★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

あはれに心ざしあるやうに

2020-04-30 21:55:59 | 文学


人ききつけてものしたり。われは物もおぼえねば、知りも知られず、人ぞあひて、「しかじかなんものしたまひつる」と語れば、うち泣きて、けがらひも忌むまじきさまにありければ、「いと便なかるべし」などものして、立ちながらなん。そのほどのありさまはしも、いとあはれに心ざしあるやうに見えけり。

母と共に逝きかけておる蜻蛉さんの様子をききつけて兼家さんが駆けつける。蜻蛉さんは意識がなく何が何だかわからない状態なので、侍女が応対した「かくかくしかじかのご様子です」と語ると、兼家さんは泣きじゃくって死の穢れも厭わず入ろうとするので「それはいけませぬ」と引き留め、兼家さんは立ったまま見舞うことになったのだ。その当時の様子は、とてもしみじみと愛があるようにみえた。

よくわからんが、やはりいまのコロナと同じで、屍体からも病気がうつるみたいなことを考えたのであろうか。当時は、死に触れると30日間蟄居したのであった。しかしまあ、こういうときにボンクラさんもちゃんと駆けつけるのであるから、やはり惚れていたのである。男心は不思議なものだのう――というか、全然珍しくもなんともない事態である。

私に乃木さんの死んだ理由がよく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が明らかに呑み込めないかも知れませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。あるいは箇人のもって生れた性格の相違といった方が確かかも知れません。私は私のできる限りこの不可思議な私というものを、あなたに解らせるように、今までの叙述で己れを尽したつもりです。
 私は妻を残して行きます。私がいなくなっても妻に衣食住の心配がないのは仕合せです。私は妻に残酷な驚怖を与える事を好みません。私は妻に血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の知らない間に、こっそりこの世からいなくなるようにします。私は死んだ後で、妻から頓死したと思われたいのです。気が狂ったと思われても満足なのです。


――漱石「こころ」


蜻蛉さんの母親が蜻蛉さんに「いかにせん」の呪縛をかけていたとしてもそれは愛であったから、その愛はもしかしたら兼家にも感染していったのかも知れない。しかし、漱石が読者に残そうとしたものはもっと嫌らしいもので、「不可思議な私」というものだ。このウイルスは結構な勢いを持っていた。年若い人間にもかかり、先生のようなものにももう一回罹るような病気だった。

「いかにせむ」への依存

2020-04-29 23:02:51 | 文学


さらにせむかたなくわびしきことの、世の常の人にはまさりたり。あまたある中に、これは、おくれじおくれじと惑はるるもしるく、いかなるにかあらむ、足手など、ただすくみにすくみて、絶え入るやうにす。

「古代なる人」、蜻蛉さんの母親が亡くなった。ものすごい衝撃で、蜻蛉さんは、兄弟たちの中でも、母に死におくれまいと思う気持ちで動転し――、そのためもあってか、どうしたことか。手足が硬直して死んだように変容してしまった。このあと、幼い道綱を呼び寄せ、「後は頼みます。お婆さまの法事を頼みますと、お父様(あのボンクラです)に申し上げなさい」と言ったきり、「いかにせむ」を繰り返すのみ、失語してしまった。周りのものも、「いかにせむ、などかくは」(どうしましょう、どうしてこんなことに)と泣くばかり。

ボンクラとの結婚は波乱続きで慰めていたのは母上であったのであろうが、そもそも汚い字で書いてきた恋唄に返事を書けといったのもこの古代の人であって、――かかる母親が亡くなることは、蜻蛉さんにとって、母親以上に母親に関わる関係性を喪失することであったに違いない。それにしても、我々はちょいと他人に関係性を食い込ましすぎているのではないかと思うこともある。依存というと主体間の関係にみえるが、依存は主体の溶解でありそう簡単に分離出来ないのだ。

近所で赤ん坊が泣いているのがよく聞くが、彼らの叫び方はちょっと我々の依存症的な関係を示すようである。あれは、嘘泣きというレベルを超えている。

ユンガーは『言葉の秘密』で、言語と耳は、「剣と鞘、足とあぶみの如く一緒にあわさっている」と言っていた。ユンガーはその二つが理性への関係性をもつことを期待しているようでもあったようなきがするが、赤ん坊の泣き声のように、理性を麻痺させてしまう、言語を奪う耳の働きというものがあるように思うのである。我々は、妙なスローガンを好み、そこに信頼出来るものを捜そうとする癖があるが、これも、耳によって心が割れてしまっていると思うのである。

上の蜻蛉さんだと、いかにせむ、の泣き声みたいなものの連呼がますます体の機能さえも奪ってしまう。父がやってきて「親は母だけでない」と言いながら、薬を飲ましてやると次第に回復する。口を喋る以外のことに使っているうちになんとなく回復したのではなかろうか。シランけど。

要するに、人間は、いかなる職業にあっても、その心がけが、社会のためにつくすという一事に於て、全的生涯が完うされるものだということを感じているのであります。
 善良な理髪師の如く、善良な靴匠の如く、私は、また真実な一文筆者として使命を果たしたいと思っています。幸に、男子にとって、厄年である四十三も、無事に過ぎたことを祝福します。


