太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

再度原発について

2016-11-07 08:45:56 | 社会観察

昨日日印原子力協定について原発事故の補償問題を書いたが、夜のNHKドキュメンタリーで原発事故処理の費用が十何兆円に膨らみ、今後どこまで増えるか予測できない、しかも費用の捻出は電気料金と税金という国民負担でほぼ7割を賄っていると報じた。電気料金と税しか原資は無いと何度もブログに書いたが、起こってしまった事故に対処する(しなければならない)ことと、原発を積極推進することは別次元の問題と思う。今朝の朝刊に原発関連団体が1面広告で、CO2を出さない、電力を安定供給する、安い電力の供給という相変わらずのフレーズで安全が確認された(確認では無く基準をパスしただろうが)原発の早期稼働を訴えている。

既に使い古されたこのフレーズを素直に信じる人がどれだけいるのだろうか。百歩譲って「安い電力」では既存の(償却の相当進んだ)原発で核燃料も確保されたという一断面だけ切りだせば安い電力だろう。多くの国民はバックエンドや補償も考えて本当に安いのかと疑問を持つのはNHKスペシャルを見るまでも無い。新たな視点で原発を捉えるとしたら、何十年も負担し続ける原発廃炉や補償金を賄う原資として原発を稼働し、その利益を回すという消極的推進論(積極的平和主義もネーミング良く無い)である。これは中々国民も反対し難い。複雑な費用の付け替えをする団体を作るより原発の処理は原発でというブリーダー(増殖)である。これが不可能なら安い電力というフレーズは使えないし民間企業では手を出せない事業である。勿論今目の前にある事故処理費用が全額原発稼働で賄えるとは思えないが、原発稼働による貢献は分かり易いフレーズになる。目の前にある補償費用は別財布からと知らぬ顔をして推進を訴えられても素直になるほどと思う素直さはもう国民には無い。それを許したら際限なく原発は推進されるという反対論者も居るだろうが、まずは目の前の負債軽減に実績を積むことを約束する方が手垢で汚れたフレーズよりましだと思う。残された時間は次のメガ地震が起こるまでだから限られている。

(40)・・・

今度は森賀会長は古田常務一人を呼び付けた。専務は居るが外部から来た人で会長にとっては古田常務の方が創業時からの付き合いでもあり、先輩でもあったため話しやすいところがあった。「実は今回の販売店からの手紙の件だが、ここは一つ貴方自身で全国の販売店を回って生の意見を聞いて報告して貰えないだろうか。1週間か10日くらいで。勿論その間に会社に来る必要は無い。」という指示だった。森賀会長には古田常務に名誉回復のチャンスを与えたいと思っていたし、直接現場の声を聞くことの重要性を認識して貰いたいという経営者としての厳しい側面の両方があった。

吉沢は課長から古田常務が全国の販売店巡りをするからその間は会社には不在となることを告げられた。目的は現場の声を聞くためと言うことだが、何時か見た古田常務が自宅待機になるという込み入った夢を思い出した。会社に不在と言うことは同じだが自宅待機と地方出張という違いはあったが。さらに偶然だが夢に出てきたY商店、その社長の娘である三原ひとみとの最近のできごと、登場人物は正夢だったのか。

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