深尾京司先生の「失われた20年と日本経済」を読ませてもらった。深尾先生の論考には、2000年代初めの世代間プロジェクトや「平成バブルの研究」の当時から注目していた。それは、「日本は、なぜ過剰貯蓄なのか」という問題意識が共通していたからである。そのことは今回も貫かれている。ただ、当時と違うのは、過剰貯蓄の持ち主が家計から企業へと変化を見せていることだ。
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過剰貯蓄の謎は、1997年以前においては、簡単に答えを見つけることができた。社会保障基金、すなわち、公的年金が大規模な所得の吸い上げをしていたからである。吸い上げの事実は、GDP統計における社会保障基金の貯蓄(純)を見れば明らかで、毎年、GDP比で2%~2.5%もの貯蓄の積み上げを行っていたことが分かる。
もし、それをしていなければ、家計の実質的な所得増→ 消費増→ 設備投資増→ 成長加速→ 物価上昇→ 金利引き上げ→ 円高傾向→ 輸入増 というようなことが起こっていたはずだ。こうした一連の変化は、過剰貯蓄を収束させる方向に作用していただろう。むろん実際には、日本経済は物価安定や低金利などが特徴とされていた。
過剰貯蓄の持ち主の変化は、1997年のハシモトデフレによってもたらされた。大規模な増税と緊縮が日本経済に大打撃を与え、家計所得が伸びなくなって、家計貯蓄率が低下した。家計所得を基礎とする保険料も増えず、社会保障基金も、年間の貯蓄量を急減させて行き、遂には赤字部門に転落してしまう。
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過剰貯蓄の謎は、1998年以降、「なぜ企業は、手元にある多量の貯蓄を投資しようとしないのか」に変化することになる。おそらく、その理由は、日本が、低金利と緊縮財政のポリシーミックスを採用したためだろう。低金利は世間の共通認識だと思うが、緊縮財政については、世間で喧伝される「財政危機」を思って、違和感を持つ方もいるかもしれない。
しかし、GDP統計の貯蓄(純)で明らかなように、2000年と、2004~06年にかけて、政府部門が赤字を大きく縮小していることが分かる。企業にしてみれば、いまだデフレにある早い段階で、景気がすこし上向くと、すかさず景気対策を打ち切って、需要を削減してくるわけだから、とても怖くて設備投資などできない。貯蓄を溜め込むのは当然の行動だ。
一方、低金利と緊縮財政のポリシーミックスは、円安傾向をもたらす。2000年代半ばまで、輸出型大企業に限っては、外需を頼りに設備投資を伸ばすことが可能だった。意外かもしれないが、この頃、設備投資のGDP比は、歴史的にも高水準になっていた。その割に景気の良さを感じられなかったのは、住宅投資と公共投資の減少を埋めるほどではなかったし、緊縮財政によって、景気が内需型産業や中小企業には波及しなかったからである。
………
筆者のような古い人間にとって、輸出から内需への波及は、何度も繰り返された日本経済の必勝パターンであり、小泉・安倍政権下において、それが起こらなかったことには、非常な違和感を覚えていた。この必勝パターンは、いまや途上国の経済戦略の常識にまでなっている。平成の日本だけが例外である理由は、異様なマクロ経済政策が取られた結果と考えなければならない。
輸出型大企業にとって、円安で外需が期待できる一方、内需が広がらないというのであれば、非正規労働者を動員するのが、理に適った経営手法になる。為替は揺れるものだから、柔軟な雇用調整を可能にしておかねばならない。「国内でも車が売れる」状況でないと、正社員を増やすのはリスクがある。また、内需が広がっていないから、労働力の取り合いをしなくて済み、安く豊富に確保することも可能だ。
深尾先生は、日本では、人的投資も、ICT投資も十分でないとするのだが、急ブレーキが繰り返される財政運営の下、内需が不安定であれば、それも仕方のないことのように思う。むろん、デフレでは、米欧のようにバブルが膨らむはずもなく、金融サービスを中心にした非製造業の「生産性」の向上が見られず、ICT投資も盛り上がらないのは自然な流れだ。
………
