経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

政策の結果が変える歴史観

2013年09月15日 | 経済
 「消費税・政と官との十年戦争」は、日経の政治部の手練である清水真人さんが書いたのだから、おもしろくないはずがない。深奥に迫る綿密な取材は、歴史を跡付ける貴重な文献ともなろう。むろん、消費増税という困難だが意義ある課題をいかに達成したかという、政治史の側から書かれている。その点は、将来、なぜ一気の消費増税という愚行を犯しのたかという経済史の観点で読まれるようになるかもしれない。

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 この本に登場する政治家や官僚は、「大幅な財政赤字にあり、高齢化で歳出の増大が避けられないとすれば、増税は必ず達成されねばならない課題となる」という、知的枠組(パラダイム)に支配されている。それゆえ、政治家の功名心や官僚の使命感の下、増税へと邁進する姿が描かれる。その知恵と駆け引きが一つの読みどころではある。

 とは言え、歴史を顧みると、当然とされていたパラダイムが現実に合っておらず、悲劇を招いてしまった例も少なくない。例えば、昭和初期の濱口政権は、今では無用とされる金本位制に復帰しようとして、激しい緊縮財政で経済恐慌を招いた上、政党政治の信用まで失墜させ、軍部台頭の遠因まで作ってしまった。

 経済上のパラダイムを安易に当然と思ってはいけないことは、歴史の教訓の一つである。これを活かすには、同時代で正しさは分らないのだから、極端を避けるという簡便な方法を取ることになる。金本位制への復帰も、旧平価でなく新平価なら、問題は少なかった。濱口が真に責められるべきは、穏健な対応策の意見を無視したことにある。 

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 果たして、今の財政赤字は本当に深刻なのか。もしかすれば、政府の債務ではなく、一国の債務が問題なのかもしれない。リーマン・ショックを経て分ったことは、財政が健全でも、民間の債務が大き過ぎると、結局は経済的苦境に追い込まれるということである。日本は、逆に財政赤字は大きいが、企業の債務(投資)は少な過ぎる。もしかすれば、債務の深刻度は、部門でなく、一国で測るべきものかもしれない。

 しかし、こうした今の時代のパラダイムに対する根本的な疑問は、現時点で正否の決着をつけられない。答えは、後の時代が出してくれるものだろう。他方、財政赤字が問題であることは認めるとしても、その対応策が、なぜ、一気の3%アップなのか。どうして、2015年度までの短期間で5%も上げなければならないのか。こうした極端な仕方を取ることになった理由は何なのだろう。

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 「十年戦争」によれば、「2010年代半ばに消費税10%」が表舞台に出たのは、福田政権下における自民党財政改革研究会の「中間取りまとめ」である。2007年11月のことだから、リーマンショックも、東日本大震災も起こる前である。これらの経済ショックを経ても予定が変わらなかったのだから、驚くべきことだ。

 実態は、むしろ、何があっても変えなかったということだろう。常識的には、財政赤字を大きく拡大する出来事があれば、目標時期を後ろ倒しにしないと、急激な緊縮財政を必要としてしまう。それをしなかったのは、経済との整合性よりも、政治的な目標として掲げ続けることを優先したものと考えられる。

 さらに、不思議なのは、2011年の年末、野田政権が3%、2%の二段階アップを決めた際、逆順の2%、3%にすべきという議論が出なかったことである。2015年に10%に到達するなら、逆でも構わないはずで、デフレの足元を考えれば、低く始める方が無難なことは明らかだった。3%では、増税条件の成長率を達成したとしても、そのまま飲み込むのが難しい大きさだ。その無頓着さに、今の安倍政権は苦しんでいる。

 そもそも、高齢化に伴う歳出増に対応するのなら、毎年1兆円ほど増すのであれば、2年に一度1%ずつ上げる計画を立てれば良い。そうすれば、財政赤字の更なる拡大を防ぐとともに、増税と経済の不整合を心配せずに済む。結局、そこに至らないのは、真の目的は、高齢化への備えるではなく、単に財政赤字を減らしたいだけだからであろう。

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 「十年戦争」では、民主党が政権を取りながら、財政の経綸がないために、パラダイムに支配され、在来の増税路線に引き込まれる様子が描かれている。おそらく、今でも彼らは採り得た別の道は分らずじまいなのではないか。もし、2010年度予算を、景気対策で膨らんだ補正後の2009年度予算と比較することによって、一気に10兆円も減らす極端なものにしなければ、公約の実現に苦しんだり、景気後退で評判を落とすこともなかったろう。

 どうも、安倍政権も、前年に5兆円規模の補正をしたことを忘れ、前年を維持するだけの規模の今度の補正で、一気の消費増税をカバーできると考えているらしい。2010年10-12月期は、景気対策が切れるとともに消費が落ち、デフレが招く円高にも見舞われ、成長率は前期比-0.3%に沈んで、慌てて補正予算を打つはめとなった。一気の緊縮財政をするとどうなるかは、たった3年前に実験済である。
 
(今日の日経)
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1 コメント

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Unknown (TAKE)
2013-09-15 17:01:17
消費税増税に関して、なぜ小泉政権に学ばないのかと思います。小泉政権時代は、支持率も高かったのに消費税増税はしなかった。そして「戦後最長の好景気」を維持したわけです。安部さんは、橋龍を超える成長率低下に陥れるのか、オリンピックを携えて小泉政権を超える長期成長にするのか。あと数週間で決まりますね。
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