――小川未明「机前に空しく過ぐ」


「人間」とか「男子」とかに頼るようになると、職業なども二次的な問題となる。こういう乗り越えかただってあるのだが――、これはこれで余りにも踏み倒す事柄が多いことも事実なのであった。

日ごろなやましうてしはぶきなどいたうせらるる

2020-04-28 20:55:00 | 文学


かかるほどに、祓のほどもすぎぬらん、七夕はあすばかりと思ふ。忌も四十日ばかりになりにたり。日ごろなやましうてしはぶきなどいたうせらるるを、物怪にやあらん、加持もこころみむ、狭ばきどころのわりなく暑きころなるを、例もものする山寺へのぼる。 十五六日になりぬれば、盆などするほどになりにけり。見れば、あやしきさまに荷なひいただき、さまざまにいそぎつつ集まるを、もろともに見てあはれがりもわらひもす。さて心ちもことなることなくて、忌みもすぎぬれば京にいでぬ。

「しはぶき」は咳で蜻蛉さんは風邪らしい。しはぶきで多く人が死んだとも「増鏡」にあるらしい。インフルエンザだったのであろうか……。源氏物語でも、夕顔が死んでショックで寝込む源氏がケホケホいっている。「舞姫」では、エリスを捨てた豊太郎が無茶をして風邪で卒倒する。物語の世界は病で充ち満ちている。結核やうつ病が近代文学になにやら別の意味を招き寄せる「意味」のような重さを持つにいたっていたことは屡々指摘されるところだ。

しかし、いずれも病を外から来る何かと捉えていることには変わりがない。ここでは「物の怪」ということになっているが、いまなら「コロナ」といっている。我々の遺伝子なんかがほとんどウイルスみたいなもので出来ていることを聞きかじっている我々は、ウイルスは自分の一部であり、動物の一部であり、両者の媒介でもあり、生態系のネットワークの間にすぎないみたいな思想にますます捕らわれているのであるが、我々の自意識がそういうところに耐えられるかどうかは分からない。案外、あいつの恨みが物の怪になったみたいな、――金やトランプがコロナを発したみたいなところに落ち着きそうで恐ろしい。

上の蜻蛉さんたちなんかは、加持祈禱をやって安心を得てから、山寺に避難して今でいう「3密」を避けるみたいな行動をしている。案外昔も合理的だったのか、と感心している場合ではない。なぜなら、こういう物忌みみたいな行動は形式化して、なんと今でもやっている人達がいるのだ。

今年の二月、私は満二年の療養生活を卒へやうとする最後の時期に、M博士の所謂試験的感冒に罹つた、これを無事に切り抜ければ胸の方は全快といふ折紙がつくわけである。
 例の海岸の発病以来、絶対に「風邪を引くこと」を禁じられてゐた窮屈な生活から、いよいよ解放される時が来たのだ。
「もう、いくら風邪を引いてもいゝ」――なんと愉快な宣告ではないか。

 ある西洋人が、日本に来て、「日本人は何時でも、みんな風邪を引いてゐる」と云つたさうである。
 なるほど、さう云へば、さうかも知れない。第一、日本人の声は大体に於て、西洋人が風邪を引いた時の声に似てゐる。
 第二に、日本人くらゐ痰を吐く人種は少い。
 第三に、劇場や音楽会や、いろいろの式場などで、日本ぐらゐ咳の聞こえるところはない。いよいよ始まるといふ前に、先づ咳払ひをして置く。一段落つくと、あゝやつと済んだといふ咳払ひをする。芝居なら、幕の開いてゐる間でも、一寸役者の白が途切れると、あつちでもこつちでも咳をする。
 私の知つてゐるある婦人は、なんでも静かにしてゐようと思ふと自然に咳が出るさうである。つまり、呼吸をこらすと咽喉がむづむづするんだらう。これなどは、生れながら風邪を引いてゐる証拠である。
 今年は私もせいぜい風邪を引かう。


――岸田國士「風邪一束」


我々がいま望んでいるのはこんなかんじの世界であろう。ワクチンや薬を発明できた安心感であるが、しかし、いったんもとのウイルスに脅かされる世界に戻ると、我々は平安時代から遠く離れていなかったことに気がつくのである。

夏引きの

2020-04-27 18:37:39 | 文学


又、たちかへり、
  夏引のいとことわりやふためみめよりありくまにほどのふるかも
御返り、
  七はかりありもこそすれ夏引のいとまやはなきひとめふために


上の歌は、ボンクラ兼家が仕えている兵部卿の宮のもので、夏引きの糸じゃないが二人も三人もの奥さんの間を歩き回っていりゃ出仕の暇もないよね、という感じで。ボンクラは兵部大輔。暇な職なのである。よくわかんが、出仕しなくてもいいレベルなのだ。コロナじゃなくても在宅勤務だ。で、上司からメールが来たのである。

いまなら「このゴミクズが、首だっ」となるところかもしれない。――いや、ならない。わたくしはトランプ出演のワイドショーを見すぎであった。むしろいまなんか「先月はちゃんと来られたよね。これを思い出してきてみよう」とか寄り添われている可能性が高い。

