風の樹人日記

写真付きで日記や趣味を書く

横尾さんから電話がありました。「鬼籍の友人を描き加えたいと」

2012年06月30日 | アート・文化

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  「不在の友を想う」

  とのタイトルの絵の中には、既に鬼籍の人となった同級生が描かれています。

    「横尾忠則少年に合う」というのが今回(56回企画展)のtitleです。

  人それぞれの「今」は、それぞれの追体験に根差すものが大きく支配しています。

  当然のこととはいえ、横尾さんは横尾さんの幼少期から、青春期を、先染織物産地の「播州」で、この「不在の友」と達と過ごしたのでした。

  「ぼくの同級生は、随分沢山なくなってんねん」 と夭折の友のことを語りながら、小生のAtelierでがいたのでした。

  現在「西脇市岡之山美術館」で、当時のまたの光景とともに展示しているのです。

  週刊「読書人」6月3日版≪絵画の向う側≫のタイトルで、横尾さんのエッセイno.6が掲載されています。

  同級生への思いの深さを羨ましいと思うのです。   優しさだけではなく「楽しかった日々」への感謝を読みとれるのです。

   その展覧会の壁面の一部を掲載して見ます。2012629_003
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           2012年の同じ場所の写真を撮って来てくれないか との電話がおとつい携帯にかかって来ました。  その風景が早くも大きく変わっていました。

  10枚ばかりの「シンメトリー写真」をすぐ撮って、折り返してメール送信したのです。

     その写真、納得が行ったでしょうかね。

   私も「ハガキ絵」も掲載します。

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「馬鹿図鑑」五味太郎のコメントは、私のことなのでしょうか? 

2012年06月29日 | アート・文化

    当りー!です。

だから反省しています。

 もう少し進めてみましょう。  コメントを!

● 消費、循環、再生、なんて もそもそ唱えるながら、その存在の無駄については棚上げにしているような馬鹿。 本来馬鹿は元気なモノだけれど、この馬鹿は元気がありません。

● ダメダメダメ、とにかくダメ。ダメと言っておけばとりあえず、己の馬鹿が露呈しないと云うことを馬鹿なりに知っている馬鹿。

ときどき勘違いされて、一徹者なんて呼ばれて、ますますこの方式が固まってしまう馬鹿。

● ダブリュダブリュダブリュ、スラッシュスラッシュ、アットマーク ドットドット スラッシュ、ドットの馬鹿。   なにしろ馬鹿。

 ワールドワイドウェッブな馬鹿。  他に言いようのない馬鹿スラッシュ馬鹿ドット。

  いやー身に沁みますね、五味太郎さん。

● 馬鹿はときどき頭を使います。   でもその脳は借り物だったり、ローン返済中だったり、あるいは模造品だったりするので、そう思いっきり使うわけにはゆきません。

● 馬鹿はときどき憂鬱になることがあります。   でもその漢字 は、いつになっても書けません。

● 馬鹿はときどき哲学します。  馬鹿について考えます。

  馬鹿が馬鹿について考えるわけです。  あまり期待が持てません。

● 「ありのままの馬鹿として、まず自己認識することから、はじめましょう」などと馬鹿な事を云う馬鹿が ときどきいます。  そんなこと本気でしたら、すべておしまいです。 

  この辺りでお仕舞にしましょう、というのは私の意見です。   

    五味太郎さんの著書は、沢山蔵書の中にあります。 いずれまたの機会に・・。

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 ★   

私たちの会話の中でも、この種の話が充満しています。2012628_004

先だっても、絵を学ぼうとする仲間達が集まっていて「セザンヌ」が東京の国立新美術館で「セザンヌ」だけを展示した展覧会が介されていました。2012628_005

「セザンヌ」と云えば「セントビクトワール山」「カード遊びをする人々」「大水浴図」「リンゴの籠のある静物」などが話題になって、「自然は円と球、円錐で描くと好いでしょう」という有名な言葉があります。  私の記憶に残っているのは、弟子の「山の緑色はどのように塗ればいいでしょう?」との質問に「あなたはどんな色に見えますが?あなたの一番好きな緑色に塗ればいいのです」という言葉です。

  そんな話を深めている間に、私の同年代のMさんが「中学生の頃に見たセザンヌの画集を買ったこと」゜「当時からその本を大切にしていること」「エミール・ゾラと友達だったこと」「ちょっと付き合いの悪い人だったこと」「私も人と上手に付き合えないこと」と始まって、自分の少女期の話になってしまい、微に入り際に亘ってその話を続けます。

  そうなんです。私たちの齢になると、つい自分の土俵に話を変えてしまう「愚」あるいは「馬鹿」になってしまうのです。    注意したいと思いながら私もその「愚」の坩堝に嵌まってしまっているようです。   注意注意 !

