経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

決められる政治の意味論

2012年06月21日 | 経済
 各紙は、消費税でも、再稼動でも、決断したこと自体を評価しているようだが、本当に、決めたと言えるのかね。筆者には、既定路線で押し切っただけにしか見えない。厳しいように聞こえようが、絶対反対のような非現実的な「わら人形」を打ち負かしても、大した功績とは言えまい。

 消費税について言えば、成長との整合性を取る方法を深めることが正しい対し方であり、より良い戦略へ止揚することになったはずだが、実際は、1997年以上に強引な引き上げ方法を決めただけであった。あとは、それに耐えられるほど景気が強いことを祈るのみである。運に頼るとなると、もはや戦略の名には値しない。

 原子力について言えば、原発の新設には経済合理性が失われたのだから、撤退という戦略を政治決断した上で、その道程の戦術だけを検討させるべきだった。今のままでは、福島第一の事故などなかったように、国民の忘却につれ、元へと戻るだけであろう。電源車くらいは、新たに配備されるようだが。

 日本では、政策に対する感情的反発があるだけで、現実的な課題を取り入れ、戦略の軌道を修正して行くという志向性は弱い。多数派の形成は、戦略を磨くのではなく、法人減税や定額給付金、公共事業をやるといった実利に訴える形になる。停電や料金値上げ強調するのも同じことであろう。

……… 
 原子力規制委員会法が成立して、原子力の戦略については、ほぼ決着がついた。専門家である委員長が原子力から撤退するような政策を打ち出すはずがない。事故前へと回帰する可能性が最も大きいと予想できる。ただ、それが電力会社にとって良いことかは、分からないところがある。

 電力会社にとって怖いのは、バックフィット規制である。福島のような事故が再び起こるとは思いたくないが、原発が想定以上の地震動に襲われる可能性は十分ある。そうなると、いかに理解のある委員長でも、耐震基準は引き上げざるを得ないだろう。その瞬間、千億円単位の耐震工事を迫られる古い原発は、軒並み廃炉が決定である。

 つまり、撤退の道程や枠組のない中では、電力会社は、ひと揺れで、債務超過に追い込まれるかもしれないということである。想定以上の地震動は柏崎刈羽が、耐震工事の重さによる廃炉は浜岡が経験したことであり、あり得ぬ話ではない。戦略が現実の背景にフッィトしてないことの怖さは、こういうものなのだ。 

 また、撤退の道程がないことは、発電市場の自由化や、新エネ・コジェネといった次世代技術の普及の邪魔にもなる。原発を抱える電力会社に気兼ねし、マンションや事業所への太陽光パネル+コジェネを広げられないようでは、未来を捨てているようなものだ。太陽光パネルでやられたのと同様、コジェネでも技術で勝って商売で負けてしまうだろう。

………
 戦略を磨くことなしに、既定路線にしがみつくことは、運を天にまかせ、リスクを忘れ、未来を眺めないということである。絶対反対を退けただけで、大した成果だと評価される日本は、政治家にとって天国のような場所であろう。もっと上の世界がある。将来を担う若い人たちには、それを目指してほしい。

(今日の日経)
 日産、生産能力15%減。外国人株主比率が低下。ビール5年ぶりの増産。独国債も利回り上昇。国会会期を大幅に延長、解散憶測。原子力規正委法が成立。閣議の議事録作成検討。TPPにカナダも交渉参加。欧州からクルマ輸入8割増。外食、東南アジアに。技術者派遣が堅調。経済教室・広域化するEPA・小寺彰。

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