閑話休題。ボンクラはちょっと蜻蛉さんとよりをもどしつつあったので?面白い歌を返せるのであった。「いやー七人もいましてね、一人や二人の妻だったら時間がなくなるほどのことじゃありません」と返したのである。

GO TO HELL

となるべきところが、宮も暇なのであろう。

君と我なほ白糸のいかにして憂き節なくて絶えんとぞ思ふ
二め三めは、げに少なくしてけり。忌あればとめつ


優しい……。兵部の卿であるから軍事部門ではないか。わたくしならただちに蜻蛉宅を包囲し焼き討ちにするところだ。蜻蛉さんをふくめて、彼らは暇なので言葉遊びばっかりしている。この習慣は、いまでも残っており、3密とか、ステイホーム週間とか言っている。

八月になってから急に蒸々と気温が昇って、雨気づいた日が続いた。何処の家の蚕にも白彊病が出始めた。拾っても拾っても後から後から白くなって死んで行った。ひどいところでは一晩のうちにぞっくりと白く硬化した。役場で配った薬を蚕の上に振りかけて消毒して見ても、なんの効果もなかった。土間に白く山盛に放り出した死蚕を眺めて人々は張合のない顔を合せてゐた。
 天竜川には毎日河上の方で捨てる蚕が流れてくる噂だった。そして日日の新聞は日増に繭の値の下落を報じた。
「へえまあお蚕飼ひはつくづく厭ァになつた!」
 女房達はさう云って顔色をわるくしてゐた。


――金田千鶴「夏蚕時」


夏引きの……。平安時代だって死屍累々の風景が広がっていたに違いない。科学と資本主義はいろいろなものを見させる。本当は言葉遊びはそのあとで真に始まるべきなのである。

いまぞ胸はあきたる

2020-04-26 22:11:54 | 文学


かうやうなるほどに、かのめでたき所には、子うみてしよりすさまじげに成りにたべかめれば、人にくかりし心思ひしやうは、命はあらせてわが思ふやうにおしかへしものを思はせばや、と思ひしを、さやうになりもていく。はてはうみののしりし子さへ死ぬるものか。孫王の、ひがみたりし親王のおとし胤なり。いふかひなくわろきことかぎりなし。ただこの心しらぬ人の、もてさわぎつるにかかりてありつるを、にはかにかくなりぬれば、いかなる心地かはしけむ。わが思ふにはいますこしうちまさりて嘆くらんと思ふに、いまぞ胸はあきたる。いまぞ例のところにうちはらひてなど聞く。されどここには例のほどにぞ通ふめれば、ともすれば心づきなうのみ思ふほどに、ここなる人、片言などするほどになりてぞある。出づとてはかならず
「いま来んよ」
といふも聞きもたりて、まねびありく。


町の小路の女へのボンクラの愛は子どもが出来てからすっかり冷めてしまったようである。根性がすっかりおかしくなってしまっていたわたし(蜻蛉さん)は、あの女に長生きをさせわたしのような思いを一〇〇倍返しだと思っていたのであるが、――ほんとにそんな感じになってしまい、あげく果てにゃ、「うみののしりし」(大騒ぎして生んだ)子どもさえ死んでしまったトハナ。あの女、天皇の孫であり、世を拗ねた皇子の隠し子であった。言う価値もなくつまらない者であることよ。ただ、最近の実情を知らぬ人達が騒ぎ立ていい気になっていたところ、にわかにこんなことになり、どんな気持ちになったんだろうね。わたしが苦しんでいるよりもう少し余計に歎いているんだろうと思うと、いまこそわたしの気分はスカッと最高。ボンクラは、今は元通りに時姫様の所にしきりに通っていると聞く。でも私の所には時たまなので、ともすれば満たされぬ思いでいると、息子の道綱が、片言を言うのだった。ボンクラが家を出るときに必ず
「またすぐにクルよ」
という言うのを聞き覚えて、口まねをしてることだ。

第1楽章のクライマックスとも言うべき、すごい場面である。ボンクラの小悪が、蜻蛉さんを祟神に昇格させた。浮気相手の子どもを殺し、出自を暴露し息子にボンクラの口まねをさせる。道綱はインコかっ

かつて私は
悪事をやった立場に立たされた時
こう憎々しげに吐きつけられたものだ、
「胸に手を当てて、よっく考えて見ろ!」

私は今、胸に手を当てて
静かに激しく想っている。
私は悪事をやった為だろうか。

いや、私は悪事をやったのではない
悪事は彼等がやったのだ。
彼等は悪事を犯していながら
私をつかまえて手足を縛しておいて
「お前は悪人だ、
 お前等は悪事の張本人だ」
そう頭から、権威をもってどやしたのだ
その時何故、私は言わなかったのだ、
「いや断じてちがう、悪人は手前達だ、その背骨をいまに叩き折ってやる!」と

