太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

中秋の満月

2023-09-30 07:19:59 | 日記

 昨日は中秋の満月だった。寝る前に夜空を見上げると雲の隙間からくっきりとまん丸のお月様が。次の中秋の満月は7年後だとか。見れるかどうかは定かでない。ある程度歳が行くとあと何回あるだろうと考えることが多くなる。さすがに桜などはまあ1年は大丈夫だろうと思うが7年先は分からない。車も相当古くなったが買い替えは時期を計算してしまう。昔マラソンの君原選手が「私は苦しくなると、よくやめたくなるんです。そんなとき、あの街角まで、あの電柱まで、あと100メートルだけ走ろう、そう自分に言い聞かせながら走るんです」と言っていた。年を積み重ねるというのはそういうことかも知れない。

今日は市民講座の日でテーマは「難題を抱えるバイデン政権―2024年米大統領選の行方はー」である。講師は現役大学教授でTVにも度々出て来るアメリカ政治の専門家である。こんな田舎の市民講座によく招聘できたものだと感心する。昔から民主党ファンのようでバイデン擁護になると思うが未だに共和党で力を持つトランプさんをどう批判するかも愉みである。アメリカは二大政党制で当然選挙人数も拮抗しており誰が大統領候補になろうが得票数は僅差になる。このあたりが1強多弱制(とは言わないが)に慣れた日本人には、あれよく頑張っているじゃないかと映ってしまう。数々の訴訟を抱えているトランプさんが裁判を切り抜け大統領候補になったら又得票数は拮抗して再び混乱が起こることは目に見えている。さらにもしトランプさんが返り咲いたら再び国際社会でアメリカファーストの政治を行うのだろう。老人ファーストの日本とはスケールが(土俵がか)違う。次の総裁選は世界で注目されることはないが大統領選は誰もが注目している。プーチン大統領も2024年任期満了を迎えるが再出馬はウクライナ情勢如何である。法律上では2036まで続けられるが流石に年齢が許さないだろう。多分バイデンさんも年齢(現79歳)からして候補を辞退するのではと思うがあまり早く後継指名すると自らはレームダックとなってしまって誰も言うことを聞かなくなる。ギリギリで決断するだろう。

片田舎の初老が凡そ生活に関係のない大統領選に蘊蓄を傾けてどうすると思われるだろう。何度も言っているように無駄なことにこそ教養が含まれる。ブログは何よりもあの時はまだ認知症の気配は無かったという証拠になる。今年度は用事があって市民講座を1回欠席しなければならない。毎年続けて来た皆勤が途切れるが仕方がない。生活にメリハリをつけると言う意味で市民講座は随分役に立っているように思う。年度でもこういうメリハリを見つけられると良いのだが。


認知症?

2023-09-29 07:49:06 | 日記

 昨日の釣果?ゼロです。今太平洋に魚はいません。予報通り真夏の暑さだった。そろそろ夏の日焼けも褪めてくる頃なのだが上焼きをしてしまった。実は釣りどころか餌ガニが採れない。適当なサイズの穴は結構あるのだがスコップで掘っても蟹が出てこない。多分相当深い所に潜っているのだろう。そこにオジサンが手ぶらでやって来た。初めての顔の人である。釣りですかと聞くと今日は見物ですという。餌ガニが獲れないので立ち話が始まる。餌ガニはどこそこの海岸で沢山獲れるとかワタリガニやハマグリ、ホンビノス貝を大量に採った話とか魚も色々釣っているようだ。年は二つ上である。学校時代の50人クラスで1学年十何クラスあったとか最近の運転の話とか同世代の世間話が尽きない。話の途中で場所を説明する時、何号線と何号線が交わる交差点とか近場の様子が仔細に語られる。友達がクロダイを大量に釣った話では友達の名前を思い出そうとして十何秒考え込む。いえ友達の名前は別に良いですとも言えず待つ。餌ガニ獲りにくっついて移動する。それを聞いてもねえと思う話が続く。軽い認知症の傾向があるのかも知れない。それでも話を聞いてくれる人が居て嬉しいのか餌ガニ獲りに20分近く付き合う。明日のわが身と思えば寂しくもり無碍にもできない。

