氣まぐれ剣士の言いたい放題

氣まぐれ剣士が剣道その他を思うままに書いています。
一度のぞいてください。

637 東大野球部

2008-04-28 09:55:13 | Weblog
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637 東大野球部

東京六大学野球で東大といえば10人が10人とも毎年ビリだと思っています。イメージとしてはその通りですが、しかし、万年というのは少しオーバーのようです。

戦争で中断した六大学リーグ戦が3年ぶりに復活した昭和21年(1946年)に、東大は堂々第2位、しかも優勝した慶応に1―0の惜敗だった(この年は1回制)そうです。

もっと歴史を逆上れば、日本に野球が導入された創世期、特に明治20、30年代は、東大教養学部の前進である、第一高等学校が、日本野球界の王座に君臨していた。

一高「べーすぼーる部」のキャッチャーとして正岡子規が鳴らしたのはまさにこの頃で、「野球」という日本語の名称が定着したのも、明治28年(1895年)発行の「一高野球部史」からだそうです。

むかうところ敵なしの感があった一高は、明治24年本格的な相手を求めて、ヨコハマ・アスレティック・クラブ(YAC)のアメリカ人チームに試合を申し入れた。

YACチームは専用球場も持ち、強豪として鳴り響いていた。彼らは一高チームごとき者の挑戦は歯牙にもかけず、取り合おうともしなかった。さまざまな経緯を経て、両者間で史上最初の日米野球が実現したのは、5年後の明治29年だった。

さて、結果はどうなったか。大方の予想とはまったく逆に、一高チームは何と29-4の大差でYACチームを完膚なきまでに打ちのめし、さらに、翌月行われたリターンマッチのも32-9と連勝して、大いに溜飲を下げたものであったそうな。

さすが、一高ですね。頭だけでなく、野球も強いとは知りませんでした。正岡子規が野球が好きだとは知ってましたが、一高のしかも絶頂期の野球部だったとは知りませんでした。

明治時代の野球部の先輩たちが今の現状を見たら、何と思うでしょうか。何事もマイナーなうちに頑張っておけば、楽して勝てるかも知れませんね。一高がいち早く野球を取り入れたのは、やはり先見の明があったかも知れませんね。

いかがでした。
次回もお楽しみに。
以上。

636 大阪の怖いおばちゃん

2008-04-22 12:02:23 | Weblog
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636 大阪の怖いおばちゃん


ある大阪の怖いおばちゃんの話です。

大阪船場に、有名な下着店があるそうです。テレビや雑誌でもよく取り上げられています。ダンボール箱が所狭しと並び、注意書きがいたるところに張ってある店内に怒号が響きます。
「買わへんのやったら覗かんといて!
 ちゃんと商品を畳まなアカンやろ!」

その声の主は、社長の津田綾子さん。

お客様に対して怒鳴るなんておかしいんじゃないか?怖いおばちゃんだなーとお思いの方もいらっしゃるでしょう。

しかし、この店はなぜか大繁盛。固定客もちゃんといますし、全国各地からも客が訪れています。怖いといっても、津田さんが怒るのは、行儀の悪い客に対してだけです。
商品を粗末に扱う客、ルールを守れない客は、他のお客の迷惑になる。だから津田さんは怒るのでしょう。

このお店の商品は皆、(世界一?)安い。津田さんが必死なって捜してきた可愛い商品です。津田さんはその商品に、「いいお客さんに買われるんやで」と声をかけながら並べるのだそうです。
 
それを乱雑に扱う客は、その津田さんの気持ちも、その商品を買って帰り、自分の身につける他のお客のことを考えてもいないのです。だから津田さんは怒るのでしょう。
ちなみに、この店のモットーは「世界一厳しく、世界一安く」それは「正直で善良なお客さんが得をするため」だそうです。

「より良いものを世界一安く売る。一番もうけて得するのは善良な消費者でないとあかん」
藤本義一さんの小説『商人万歳』(日本経済新聞社)のモデルにもなった伝説の商人だそうです。

 さすが大阪のおばちゃんですね。納得です。

いかがでした。次回もお楽しみに。
以上

635 改善王家の十訓

2008-04-17 07:31:00 | Weblog
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635 改善王家の十訓

1.一見百聞を制す  現場を見てから考えよ
  「現場百回」といいます。わからぬ事は現場に聞けとも言う。「足を使わないもの、行動をしないものを官僚という。頭で考えず、足を運べ」とレーニンも言った。