私は今胸を病んでいる
胸を病んでいる私は胸に手をおいて
胸の中に、鼓動しているかすかな響きをかぞえる
この響きは次第に私の内臓が細菌にむしばまれてゆく、そのかなしい音楽なのだ、
こんな音楽を誰が私の胸にかなでるのか、
かなでるのは私の弱った肉体なのだが、
こんな弱いからだにさせて
あけても、くれても天井ばかりを見つめさせ
私の老母を もう米が一粒もなくなったと言って泣かせたり
私の弟に魂のない人間となって働いてもらわねばならないのは、
「胸に手を当てて考えて見ろ」と言った
あいつらのためなのだ、私はあいつ等を憎悪する
「あいつこそ悪人ではないか! 仮面のあいつこそが」


――今野大力「胸に手を当てて」


「胸あく」(気分がすっきり)というのは、いまはなかなか言えぬ御時世だ。近代文学も屡々胸の病気が死の病で、罪悪感さえも胸の中にあるとされた。今野が示唆するように、我々の胸の中に嵐はあるが、罪はどこにあるのか。蜻蛉さんはもう自分の根性の悪さを楽しんでいるところがあるが、一応被害者だからまあいいだろう。世の中、罪を他人に見出して楽しんでいる連中ばかりである。

あらしのみふくめるやどにはなすすき

2020-04-25 23:33:14 | 文学


いかなるをりにかあらん、文ぞある。「まゐり来ほしけれどつつましうてなん。たしかに来とあらば、おづおづも」とあり。


今も昔もクズの特徴である、「だったら強制してくれよ」といういいわけである。最近も、だったらちゃんと命令してもらいたい、みたいなことを口々に言うおたんちんが繁茂しているが、自分のことを自分で決定出来ずに、それを権力に預ける輩であって、――彼らは従順ではなくて、むしろ自分のことしか考えていないので自分の欲望に叛することは命じられることを望んでいる。むしろ自己否定が出来なくなっていることがファシズム化を呼び寄せるのである。

あらしのみふくめるやどにはなすすき ほにいでたりとかひやなからん

これは、ボンクラが、「ほにいでばまづなびきなんはなすすき こちてふかぜのふかむまにまに」とまた、――「だったら強制して風を起こしてくれれば花薄も靡くよ」と植物の頑強な主体性を無視した戯れ言をいうのに対した歌である。曰く「お前の風はひどい嵐で、花薄が出たらいつもひどい目に遭っているんですわ、そんな私が来て下さいとか言ったところでかいなんかありますかっ。」と。

そうだそうだ。ユンガーではないが「鋼鉄の嵐の中」にいるのがわれわれであって、変に塹壕から頭を出してみろ、球が飛んでくるというものだ。コロナ防御で本来の仕事に過剰に目覚めた国家をはじめ、何かに目覚め、その実欲望の一貫性を認識出来ない輩が、世直しのために興奮して出てくる嵐の時代がこれからやってくる。

「大都市は墓地です。人間はそこには生活していないのです。」
 これは日ごろ私の胸を往ったり来たりする、あるすぐれた芸術家の言葉だ。あの子供らのよく遊びに行った島津山の上から、芝麻布方面に連なり続く人家の屋根を望んだ時のかつての自分の心持ちをも思い合わせ、私はそういう自分自身の立つ位置さえもが――あの芸術家の言い草ではないが、いつのまにか墓地のような気のして来たことを胸に浮かべてみた。過ぐる七年のさびしい嵐は、それほど私の生活を行き詰まったものとした。
 私が見直そうと思って来たのも、その墓地だ。そして、その墓地から起き上がる時が、どうやら、自分のようなものにもやって来たかのように思われた。その時になって見ると、「父は父、子は子」でなく、「自分は自分、子供は子供ら」でもなく、ほんとうに「私たち」への道が見えはじめた。


――藤村「嵐」


藤村は、どうしても最後にいい子ぶる癖が抜けなかった。「夜明け前」ではかなり踏ん張ったが、彼は嵐の中に亡くなった。

あさましうめづらかなることかぎりなし

2020-04-24 23:31:01 | 文学


この時のところに、子うむべきほどになりて、よき方えらびて、ひとつ車にはひのりて、一京ひびきつづきていと聞きにくきまでののしりて、この門の前よりしも渡るものか。


町の小路の女のところで子どもが生まれた。よい方角を選んで、ボンクラ兼家も牛車に同乗(ふつうこういうとき女と同乗はせんのじゃボケッ)、都じゅうに音を響き渡らせて聞くに堪えない騒ぎようである。ここまでですでにボンクラはオワットルやつなのであるが、しかも蜻蛉さんの家の前を通ってゆくではないか。直ちに牛車から落ちろよウンコ兼家。しかし、

ただ死ぬるものにもがなにあらむ、いみじう心憂し


と思うのは蜻蛉さんの方。ここにウンコボンクラ兼家から手紙が来た。

「このごろここにわづらはるることありて、えまゐらぬを、きのふなん平らかにものせらるめる。けがらひもやいむとてなん」
とぞある。あさましうめづらかなることかぎりなし。


なんと自分は出産で穢れたのでそちらに行っては迷惑かと思ったとか言っている。まさに「あさましうめづらかなることかぎりなし」(あきれ果てる程普通でないこと無限大)である。