今B級読書は認知症をテーマにした小説を読んでいる。元中学校の校長だった父親が認知症になり日々症状は悪化していく。奥さんと3人の娘を巻き込んで様々な出来事が起こるが暖かくて切ない物語である。周りに認知症になった人が居ないので良くわからないが周りの人達は大変苦労する。本人はその苦労が分らないというのがこの病気の特徴だ。言い方は変だが分からない方が幸せかも知れない。

両親は二人ともガンで早く亡くなった。特に母親は若かったせいもあるが進行は早かった。最後は強いモルヒネにもかかわらず、それこそ痛みと苦しみでベッドでのたうち回った。最後の言葉は子供たちが見守る中で「ありがとうな、もうええわ」だった。こんな苦しいことはもうええわ、だったのか面倒懸けて済まなかった意味のもうええわかは分からない。1回目の退院のとき隣のベッドの患者さんが「お母さんよう頑張ったね、しょっちゅう子供の自慢話をしていたけど親孝行やねえ」と言ったのを覚えている2回目の入院はそれから3年も経たないうちだった。認知症に罹る年までは生きなかった。


懐かしい名前

2023-09-28 08:18:31 | 日記

 朝は曇りだが今日は30度を超え暑さが戻るという予報だ。本格的な秋は来週からとのこと。昼は晴れるらしいから久し振りにクロダイ釣りに出掛けてみようと思っている。一応予定では40㎝オーバーで刺身になれば。釣果はまた明日。

英の俳優、デビッド・マッカラム氏が亡くなった。御年90歳で自然死とのこと。我々TV世代では0011ナポレオン・ソロのイリヤ・クリヤキン役で有名だった。透明感のあるクールな容貌はソロより人気があったかも知れない。失礼ながらまだ存命とは知らなかった。1960年代のTVといえばちょっと思い出しただけでもサンセット77、ルート66、ハワイアン・アイ、サーフサイド6、ローハイド、ララミー牧場、ボナンザ、カートライト兄弟、拳銃無宿、ライフルマン、ブロンコ、逃亡者、ベン・ケーシー、名犬ラッシー、宇宙家族ロビンソン、奥様は魔女、野生の王国などキリがない。加えて日本の月光仮面や七色仮面、少年ジェット、快傑ハリマオ、隠密剣士やホームラン教室などが加わるのだからどんだけTVを見ていたのかと驚く。同年代の方は、こういうのもあったと次々加えることができるだろう。娯楽といえばTVくらいしか無かった時代である。TVを観るほど勉強していたら今はどんあに凄い人物になっていたことか。

当時はTVに熱中していたが今なら(RPG)ゲームだろうか。野山を駆け回っていた時と全く違う世界をTVは見させてくれた。ある時は憧れであったり驚きであったり。その頃の記憶は後に何がしかの性格形成に影響を及ぼしていると思う。勧善懲悪が基本にあったように思うが覚えようとして覚えたものではない。多分勉強のできる子というのは覚えようとしなくとも記憶に残る経路を持っているのだろう。もう遅いがこれは受験生に対する大ヒントだ。ゲームの経験はこの先どうなるだろう。戦闘ゲームが良い結果を齎すとも思えないが。将来(たかが知れているが)覚えているTV番組が今あるだろうか。皆無。

小学5年生は記憶に残るから大事とブログに書いたことがある。子や孫がその年頃ならディズニーランドに連れて行くと一生の思い出で残る。お年玉だって奮発すれば優しい親や爺ちゃん婆ちゃんとして覚えておいてくれる。エエ恰好するチャンスである。


老人ファースト?

