風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「恋歌」

2015-11-12 | 読書

実在の人間が登場人物ではあるが
周囲の風景、風俗、言葉、価値観、考え方など
江戸末期~明治にかけての場面が驚くほどリアル。
今自分の目の前で起きているかのような臨場感。
これ、大河ドラマにならんかな。

歴史上の事件もリアルタイムで描かれてはいるが
これまでそれほど注目されていなかった人々が登場する。
男も女も秘める思いを何気無い仕草で表現し
時代に翻弄される人々の姿が痛ましい。
建前に生きる男たちの哀しさ、
社会に振り回される女たちの芯の強さの表現にも感服。
さすがは直木賞受賞作(2014年)。

現代から振り返ると
明治維新も歴史的知識のなかで時系列で理解できるが
当時その渦中にいた人々にとっては
次の瞬間何があるかわからない手探りの毎日。
これから起きることが分かっている読者たちは
神の目でハラハラしながら彼ら、彼女らの動向を追うことになる。
「花燃ゆ」でもわかるとおり時代は一直線では進まない。
あちらに転げ、こちらに傾き、
その度に社会という船に乗っている人々は翻弄され続ける。

「作品中の現代」である明治後期も同様だ。
華やかな上流階級の婦人たちが満喫する生活が
それから20年後の支那事変を初端に太平洋戦争へと進み
ゆっくりと180度変わっていくことを私たちは知っている。
けれども当時の人々は想像だにしていないだろう。
現代も同じこと。
ひとつひとつの事象に反射的に事に逸るのではなく、
広い視野で物事を見極め、今後について熟考し、本質を追うことこそ
道をできるだけ誤らない唯一の方法だと思うのだ。

かつて高名な禅師は言った。
「従流不変志」
「従流」だけでも「不変志」だけでもいけない。
時代を見極め、殊更流れに刃向かうことなく
それでも本質、本懐は芯として持ち続け
少しづつでも流れを変えていく。
水戸の志士たちにもそれが理解されていたら
恐らく歴史は変わっていただろうに。

ただし本作のテーマは女性の想いの強さ。
主人公は樋口一葉の歌の師匠であった中島歌子。

「私は初めて、会ったこともない誰か、多くの人々を思った。
 江戸ではその日暮らしの物売りでも、
 花見や潮干狩り、夏祭と、束の間の楽しみを持っている。
 夏の蚊帳を質に入れて冬の掻巻を請け出し、
 暑くなったらまた蚊帳と交換するような暮らしでも、
 人々は一日の働きを終えて湯屋に行き、
 満ち足りた顔をして湯に浸かる。
 物を持たず身分を持たず、
 けれどもその分悩みがないのも得だと笑う。
 いつか、水戸の民百姓も、
 己が思うままに偕楽園に集えますように。
 真に、偕に楽しめますように」

「恋歌」朝井まかて:著 講談社文庫
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