すごい、こんな男もいたんだなあ、と思うが、――たしかに蜻蛉さんはもう触覚(トサカ)にきてしまっているのでこう見えているだけのことだ、ウンコボンクラみたいな男は案外普通にいたに決まっている。これをウンコボンクラではなく光り輝くいい匂いの男に変えれば光源氏となる。光る人も冷静に考えてみれば、ウンコボンクラがボウフラに見えるレベルの異常事態恋愛を繰り返している。しまいにゃ自分の気に入った蜻蛉さんを自分の家に集めて楽しむという映画「コレクター」もびっくりのサイコパスである。

恥かしかった。下手な歌みたいなものまで書いて、恥ずかしゅうございました。身も世も、あらぬ思いで、私は、すぐには返事も、できませんでした。
「姉さん、心配なさらなくても、いいのよ。」妹は、不思議にも落ちついて、崇高なくらいに美しく微笑していました。「姉さん、あの緑のリボンで結んであった手紙を見たのでしょう? あれは、ウソ。あたし、あんまり淋しいから、おととしの秋から、ひとりであんな手紙書いて、あたしに宛てて投函していたの。姉さん、ばかにしないでね。青春というものは、ずいぶん大事なものなのよ。あたし、病気になってから、それが、はっきりわかって来たの。ひとりで、自分あての手紙なんか書いてるなんて、汚い。あさましい。ばかだ。あたしは、ほんとうに男のかたと、大胆に遊べば、よかった。あたしのからだを、しっかり抱いてもらいたかった。姉さん、あたしは今までいちども、恋人どころか、よその男のかたと話してみたこともなかった。姉さんだって、そうなのね。姉さん、あたしたち間違っていた。お悧巧すぎた。ああ、死ぬなんて、いやだ。あたしの手が、指先が、髪が、可哀そう。死ぬなんて、いやだ。いやだ。」


――太宰治「葉桜と魔笛」


女の逆襲である。まことにうるさい。

夜長の慰撫

2020-04-23 23:19:44 | 文学


かくて絶えたるほど、わが家は内裏よりまゐりまかづる道にしもあれば、夜中あか月とうちしはぶきてうちわたるも、聞かじと思へども、うちとけたる寝もねられず、夜ながうして眠ることなければ、さななりと見聞く心地はなににかはにたる。


「夜ながうして眠ることなければ」の部分は、白楽天の所謂「上陽白髪人」の「秋夜長 夜長無寐天不明」をふまえていると言われている。がっ、肝心なのは、上陽人がなぜ秋の夜長を一人で寝ているかと言えば、若い頃後宮に入ったが楊貴妃に睨まれて帝に会えずに一生を終えようとしているからなのであった。このすさまじさに比べれば、蜻蛉さんなんか、兼家という字が汚いボンクラに遊ばれて飽きられていらいらしているだけで、全く似ていない。

今も昔も、身の丈に合わない空想をして勝手に落ち込んでいる人はいるもので、最近なんか、交響曲第八番以降、五〇近くになって大スランプに陥ったベート-ベンと自分を比べて自分を慰めていたバカがいた。

わたくしである。

とはいえ、こういう他人の不幸が人を勝手に慰撫することはあるのは確かに倫理的におかしく見えるのであるが、――他人の幸福の場合もそうであるから、人間は生きて居られるということがある。

今日、岡江久美子さんという人がコロナでなくなったのだが、子どものころ、「連想ゲーム」で大和田獏というにこにこ顔の男の前に座っていた岡江さんというきれいなお姉さんいて、その人が今日なくなった人なのであった。(ちなみに、わたくしの記憶違いで、その「きれいなお姉さん」というのはもしかしたら檀ふみだった可能性もある。)「連想ゲーム」というのは子供心に「大人は頭がいいな」と思わされた番組であって、大和田さんと岡江さんがその後結婚したと聞いて、頭のいい大人同士は結婚する、という意味不明な観念を私に植え付けたのであった。

まだ、この頃は、テレビの中の世界がなんだかおとぎ話みたいなところがあったと思う。志村けんの下ネタでさえ、アダムとイブは裸だぞ、みたいなパラダイス――虚構空間でおこなわれていたところがある(だから志村の相手はいつも美女だった)。

だから、芸能人の個人性は本当はどうでもよかったのだ。

そして、それは視聴者の個人性のあり方と対応していた。私の勘違いでなければ、一部の半端なインテリたちの「実存」的意識を除けば、我々大衆のなかには個性はあってもアイデンティティや居場所などいった慰撫が必要な何者かはなかった。そうでなくなった後は、我々は個人性がどうにもならない虚構空間を失ったのである。

オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。
「サヨナラの挨拶をして、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」
 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。
 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。
 するとヒメはオレの手をとり、ニッコリとささやいた。
「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして……」
 ヒメの目が笑って、とじた。
 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。


――坂口安吾「夜長姫と耳男」


近代文学が生んだ最高の「夜長」小説にして、パンデミック小説であるこの小説は、病によって社会が崩壊し、しかも為政者の気が狂っている場合に、何が起こるかが夢想されている。プロレタリア文学が敵との一騎打ちを夢みたなかでは、まだ社会(集団としての労働者)が機能していた。本当は社会が壊れることをシュミレートしておくべきなのだ。そこで安吾が考えたのは、社会が壊れたことを想像するのは男女関係を想像すればよいということではなかったか。――しかし思うに、男女関係のなかでも、蜻蛉さんのように人は中途半端に夢みるのであり堕落を避けるのである。