2023-09-27 09:15:59 | 日記

 ネット記事で何っ!と思うものがあった。「日本は老人ファーストすぎる」と題して主婦ライター(こんな職業があるとは知らなかったが)がSNSに投稿された一般の主婦の方の文に反応している。投稿者も食いついたライターの方もどこかおかしい。投稿内容は、コロナ禍の頃子供連れで「人気(ひとけ)のない公園で少し遊んで帰ろうとしたら、すべり台やブランコなどの遊具に使用禁止の規制線がはられていてビックリした。普段から人も少ない公園で、そこまでする必要があるのかとモヤモヤしました。」まずここからがおかしい。人気(ひとけ)があるなしで公園の遊具が使えるか否かの線引きは難しい。都心の公園は×で田舎の公園は〇などどこで線引きするのか。

車も殆ど通らない田舎道でスピード違反(21キロ超)で捕まったときは、何でこんな車も殆ど居ないところでとモヤモヤしたが田舎道ならスピードオーバーして構わないという法律はない。何処からが空いている田舎道だという線引きもできない。モヤモヤしたが冷静になると非はこちらにあると諦めた。さらに「その公園で高齢者が集まってゲートボールをしていたんです。子どもが公園に近寄ろうとすると『子どもは公園禁止だよ』と言われました。その口調に、まるでバイキン扱いだと思ってしまいました。子どもたちが授業を休んで、不要不急の外出を控えているのは、感染した後の死亡リスクが高い高齢者を守るためなんじゃないの? 張本人である高齢者は自粛しなくていいの? と思わず怒りがこみ上げました」。その怒りは高齢者と同じように公園で遊べたら収まるのでしょうか?子供には未来があります。バイキン扱ではなくバイキンに近づけないためです。なんやかや言っても高齢者の老い先は短いのです。

また、幼い子どもが遊具を使うことさえできないのに、高齢者は「健康のため」と楽しくゲートボールをしている姿を見て、「高齢者ばっかり好き勝手」な風潮に疑問を感じたとのこと。高齢者と子供が混じって遊んでいたら言うべきです。

さらにこの投稿者の母親が受けている介護支援サービスは、コロナ下でも一度も休みにならず、そのことも疑問に思ったのだとか。「ひとり暮らしの母は介護支援のショートステイに通っていました。介護が必要になる状態を予防するために、簡単な体操をしたり、高齢者が集まって談笑したりするような内容です。それって『密』じゃないのかな? と疑問に思いました」とのこと。デイサービスがあるお蔭で手が空いて他の仕事が捗ったと言う話は親戚から聞きました。要介護に至らないだけ幸せではないですか。さらにライターは、他の投稿では「高齢の政治家が集まって宴会をしていたなどの報道を見ると『私たちは政府から密を避けろと言われて我慢させられているのに、当の政治家が集まって飲み会してるなんておかしいでしょ!?』と怒っていました」とのこと。政治家は高齢者の代表ではありません。たまたま政治家が高齢者だったのです。もしもの時は世代交代が期待できるくらい大らかに考えたらどうです。

ライターの方は「老人ファースト」の風潮を戒めるという論調で書かれています。「緊急事態宣言は日本全体を新型コロナの蔓延から守るために出されたはずでしたが、実際は、『かかると死亡リスクが高い高齢者の命を守る』ことに重きが置かれていました。ですがそれを守るために、本当に公園の遊具を禁止し、学生や子どもたちの日常を潰す必要があったのでしょうか。世の中の当たり前を疑うアラフィフ主婦ライター。」となっています。投稿者もライターももうう少し広い視野で世の中を談じるべきではないでしょうか。何の支援もなく3人の子供を育てましたが今高齢者です。子育て支援もいいけどもう少し甘えさせて下さいと言いたいところです。年金で悠々と暮らしておきながらとこのライターは言うかも知れません。悠々でもないし、天引き分総額を取り戻した(そういう制度ではないが)人はごく僅かです。老人ファーストは黄泉の河を渡る順番だけです。こんな事を書くと、半分はそうだそうだ、残りは目くじらを立てるでしょう。

