★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

腹及び腹

2021-05-31 23:17:08 | 文学


言ひつづくれば、みな源氏物語・枕草子などにこと古りにたれど、同じ事、また、いまさらに言はじとにもあらず。おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。

思っていることを言わないことをお腹が膨れてくるかんじなんだそうだが、わたくしのお腹もそうであったのか。毎日言いたいことを書いていてもそうであるのか。たしかに、大学に行っただけでなんとなくストレスのたまる我々はお腹がでたひとが多いようである。

むかし、論文を書けば書くほど太っているのは絶対おかしいと萬★学の先生に怒られたことがある。中年になってもまったく太っていなかった先生はいろいろなことに気を遣って全力運転であった。わたくしはそこまでの能力もないのだ。

 汽車に乗り込んで一時間も経った頃から、私はだんだん空腹に悩まされ始めてきた。それはそうだろう。前の日の昼飯(それも船酔いをおもんぱかって少量)を食っただけで、あとは何も食べていないし、それに中学二年というと食い盛りの頃だ。その上汽車の振動という腹へらしに絶好の条件がそなわっている。おなかがすかないわけがない。蘇澳で弁当を買って乗ればよかったと、気がついてももう遅い。
 昼頃になって、私は眼がくらくらし始めた。停車するたびに、車窓から首を出すのだが、弁当売りの姿はどこにも見当らぬ。もう何を見ても、それが食い物に見えて、食いつきたくなってきた。海岸沿いを通る時、沖に亀山島という亀にそっくりの形の島があって、私はその島に対しても食慾を感じた。あの首をちょんとちょん切って、甲羅をはぎ、中の肉を食べたらうまかろうという具合にだ。


――梅崎春生「腹のへった話」


そういえば、わたくしは小学校後半まであまり食い気がなく、食欲もわかなかった。湧いてきたのは大学頃だったような気がする。こういうわたくしからすると、梅崎の話もまったく理解不能である。もっとも、梅崎の話は、食うや食わずの人々がたくさんいたことと裏なのだ。

うつりかはるこそ、あはれなれ

2021-05-30 19:39:49 | 文学


折節のうつりかはるこそ、ものごとにあはれなれ。
「もののあはれは秋こそまされ」と人ごとにいふめれど、それもさるものにて、今一きは心もうきたつものは、春の気色にこそあめれ。鳥の声などもことの外に春めきて、のどやかなる日影に、墻根の草萌えいづるころより、やや春ふかく霞みわたりて、花もやうやう気色だつほどこそあれ、折しも雨風うちつづきて、心あわたたしく散り過ぎぬ。青葉になり行くまで、よろづにただ心をのみぞ悩ます。花橘は名にこそ負へれ、なほ梅の匂ひにぞ、いにしへの事も立ちかへり恋しう思ひ出でらるる。山吹のきよげに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、思ひ捨てがたきこと多し。


うるせえな、としか言いようがないが、ちょっと体に力がなくなってくるとこういう風に思うのも致し方ない。

花橘の袖の香の
みめうるはしきをとめごは
真昼に夢を見てしより
さめて忘るゝ夜のならひ
白日の夢のなぞもかく
忘れがたくはありけるものか


――藤村「昼の夢」


やる気のある人は、昼間も夢を見る。どうも、植物の移り変わりをながめるようになるのは、夜は勿論、昼も夢を見れないので、一生懸命物事の推移の表象を、走馬燈のようにぼやかしてゆくことではないかと思うのであった。

反=旅論

2021-05-29 19:01:28 | 文学


いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ、目さむる心地すれ。そのわたり、こゝかしこ見ありき、ゐなかびたる所、山里などは、いと目慣れぬ事のみぞ多かる。都へ便り求めて文やる、「その事、かの事、便宜に忘るな」など言ひやるこそをかしけれ。さやうの所にてこそ、万に心づかひせらるれ。持てる調度まで、よきはよく、能ある人、かたちよき人も、常よりはをかしとこそ見ゆれ。寺・社などに忍びて籠りたるもをかし。

旅に出ると、自分がなんだか繊細になった気がするのは、なんかわかる。これは、盛んに海外旅行している人にもたぶんいえることで、我々のうぬぼれが、たぶん粗雑さのために形成された人間関係の希薄さと比例していることを推測させる。