煙るモノ

2020-04-21 23:23:04 | 文学


かくありつつき絶えずは来れども、心のとくる世なきに、離れまさりつつ、来ては気色あしければ、『倒るるに立ち山』とたち帰るときもあり。


人間が倒れても立山は立っている――あたりまえじゃねえか……

立山はまだ直に見たことないからコロナがおさまったら見に行きたいものだ。

 藻塩焼く煙の空にたちぬるはふすべやしつるくゆるおもひに
など、隣さかしらするまでふすべかはして、このごろはことと久しう見えず。


この歌を詠んだのはご近所さまらしいんだが、すごいことである。「塩を焼く煙が空に立ち上るごとし、そんな嫉妬の火が煙たいのでしょうよ。ご主人が早々と帰るのはさ」……。こんなことをいう人がいるのがすごい。あんたは読者かっ

確かに、いやな相手に「煙たい」と思うのは、比喩以上のものがある。本当にけ煙たいのである。同じようなところが反応している。火をおこすのは我々だ。初め火をおこして遊んでいて気分がいい。しかし余り近づきすぎると煙がむせることも出てくる。だいたい人間関係もそんな感じで、相手がへんな燃焼をおこすのをわかっていながら敢えて燃やすと、へんなものを吸い込むことになる。だめなやつにはおだてて火を付けるべきではない。

遂々猪が飛出しました。猪は全く勇しい獣でした。猪はほんとうにやっていって火をつけてしまいました。
 みんなはびっくりして草むらに飛込み耳を固くふさぎました。耳ばかりでなく眼もふさいでしまいました。
 しかし蝋燭はぽんともいわずに静かに燃えているばかりでした。


――新美南吉「赤い蝋燭」


こういうことは人間界ではあまりない。新美南吉の自意識はこういう話を作り出すのだが、赤い蝋燭だって、屈んで覗き込んでみれば、それなりに煙ったいものである。動物に限らず、比喩というものは、しばしばそういう自明の理を忘れさせる。蜻蛉さんがわすれているのは、この兼家というボンクラが付き合うにたる相手かということであった。ただの金持ちではないのか?

平常底にさへかるといふなる真菰草

2020-04-20 23:56:43 | 思想


西田幾多郎の最後の論文「場所的論理と宗教的世界観」は、空襲下の東京で書かれたのだが、そのなかで繰りかえされている「終末論的な平常底」はそのなんとなくユーモアが感じられるところがよいと思う。

西田哲学は強弁だとか呪文だとか未整理だとか言われてきたが、最近はもう思弁的実在論やらなにやらのなかで「むしろ読めるぜ」ということになってきている。だいたい、素人が哲学を現実の説明だと思う誤解が西田を遠ざけていた。西田がよく言う「~でなければならない」というのは文字通り解されなけれなければならない。現実はある種の当為によって見えてくるものである。考えてみれば当たり前であるが、行為によって意味が生じるのであって西田の文章はそれを体現しようとしていた。だから、最初は机に座ったぼんやりしたところから始まるみたいな文章なのであるが、次第に文の進む当為の道によって、見えてくるものがあって、それこそが真だと信じられているのである。

それにしても、空襲に怯えながら、つまり終末に覚えながら、机の前に平常心で座り続ける西田の頭には、平常心によってしか感じられない地獄の底のような感覚があったのであろう。確かに、その当時、多くの人にそれはあった。西田は、以前からそんな場所の存在を直覚していただろうから、戦争によってやっとそこに人々が追いついたのだと思う。コロナによって我々はそれを思い出す。

西田は論文のなかで、所謂「日本精神」を、膚薄な平常底とみなしている。少し曖昧な書き方をしているが、源氏の神秘と芭蕉の枯淡を相対的にしか西田は評価しておらず、「終末論的に、深刻に、ドストエフスキー的なるものを含んで来なければならない」と言っている。そんなものは、米軍に追い詰められている日本にはなかったが、――世界史的な日本精神みたいな夢を西田はみていたのだ。それはドストエフスキーが源氏物語を書くような文化である。その意味で、昭和初期の近代文学と西田は似たようなところを向いていた。向きすぎていたと言ってよいような気がする。

 そこにさへかるといふなるまこもぐさ いかなるさはにねをとどむらん
かへし
 まこもぐさかるとはよどのさはなれや ねをとどむてふさははそことか


時姫は蜻蛉さんよりも先に兼家と結婚していたんだが、兼家は時姫はおろか蜻蛉さんのところにも寄りつかなくなっていた。だから、彼女は蜻蛉さんに「底(そこ)つまりあんたのところからも離(か)れてしまったという、真菰草のようなあの方はいったいこんどはどこの川に根をはっているんでしょうね」とか言われても困るのだ。「あの人がよりつかんのは私のところだボケっ あんたのところに寝付いているときいてるんですが何か?」と返すしかないないわけである。

西田幾多郎はこういう「底」が我々に根をはっていることに絶望していたのであろうか。兼家は真菰草であり底であり沢である。兼家みたいに机の前に座っていられない輩がたくさんいるわけであった。しかも、彼を相手にする女たちも蜻蛉なのである。確かに膚薄のようである。

