★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

いっしょに踊らないかと云って招くものですから

2015-11-28 23:41:34 | 文学


 品川駅の近くに魔の踏切と云われている踏切がある。数年前、列車がその踏切にさしかかったところで、一方の闇から一人の青年がふらふらと線路の中へ入って来た。機関手は驚いて急停車してその青年を叱りつけた。
「前途のある青年が、何故そんなつまらんことをする」
 すると、青年ははじめて夢から醒めたようになって、きょろきょろと四辺を見まわしながら云った。
「それが不思議ですよ、ここまで来ると、このあたり一面に美麗な花が咲いてて、何とも云えない良い匂がするのです、それにそこには姝な女がたくさんいて、それが何か唄いながら踊ってたのですが、それが私の方を見て、いっしょに踊らないかと云って招くものですから、ついその気になって、ふらふらと入ったのですよ」

――田中貢太郎「妖女の舞踏する踏切」

夜のようにまっ黒な盤の上に

2015-11-27 23:16:02 | 文学


「ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤の上に、一一の停車場や三角標、泉水や森が、青や橙や緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。

――宮澤賢治「銀河鉄道の夜」

漂泊民問題とあれこれ

2015-11-25 23:29:40 | 思想


 今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、さぬきの造となむ言ひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。

三角寛の小説が読まれた理由の方が、私が考えるべきことであろうが……、現在の難民の問題を考えるときには、いろいろと勉強すべきことは多い。国民国家がゆらぐなか、なかったことにしてきたことが次々に現れているとみるべきである。ネトウヨの差別意識問題などもそこに含まれる。いまや、一国の首相、知事も世界を飛び回り商談をするのであって、国民国家のなかで作られてきた「平和」的な文化(食文化などもその一部だ)にとって、それがほとんどテロみたいな作用を持っているのは言うまでもない。中間団体だけでなく、官僚組織や家族もそれによって至る所で分断されつつあり、その裂け目を、今のところ、国民国家で鍛えられた「良心的」(で差別的)な国民が繕っている。しかし、それももうそろそろ限界である。漂泊はもはや単に差別やその裏返しであるロマンではありえない。

中村主水が公務員でもあったのは、まだ国民国家への信頼があった証拠と言えなくもない。

安倍首相が、難民受け入れるんですかと聞かれて、まだ国内でやるべきことがあると言ってしまったのは、非常に問題の核心をついているといえよう。ついたつもりじゃないだろうが……

ユニクロが難民を雇うと宣言した。いやさ、もうすでにユニクロにとっては、労働者全体が難民に見えてるでしょ、実際。

原節子が亡くなっていたそうである。高峰秀子は、国民国家教育から外れて労働者(彼女の場合は映画人)として生きていても大丈夫だった存在として神話であった。だからこそ、逆に彼女は小学校の先生みたいな普通の青年と結婚し良心的な「国民」、「普通の主婦」になりたかったし、おばあさんになった姿も公開しながら死んでいった。原節子はもっと映画人自体に殉じた感じである。小津安二郎とのロマンスを否定も肯定もせず50年も「永遠の処女」を演じてしまったのはさすがにすごい。この二人は、国民国家における、芸能界という「ヤクザな」業界の有り様をよく表現していると思う。その国民国家に半身を奪われた半端な有り様は、庶民の有り様でもあったわけである。が、学校で育つ人間が圧倒的に多数になるにつれ、芸能界と庶民の関係も変容している。みんな学校には行っている。しかし、そこで発生したのは、ほとんど勉強にはついて行けない期間を10年以上過ごす人間たちであって、これも一種の国民国家からの難民である。特に日本では、勉強を職業訓練だと思っているすっとこどっこいがいっこうに減らなかったために、よけいそうなった。ネット空間にその難民があふれ出し、国民国家教育にテロをくわえつつ、芸能人みたいな栄光を目指して活躍している。

国家が本質的に商人であることがいよいよ明らかになってきた今、なかなか面白い時代になってきたとも言えるかもしれない。ついに商人たちの墓穴を掘る姿が劇的にみえるかもしれないからである。そのとき、我々の前には、宗教や文明といった仮象が立ちはだかるであろうが、それは不可避的であって、誰もそこから逃れることは出来ない。つまり我々は、まず精神的に山窩であることの恐怖を強いられるので……、しかし、開き直って移動を繰り返すことが得策とは今のところ私には思われない。それは商人のまねをすることになる。窩に身を潜め動かないことこそが抵抗である局面がある。まあ、潜んでみなけりゃ分からない。

筑豊のこどもたちと撃墜事件

2015-11-24 23:22:15 | 思想


気合いを入れ直すためにめくった。土門拳の写真は黒澤映画みたいなところがあると思います。

トルコ軍がロシア軍機撃墜http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151124-00000049-asahi-int

……世界のみなさん。少しは日本を見習ってください。うわべはニコニコ、金と沖縄(と武器)だけさし出して、平和主義のふり、死んだふり……、鉄砲は撃ちません、戦争はトラウマなんです――とか言いながら、緩やかな死を待つ国はいかがですか。というのは、少々冗談だとしても、少なくとも、憎たらしいからといって、すぐぶっぱなしゃいいというもんじゃないんだよ……。