「兄さんには冒険心が無いから、駄目ね。」とことし十六のお転婆の妹が言ふ。「ケチだわ。」
「いや、さうぢやない。」と十八の乱暴者の弟が反対して、「男振りがよすぎるんだよ。」
 この弟は、色が黒くて、ぶをとこである。
 浦島太郎は、弟妹たちのそんな無遠慮な批評を聞いても、別に怒りもせず、ただ苦笑して、
「好奇心を爆発させるのも冒険、また、好奇心を抑制するのも、やつぱり冒険、どちらも危険さ。人には、宿命といふものがあるんだよ。」と何の事やら、わけのわからんやうな事を悟り澄ましたみたいな口調で言ひ、両腕をうしろに組み、ひとり家を出て、あちらこちら海岸を逍遥し、
苅薦の
乱れ出づ
見ゆ
海人の釣船
 などと、れいの風流めいた詩句の断片を口ずさみ、
「人は、なぜお互ひ批評し合はなければ、生きて行けないのだらう。」といふ素朴の疑問に就いて鷹揚に首を振つて考へ、「砂浜の萩の花も、這ひ寄る小蟹も、入江に休む鴈も、何もこの私を批評しない。人間も、須くかくあるべきだ。人おのおの、生きる流儀を持つてゐる。その流儀を、お互ひ尊敬し合つて行く事が出来ぬものか。誰にも迷惑をかけないやうに努めて上品な暮しをしてゐるのに、それでも人は、何のかのと言ふ。うるさいものだ。」と幽かな溜息をつく。


――太宰治「浦島さん」


兼好法師的なるものの欺瞞によく気がついていたひとりが太宰治である。この「逍遙」がいまは海外旅行に化けているだけだ。

見ぬ世の人、毒薬

2021-05-28 22:27:02 | 文学


ひとり灯のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。
文は文選のあはれなる巻々、白氏文集、老子のことば、南華の篇。此の国の博士どもの書ける物も、いにしへのは、あはれなること多かり。


わたしもこういう人間の類いであるが、「見ぬ世の人を友とする」というところがやはりそこまで行く人と行かない人がいるようだ。わたくしはあまり行かない方だ。もっとも、これは読み手の側というより、作品による。のみならず、もしかしたら、友人というのは、そもそもフィクションの中にしかいないのではなかろうか。第十二段で言われていたように、よい友人は理想にすぎないのだ。

わたくしは、ドストエフスキーや島崎藤村の主人公達と友達のような気がする。ときどき判別がつかなくなるが、たしかに心の中にいる気がする。

ツイッターに誰かが書いておられたが、――人文系の学問が役に立たないのは大嘘で、影響を与えすぎる毒薬だから国家が禁止にしようとしているに過ぎない。実際の人間の影響力は大したことないが、書物は違う。心の中の友を作る。ヒトラーよりも確かに「わが闘争」が危険なのだ。

それにしても、わたくしは、白氏文集も老子も荘子も少ししか読んでいない。死ぬまでに読まなければ……。

 桃太郎や猿蟹合戦のお伽噺でさえ危険思想宣伝の種にする先生方の手にかかれば老子はもちろん孔子でも孟子でも釈尊でもマホメットでもどのような風に解釈されどのような道具に使われるかそれは分からない。しかし『道徳教』でも『論語』でもコーランでも結局はわれわれの智恵を養う蛋白質や脂肪や澱粉である。たまたま腐った蛋白を喰って中毒した人があったからと云って蛋白質を厳禁すれば衰弱する。
 電車で逢った背広服の老子のどの言葉を国定教科書の中に入れていけないといういわれを見出すことが出来なかった。日本魂を腐蝕する毒素の代りにそれを現代に活かす霊液でも、捜せばこの智恵の泉の底から湧き出すかもしれない。


――寺田寅彦「変った話」


本を蛋白質やらなにやらに喩えている寺田は流石科学者だ。しかし、本はそういう物質ではないぞ。もっと頭にダイレクトに迫ってくるものだ。孔子を採用し老子を排撃する国家が救いがたく馬鹿なだけだ。なぜ、国家や教師の裁量に脅えているのだ?単に思想と対決すればよいではないか?