いかに久しきものとかは知る

2020-04-19 23:21:26 | 文学


二、三日ばかりありて、暁方に、門をたゝく時あり。さなめりと思ふに、憂くて、開けさせねば、例の家とおぼしき所にものしたり。つとめて、直もあらじと思ひて、
  歎きつゝ独り寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
と、例よりは、ひきつくろひて書きて、うつろひたる菊に挿したり。


この和歌は、歌の歴史に燦然と輝くものであったが、いまみてみると案外普通の歌のように思える。――しかし、誰でも分かる率直さと、情景の変化が明瞭で、最後に「とかは知る」と突然詰問してくるアッパーカット的展開がやっぱりいいかんじである。

さても、いとあやしかりつるほどに、事なしびたり。しばしは、忍びたるさまに、「内裏に」など言ひつゝぞあるべきを、いとゞしう心づきなく思ふことぞ、限りなきや。

「内裏に」と言ったら言ったで「この嘘つきが」となるのであろうが、何も言わずに粛々と女のもとに通う姿が不愉快だ。単に不愉快なのではない、「心づきなくおもふこと」が、「限りない」のであって、ここには二段構えとしてあらわれた憤懣がある。ホントの気持ちは「限りない」ほうである。もう何を言ってもその「限りなさ」の中に入ってしまう。こうなってしまうと、もう収まりがつかぬ。

最近の世間でいけないと思うのは、感情を何か勝手に有限なものと決めつけて、それを何か別のものに代替出来るかのような風習が広がっていることである。感情というのは基本的に無限なものである。もし、他のもので癒やされてしまったりするものであるのなら、それは感情ではなく症状である。

感情は、和歌のようなモノとなって人に届き、返しがモノとなってやってくる。これによって、感情は有限的なふりをすることが出来る。そのときに起こっているのが感情のモノ的結晶である。感情は一度死ぬ。そして、作品の中でもう一度蘇生してくる。そのとき、和歌のやりとりをする人間たち全体が文化的な何ものかとして信の対象となり流通することになる。蜻蛉さんはこの過程を知っていた。上の「有限的なふり」が殺伐とした感情から離れていればいるほど結晶は面白いものとなる。かくして蜻蛉さんも紫式部もひどい題材を選ぶ。

悲しみ、怒り、歎く前に、果してここで悲歎していいのかと批判を働かしてみることは、然し已に一応の教養をもつた人間にとつては、甚だその既得の思想に瞞着され易いものであつて、ただこれだけの単純なことでも、相当の難事のやうであります。要するに、日本の小説家に罪があるのではなく、感情にも追求といふ苛酷な手段のあることを教へなかつた、日本文化史に罪があるのでありませうか。

――坂口安吾「無題」


安吾の批判に人は批判精神を見るかも知れないが、「既得の思想に瞞着され易い」事態を意識してからが大変なのだ。だから「日本文化史」を安吾が内側から総点検しようとしたのは当然であるし彼を疲弊させることになった。

疑わし

2020-04-18 23:45:06 | 文学


さて、九月ばかりになりて、出でにたるほどに、箱のあるを、手まさぐりに開けて見れば、 人のもとに遣らむとしける文あり。あさましさに見てけりとだに知られむと思ひて、書きつく。
  疑はしほかに渡せる文見ればここやとだえにならむとすらむ
など思ふほどに、むべなう、十月つごもりがたに、三夜しきりて見えぬときあり。つれなうて、「しばしこころみるほどに。」など気色あり。


橋や踏みが掛けられていたとしても、もう和歌というより愚痴を五七でいった感じの歌がなかなかのもので、我々が失ったセンスの一つである。これから文によるコミュニケーションが発達するであろうから、もしかしたらこういうのも復活してくるかもしれないが、問題は、これに答える男の方である。「しばしこころみるほどに。」(ちょっとあなたの気持ちを試そうと思って)というのも案外絶妙である、相手の腹を立てさせる意味で。しかも明々白々なのにもかかわらず「気色あり」(そぶりがある)であるから、よほど演技じみていたと見える。

――かどうかはわからんが、三日空けたということは明らかに別の妻が出来たのは明らかなように思え、諍いがないことで心は果てしない感じに襲われるわけである。別の意味で何かは分からんが「しばしこころみられている」感じに蜻蛉さんはなってくるのであろう。

次郎は、耳を信じなかった。息苦しい官能の刺激も、一瞬の間に消えてしまう。――彼はただ、疑わしげに、むなしく女の顔を見返した。
「そんなに驚かなくたっていいわ。なんでもない事なのよ。」
 沙金は、やや声を低めて、あざわらうような調子を出した。


――芥川龍之介「偸盗」


芥川龍之介は、この果てしない嫉妬や疑わしさを知っていた男で、――昔、差別的にも「女の子みたいなやつ」だなあとわたくしは思った。

最近、家に籠もっているせいかいつも眠く、あるいは春眠かも知れないが、――むかしの女たちも外にはあまりでなかったはずであるから、体調管理との戦いもあったはずだ。ウイルスのようにやってくる男。そして自分は妊娠して死ぬこともあった。対して男の方は、自分の生き死にが自分でどうにかなると思っているところがある気がするのであった。芥川龍之介も結局そうだった。

