10代の頃
フィジカルの柔軟性はなかったが、
文化部なのに運動部の同級生たちと肩を並べるほど
体育における身体的には自信があった。
残念ながら野球ボールを投げるにはイップスがあったけど
それ以外で体を動かすことに関しては何に違和感もなかった。
当たり前のことだけど、社会経験がないので
頭の中は子どもと同じ。
本だけは読んでいたので、知識だけで頭でっかちだった。
20代の頃
自分なりのウエイトトレーニングを積み、胸囲は120cm近く
背筋力にも自信があったし、フットワークも軽かったので
学生時代は都内を、社会人になってからはアメフトを初めてグランドを
とにかく走り回っていた。
学生時代終盤の暗黒時代を経験してきたせいか
現代ではブラックと言われかねないような会社での勤務も
全然苦にならず、抜擢もあってそれなりに楽しんでいた。
30代の頃
会社の草野球でも4番を打ち、
息子たちの野球のコーチでも一緒に走ったり、プレーしたり、
少々息は切れたものの、まだまだ体は動いた。
あちこちちょこちょこ不具合が出て病院のお世話になったこともあったが
御輿を担いだりして衰えそのものは全く感じていなかった。
反面仕事では転職し、物知らずや気遣い不足のために
かなり辛い立場に立たされたり、痛い目にも結構遭った気がする。
神経を病みながら、毎日必死に戦っていた。
40代の頃
まず目が衰えた。45歳ぐらいから遠視を自覚するようになる。
そのころから思うところあってジムに通い始めた。
走ることが面白くなり、どこかのレースにでようかと思ったこともある。
市内は自転車で走り回り、若い頃と違って筋肉よりしなやかさが欲しかった。
30代の辛さの経験により、自分なりの仕事の足元が固まり
仕事の上で目指すべき指針ができてきたのも(ようやく)この頃。
年々役割上の責任が増え、その立場でさまざまなことを見聞きできたことが
自分の内面を大きく成長させてくれた時期でもあった。
ただそのストレスは半端なく、
トレーニングを始める前には健康診断にひっかかりまくり。
人生MAX体重も40代前半のころだ。
50歳とともに東京へ単身赴任。
年齢のせいか、単身赴任生活のせいか
50代に入った途端にみるみる体の衰えを感じ始める。
2.0だった視力も落ち、とうとう遠近両用メガネを常用するようになった。
都内は歩くので足腰の筋力や体重は割にキープできたし
自炊の時は野菜中心の生活だったので検診結果も悪くなかったが
体型、頭髪、体のバランス、柔軟性はみるみる老化した時期。
東京でできたたくさんの友人たちに恵まれた反面
仕事の上ではやはり辛い立場だった。
特に会社の中では手探りと責任と気遣いで心はヘトヘト。
東京生活4年間を通じて睡眠障害にも悩まされた。
(特に東日本大震災後は顕著となった)
幸い仕事やプライベートを通じて知り合った各界の方々に
とても恵まれたおかげで、今がある。
55歳で花巻に帰ってきて会社を辞した。
体の衰えは相変わらず同じ角度で下降線を辿っていて
見た目もすっかりジジイになってしまったけれど、
独り暮らしや長距離通勤から解放され、リズムある生活によって
健康状態は年齢なりながら何事もなく今に至る。
いつ何時なにがあるかわからない歳ではあるけどね。
そして
20代の頃からの辛い経験と貴重な体験、そして経験から得た知識、
様々な方との人脈は今の自分の宝となっている。
歳とともに失ったものは大きいし、辛い経験真っ只中はしんどかったけど
逆にそれだけ年月を経て得たものも大きい。
もしかしたら体の衰えと経験や知識って、反比例するのかな。
フィジカル的な筋力やしなやかさを
頭脳の中の経験や考え方のしなやかさと取り替えた形。
ホントは両方兼ね備えるのが理想なんだろうけどね。
来年還暦。
これからは知力やメンタルの方も徐々に衰えていくのだろうか。