2.二番煎じも誇りと思え  よいことはすぐに取り入れろ
  あなたのメンツにこだわるな。優れたことなら、たとえ敵のアイデアでも真似しろ。メンツよりも設けが先じゃ。「地獄の沙汰も金次第」と閻魔様も言っている。

3.三人寄れば文殊の知恵  一人で悩むな他人の知恵を借りるべし
  完璧な知識を持つ人などいない。知らないことを恥と思うな。聞こうとしないのが恥なり。「聞くは一時の恥。知らぬは一生の恥」昔の人はいいこと言うね~。

4.四方から見る目、考える癖  現状を否定し固定観念を打破せよ
  新しい考え方は必ず強固な反対に会う。理解がないとあきらめるな。何度でも角度を変えてぶつかれ。「十人のうち賛成が三人ならやろう」松下幸之助は言った。

5.五W四Hもしもの時の対策も  
  順風のとき逆風対策を忘れるな。逆風が吹いてから何をするか考えていては間に合わない。勝っていても安心するな。敵はいつまでも負けてはいない。反撃の手を予想せよ。

6.六感ひらめきすぐにメモ  常に変化に敏感であれ
  日常の状況を正確に数字でつかもう。わずかな変革で大きな成果の出ることがわかる。毛沢東は言った。「調査亡きところに発言権なし」逆に言えば「調査は説得力をもつ」

7.七つの道具の武者修行  改善の手法・技法は自由に使いこなせ。
  手法・技法を使いこなすことでアイデアは泉のごとく湧き出します。素手で戦う人と武器を使いこなす人が戦えば結果は目に見えている。得意な武器の修行を積もう。

8.八面六臂の活躍を  多機能訓練、自己啓発を怠るな
  頭脳に刺激を与えましょう。脳の回線は九割が遊んでいます。鍛えれば鍛えるほどあなたの能力は開発されます。そのためにはいろいろな知識と技術を身につけましょう。


9.九死でも一生あり  いかなる状況でも決してあきらめるな
  チンピラに囲まれたとき「ウ~ン」と突然大声で泣き出して群集が何事かと寄ってきて何も被害に遭わなかった人が「恥ずかしいことではない。後で泣くより、先に泣いたおかげで助かったではないか」と言ったそうです。
  「順番を入れ替えるだけで大助かり」ということも、あきらめたら氣づきません。

10.十全目標も完全と思うな  自惚れるな。改善に終わりはない。
  目標を完全達成したとしても、社会は進歩しています。昨日までの先端技術でも一夜明ければ陳腐化しているのがこれからの技術です。新たな目標を立てて果敢にチャレンジしましょう。「より良いものを、より安く、より安全に、より早く、より正確に、より喜ばれる商品を」改善の王道はどこまでも続いています。


これはうちの会社に掲示してあったものです。どこからかコピーしてきたものだと思いますが、なかなか、いいことが書いてありますね。

でも、レーニンとか毛沢東とか、ずいぶん古い名前が出てきますが、今向きじゃないかもしれませんね。

いかがでした。
次回もお楽しみに。
以上

634 良い習慣は笑顔から

2008-04-15 07:55:36 | Weblog
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634 良い習慣は笑顔から

 
▼  笑顔だから流行る  ▼

流行っているお店の店員さんは、明るくて、話しかければにこにこしています。流行っているから、にこにこしているのでなくにこにこしているから、流行るのですね。
 
同じものを買うなら、笑顔をくれた人から買いたいと思うものです。たとえ買わなくても、そのお店にはまた行ってみたくなります。忙しくても、笑顔を忘れない。だから忙しくなると、その笑顔に会いたくなるのです。お店に行っただけでも喜んでもらえる。だから、もう一度行きたくなります。

安い物を買っても喜んでくれる。だから、ついついもっと買いたくなります。誰にでも、笑顔で接している。だから、人にも「あの店に行ってみたらいいよ」って薦めます。
 
昔の商人は言いました。 「商売の商は、笑なり、勝なり」
「商売」のコツは「笑売」なのですね。


▼  笑顔だといいことが起きる  ▼

「おはようございます」とあいさつしても、ブスッとして表情の硬い人もいれば、笑顔であいさつを返してくれる人もいます。あなたはどちらの人と仲良くなりたいですか。どちらの人にまたあいさつをしたいですか。

たいていの人は笑顔の人を選びますね。だから笑顔の人は、よく声をかけられるのです。ちょっと親切にしてあげても、別に気にもとめない人もいれば、笑顔で喜んでくれる人もいます。

