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『人体 失敗の進化史』

遠藤秀紀、2006、『人体 失敗の進化史』、光文社新書

肩こりや胃下垂、各種ヘルニア、エコノミー症候群、腰痛、難産、その他、人間が抱える沢山の病気は人類の誕生以来その「設計」の誤りや「設計思想」の齟齬によっていやおうなく人類がが抱えることになった病である。筆者は、本書で「設計」あるいは「設計思想」という用語を用いて、デザインとしての人体、さらには、生物進化の実相を描き出そうとする。
人類の歴史は、直立二足歩行というわれわれの歩行形態をもつ化石人類にまでさかのぼるとしても、たかだか500万年ほどの歴史しかない。生命の起源が5億年頃にまでさかのぼるとしたら(とりあえず、現生の生命の直接の起源に近いカンブリア期の大爆発の時期とでもしておこうか)、人類進化の歴史はたかだかその百分の一。その短い間にも、人体にはさまざまな進化のあとが見られる。進化と言う言葉は、「進歩」と紛らわしい。人体の進化に限らず身体のつくりの変化は、必ずしも望ましい方向に進んでいるのかどうか、実のところ紛らしい。生存にかかわるような身体の変化は、おのずと淘汰されるので、当該の種が生き残っていると言うことは、何らかの利点があったと言うことには違いないわけではあるのだが。
たとえば、本書で、空を飛ぶ鳥類やこうもりの手と人間の手が比較される。発生学上同一である前足の部位が一方では翼となり、手となる。こうした器官の相同は選択した生活圏の違いがそうした、形状の違いを結果するわけである。しかし、その変化は、順調な合目的的な進化の道筋をたどるわけではない。たとえば、人類の抱えるさまざまな宿痾、腰痛であったり難産であったりするのだが、これらは人類が直立二足歩行する動物であるが故のトラブルである。しかし、直立二足歩行をはじめたがゆえに両手が自由になり、おそらく、脳の機能発達を生み、バランスよく直立したゆえに脳が大型化した。このことからすると、偶発的な器官の変化が結果として新たな進化の筋道が開けたのであって、望んだわけでも、望ましい方向に進化したわけでもなく、まさに「中立的」に進化が起きてきたことが、器官の変化においても見て取ることができる。
人類進化についての重要なトピックのひとつとして身体と文化のかかわりがある。著者が取り上げるのは女性の生殖サイクルと哺乳瓶である。排卵から月経に至る生理のサイクル、しかも、28日間と相対的に長いサイクルを持っている。また、発情期をもたない結果、生殖にかかわらない性行動が存在する。一方、長期の哺乳の継続によって排卵は停止する。長期の哺乳は未熟な赤ん坊を出産する人類にとって、必須であって、多くの社会は、2-3年に及ぶ哺乳期をよしとするのである。そうした人類の生殖・哺乳にかかわる諸相にあって新たに生み出された哺乳瓶、実は、これは象徴的なもので、たとえば、離乳という習慣やカジュアルな性行動などとも関連があるのであろう。また、さまざまな避妊技術と言った文化とも関連がある。人類の場合、身体上の進化のみならず、文化や社会的システムもまた、身体を構成する重要な一部なのである。
筆者は解剖学を学び同学の徒が生化学的な研究に向かうところ、実に地道な個体の解剖への道を歩む。個体を解剖しその成果を積み上げることによって、見えてくる生物の生活形や身体の進化の証左を解明しようとするのである。著者はこうした基礎科学の重要性を繰り返し主張する。最近でこそ大学で勤務しているが、長く博物館に勤務し、動物園や水族館などで死んだ動物の死体を解剖し続けてきた著者の業務の重みがある。
本書で紹介されている著者の解剖失敗のエピソード、ペンギンの解剖の話が出色である。ペンギンの胃袋は魚を飲み込むために丸くなく、のど元から尾までの長さにおよぶ長大なものなだそうだ。生活形に見合うように身体の構造が出来上がっていること、このことをまさに失敗の中で学ぶのである。こうした地に足着いた研究の蓄積がきわめて重要なのである。本書は、まさにそうした基礎科学の重要性について繰り返し熱く語られているのである。

(20070704:あいまいなところ正確さを書くところ、少々改定)

人体 失敗の進化史

光文社

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2006-06-28 00:57:31 | 夕食・自宅 | コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
人体 失敗の進化史の著者遠藤秀紀です (遠藤秀紀)
2006-07-02 10:39:30
拙著に詳しいコメントを書いてくださいまして、感謝します。ありがとうございました。できるだけ多くの皆さんに、形態学・解剖学の面白さを広めたくてこの本を出しました。形のもっている意味を、遺体から考えていく毎日は、なかなか愉しいものなのです。これからもご意見ご感想くださいますと幸いです。よろしくお願い致します。遠藤秀紀
 
 
 
著者からのコメントありがとうございます (sig_s)
2006-07-02 21:52:13
遠藤さん、コメントをありがとうございました。読み終えてすぐ、生書きで書いたので、内容が練れていません。あしからずご容赦ください。

基礎科学の重要性と面白さを書き続けられている遠藤さんの著作、いつも楽しみに読ませていただいています。がんばってください。
 
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