万博の誘致成功までは我々の成果です。その後の工事の遅れや建設費の暴騰は我々の職務範囲を越えています。国や自治体、関連経済団体が協力してこの難局に立ち向かうべきです。勿論成功裡に終えることができたら国民全体で喜びを分かち合いましょう。モヤモヤしても真向反論できなければ認めたことと同じです。倫理や政治責任を持ち出してもせんないことです。それがロジックというものです。


知らない言葉に出会うと

2023-09-26 07:45:20 | 日記

 秋は突然やってきた。こんな所に咲くか彼岸花である。猛暑が続く中この到来を予測した天気予報はあっただろうか。よく当たる天気予報も見通せなかったように思う。医者の悲観的な診断のように当たらないことがラッキーということもあるから許してあげよう。

「コーデ」最近よく見かけるネット記事の見出し。知らない言葉に出会うと捨て置けない性分でネットで調べた。コーディネイト(coordinate)を短くした言葉である。主にファッションに用いられ服装やアクセサリーなどの素材や色のバランスを考え調和を取ることのようだ。若者言葉のようだが例はこんなもんだろうか。

今日は次男坊のバカ息子に手の込んだ弁当でも作ってSNSにアップするかと張り切る。レシピはネットにあるだろう。ウィンナーと卵焼き、唐揚げが入っていれば大喜びする息子だが偶にはいいか。それならちょっと買い物に行かないと。しかし普段着がない。若い頃は随分無理して高級な衣服ばかりを揃えたがスーパーに行くには無理があるけど仕方ない。これがネットニュースになると「久し振りにスーパーで見かけた○○さん。買い物に出掛けたようだが流石にコーデ(coordinate)は元芸能人、こんな所に咲くかでセンスの良さは変わらない。」となる。

続けてSNSにアップされた手作り弁当(反対語はコンビニ弁当?)「美味しそうプロ並みである。こんな弁当を作って貰える子供さんは幸せ」となる。それにしても輪を掛けてバカ息子の長男は今頃どうしているだろう。厳しい日本の競争社会で落ちこぼれるのはプライドが許さない。主人だって少しは名が売れているし。金だけで入れるアメリカの全寮制の学校に入れたがどうしているだろうか。世間ではアメリカ留学と言われ恰好はついているが卒業して日本に帰ったら「留学」の成果が問われる。親の名前はできるだけ伏せておくのが親孝行というものだ。その頃長男は昔の母親の弁当を思い出して、こんな旨いものがあるのかとファーストフード漬けだった。出来の悪い子供の将来まで纏めてコーディネート(ここでは物事を調整する意)しなければならない有名(芸能)人の方々、TVの華やかな世界から退いてからも大変である。コーデという言葉を見掛けたら裏には物凄く背伸びした努力が隠されていると思って間違いない。言葉の裏読みも愉快である。

「手造り」と言う言葉は機械で大量に作るほど売れないから手造り。三代注ぎ足し注ぎ足しで守る秘伝のタレは科学的には毎日成分が変わっている筈。100億個の乳酸菌は誰も確認していない。格安スマホだがカメラの画素数は1300万画素、数えてはいないが1個くらい潰れて12,999,999画素かも知れない。逃がしたクロダイは50㎝以上あったと言っても確認のしようがなく嘘とは言えない。言葉が持つイメージは大切である。インスタントラーメンで好きな「サッポロ一番」は「サッポロで一番」としたら何か問題があるだろうか。札幌だけでバカ売れ?

カーンさんは小さな靴屋を営んでいる。最近は客足も減り商売は厳しくなる一方。悪い事に右隣に「ヨーローッパ一の靴屋」の看板を掲げた店ができた。悪い事は続き今度は左隣に「世界一の靴屋」と看板を掲げた靴屋が出来た。カーンさんは思案の末「この村一の靴屋」と掲げた。これは普通の小咄です。フランス小咄の正解は「入口はココ!」です。言葉は遣いようだ。