あなたはどちらの人と仲良くなりたいですか。どちらの人にまた親切にしてあげたいですか。たいていは笑顔の人を選びますね。だから笑顔の人には、人から親切にされます。

やっぱり原因と結果は反対かも知れませんね。流行っているから、ニコニコしているんじゃなくて、ニコニコしているから流行るんですね。 

次回もお楽しみに。                           以上

633 良かったね

2008-04-11 07:58:42 | Weblog
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633 良かったね

99歳の禅僧をされている松原泰道さんという方が「かいごの学校」という雑誌で取材を受けていました。
以下は取材中に松原さんが話された内容です。

ある児童施設でのお話です。
その施設で働く寮母さんが50歳を過ぎ、老眼鏡を必要とするわが身にショックを受けたそうです。いやだけど、仕方なく老眼鏡をかけていると、施設の子どもが声をかけてきました。

「先生、眼鏡かけているの?」

寮母さんは、恥ずかしさと腹立たしさから、
「老眼鏡さ」と言い放ったそうです。

すると子ども意外な返事をしました。
「よかったね」

「よかったね」と。

寮母さんが「何がよかったの?」と聞き返すと、

その子はこう答えたそうです。
「老眼鏡がかけられるまで生きられてよかったね」

しあわせは気づくもの。「よかったね」

その施設で暮らす子ども達は、成人するまで生きるのが難しい障害を負った子ども達だったのです。
寮母さんは、子どもの言葉にはっと気付き、自分を恥ずかしく思ったと言います。


難しい障害をもっている人たちって、私たちに何かをきづかせてくれる存在、ほんとうのしあわせを教えてくれる天使なのかも知れませんね。。

いかがでした。
次回もお楽しみに。
以上

632 恋のエネルギー

2008-04-09 07:33:04 | Weblog
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632 恋のエネルギー

「恋愛」とは、「恋」と「愛」という全く性質の異なる二つのエネルギーから成り立っているそうです。

「恋」のエネルギーは、非常に「エゴ」的なエネルギーだそうです。

「相手を自分のものにしたい!」
「自分のことだけを見ていて欲しい!」
「誰にも渡したくない!」など…。
超ワガママな想いが出て来るのも、極めて当然の成り行きです。

相手に対して「…して欲しい」と思うことは、相手を自分の思い通りに操りたいということです。
「欲しい」=「相手からエネルギーを奪うこと」でもあります。
それでは、「私は満たされていません」と宣言しているようなものです。

しかし残念ながら、どんなに愛している相手であっても、相手と自分は、違う人間であり、相手を自分の思い通りに操ることは出来ません。

上手くいくためには、相手に何かを要求し、相手からエネルギーを奪おうとするのではなく、自分から相手に対して何が出来るかを考え、相手にエネルギーを与えることを意識してみるといいそうです。

相手の反応に注目するのではなく、その時の自分の感情に注意を払って、そこにフォーカスすることが大切だそうです。

「メールが出来る相手が居て、うれしい…」
(あなたにメールが出来るだけで、私はうれしい!)

「どうしてメールをくれないの…」は、「奪う」エネルギーです。ではなくて、「返事をくれたら、うれしいけれど、返事がなくても、こうしてあなたにメールが出来るだけで、私は幸せ!」と書くのが、「与える」エネルギーですね。

小生、皆さんによくメールしますが、メールできる相手がいるだけで幸せです。でも迷惑な人もいるかも知れませんね・・・

いかがでした。
次回もお楽しみに。                          以上

631 六中観

2008-04-07 08:10:37 | Weblog
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631 六中観

「六中観」(りくちゅうかん)

忙中閑(ぼうちゅうかん)有り
 苦中楽(くちゅうらく)有り
 死中活(しちゅうかつ)有り
 壺中天(こちゅうてん)有り
 意中人(いちゅうひと)有り
 腹中書(ふくちゅうしょ)有り

 (訳文)
   忙中に掴んだものこそ本物の閑である。
   苦中に掴んだ楽こそ本当の楽である。
   身を棄ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
   どんな境涯でも自分だけの内面世界は作れる。どんな壺中の天を持つか。
   心中に尊敬する人、相ゆるす人物を持つ。
   身心を養い、経綸に役立つ学問をする。


 私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、
 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。

                               安岡正篤

 安岡正篤先生は東洋学の泰斗で、歴代首相の指南役を務めた人物です。
 あまり知られていませんが、「平成」という元号を考案されたのも安岡先生だそうです。

 次のようにもおっしゃっています。
「時間というものは、長い時間をとろうと思うとなかなかとれるものではない。それこそ仕事がある。多忙である。邪魔がはいる。だから閑を得たらと思うのは何にもならない。けれどもどんな忙人にでも、寸陰というものはある。……そのちょっとした時間をつかむのです。これに熟練すれば、案外時間というものはあるものなのです」

