太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

素性がバレたか

2020-05-26 08:16:53 | 日記

自己紹介しているわけではないが、毎日ブログを書いているとおおよその人物像は浮かんでくるのだろう。拙ブログでも時々、いいね、とか応援を貰うことがあり申し訳ない反面ちょっと嬉しい。独り言とexcuseを入れながらも何だか褒められているような気分に勝手にならせて貰っている。多分なんだコイツの言っていることはとか、罵詈雑言の類もあるのだろうがブロックされているのかも知れない。エンパシー(共感empathy)を感じていると言いたいところだが多くはこれに同情を含むシンパシー(sympacy)の類だろう。簡単に言うといい年こいて可哀そうにという事だ。

共感者はどうやら同年代似たような境遇の人達のようだ。TVでローハイドやララミー牧場、ルート66やハワイアンアイで胸躍らせ、外国と言えばアメリカだった世代だ。世界一不味いと思った給食の脱脂粉乳に張る薄膜もアメリカによる子供の栄養補給のためにと援助されたララ物資であったことを知るのは相当時間が経ってのことだ。まさか脱脂粉乳の薄皮とTVに登場するアメリカンヒーローを結びつけることはほぼ不可能だった。それより鮮明なのは瓶牛乳に変わった時の味の感激である。残念なのは寄生虫駆除薬マクリの超絶拙さまで思い出すことである。50人クラスは当たり前、それでも校舎が足りず仮設で中高を過ごした人も多い。もしその頃コロナが流行っていたら1m空けて机を並べるなどあり得ない。運動場で青空教室、雨の日は休みとなっていただろう。若い頃学校の先生に聞いたことがある。学年に共通した意識のようなものがあると。多分ブログの共感の出所はそのあたりだろう。過ごしてきた社会環境が似ていると何らかの共通意識のようなものを感じることはままある。

大学に入っても学園紛争で半年から1年は授業などなく教養課程など殆どすっ飛ばして社会に出たから教養の無い人は多い。それでも文句も言わず黙々と働き税金を納め経済成長の一翼を担い、デジタル化の社会に馴染もうと必死になり、挙句定年後は家庭や社会のお荷物扱い。何と素晴らしい年代なのだろう。もし共通の意識を一つ挙げるとしたら反権力、権威ではないだろうか。もはや戦後ではないと言われたがある意味戦後のような価値観の変化を経験した世代でもある。年金を食い潰しているように言われるが未だ誰も元はとっていない。勿論年金がそういう仕組みでは無いことは知っているがつい言いたくなる。政治家の中にも同世代は居るが彼らは共通意識を持たない。育った環境が大いに違うのだろう。自宅軟禁も長くなり進んだのはB級読書くらいか。買い置きの5冊が終わったので昨日はまた古本屋で5冊買った。読み終えた中には本当にこれは製本する価値があるのかと疑う小説も結構ある。一見無駄に思えるこれらB級本もA級の評判を補強する役には立っている。凡人である我々も上級国民を際立たせるバックライトの役割くらいは担っている。そう考えると世の中、存在価値がないものなどない。



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