友人論

2021-05-27 20:31:10 | 文学


同じ心ならむ人としめやかに物語して、をかしきことも、世のはかなきことも、うらなく言ひ慰まむこそうれしかるべきに、さる人あるまじければ、つゆ違はざらむと向かひゐたらむは、ひとりある心地やせむ。
 互ひに言はむほどのことをば、「げに」と聞くかひあるものから、いささか違ふところもあらむ人こそ、「我はさやは思ふ」など言ひ争ひにくみ、「さるからさぞ」ともうち語らば、つれづれ慰まめと思へど、げには、少しかこつ方も、我と等しからざらむ人は、おほかたのよしなしごと言はむほどこそあらめ、まめやかの心のともには、はるかに隔たる所のありぬべきぞ、わびしきや。


気持ちがぴたりとあう友達と楽しく会話するのはいいだろうが、そんな人は――「さる人あるまじければ」と兼好法師は言う。とすれば、なぜ「同じ心ならむ人」という理想が可能なのであろうか。後の方で、「まめやかの心のとも」とも言い換えられているそれは、否定の向こう側にあらわれた偶像みたいなものだ。すると、彼の立論はいったい意味のあるものなのか怪しくなってくる。

たしかなことは、気を遣いながら我慢しながら人と付き合っている兼好法師の存在である。そして、おそらくは彼の相手も同じように気を遣っている。

結局、これは、いまの大衆社会論とおなじで、空気を読む我々を意識している我々というのは、そんなことを意識しない人間よりも脆弱で劣っている、ということが看過されれば、――何の意味もないのだ。上の文章で、兼好法師は気の合う友とは「世のはかなきこと」を話したいようである。悪い意味での達観がこの種の文章の本質だ。一方、喫緊の話題については、我々は意図的に逆に気を遣わない。だから派手な失敗が待っている。

B おい、おれは今度また引越しをしたぜ。
A そうか。君は来るたんび引越しの披露をして行くね。
B それは僕には引越し位の外に何もわざわざ披露するような事件が無いからだ。
A 葉書でも済むよ。
B しかし今度のは葉書では済まん。
A どうしたんだ。何日かの話の下宿の娘から縁談でも申込まれて逃げ出したのか。
B 莫迦なことを言え。女の事なんか近頃もうちっとも僕の目にうつらなくなった。女より食物だね。好きな物を食ってさえいれあ僕には不平はない。


――啄木「利己主義者と友人との対話」


この後どうなったかは忘れたが、友人というのはこの程度の話をすればよいというのも真実である。兼好法師は、この世の無常などについて友人と語りあおうとしているからだめなのだ。そもそも、話が合わない合わないで友人かどうかを判断しているのが中学生的なのだ。鴨長明と兼好法師がもし会ったら話が合ったかどうか。合うはずがないが、別にいいではないか。

蜜柑を囲うか投げるか

2021-05-26 23:47:33 | 文学


神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里にたづね入ることはべりしに、はるかなる苔の細道を踏み分けて、心細く住みなしたる庵あり。木の葉に埋もるる懸樋のしづくならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。 かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、周りをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばとおぼえしか。

別にええやないかと思うが、――兼好法師は「なからましかば」とか言ってるけれども、別に蜜柑の木を引っこ抜くことはないわけである。勇気のない多くの人の一人であった。

植物を育てると分かるが、植物の周りを囲ったりするのもある種の美的な行為である。これが分からない奴は、家の柱を引っこ抜く方がよい。

それが汽車の通るのを仰ぎ見ながら、一斉に手を挙げるが早いか、いたいけな喉を高く反らせて、何とも意味の分らない喊声を一生懸命に迸らせた。するとその瞬間である。窓から半身を乗り出してゐた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振つたと思ふと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まつてゐる蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送つた子供たちの上へばらばらと空から降つて来た。私は思はず息を呑んだ。さうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴かうとしてゐる小娘は、その懐に蔵してゐた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。

――芥川龍之介「蜜柑」


芥川龍之介は蜜柑を囲うのを嫌う人で、むしろ投げたがる。芥川龍之介は常にいろいろと投げたかったのである。しかし投げると人に当たるからダメダと言われる世の中になっていったので、蜜柑をじっと見つめることがなってしまったが……。考えてみると、上の蜜柑はどのように手に入れた蜜柑なのであろうか?実家から持ってきたのではないだろう。もともと実家にあるのであったら、弟たちに投げる必要はない。やはりどこかで買ったのか?貰ったのか?

