毎日の1日1日に出会う人たちとの一寸した交換の中に、随分大きな感情の揺れや学びがあることに最近になって、特に気づくことが多くなりました。
やはり、人は人に出会う社会に身を置かない限り、自分を見つめる機会が無くなっていくことも・・。
昨日も例に漏れず、いろんな想いや感慨を積み上げる1日でした。
atelierは、自分だけの空間だと、制作を「内攻め」(自分の心の深層を昨り表現すること)に専念します。 何時間かをね狭い室内を動き回って、「本を見たり」「画材を探したり」「洗いものをしたり」。
その都度制作中の画面との距離が出来ます。
制作中の画面に再び向かうとき、新たな思いが泳いでくる感じです。
この画面たちは、全部制作途上の今日の断面です。
まさに生きている瞬時を画面に留めたという感じでもあります。
昨日の出来事の中でショックなことがありました。かって親友だった大学で教鞭をとっていらっしゃったK教授の邸宅が解体されているのを見つけたのです。 概ね解体を終わっています。 このお宅が建った時、F100号の大作や、屏風までお祝いにお届けしたことを、とっさに思いい出しました。 あの作品たちはどうなって仕舞ったのだろうと、淋しくなって落ち込んでしまったのです。 「位相」をテーマに長時間を懸けて描いた作品でしたし、東京の所属回にも出品した作品でしたので。 そんなことによく出会うことに成るこの頃でもあるのです。