウンターウエイトが有る。ところが横はがら空きだ。ヤツが手を伸ばせばやられる。
 急停止し、急ハンドルを切った。フォークリフトは普通自動車とは違って、ものすごく小回りが利く。最少回転半径は2メートルほどだ。FD30の全長は四メートル足らず。自分の全長より短い長さで回転できる。フォークでヤツの足を払った。前肢をかすっただけだった。グギッ。FD30のフォークがヤツの骨を折ったようだ。2本足で立ち上がった。左手をぶらぶらさせている。目に狂気を見た。手負いにしてしまった。手負いのヒグマ。それは地球上で最も手強い野生動物だ。
 5メートルほどの距離を置いて対峙した。立ち上がったヒグマ。身長は3メートルはあるだろう。上等じゃないか。やってやる。俺も妻子がある身だ。むざむざと熊の夕食にされてたまるか。
 熊の目をにらみつけた。ヤツも黄色い目でじっとこちらをにらんでいる。ゆっくりをリフトレバーを押した。フォークが上がっていく。FD30のフォークの最大揚げ高は3メートル。ヤツの身長と同じ。最大まで揚げた。野生動物の喧嘩は相手より大きく見せて威嚇するのが常套手段。これでヤツと同格だ。かかってこい。
 完全に夜になった。今夜は満月だ。ヘッドランプを点灯した。光に照らされてヤツも驚いたようだ。ヤツにすれば、巨大な大目玉の怪物ににらまれたようなものだ。しばし、にらみあう。突然、フォーンを鳴らした。ヤツがひるんだ。俺はそのスキを見逃さない。フォークを下げつつ突進した。フォークの先でヤツの心臓を突こうとした。ところが2本のフォークの間にヤツの胴体が挟まった。相撲でいうもろ差しとなった。ヤツは横向けに挟まれている。幸いにこっち側の前肢は骨折している方だ。身体をねじって右手を伸ばそうとしている。前部のマストとリフトチェーンが邪魔をしてヤツの手が届かない。
 フォークを揚げた。3トンを持ち上げられるFD30にとって、いかに400キロのヒグマといえども軽い。熊を挟んだまま車体を回転させた。フォークから外れたヤツはそのまま、ぶん投げられて、地面に叩きつけられた。
 ヤツは仰向けに倒れた。フォークを熊の上に持っていった。そのままフォークを下げる。地面とフォークの間に熊を挟んだ。チルトレバーを押す。フォークが先端を下げた。がっちりとヤツを押さえ込んだ。このまま押しつぶしてやる。
 ヤツが苦しまぎれに右前肢を振った。それがフォークの根元に当たった。ピンにヤツの爪が引っかかって抜けた。ズリ。ヤツが動くと同時にフォークの鞘が抜けた。俺のFD30のフォークには、長さを長くするためオプションの鋼鉄製の鞘を装着している。それが抜けた。それに助けられ、ヤツはフォークの押さえ込みから逃れた。
 バック。ヤツが横にまわりこんだ。前進。バックを取ったヤツはカウンターウエイトに抱きついた。尻のカウンターウエイトの上はがらあきだ。後頭部に手を伸ばされたらやられる。
 急ハンドルを切る。フォークリフトは普通自動車と違い、前輪が駆動輪で、後輪が舵輪だ。後輪が角度を変えて方向を決める。急ハンドルを切ると尻が鋭く動く。FD30の尻に抱きついた熊を振り払うつもりだった。ヤツは後部ヘッドガードに右手を引っ掛けている。ドン、左手でオペレーターシートの背中を突いた。前のめりになった。骨折していない右手で突かれたら、俺はシートごと吹っ飛ばされていただろう。
 すぐ後ろに熊の顔がある。巨大な口を開けた。ナイフのような牙が見える。噛みつかれる。シートと車体のすき間に手を入れる。そこにモンキーレンチが有るはずだ。有った。それで思いっきりヤツの鼻面を殴った。FD30の尻からヤツがこぼれ落ちた。
 ハンドルを切って方向を変えた。常にFD30の前部を熊に向けてなくてはダメだ。ヤツは鼻を押さえてうずくまっている。攻撃するか。逃げるか。逃げはできない。普通自動車なら逃げられるが、時速20キロのフォークリフトではヒグマの足なら追いつかれる。攻撃しかない。
 ダメージから立ち直ったヤツが立ちあがる。直立した。大きく咆えた。ヤツに向かって走った。フォークの先端でヤツの腹を突く。ズブッ。刺さった。刃物ではないので深くは刺さらない。すぐ抜けた。激痛が走っただろう。激怒したヤツは横に回りこむ。なかなか賢いヤツだ。俺の弱点を知ってやがる。そうはさせるか。回転する。フォークがヤツの足を払った。フォークリフトでヒグマに柔道の大外刈りをかけた。見事に1本取った。
 すかさずフォークの先でヤツの頭を突いた。グギッ。骨が陥没する音が聞こえた。ヤツの頭蓋骨を粉砕したようだ。ヤツは立ち上がらなかった。
 
 
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
うわー (もぐら)
2011-12-21 23:19:07
リアルですねー。
私もフォークリフトの免許を持っていて、仕事でも
使ってました。
こちらの作品と同じカウンターだったので、よけいに
リアルでした。
でも熊を振り落とすまで車体を振ると乗ってるほうも
なかなか踏ん張らないとつらいですね。
リーチよりはましだけど。
おもしろかったです。
 
 
 
もぐらさん (雫石鉄也)
2011-12-22 10:11:22
フォークリフトの免許を持ってるんですか。
女性では珍しいですね。
カウンターのフォークだったら、(現実は無理だと思いますが)、うまくすると、ヒグマと闘えるかもしれませんが、リーチタイプだと無理ですね。
 
 
 
面白かったです (アブダビ)
2015-11-15 01:41:46
ただ…やれと言われると、やりたくないです。ブルドーザーでも嫌です。

スタージョンが「殺人ブルドーザー」て作品を書いていて、映画にもなってます。
それを思いだしながら読みました。
 
 
 
アブダビさん (雫石鉄也)
2015-11-15 05:09:19
私もフォークでヒグマとケンカするのはイヤです。
この三菱FD30、会社での私の愛車です。
 
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