最悪なのは、蜜柑を投げたのは――、実家で汽車のなかで食べてねと渡されたのを、この娘が蜜柑を嫌っていて(なぜなら蜜柑農家だったから)、実家からのろのろ着いてきてしまった弟たちに投げ返したという事態である。

追記)Z世代というものがあるのを知りました。

住まいと人

2021-05-24 22:47:05 | 文学


後徳大寺大臣の、寝殿に鳶ゐさせじとて縄をはられたりけるを、西行が見て、「鳶のゐたらんは、何かはくるしかるべき。此の殿の御心、さばかりにこそ」とて、その後は参らざりけると聞き侍るに、綾小路宮のおはします小坂殿の棟に、いつぞや縄をひかれたりしかば、かのためし思ひいでられ侍りしに、誠や、「烏のむれゐて池の蛙をとりければ、御覧じて悲しませ給ひてなん」と人の語りしこそ、さてはいみじくこそと覚えしか。徳大寺にもいかなる故か侍りけん。

家の論評をしていたと思ったら、さりげなく西行の悪口に飛翔する兼好法師。こういう素早さは、長明にはないものであろう。長明は、家も都もすぐに川のようなものに抽象的になってしまうので、こういうどうでもいい細かいところがみえないのであろう。しかし、火や川や水が希臘のアルケーのようにみてくる長明の方がまじめで好感が持てる。兼好法師は、正殿に縄をはってるのにも理由があるにちがいない、西行は鳶の気持ちしか分からなかったが宮様は烏が池の蛙を捕るのをかわいそうと思ったのだ、――住まいの論評はむずかしいんだ事情があることがあるよね、みたいなことを言っているが、そりゃまあそうなんだろうけれども、だったら、

よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、一きはしみじみと見ゆるぞかし。今めかしくきららかならねど、木だちものふりて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子・透垣のたよりをかしく、うちある調度も昔覚えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。

みたいな情景もちゃんと疑った方がよくはないであろうか。この情景なんか、わたくしが大学院生の頃棲んでいた下宿に極めて似ている。だらしない男も風景としてみればいい感じに見えてくることはありうるのである。

郡司ペギオ幸夫氏の『やってくる』の最初の方には、いましろたかしの漫画に出てくるような情景が、氏の内側から描き出されていて面白い。兼好法師はそれに比べて常に外側から見ている。

「神の御名は讃むべきかな……」
 さう云ふ語がまだ完らない中に、蛇の頭がぶつけるやうにのびたかと思ふと、この雄辯なる蛙は、見る間にその口に啣へられた。
「からら、大変だ。」
「ころろ、大変だ。」
「大変だ、からら、ころろ。」
 池中の蛙が驚いてわめいてる中に、蛇は蛙を啣へた儘、芦の中へかくれてしまつた。後の騒ぎは、恐らくこの池の開闢以来未嘗なかつた事であらう。自分にはその中で、年の若い蛙が、泣き声を出しながら、かう云つてゐるのが聞えた。
「水も艸木も、虫も土も、空も太陽も、みんな我々蛙の為にある。では、蛇はどうしたのだ。蛇も我々の為にあるのか。」
「さうだ。蛇も我々蛙の為にある。蛇が食はなかつたら、蛙はふえるのに相違ない。ふえれば、池が、――世界が必狭くなる。だから、蛇が我々蛙を食ひに来るのである。食はれた蛙は、多数の幸福の為に捧げられた犠牲だと思ふがいい。さうだ。蛇も我々蛙の為にある。世界にありとあらゆる物は、悉蛙の為にあるのだ。神の御名は讃む可きかな。」
 これが、自分の聞いた、年よりらしい蛙の答である。


――芥川龍之介「蛙」


内側から描くのはなかなか難しく、今度は外側から見ることが高いハードルに生長する。芥川龍之介はそこんとこばかり気になっていた。

通を失う

2021-05-22 23:24:40 | 文学


世の人の心惑はす事、色欲には如かず。人の心は愚かなるものかな。匂ひなどは仮のものなるに、しばらく衣裳に薫物すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ず心ときめきするものなり。久米の仙人の、物洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは、まことに、手足、はだへなどの清らに肥え、あぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし。


