経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

人口と日本経済・悲観を超えて

2016年09月11日 | 社会保障
 「人口減だから低成長」という説が正しくないのは、経済成長論を知っている者なら無論だが、俗耳には入りやすい。世間的には、売れている新書が常識であり、経済史の成果は、縁遠いものでしかない。そんな中、吉川洋先生が『人口と日本経済』を書き下ろしてくれた。橘木俊詔先生が言われるように、老練の学者こそ、基本的問いに答えるにふさわしい。本書の豊かな内容が過剰なペシミズムの解毒になってくれたらと願う。

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 経済成長は、労働力と設備投資の増加、それに生産性の向上で決まる。経済成長に対する労働力の貢献度は小さいものでしかなかったから、人口で成長率が決まらないことは、明らかだ。とは言え、弱みがあるのは、最大の要因である生産性の向上が何で得られるかは、漠然としていて、経済学は明快な処方箋を出せずじまいなことだ。これも「人口減だから低成長」という話が膾炙する理由の一つだろう。

 割り切って言うと、生産性の向上は、設備投資の中に体現される創意工夫(イノベーション)がもたらす。したがって、設備投資をいかに促進するかが成長政策のカギだ。むろん、設備投資は利潤に導かれるから、低金利は必要条件である。そして、金利以上に需要リスクが大きく左右するため、とりわけ不況期においては、需要の安定が不可欠となる。これを与えるのが経済政策の最重要の役割になる。

 日本が、1997年の消費増税後、デフレ経済に陥ったのは、景気回復より財政再建を優先し、景気が上向くと、すかさず緊縮を始め、成長の芽を摘んできたからである。アベノミクスが緒戦に成功を収めるも、消費増税でゼロ成長に陥ったのは、20年来、大なり小なり繰り返されてきた最新の愚行に過ぎない。財政再建はゆるがせにはできないものの、成長と折り合える程度を考えて来なかったのである。

 これが日本の低成長の本当の理由である。その道程で、少子化対策を後回しにし、戦力の逐次投入を続け、人口崩壊が避けられない事態にしてしまった。つまり、人口減と低成長は、どちらも、無暗な緊縮財政が作り出した結果なのだ。必要なのは、見果てぬ構造改革ではなく、ごく平凡で穏健な財政運営である。どうせ需要を供給するなら、保育や介護の充実のような、少子化の緩和に寄与し、労働供給を高めて成長力を強める施策を選ぶべきだ。

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 吉川先生の主張でおもしろいのは、日本は1.5%程度の経済成長をすることが可能としていることだ。これには同感である。巷間、日本の潜在成長力は0%台前半という数字を基に、悲観論がはびこっているが、計算される潜在成長率は、足元の数字が変われば、上がり得るものである。これについては、ニッセイ研の斎藤太郎さんが『日本の潜在成長率は本当にゼロ%台前半なのか』(8/31)という良いレポートを書いている。

 悲観論がまずいのは、「成長を待っていたら、消費増税はできない」といった自暴自棄的な政策に結び付きがちだからである。日本の民間消費は、長期的に1%成長のトレンドをたどっている。リーマンや大震災の後、緊縮財政が緩んだ際は、1%を超える成長を遂げ、元のトレンドに追いつく動きを見せた。このことは、安定的な需要管理をすれば、1.5%程度の成長が狙えることを示唆する。

 日本経済を復活させる基本戦略は、足元の回復を育てることにある。4-6月期GDPが上方修正され、内需は1.7%成長となった。続く7月毎勤は、実質賃金が2か月連続で前年同月比2.0%増に達し、7,8月景気ウオッチャーの現状DI季調値は+3.3、+2.8と伸びた。幸い、成長を挫く2017年4月の消費増税は延期され、可処分所得を毎年0.5兆円も圧迫してきた厚生年金保険料の引き上げが2017年で終わる。久々にチャンスが巡ってくる。

 生産性の向上には、投資の促進もさることながら、労働需給の引き締まりもポイントだ。「売上が伸び、人手が足りず、賃金が高まる」という状況がイノベーションの基たる設備投資の意欲を刺激する。しかも、人手不足は、イノベーションなき「床屋」の労働生産性さえ上げる。散髪数を増やせずとも、人手の確保に料金を上げれられれば、生産性は上昇するのである。こうした恩恵は、財政再建を最優先にし、デフレに甘じていては得られない。

(図)



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 かつての高度経済成長は、経常赤字や物価上昇を恐れず、予想以上の能力を果敢に引き出すことで勝ち取ったものだ。「健全なる積極財政」が成長に必要なことは、今においても変わらない。もちろん、巨額の国債残高を抱える以上、利子・配当課税の強化による税収と利払費の均衡管理や、物価上昇に対する消費増税の機動的対応という「安全装置」も準備しつつ、取り組むことが必要だ。

 生産性向上と経済成長は、ハイテクの応用に限らず、1人の女性が複数の幼児の面倒を見て、手の空いた女性が新たな活動を始め、貨幣と市場を介しつつ、サービスを交換することによっても実現する。それには、働ける時の保険料を、育児に必要な時期に受給できるよう、年金の社会保険の整備が欠かせない。社会分業の威力は、アダム・スミスの時代と同じでも、放任では済まず、時間的再分配の制度を用意せねばならない。

 吉川先生も指摘するように、人口減で働き手が減るから成長できないと悲観しつつ、人工知能やロボットで仕事が消えると不安になるのには矛盾がある。ケインズの未来予測とは異なり、労働時間の短縮と芸術活動の拡張は実現せず、労働が短くならない代わり、広告を巻き込んだ「芸能」活動は隆盛を極めている。乳児の世話だけは、機械に代えられず、金銭で買いがたい、最も人間的営みとして残るかもしれないが、仕事も成長も尽きることがなかったというのが歴史の教えるところである。


(今週の日経)
 「利回り商品」運用難民群がる、価格高騰 実需と乖離。ミニ保育園3歳以上も可能に。GDP、4~6月0.7%増に上方修正、うるう年考慮なら「成長加速」。 出生数、昨年5年ぶり増。「億ション価格」でも買う。 厚労省「130万円の壁」で対応策 企業に助成金拡充。名目賃金、7月は1.4%増 ボーナスの伸び大きく。


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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2016-09-12 11:11:53
失業率は2%台目前に加え、大型緊縮イベントが当分無いので私も今回はチャンスだと思っています。ただ、結局は国民の財政哲学が変わらない限り、仮に長期停滞から脱出できても、またすぐに別のトンネルに入るのではないかと既に危惧しています。今回は筆者様も指摘してるように偶然の産物の要素が強いです。

政治家がおかしなことしようとすると国民が歯止めをかけなきゃいけないのですが、そういうことが出来ないですからね。強力な緊縮財政で輸出バブルを全く生かせなかった小泉政権を5年も存続させたり、積極財政で経済を下支えしていた麻生政権に何らポジティブな評価を与えず民主党に政権を与え、その民主党が財政の崖を作ったりと。

国民は未だにデフレ下での緊縮財政を絶対善とする者が多いです。彼らを見ると1997年の橋本政権のように自殺行為をする者たちに羽を与えそうで本当に怖いのです。結局、この国民にしてこの国ありとしか思えません。
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