片っ端から毒茸共は大きいのも小さいのも根本まで木っ葉微塵に

2015-11-23 23:34:24 | 文学


 初茸、松茸、椎茸、木くらげ、白茸、鴈茸、ぬめり茸、霜降り茸、獅子茸、鼠茸、皮剥ぎ茸、米松露、麦松露なぞいうきのこ連中がある夜集まって、談話会を始めました。一番初めに、初茸が立ち上って挨拶をしました。
「皆さん。この頃はだんだん寒くなりましたので、そろそろ私共は土の中へ引き込まねばならぬようになりました。今夜はお別れの宴会ですから、皆さんは何でも思う存分に演説をして下さい。私が書いて新聞に出しますから」
 皆がパチパチと手をたたくと、お次に椎茸が立ち上りました。
「皆さん、私は椎茸というものです。この頃人間は私を大変に重宝がって、わざわざ木を腐らして私共の畑を作ってくれますから、私共はだんだん大きな立派な子孫が殖えて行くばかりです。今にどんな茸でも人間が畠を作ってくれるようになって貰いたいと思います」
 皆は大賛成で手をたたきました。その次に松茸がエヘンと咳払いをして演説をしました。
「皆さん、私共のつとめは、第一に傘をひろげて種子を撒き散らして子孫を殖やすこと、その次は人間に食べられることですが、人間は何故だか私共がまだ傘を開かないうちを喜んで持って行ってしまいます。そのくせ椎茸さんのような畠も作ってくれません。こんな風だと今に私共は種子を撒く事が出来ず、子孫を根絶やしにされねばなりません。人間は何故この理屈がわからないかと思うと、残念でたまりません」
 と涙を流して申しますと、皆も口々に、
「そうだ、そうだ」
 と同情をしました。
 するとこの時皆のうしろからケラケラと笑うものがあります。見るとそれは蠅取り茸、紅茸、草鞋茸、馬糞茸、狐の火ともし、狐の茶袋なぞいう毒茸の連中でした。
 その大勢の毒茸の中でも一番大きい蠅取り茸は大勢の真中に立ち上って、
「お前達は皆馬鹿だ。世の中の役に立つからそんなに取られてしまうのだ。役にさえ立たなければいじめられはしないのだ。自分の仲間だけ繁昌すればそれでいいではないか。俺達を見ろ。役に立つ処でなく世間の毒になるのだ。蠅でも何でも片っぱしから殺してしまう。えらい茸は人間さえも毎年毎年殺している位だ。だからすこしも世の中の御厄介にならずに、繁昌して行くのだ。お前達も早く人間の毒になるように勉強しろ」
 と大声でわめき立てました。
 これを聞いた他の連中は皆理屈に負けて「成る程、毒にさえなればこわい事はない」と思う者さえありました。
 そのうちに夜があけて茸狩りの人が来たようですから、皆は本当に毒茸のいう通り毒があるがよいか、ないがよいか、試験してみる事にしてわかれました。
 茸狩りに来たのは、どこかのお父さんとお母さんと姉さんと坊ちゃんでしたが、ここへ来ると皆大喜びで、
「もはやこんなに茸はあるまいと思っていたが、いろいろの茸がずいぶん沢山ある」
「あれ、お前のようにむやみに取っては駄目よ。こわさないように大切に取らなくては」
「小さな茸は残してお置きよ。かわいそうだから」
「ヤアあすこにも。ホラここにも」
 と大変な騒ぎです。
 そのうちにお父さんは気が付いて、
「オイオイみんな気を付けろ。ここに毒茸が固まって生えているぞ。よくおぼえておけ。こんなのはみんな毒茸だ。取って食べたら死んでしまうぞ」
 とおっしゃいました。茸共は、成る程毒茸はえらいものだと思いました。毒茸も「それ見ろ」と威張っておりました。
 処が、あらかた茸を取ってしまってお父さんが、
「さあ行こう」
 と言われますと、姉さんと坊ちゃんが立ち止まって、
「まあ、毒茸はみんな憎らしい恰好をしている事ねえ」
「ウン、僕が征伐してやろう」
 といううちに、片っ端から毒茸共は大きいのも小さいのも根本まで木っ葉微塵に踏み潰されてしまいました。

――夢野久作「きのこ会議」


……確かに毒茸は馬鹿であったのであろう。人間のなかに彼らを容姿だけで判断する野獣がいたことに気付いていなかったからである。しかし、夢野久作がおめでたいのは、毒茸が踏みつぶしたくらいで死ぬと思っていることであろう。茸に痛覚があるであろうか、彼らは痛みすら感じないのではなかろうか。が、人間はそうはいかない。だいたい日本(の政府)は、あんなに差別されてたたきつけられた経験があるのに、なにゆえ弱いものいじめばっかりしているのであろうか。自分の魂を失ってしまったためであろう。