久米の仙人が川で洗濯している女人の脛を見て空中から落下したのは有名である。まず、なぜお前は浮んでいたのかと言いたい。ホントに浮かんでおったのかと。

だいたい、仙人と雖も、大概は女人のことばかり考えているのであって、ただたんに惚れた女に出会っただけであるのを、空中から落ちた的な話にしているのではなかったか。お前は空中から落ちたのではなく恋に落ちたのである。

――という自明の理を回避すると、やれ匂いがよかっただの、膚が清らかで脂がのっているだのと余計手前の獣性をやや人工的にさらけ出しすことになるのであった。色香に迷っているのではなく、精神の堕落である。坂口安吾が言っていた様に、恋が恋として表明される様になることによって、大概の男の「エロ親父化」は防げる側面がある。兼好もそれに失敗している模様である。

「青葉になりゆくまで、よろづにたゞ心をのみぞなやます」というような文句でも、国語の先生の講義ではとても述べられない俳諧がある。同じことを云った人が以前に何人あろうがそんなことは問題にならない。この文句が『徒然草』の中のこの場所にあって始めて生きて、そうして俳諧となるのである。ここで自分のいわゆる俳諧は心の自由、眼の自由によってのみ得られるものなのである。
 兼好はこの書の中で色々の場所で心の自由を説いている。


――寺田寅彦「徒然草の鑑賞」


確かに、精神が堕落しても、文章は死なないことはあり得るであろう。小林秀雄のように、文章を鏡として摂取してしまえばそれでよいかもしれない。安吾は確かに実生活に拘りすぎているところがあったようだ。

「世は定めなきこそいみじけれ」なのか

2021-05-21 23:39:50 | 文学


あだし野の露消ゆるときなく、鳥部山の煙立ち去らでのみ、住み果つるならひならば、いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年を暮らすほどだにも、こよなうのどけしや。飽かず、惜しと思はば、千年を過ぐすとも、一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世に、みにくき姿を待ちえて、何かはせん。命長ければ辱多し。長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそ、目安かるべけれ。

四十前には死んだ方がいいねと抜かす兼好法師?であるが、何歳まで生きたのであろう?

四十は不惑であるが、この不惑は危険である。多くの人が証言している様に、ある意味リミッターが外れて本性が現れる危険な年代である。惑わない人間がどういうことをしてしまうか、我々はよくよく考えた方がよいのではないだろうか。そして五十の知命で、四十代の地獄を反省して真の姿が知られることであろう。不惑から知命の流れを何か上昇カーブの様に認識する人間は、もう反省の機会を逸したと言ってよいのであろう。――たしかに、こんな風に運命が分かれ何が飛び出してくるかわからない四十代以降は使用には危険な代物である。そして三十代まではまだ使い物にならない。

確かに安心安全や使用価値という点で言えば、上の様になるであろうが、無常であるからこそ素晴らしい人生と言ってしまえばよいのかもしれない。無常とかいうと価値があるようなきがするのであるが、要するになんもないということだ。それを素晴らしいと言ってしまうことは暴力ではなかろうか?

物窮まれば転ず、親が子の死を悲しむという如きやる瀬なき悲哀悔恨は、おのずから人心を転じて、何らかの慰安の途を求めしめるのである。夏草の上に置ける朝露よりも哀れ果敢なき一生を送った我子の身の上を思えば、いかにも断腸の思いがする。しかし翻って考えて見ると、子の死を悲む余も遠からず同じ運命に服従せねばならぬ、悲むものも悲まれるものも同じ青山の土塊と化して、ただ松風虫鳴のあるあり、いずれを先、いずれを後とも、分け難いのが人生の常である。永久なる時の上から考えて見れば、何だか滑稽にも見える。生れて何らの発展もなさず、何らの記憶も遺さず、死んだとて悲んでくれる人だにないと思えば、哀れといえばまことに哀れである。しかしいかなる英雄も赤子も死に対しては何らの意味も有たない、神の前にて凡て同一の霊魂である。オルカニヤの作といい伝えている画に、死の神が老若男女、あらゆる種々の人を捕え来りて、帝王も乞食もみな一堆の中に積み重ねているのがある、栄辱得失もここに至っては一場の夢に過ぎない。また世の中の幸福という点より見ても、生延びたのが幸であったろうか、死んだのが幸であったろうか、生きていたならば幸であったろうというのは親の欲望である、運命の秘密は我々には分らない。特に高潔なる精神的要求より離れて、単に幸福ということから考えて見たら、凡て人生はさほど慕うべきものかどうかも疑問である。一方より見れば、生れて何らの人生の罪悪にも汚れず、何らの人生の悲哀をも知らず、ただ日々嬉戯して、最後に父母の膝を枕として死んでいったと思えば、非常に美くしい感じがする、花束を散らしたような詩的一生であったとも思われる。たとえ多くの人に記憶せられ、惜まれずとも、懐かしかった親が心に刻める深き記念、骨にも徹する痛切なる悲哀は寂しき死をも慰め得て余りあるとも思う。