ねんごろのトーミズム

2020-04-17 23:59:17 | 文学


正月ばかりに、二三日見えぬほどに、ものへ渡らむとて、「人来ば取らせよ」とて、書きおきたる、
 知られねば身をうぐひすのふりいでつつ 鳴きてこそ行け野にも山にも
返りごとあり。
 うぐひすのあだにて行かむ山辺にも 鳴く声聞かば尋ねばかりぞ
など言ふうちより、なほもあらぬことありて、春、夏悩み暮らして、八月つごもりに、とかうものしつ。そのほどの心ばへはしも、ねんごろなるやうなりけり。


このやりとりで、兼家がやる気がないのが明らかであるが、蜻蛉さんは「ねんごろなるやうなりけり」と殊更フラグをさっさかと挙げている。フラグを挙げるためなら出産もしてしまう。さすがである。

元来、われわれはそこまで我慢して小さいことを実現するの?という行動をとることがある。普段からコスパが悪いとかよいとか言っている連中はかならずそうなっているのが笑わせる。

コンプレックスの塊の連中に限って、危機に乗じて旗を振りたがる。コンプレックスが孤独を選ばないのが不思議でたまらないが、――コロナとはほぼ科学のことになりつつあり、コロナをエビデンスにしていれば何を言ってもよい感じがあるんで、むしろコミュニケーションに打って出る人間が案外多いのが面白い。面白いのは、感染のクラスターが人間によって発生することが明らかになって、群れる人間たちを分断し始めたことである。群れは、個体以上のシンクロ(感染力)を生む。自然が個体を越えた力を許さないのではなく、個体以上の感染力がコロナに変換されたのである。コロナとインターネットの力が似ているのは当たり前であり、これはほとんど同じものだ。

わたくしは、孤独を好むから最近の事態を恐ろしいことにちょっと愉快に感じるのも事実である。と同時に、ついにインターネットがリアルワールドで作動し始めたかとも思われて恐ろしいとも思う。――このような事態では、より分断された個人が今まであった力を発揮しようと思ってテロリズム的に振る舞うようになるであろう。引きこもりを好む心象とそれは裏腹である。彼らをあまり責めることは出来ない。我々は、各人が、コミュニケーションを擬態していた段階から抜け出し、個人の感情にようやく目覚めたとも言えるからである。

しかし、その感情が、なんだか自分を虐げてきた敵を倒すみたいな抽象性を帯びている限り、それはひどい事態を導くであろう。我々はおそらく、新しいトーテミズムを求められている時代に入ったのである。とりあえず、自らの鳥居にトーテムを書き入れる勇気を持つことが必要だ。

自分は透き徹るほど深く見えるこの黒眼の色沢を眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうにみひらいたまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。[…]すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。


――「第一夜」


漱石は真っ白な百合をだじゃれに使っている場合ではなく、百合に自分の顔を描き、猫の顔をその上に載せるべきであった。

蜻蛉の嘆きと池のほとり

2020-04-16 21:34:26 | 文学


目も見合はせず、思ひ入りてあれば、「などか。世の常のことにこそあれ、いとおかしうもあるは、われを頼まぬなめり」などもあへしらひ、硯なる文を見つけて、「あはれ」と言ひて、門出の所に、
 われをのみたのむと言へばゆくすゑの 松の契りも来てこそは見め
となむ。


蜻蛉さんの父・藤原倫寧が陸奥守となって娘の元からさった。父はあとを兼家に託した。蜻蛉さんが落ち込んでいると、兼家さんは上の如くである、「なんでそんなに落ち込んでるの?世間にもよくあることじゃないか。私をたよりにしてない証拠だね」と。何回もフラグをあげまくる蜻蛉さん。上の歌も、「末の松山波を越えなむ」の歌を言いたかっただけちゃうかの巻である。

譬ば恋情の切なるものは能く人を殺すといえることを以て意と為したる小説あらんに、其の本尊たる男女のもの共に浮気の性質にて、末の松山浪越さじとの誓文も悉皆鼻の端の嘘言一時の戯ならんとせんに、末に至って外に仔細もなけれども、只親仁の不承知より手に手を執って淵川に身を沈むるという段に至り、是ではどうやら洒落に命を棄て見る如く聞えて話の条理わからぬ類は、是れ所謂意の発達論理に適わざるものにて、意ありと雖も無に同じ。之を出来損中の出来損とす。

――二葉亭四迷「小説総論」


そりゃそうなんだが、どこで我々が目に見えないものを見るかは、フィクションの結構だけではどうにもならないところがある。この生き死にがかかった御時世、我々の目には自然が生き死にのかかったものとして見えてくる。「城の崎にて」はその意味でそこまで調子に乗った作品ではなかった。人と関係なく咲く桜は美しいし、池の周りをあるく私を全力で追い抜いて駆け抜けていく女子中学生も美しい。池の中では鯉が泳いでいて、上空を鳥が十文字に旋回している。鯉たちも水の中を飛んでいるのである。

我々はといえば、太陽に似て、同じところを登って下がってという人生である。太陽と自然は対立物だ。