経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

増税で信認は守れない

2012年08月09日 | 経済
 消費増税法案があす成立することになったようだ。日経は、小竹洋之さんが「日本の信認・守れる政治を」という論説記事を書いている。これを材料に、日本の財政運営の何が拙いのかを浮き彫りにしてみたい。

 まず、小竹さんは、財政再建に対する懸念が長期金利を上げたとするが、本人も「世界的な株高の影響もあるが」としているように、増税法案の行方とは、ほとんど関係がなく、欧米のリスクが和らいだせいであろう。根拠があやふやなものを引くべきではない。もしかすれば、今日の日本の長期金利が、増税決定を受けて急低下するかもしれんがね。要は、国際的な要因に動かされる長期金利を頼りに、財政運営はできないということだ。

 また、クルーグマンが「さっさと」のp.182で書いているように、長期金利は、景気回復の希望がしぼむことでも低下する。つまり、金利が急低下したとしたら、増税決定によって、日本経済の低迷が長引くという見通しが立ったためという解釈もできるということだ。それは、ちっとも、ありがたい話ではない。

 次に、小竹さんは、消費増税の重要性について、国債が税収を上回るとか、国の借金が1000兆円とかを根拠にするが、これらは目安として何の役にも立たない。こうした状況は、震災が起こった時にも同様だった。これらをもって、救援や復興の措置を遅らせるべきだったろうか。今となっては、復興増税を持ち出したことは、有害無益だったことが明らかになっている。当たり前だが、財政運営は、その時々の需要の状況を見てしなければならない。

 むろん、消費増税が不要と言っているのではない。高齢化に伴って、社会保障費が毎年1兆円強増えていくのであるから、2年に一度、1%ずつ消費税を上げる計画を持っておくことは絶対に必要である。つまり、インフレリスクを消すために、増税計画は用意しておくべきなのである。加えて、政治的には難しかろうが、一定の物価上昇が見られたら、柔軟に上げられるようにしておけば、もう完璧である。

 結局、悪い長期金利の上昇とは、リスクに反応しているものなので、それを消す観点で財政運営を考えるべきなのだ。逆に、過大な増税をしてしまうと、それがリスクになって悪い上昇が起こることさえある。欧州では、緊縮財政が成長率を落とすことが懸念され、大きな犠牲を払ったのに、なかなか長期金利が低下しない。こういう最新の教訓を、しっかり学ばねばならない。

 それから、小竹さんの言う「豊富な家計貯蓄があるうちに増税を」という焦りは失敗の原因になる。増税を急いで成長を失速させ、雇用を悪化させれば、生活が苦しくなって、家計貯蓄を減らしてしまうからだ。財政赤字と、家計や企業の貯蓄は、相互依存的な関係にもある。やはり、その時々の需要の状況に合わせて、増税の大きさは決めなければならないという、常識的な結論になる。

 最後に、小竹さんは、「まだまだ増税と緊縮が必要」ということを唱えるが、財政状況を自分で確認してないようだね。内閣府の中長期試算では、2%程度の成長シナリオなら、10%までの消費増税で、国地方の公債残高が安定することが示されている。足元では、これを上回る成長を遂げているのだ。税収の伸びは、中長期試算を上回りさえするだろう。これを一気の増税で壊しては何にもならない。無理をせず、成長を維持することが、結局は財政再建を早めることになる。

 日本の信認は、経済状況に的確に対応できる財政運営の体勢を示すことで得られる。状況に対応できない、一気の3%増税という硬直性は、むしろ、信任を害するものだ。信任というのは、日本が現実的に対応できるかにかかっているから、政治や政府の在り方だけでなく、それを正すべき新聞の論調にもかかっている。小竹さんには、密かに期待しているんだよ。だから、もっともっとリアリストになってほしい。

(今日の日経)
 消費増税法案あす成立、解散は近いうちに。日本の信認・守れる政治を・小竹洋之。市場、政局警戒続く、金利の動き不安定。迷走ユーロ・予想下回る成長。エネットに自由化2割の壁。経済教室・新興国の国益観・川島真。