――西田幾多郎「我が子の死」


徒然草を褒める小林秀雄とこの西田との違いが重要だ。

色好みがやってくる

2021-05-19 23:53:59 | 文学


よろづにいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉の巵の当なき心地ぞすべき。露霜にしほたれて、所定めずまどひ歩き、親のいさめ、世のそしりをつつむに心の暇なく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。


こういう言い方自体が、なんとなくもてない男の言い訳っぽい感じである。確かに、むかしから「色好み」でないためにいまいちだなあ、という男がいたのだ。よくわからないが、色好み自体が権力と関係する生々しさを持つと同時に、ただでも「まどひ歩く」ことが多い世知辛さを裏返した様に輝かすものであった。それは、自らがっつくような恋であったら権力闘争と同じだが、「女にたやすからず思はれる」ような、向こう側からひそかにやってくる様な、自分とは関係ないような恋であったほうが、世界が輝いている感じがする。

こんな考えは曲解に近いかも知れないが、そのセンスはやはり、第二段の華美な権力を批判するところとおんなじだと思うのである。

 そのうち、かれこれ二十分も経ちましたろうか。お俊は折り折り団扇で蚊を追っていましたが『オオひどい蚊だ』と急に起ち上がりまして、蚊帳の傍に来て、『あなたもう寝たの?』と聞きました。
『もう寝かけているところだ』と私はなぜか寝ぼけ声を使いました。
『ちょっと入らして頂戴な、蚊で堪らないから』と言いさま、やっと一人寝の蚊帳の中に入って来たのでございます。


――国木田独歩「女難」


こういう場面を思い出したが、たしかにやってくる女がよいとはいっても、この女なんか絶対に蚊をどこかにひっつけているに違いない。恋はいろんなものをくっつけてやってくるのは明らかで、源氏物語をよめば、ほとんど源氏にやってきたのは恋ではなかったような気がするのだ。

ひじりの御代と民主主義と啄木鳥と

2021-05-18 23:18:09 | 文学


いにしへのひじりの御代の政をも忘れ、民の愁、国のそこなはるゝをも知らず、万にきよらを尽していみじと思ひ、所せきさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。「衣冠より馬・車にいたるまで、あるにしたがひて用ゐよ。美麗を求むる事なかれ」とぞ、九条殿の遺誡にも侍る。順徳院の、禁中の事ども書かせ給へるにも、「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもッてよしとす」とこそ侍れ。

考えてみると民主主義というのは、改革が難しい制度かも知れないのである。なにしろ、自分達で選んだ政治家の行っている政治なので、共依存の家族のようなものだ。家族のやることをなかなか攻められないだけでなく、昔の政治家はよい仁政をやったとかいう伝説が生まれにくい。なぜなら、前の政治家がダメダから取っ替えてるわけで、民主主義は自己否定の連続なのである。そこには、いまはやりの対話ではなく、弁証法がなければならない。――そこには、おそろしく不透明なほどの葛藤が必要なのだが、そういうことをきらって、きれいな合意形成とやらをやろうとするから、A対Bの戦いでAにしましたみたいな政治になりがちなのだ。

その点、徒然草の説教は、理想の天子をもちあげときゃ、いまの天皇だって批判できそうな勢いである。嘘でもイイのだ。聖なるものという観念が勝手に復活する様な制度にしておけばよいのである。民主主義にはそんなことはなかなか難しい。人工的にやろうとするとファシズムになる可能性がある。