日本の過剰貯蓄の構造を変えるとすれば、レーガノミックスが参考になるだろう。レーガノミックスの本質は、減税による放漫財政と、強いドルの高金利政策である。こうした経済運営は、双子の赤字を作って国を傾けることになるが、その過程では、高消費の豊かさを味わうことができる。これほど極端では困るが、少子化で労働力に制約が出てくる日本経済にとって、強い円は、いずれ必要とされる手法であろう。
「高貯蓄経済は高成長」と相場は決まっているのだが、日本は、世にも珍しい「成長しない高貯蓄経済」である。緊縮財政による需要不安で企業の投資意欲を挫く一方、低成長の痛みに耐えかねて、ズルズルと財政赤字を出し続けてしまう。景気回復を待ってから、財政再建に転じるという、忍耐と果断ができないところに不幸がある。
2001年に、小泉政権が歓呼を受けて登場したとき、筆者は、「不幸になるとは、誰も思わないのだな」と孤独を味わっていた。小泉政権の経済運営に対する評価は、世間では悪くないが、筆者には、米国バブルの輸出特需という、ノーアウト満塁の大チャンスで、押し出しの1点しか取れなかったようにしか思えない。まあ、高校野球のように、「1点取れたのは良かった」と評する人がいるのも、分からなくはないが。
若者は、かつての小泉構造改革に熱狂し、今また世代間の不公平論に燃えている。看板は変わっても、やることは緊縮財政である。意図を見抜けないまま、踊ってしまうのは、若さの特権なのだろう。輸出を伸ばし、内需を広げ、成長を果たし、福祉を実らせた栄光の時代は、遥かに遠ざかり、年寄りの思い出話でしかないのである。
(今日の日経)
津波20メートル超6都県、震度7は10県に拡大。FTを本社が印刷。風見鶏・首相が100日は海外へ。団塊ジュニアは家買いやすく、歴史的低金利と価格下落。けいざい読解・2%も3%も数字に確たる根拠はない・大林尚。資源の流れ転換期・ヤーギン。介護報酬改定、引き下げの影響は。AIJの教訓・矢野朝水・山口修・2006年度の代行割れは3%弱。中外・挑戦者包み込む経済・実哲也。自由化の申し子・エナリス、アイビーパワー。読書・幸せな未来はゲームが作る、高品質日本の起源。
※損切りできぬまま、浜岡には1400億円の津波対策が。※あとは所得が上向けば、住宅ブームになるんだがね。※日本の国家戦略はそんなもの。※代行返上の好局面は巡ってくるのか。※景気が悪いとベンチャーもね。
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過剰貯蓄の謎は、1997年以前においては、簡単に答えを見つけることができた。社会保障基金、すなわち、公的年金が大規模な所得の吸い上げをしていたからである。吸い上げの事実は、GDP統計における社会保障基金の貯蓄(純)を見れば明らかで、毎年、GDP比で2%~2.5%もの貯蓄の積み上げを行っていたことが分かる。
もし、それをしていなければ、家計の実質的な所得増→ 消費増→ 設備投資増→ 成長加速→ 物価上昇→ 金利引き上げ→ 円高傾向→ 輸入増 というようなことが起こっていたはずだ。こうした一連の変化は、過剰貯蓄を収束させる方向に作用していただろう。むろん実際には、日本経済は物価安定や低金利などが特徴とされていた。
過剰貯蓄の持ち主の変化は、1997年のハシモトデフレによってもたらされた。大規模な増税と緊縮が日本経済に大打撃を与え、家計所得が伸びなくなって、家計貯蓄率が低下した。家計所得を基礎とする保険料も増えず、社会保障基金も、年間の貯蓄量を急減させて行き、遂には赤字部門に転落してしまう。
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過剰貯蓄の謎は、1998年以降、「なぜ企業は、手元にある多量の貯蓄を投資しようとしないのか」に変化することになる。おそらく、その理由は、日本が、低金利と緊縮財政のポリシーミックスを採用したためだろう。低金利は世間の共通認識だと思うが、緊縮財政については、世間で喧伝される「財政危機」を思って、違和感を持つ方もいるかもしれない。
しかし、GDP統計の貯蓄(純)で明らかなように、2000年と、2004~06年にかけて、政府部門が赤字を大きく縮小していることが分かる。企業にしてみれば、いまだデフレにある早い段階で、景気がすこし上向くと、すかさず景気対策を打ち切って、需要を削減してくるわけだから、とても怖くて設備投資などできない。貯蓄を溜め込むのは当然の行動だ。