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1 コメント

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長期派 (KitaAlps)
2012-08-09 11:27:00
 この問題は、次の頁で少し書いてみていますように、結局、「短期派」と「長期派」の見方の対立だと思いますね。
http://kitaalps-turedurekeizai.blogspot.jp/2011/01/blog-post_20.html

「短期派」・・・今は重い不況(大不況)下にあり、異常な状況にある。大不況だから、必然的に税収は(一時的に)下がっている。その一方で、需要不足下で(需要の重要な部分を占めている)政府の消費や投資を減らせば、経済は需要不足のスパイラルに陥る。・・・1930年代のフーバー政権期(?)や現在のヨーロッパ各国のように。
 したがって、財政支出は維持せざるを得ないから、不況による税収低下とあいまって財政赤字は拡大する。財政赤字(少なくともそのかなりの部分)は、今の大不況を脱すれば解消されるから、まずは不況からの脱出が優先されるべきだ。

 財政支出の財源を公債で確保しても税収で確保してもマクロ的にはそれほどの大きな違いはない(これは私の見解ですが)かもしれないが、税は資金の効率的な配分に歪みをもたらす。
 公債(国債)は、(相対的に)最も使い道のないお金で購入・消化されるのに対して、税の場合は、本来は使い道のあるお金にも強制的に賦課される点に違いがある(税目などにもよるが)。このため、特に重い不況下で増税すると、増税による資金配分の変化プロセスが経済に大きなダメージを与える可能性がある。

 これに対して

「長期派」・・・不況だと言うが、これほど長い期間続いているのだから、今は「平常時」である。だから、平常時の財政赤字の原因は、政府の怠慢によって引き起こされている以外にありえない。

 政府は、本来であれば、増税するか歳出を削減するかどちらかの方法で、赤字を解消すべきだが、政治家が国民におもねている結果、それができていない。財政赤字は、そうした日本の政府運営の(政治面の)構造的な問題である。

 また、増税によるマイナスは小さいし、仮に影響があるとしても、今は平常時だから、今やらないで何時行うのか。

 結局、小竹さんも財務省と同様、長期派なわけです。

 こうした立場からすると、日本の長期金利が低いというのは、長期の立場からは説明できないパラドックスです。
 だから、いろんな偶然が重なって、そうなっているんだろうと漠然と考えているわけです。「偶然が重なって」というのは、まさに長期派の彼等が考える低金利の原因が、短期的な要因というわけですから、それ自体が滑稽でもあります。

 そのパラドックスを説明するために長期派がない知恵を絞って出てきたのが、例えば、たまたま家計貯蓄の総額千何百兆円があったからだというもので、それはもうじきなくなるから大変だとか(・・・これについては、次の頁に書いていますが)。いずれにせよ、長期派は、訳がわからず、偶然と考えるしかないわけで常にひやひやです。だから、増税を焦るということでもあります。
http://kitaalps-turedurekeizai.blogspot.jp/2011/01/blog-post_25.html

 私は、日本の長期金利が低いのは、(単純に)重い不況で、需要として使われないお金が余っているからだと考えています。これは拙著「重不況の経済学」の主張でもあります。
 すなわち、不況期には需要不足の規模だけ、資金に余剰が生じるため、その限度で公債消化資金は潤沢に供給されると考えています。

 したがって、この状況では、政府の資金調達が民間の資金調達と競合して生ずるクラウディングアウトも、政府の資金調達による金利上昇傾向が海外からの投資を呼び込んで生ずるマンデル=フレミング効果も生じないと考えています。

 しかし、「長期派」は、資金需給は不況も好況と同じで変わりがないと考えているのです。このため、不況期に政府が公債を発行すると、金利が上昇するはずだと単純に考えるわけです。それは事実(日本の長期停滞や今回の世界同時不況)によって否定されています。
 次の頁は、貨幣流通速度の変動に着目して、景気後退期に資金余剰が発生することを示したものです。
http://kitaalps-turedurekeizai.blogspot.jp/2012/01/blog-post.html

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