昨日のハガキ絵にも「愚」が満ちています。  馬鹿図鑑の影響でしょうかね。

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「馬鹿図鑑」(五味太郎著)と「絵描きバカ」(ボク画)について。

2012年06月28日 | アート・文化

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   先だって「おじさん図鑑」について紹介しましたね。

 今回は、絵本作家・五味太郎の「馬鹿図鑑」の各篇を機会があるごとにご紹介しようと第1回を書くことにしました。

 五味太郎の自己紹介≪1945年、東京に生まれる。 いろいろあって現在に至る。 著書300冊以上。 主に絵本、馬鹿なりによくやっている。

 第1章は、バカのいろいろの紹介です。

・諸問題を検討した結果、ビルの屋上にガーデン、と云う答えに到った馬鹿。

   頭に草ゃ木をはやしてどーすんの、頭で日光浴してビール飲んで

     バーベキューして小さな花火して、どーすんの。

・すべてに対して疑問を持つことは良いことだ、という無謀な初等教育をしっかり受けた結果、   はてな、はてな、でずっとやっていれば   お茶を濁せると高を括っている馬鹿。

     この馬鹿、あくまで成人。

と云うような調子です。

 さて「絵描きバカ」の今日の作品紹介はM100号≪寓話2012-10万アクセス記念のひと時≫ということになりそうです。

  何度も重ねて行ったフォルムが、何とか思いを定着させてくれたようです。

  何となく描き足りないこの辺りが≪筆を止める好機≫なのでしょう。

  制作の途中で何度もそんな場面がやってきます。描き疲れるまで描くのも「絵描きバカ」の特徴です。

   カット代わりにハガキ絵を何枚か掲載します。

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人と出会う、人と話す。

2012年06月27日 | アート・文化

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     ウィーン住まいの長かったTさんが周辺の知人たちとともにatelierへやって来ました。

  ≪コーベレックス≫と云うミュージュックCDなどのエージェンシーを神戸で営むY夫妻、美容院とスタイリスト サポートを営むSさん、医療法人で介護保険事務所に勤めるNさんなど、Tさんとどんな関係で関わりが生まれたのだろうと思う様な初対面の人々が御一緒でした。

  久しぶりのTさんは、長男、長女などがウィーンにそれぞれの家庭を持っていることもあって、やはりウィーンへ時々出掛けているようです。   atelierに無造作に置いている「日時計」を見て、ウィーンでは、現代でも「日時計」が日常の時計として生きていますよ」と話して呉れました。

  BSテレビで見るヨーロッパの街並みは、どんな番組でも、人が中心の生活になっているのですね。

  緩やかで人が主役の生活がそのまま続けられているのですね。 石積みの建物、石畳みの道は、地形に合わせて曲がりくねっています。   「時間なんて考えないよ」と話す老人の豊かな表情の笑顔。  そんな情景に憧れているのですね、多忙に感じながらの生活の中で・・。

 葉書絵は、依頼されたままになってる市民大学のチラシに使うモノをイメージしながら「人の顔」を無造作に描き続けました。

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      そんなところへ携帯電話に久しぶりに横尾忠則さんからの電話です。

  ≪同級生でこの一年で亡くなった人たちの顔を自作に描き加えたいので、今までの作品と同じ場所、「新西脇駅」の線路上からの光景を撮って送って呉れないか≫との依頼だった。

  ついつい、郷里の出来事や、同級生の今などが話に上がって、つい長電話になってしまったのです。

  ≪一生現役で行きましょうよ≫と伝えて、早速現地へ美術館員に撮影に出掛けて貰いました。

  11月3日には神戸の横尾忠則現代美術館はオープンします。

  9月5日には、京都市立芸術大学長の建畠晢さんとともに≪第9回全国公募サムホール大賞展≫の審査に関わって戴きます。  再度、日時の確認を学長にしておいてほしいとの話も出て、大学あて審査日程文書を再度送付しました。

  忙しい横尾さん。  でも、きっちり日程なども記憶の引き出しに仕舞っているのですね。

 見習わないと・・と電話のむこうの元気な彼を想いながら、私自身も健康に感謝したのです。

 「多忙」は云い訳だなとも。 

 


「追体験」は、人の成長を決定づけます!

2012年06月26日 | アート・文化

50年前の風景とはすっかり変わって仕舞っています。

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毎夕のように、散歩を兼ねて、馴染みの食堂や居酒屋に出掛けます。

 昨日の夕食は、瀬戸内まで魚の仕入れに週に2度ばかり出掛けられる「居酒屋」でということになりました。2012625_009

 月曜日には新鮮な地魚が入っています。  既に、「おばんざい風」に手料理が沢山並んでいるのです。2012625_016

 壁に、今日入荷した魚が掲示してあります。  漁師しか口にしないような魚の名前が表示されています。 雑魚に相当するような魚のようですが、そんな魚が珍しくて、つい注文してしまうのです。  出会うのは殆ど常連の人たちで、話題はごく近親の、あるいは近在の出来事がニュースとして流れます。2012625_017

 お互いの身辺についても知り合っている中での話は、俗に云う噂話なのでしょうが、殆どが好感を持っての話題になるものですから耳には爽やかに届くものですから、つい、そんな話に加わっていくのです。2012625_019_2
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2012625_018 道路は、50年前と同じ所を整備しているのですが、町の中央を流れる「杉原川」は水量が減って仕舞って、整備が整ったために、「追体験」を生む風情を引き出せません。

 でも真北に小さく1008mを誇る「千ガ峰」が、子供の頃と同じように座しています。

2012625_014廃線になって仕舞ったJR鍛冶屋線の跡地が南北に走る基幹道路になって仕舞いました。

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  栄華を極めたノコギリ屋根の織物工場跡があちこちに残っていますし、銭湯なども何とか営業を続けています。

       「中央通り」と改名したかっての「駅前通り」には、ホテルや音楽ホール、15階建てのマンションまで建ちましたが、人通りが殆どありません。

       田舎街の、あの郷愁は、町のあちこちから、それでも伝え続けています。

   成長期の子供たちにとって、「追体験」がどれほど人格を造り上げているかは「横尾忠則」の作品の中に、いまだに常に描き込まれるのを見ても深く思うのです。

     追体験 は正に人格形成の根幹を造り上げるモノだと強く思い込んでいます。