 確かに暇ができたらやろうと思っていると、いつまでたってもできませんね。
 やっぱり“今、ここ“でやらないと、だめですね。

次回もお楽しみに。                           以上
 実際、安岡先生は家でも短い時間を上手に利用して
 読書に勤しまれていたそうです。
 夜寝る時には枕許に必ず数冊の書物が置かれていたといいます。

「六中観」は決して難しい言葉ではありませんが、
 実行となると日々の修養が欠かせません。
 目の前の問題を力強く乗り越えていけるよう、
 常に心に刻んでおきたいと思います。




630 父の日

2008-04-04 07:42:51 | Weblog
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630 父の日

6月第3日曜日と言えば…そう、「父の日」ですね。

「母の日」に比べるとなぜか影が薄く、うっかり忘れがちで、まるで「母の日」の
おまけのように思われてしまう「父の日」ですが、この「父の日」が作られたのには
ある女性の深い思いがあったのだそうです。

アメリカで「母の日」ができたのは、1908年のことでした
それを知った、ワシントン州に住むジョン・ブルース・ドット夫人は翌年「父の日も作ってください。」と、『牧師協会』へ嘆願したのです。それにはこんな深い理由がありました。

ドット婦人は、6人兄妹の末っ子。父親は北軍の軍人でした。南北戦争のさなか、軍人だった父親に代わり母親が一人で働きながら、一家を支えていました。1865年に戦争が終わり、父親は戻ってきます。

ですが、母親はそれまでの無理がたたり体をこわして他界してしまいます。それから父親の奮闘が始まります。今のように豊かではなかった時代に残された小さな子供6人をかかえ、苦労しながらも、生涯独身で働き続け、必死で子供達を育てあげたのです。

5人の息子と1人の娘の成長と幸福のためだけに自分の半生を生きた父親。娘であるドット夫人の父への感謝の気持ちは、とても深いものだったと思います。

ドット婦人が嘆願した後、1961年に「父の日」が広く認知されるようになりました。

なぜ、6月なのか?それは、ドット婦人のお父さんの誕生日が6月だったからだそうです。


そうだったのですね。ドット夫人がいたから父の日ができたのですね。お父さん方はドット夫人に感謝しないといけないですね。

ちなみに氣まぐれ剣士の誕生日も6月です。それがどうしたって? いやどうもしないです。ただ言ってみたかっただけです。

いかがでした。
次回もお楽しみに。                           以上   

629 環境プランナー

2008-04-02 07:51:52 | Weblog
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629 環境プランナー

何をやるにせよ、それにとことん燃えて取り組んでいると、次々とアイデアが閃くものです。朝の3時、5時、6時と閃いては目が覚め、メモしたアイデアを私は次々と実行していきました。

            鈴木 武(環境プランナー)
             月刊『致知』2007年2月号 

鈴木武さんは、ゴミ問題のプロフェッショナルだそうです。

松下通信工業在職中に同社から出るゴミの99%資源化、松下グループ全体で98%の資源化を推進。

退職後は横浜市の中田宏市長に請われて
 「横浜G30構想」に参画し、同市のゴミ30%削減に寄与。現在も多くの自治体や企業から依頼を受け、ゴミ削減のアドバイスに奔走されています。

かつての鈴木さんは、「上司や部下とのトラブルが絶えず、周囲から奇人変人扱いをされて出世の望めない窓際族に甘んじていた」とのこと。

しかし43歳で「生かされた人生」に目覚め、与えられた条件の中で精いっぱい生きることを決意されてから、その人生は一変。ゴミ問題への取り組みを通じて100%、200%の幸せを実感しながら生きているとのことです。

松下通信工業時代のゴミ資源化は、誰からも理解を得られない中での孤独な闘いでした。1万人の大企業を一変させた源泉は、数え切れないほどのユニークなアイデアと、それを生み出す無我夢中の取り組み、熱意。

鈴木さんはおっしゃっています。
 「多くの企業で『うちの社長は頭が固くて駄目だ』『下がガタガタ言ったって、上がやる気ないんだからできるわけがない』といった愚痴が聞かれます。
しかし、力のない窓際族でも知恵と努力と工夫を重ねれば、1万人の会社でも改革することはできるのです」

すごいですね。どんな仕事でも「いま、ここから」ですね。そしてすぐ実行。千里の道も一歩から。

次回もお楽しみに。                           以上