国つ神の末裔 一言ヒトコ・3
『3月10日の大空襲』
昔、雄略天皇が葛城山へ狩に行った時、山中で、自分たちと同じ身なりをした一行に出会った「何者だそなたたちは!?」そう尋ねると、天皇そっくりの者が、こう言った「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」 これは、その一言主の末裔の物語である。
ふと昼寝から覚めると、朝だか夜だか一瞬分からないことがる。
今日のヒトコが、そうだった。
ただ神さまの末裔なので、そのスケールはハンパではない。
「あ、朝……なんだ午後二時か……」
そう呟くと、ヒトコは、もう一眠りしようと思った。今日はさる病院の入院患者になっている。この病院の内視鏡手術の失敗が多いので、そのヘタクソさぶりと、名利目当てのいい加減さを告発するために。
しかし、もう一度時計を見てびっくりした。
置いていた電波時計ではなく、レトロなベルが頭に乗った目覚まし時計だった。病室も変だ……部屋の日めくりを見てびっくりした。
昭和二十年三月十日になっていた……。
「タイムリープしちゃった」
神さまの末裔であるヒトコには時々あることである。元に戻れと念ずれば、あっさり元に戻る。
ヒトコは、日付がひっかかった。
昭和二十年三月十日……東京大空襲の日だ!
ヒトコは、元に戻るのをやめた。これは自分の意志を超えた何ものかの御業に違いない。ご先祖の一言主神……さらに、その上の……。 役割は見当がついた。
今夜、歴史に残る大空襲が行われ、東京は100万人が罹災、10万人の犠牲者が出る。史上最悪の空襲が数時間後に行われる。それを阻止するのが自分の役割であろうと……。
325機のB29がやってくる。搭乗員は一機あたり11人。3575人の乗組員を一度にたぶらかすには、ヒトコの力は、あまりにも非力だ。女子高生一人に化けたり、アイドルのソックリさんに化けるのは容易い。でも、3575人……どうやっても手に余る。
パス・ファインダー機(投下誘導機)によって超低空からエレクトロン焼夷弾が投弾、爆撃地域が照らし出された。
後続のB29たちは、照準器を使うことも無く、ただ編隊を組んだまま、モロトフのパンかごと言われる爆弾を投下すれば済むだけの話だ。
「爆弾倉扉開放……」
325人の爆撃手が静に呟く。機銃などの重量物は全て下ろして、通常の倍の7トン近い爆弾が搭載され、今まさに投下されようとしていた。
「全弾投下……」
全機の機長が静かに命じた。
「全弾投下!」
爆撃手が復唱し、全弾の信管が抜かれ弾倉架から爆弾が投下された……はずだった。
「なんだ、今の衝撃は?」
全てのB29の弾倉は開いておらず弾倉架から外れた爆弾は、弾倉の中を転がった。
爆撃手は、その勘で弾倉が開いていないことを感じ、二度三度と弾倉開閉ボタンのOPENのボタンを押した。
しかし、それはCLOSEであった。
大人数に化けることはヒトコにはできないが、B29の弾層扉のボタンを誤認させることは、さほど難しくはない。
325機のB29は弾倉の中を転がるうちに信管が反応、B29は次々と弾倉から火を吐いて墜ちていった。
325機のB29の大半は避難のために東京湾を目指していたが、その大半が空中で燃え尽きバラバラの破片になった。
325機のB29は喪失され、3575人のアメリカ兵が、そして落ちてきた機体のために2000人ほどの日本人が犠牲になった。
東京大空襲は完全に失敗に終わった。第二次大戦で失われたB29、700機の半分が一度に失われ、アメリカは数か月にわたって、まともな空襲をおこなうことができなくなった。しかし、戦争の大勢を変えることはできず、終戦が一か月延びた。いろんなところに影響が出た。
ヒトコは分かっていたが、十万人の命を助けずにはいられなかった。
ヒトコの最初の挫折だった。