そうでなくても、政治はそれ自体危機的であればあるほど、自ら権力の源泉であろうとして、それを脅かす教育や知を遠ざけてしまう。そして民主主義?だから、その政治に自らの肖像を見出し、シンパシイを持つ様に国民は知らず知らずに仕向けられている。共依存の家族の様に。教育のレベルが下がっているのは、自由や闊達さが失われ教師達の頭が恐怖で硬直しているからに他ならない。脅迫しているのは、政府と国民の共依存家族である。彼らは、その絆=紐帯をまもるためには、教育にはこのままでいてほしいと願っている。

いにしへ聖者が雅典の森に撞きし、
光ぞ絶えせぬみ空の『愛の火』もて
鋳にたる巨鐘、無窮のその声をぞ
染めなす『緑』よ、げにこそ霊の住家。
聞け、今、巷に喘げる塵の疾風
よせ来て、若やぐ生命の森の精の
聖きを攻むやと、終日、啄木鳥、
巡りて警告夏樹の髄にきざむ。

往きしは三千年、永劫猶すすみて
つきざる『時』の箭、無象の白羽の跡
追ひ行く不滅の教よ。――プラトオ、汝が
浄きを高きを天路の栄と云ひし
霊をぞ守りて、この森不断の糧、
奇かるつとめを小さき鳥のすなる。


――啄木「啄木鳥」


啄木は別のいにしえの聖者を夢みた。彼もすぐ教師を辞めて東京に行ってしまった。

品=批評

2021-05-17 23:35:59 | 文学


いでや、この世に生まれては、願はしかるべきことこそ多かめれ。みかどの御位はいともかしこし。竹の園生の末葉まで、人間の種ならぬぞやむごとなき。一の人の御有様はさらなり、ただ人も、舎人など賜はるきははゆゆしと見ゆ。その子うまごまでは、はふれにたれど、なほなまめかし。それより下つ方は、程につけつつ、時にあひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いと口をし。
[…]
品かたちこそ生まれつきたらめ、心はなどか賢きより賢きにも移さば移らざらむ。かたち、心ざまよき人も、才なくなりぬれば、品くだり、顔にくさげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるるこそ本意なきわざなれ。
 ありたき事は、まことしき文の道、作文、和歌、管弦の道。また有識に公事の方、人の鏡ならむこそいみじかるべけれ。手などつたなからず走り書き、声をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそ男はよけれ。


徒然草というのは名文と言われるが、訳そうとするといろいろと冗長になりそうな気がする。うまい具合に、この圧縮された悪口を圧縮された気分のまま訳そうとするんだが、うまくいかない。

もしかしたら、底に流れるのが一種の怨恨だからではないかと思うのである。長明が一生懸命自分も川の様になりたしと思ってぼんやりしようとしているのに、兼好はつれづれになってみたら次から次へとあいつは下品だ、生まれもよくない、天皇になりたいのかあいつは頭おかしいのか、みたいなことが次々に浮かんできてそれを抽象化して道徳みたいに書こうとするからこうなるのではないか。彼の頭のなかには具体的なあいつやあいつが浮かんでいる。結局、品性と学識、身分がどのような関係にあるのかは、客観的にはどうでもいいのだ。いい気になっているやつの自己欺瞞を暴きたいのである。

「ありたき事」として、並べてたてているものがずべて揃うのは難しいのであろうが――、そして現実には何処か苦手なものがあって揃わない人物たちが健康の頭には浮かんでいたに相違ないが、たとえ条件が揃っていたとしても、「身分が低いよね」、「結局、天皇家と関係なよね」「品がないよね」と前から読んできた読者は文句をつける準備が出来ている。たしかに「批評家の魂」の誕生である。

上の引用で[…]の部分には、僧侶の事が書いてあって、ここだけちょっと前後に対して浮いている気がする。やはり自分の扱いに作者が困っているようにわたくしには思えた。

 人間にたいがいの事が可能でありうるように、人間についての批評も、たいがいの事に根がありうるものである。だから蝮論客の怪気焔にも根はあざやかに具り、たゞ、無数の根から一つの根をとりだすには、御当人の品性や頭の問題が残るだけの話である。

――坂口安吾「志賀直哉に文学の問題はない」


わたくしは、品性の問題に関しては安吾に賛成である。品性は自分の根に対してどう振る舞うかにかかっている。