一方、低金利と緊縮財政のポリシーミックスは、円安傾向をもたらす。2000年代半ばまで、輸出型大企業に限っては、外需を頼りに設備投資を伸ばすことが可能だった。意外かもしれないが、この頃、設備投資のGDP比は、歴史的にも高水準になっていた。その割に景気の良さを感じられなかったのは、住宅投資と公共投資の減少を埋めるほどではなかったし、緊縮財政によって、景気が内需型産業や中小企業には波及しなかったからである。
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筆者のような古い人間にとって、輸出から内需への波及は、何度も繰り返された日本経済の必勝パターンであり、小泉・安倍政権下において、それが起こらなかったことには、非常な違和感を覚えていた。この必勝パターンは、いまや途上国の経済戦略の常識にまでなっている。平成の日本だけが例外である理由は、異様なマクロ経済政策が取られた結果と考えなければならない。
輸出型大企業にとって、円安で外需が期待できる一方、内需が広がらないというのであれば、非正規労働者を動員するのが、理に適った経営手法になる。為替は揺れるものだから、柔軟な雇用調整を可能にしておかねばならない。「国内でも車が売れる」状況でないと、正社員を増やすのはリスクがある。また、内需が広がっていないから、労働力の取り合いをしなくて済み、安く豊富に確保することも可能だ。
深尾先生は、日本では、人的投資も、ICT投資も十分でないとするのだが、急ブレーキが繰り返される財政運営の下、内需が不安定であれば、それも仕方のないことのように思う。むろん、デフレでは、米欧のようにバブルが膨らむはずもなく、金融サービスを中心にした非製造業の「生産性」の向上が見られず、ICT投資も盛り上がらないのは自然な流れだ。
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日本の過剰貯蓄の構造を変えるとすれば、レーガノミックスが参考になるだろう。レーガノミックスの本質は、減税による放漫財政と、強いドルの高金利政策である。こうした経済運営は、双子の赤字を作って国を傾けることになるが、その過程では、高消費の豊かさを味わうことができる。これほど極端では困るが、少子化で労働力に制約が出てくる日本経済にとって、強い円は、いずれ必要とされる手法であろう。
「高貯蓄経済は高成長」と相場は決まっているのだが、日本は、世にも珍しい「成長しない高貯蓄経済」である。緊縮財政による需要不安で企業の投資意欲を挫く一方、低成長の痛みに耐えかねて、ズルズルと財政赤字を出し続けてしまう。景気回復を待ってから、財政再建に転じるという、忍耐と果断ができないところに不幸がある。
2001年に、小泉政権が歓呼を受けて登場したとき、筆者は、「不幸になるとは、誰も思わないのだな」と孤独を味わっていた。小泉政権の経済運営に対する評価は、世間では悪くないが、筆者には、米国バブルの輸出特需という、ノーアウト満塁の大チャンスで、押し出しの1点しか取れなかったようにしか思えない。まあ、高校野球のように、「1点取れたのは良かった」と評する人がいるのも、分からなくはないが。
若者は、かつての小泉構造改革に熱狂し、今また世代間の不公平論に燃えている。看板は変わっても、やることは緊縮財政である。意図を見抜けないまま、踊ってしまうのは、若さの特権なのだろう。輸出を伸ばし、内需を広げ、成長を果たし、福祉を実らせた栄光の時代は、遥かに遠ざかり、年寄りの思い出話でしかないのである。
(今日の日経)
津波20メートル超6都県、震度7は10県に拡大。FTを本社が印刷。風見鶏・首相が100日は海外へ。団塊ジュニアは家買いやすく、歴史的低金利と価格下落。けいざい読解・2%も3%も数字に確たる根拠はない・大林尚。資源の流れ転換期・ヤーギン。介護報酬改定、引き下げの影響は。AIJの教訓・矢野朝水・山口修・2006年度の代行割れは3%弱。中外・挑戦者包み込む経済・実哲也。自由化の申し子・エナリス、アイビーパワー。読書・幸せな未来はゲームが作る、高品質日本の起源。
※損切りできぬまま、浜岡には1400億円の津波対策が。※あとは所得が上向けば、住宅ブームになるんだがね。※日本の国家戦略はそんなもの。※代行返上の好局面は巡ってくるのか。※景気が悪いとベンチャーもね。
負の遺産を残してしまいます。
http://www.youtube.com/watch?v=KJ2KNjSZAJE&feature=related
国会でのやり取りです。
是非一度ごらんいただき、拡散をお願いします