神様北の湖逝去

2015-11-20 23:18:43 | ニュース


「猫騙しはいかん」と史上最強横綱白鵬に苦言を呈し、昔風の?相撲道を背負っていた北の湖が突然亡くなってしまった。北の湖全盛期がちょうどわたくしが相撲を見ていた頃である。輪湖時代はまさに、スポーツマン体型の輪島がお餅牛みたいな北の湖のお腹に乗っかって土俵下まで走り去られるという――(あれ?相手は千代の富士だったか?)、力士が神であった頃の残り香が感じられる最終局面であった。……ということにしておきたい。

スキャンダルまみれの相撲界は気の毒だ。相撲界にあったことは、清濁含めて我々の社会を作ってきたあれこれだ。それを、日本人の魂を失ったナショナリストたちがあれこれ詮索してまわり滅茶苦茶にしてしまった。対して横綱の品格なんぞ最近の産物であり、我々の社会はそんなもので保たれてきたのではない。力士は神であり、我々とはちがうのである。いまや、モンゴルからきた神でいいじゃないか。昨今のドタバタは、昭和の初期のナショナリズムに乗って国技となった相撲の悪いところが流れでただけであって(だいたい相撲がもともと神事であるかどうか分からんぜ。朝青龍みたいなのが来て、それがばれたと言うべし)、とそんなわけはないのだが、そういうことにしておこう。

御嶽海は、木曽から出た神様でいいよ。御嶽の名前を冠した時点でもう人間ではない。

稀勢の里が北の湖に似ている。顔が。がんばれ稀勢の里の顔。

世の中の非難に抵抗して伝統の復活に気をとられると、蓄積されてきた肝心の知恵と悪行についての記憶まで失うというのが案外、我々のパターンであろう。伝統文化について心配なのはそこである。我々の感覚は伝統について本能的に鈍感である。まるで円環の中にあるような気分を伝統と錯覚する。――たぶん、確かに同じようなことを反復しているが、決定的なものを忘却し続けているから反復し続けるのである。

かわいい猫だまし

2015-11-19 18:07:12 | ニュース
史上最強横綱=白鵬が、猫だましで勝ったというので話題になっている。さすが白鵬、何をやっても勝てる。だいたい、猫だましが卑怯だというのがわからない。「すごいよ!マサルさん」を想起した私が漫画の読み過ぎだとしても、――卑怯というのは、「強い農業」とか言って農家をいじめたり、「復興五輪」とか金メダル16個とか目標を立ててる馬鹿みたいな人間のことを言うのだ。というか、あの牛みたいな人たちが猫を騙そうとするところがかわいい。白鵬には是非、巡業で実際の猫をつかってやって欲しい。子ども相手でもいいや。



「賢者ナータン」を読み直さなければ……


ピチカートファイブとストリンドベルク

2015-11-18 23:21:05 | 文学


フランスとシリアと言えば、ストリンドベルクの「ダマスクスへ」を思い出す。フランスは、たしか、神を冒涜したとかでストリンドベルクを国外退去処分にしている。なんとひどい国であろう。ストリンドベルクを読んでいると、あまりの不幸っぷりに、「自業自得だ」と言いたくもなるが、不幸が個人の性向からでてくるのをわたくしは信じない。フランスとストリンドベルク、フランスとシリアの関係は、世界中至る所にあるのだ。しかし、たまたまパリが発火点に選ばれただけとは私は思わない。それだけの歴史的経緯があそこにはある訳で、テロなんか、単なる歴史的必然であるように思われる。

ただ、我が国とお隣の国の事情でもそうだが、歴史的必然を説明しようとしても、それは絶対に、人びとの怨念を説明するところまでいかない。小林秀雄じみた言い方になるが、それは確かである。呟き・顔面本の世界になって必ずしも怨念が見えるようになったとは私は思わない。しかも、その説明は問題を完了しようとしているので、ますます泥仕合は避けられないのも現実である。

そういえば、わたくしにも、ピチカートファイブの曲を聴いてウキウキするようないまいましい時代があって、もうオウムや日米安保共同宣言やらの頃で……、急速に日常のいたるところに「人生は目的をもった戦いだ」的ななにかが出張ってきたような気がしていた。何をやって食っていくかが問題になったお年頃なので、そう見えたのかもしれないが、たぶんそれだけじゃないと思う。ストリンドベルクを何編か読んだのはちょうどその頃である。20世紀が、決して「不安の時代」などというぬるいものではないことが彼の作品からは感じられるのである。ファシズムは、民主主義の失敗などというものではない。

戦争と平和は対義ではない。平和を守るために戦争があり、平和から見ればそれを脅かしに飛んでくる何かはテロであろう。こういう発想の時に、戦争と平和が対義になってしまう。

「戦争=平和」の対義は、遊びだと思う。テロと言われるものは、我々から遊びを奪い、目的同士の戦いに導こうとしている。そんなきつい状態に我々が自然に導かれるとしたら、我々がもうテロリスト並みの抑鬱状態にあるからである。

ひさしぶりに、ピチカートファイブを聴いてみたら、やはりここには無理矢理遊ぼうという感じがなくはないと思った。いまの多くのJPOPほどじゃないにせよ。