ポナの季節・45
『父達孝のお人よし』
ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとって新子が自分で付けたあだ名
達孝が出勤すると、教頭が渋い顔で手にした電話の送話器を指さした。
教頭の顔つきからP(保護者)からのクレーム電話であると知れる。達幸は、自分の机のコーナーの電話に転送してくれるように教頭にジェスチャーした。
「はい、お電話替わりました。社会科の寺沢ですが……」
――先生、クラブ活動なんとかなりませんか、昨日も娘が帰ってきたの夜中の十一時。これまでは熱心なご指導と我慢してましたが、これは、もう度を越しています。こう言っちゃなんですけど、ご定年寸前の年に演劇部つくって、ちょっと張り切り過ぎじゃないんですか。映画の、なんて言ったっけ……『幕が破れた』いや『幕が下がった』『幕が上がった』ですか。それをご覧になって一念発起されたらしいですが、教師の思い入れや思い込みで生徒をむりやり勧誘して、ここまでやるのはやりすぎです。中間テストでも成績を落としてているし、健康にも良くありません。むろん高校生の生活からも逸脱しています。このまま続くようなら教育委員会と相談させていただきますが。今日一日、よーくお考えいただいて、お電話いただけます? 午後の七時から待っています!――
ここで、電話が切れそうになったので、達孝は慌てて聞き返した。
「すみません、まだお名前をお伺いいたしておりませんが」
「教頭先生にお伝えしました! 連携の悪い学校ですね」
「申し訳ありません、教頭は席を外しておりますので(教頭に目配せ)……はい、佐伯様ですね。一年五組の佐伯美智さんのお母様ですね。はい、本日午後の七時にお電話させていただきますので……はい、よろしくお願いたします」
佐伯と言う保護者は、一方的にまくし立てて電話を切った。
「佐伯さん、教頭さんには名前言ってなかったでしょう?」
「うん、最初から、あの剣幕でね。で、寺沢先生、演劇部なんて、いつお作りになったんですか?」
「わたしも初耳です」
「え……じゃ、保護者の勘違いですか?」
「いや、何か裏がありますね。佐伯美智が登校したらすぐに聞いてみますよ。五組の担任は中村先生でしたね……今は、正門の当番か」
いつものようにジャンジャン鳴りだした欠席連絡の電話の対応に追われ、教頭は、もう達孝の相手をしている余裕がなかった。
達孝の学校は、いわゆる困難校。
朝の忙しさは、経験したものでなければ分からない。達孝は一年五組の出席簿を見た。佐伯美智は遅刻常習者のようだ。
「中村先生、クラスの佐伯美智が来たら、そのまま指導することがあるので、引っ張っていきます」
「美智がなにか?」
「それが分からんので、話しを聞きます。どうやら面白そうな生徒のようですな。それまで、遅刻指導手伝いますよ」
予鈴が鳴ったが、生徒は急ぐ様子はない。遅刻など屁とも思っていない。
切りのいいところで、生指の先生が叫ぶ。
「よし、ここからあとは遅刻! 当番の先生から入室許可書をもらって、教室へ行け!」
まるで行列のできるラーメン屋の列がぐちゃぐちゃになった体になる。
二人の当番教師に混じって達孝は、慣れた対応で遅刻者をさばいていく。そしていよいよ佐伯美智を捕まえた。
「佐伯、ちょっと先生といっしょに来てくれないか」
優しい口調ではあるが、有無を言わせぬ重みがあった。
「あ……はい」
美智は、覚悟を決めて達孝のあとに付いてきた。
ポナの周辺の人たち
父 寺沢達孝(59歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(49歳) 父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。