ひとり旅への憧憬

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今更ながらだがWBC ②「この差はどこから?」

2023年04月14日 22時10分33秒 | Weblog
WBC第2戦、対韓国戦。
日本もK国もメディアはこぞって「宿敵」「宿命のライバル」と言っているが、自分としてはこれこそがそもそもの間違いだと思っている。
野球において日本が目指しているのはアメリカであり、サッカーであれば欧州や南米である。
つまり、世界を相手にしてどう勝てるかを根底に置いているのであって、K国が眼中に無いわけではないだろうがあくまでも強敵の一国に過ぎない。
幸いに日本側はメディアだけがそう言っているだけなのだが、K国は国を挙げて日本を宿敵扱いだ。

さて、対K国戦だが、何故この国との戦いとなると勝っても負けても遺恨の残る試合となってしまうのだろうか・・・。
悲しいかなこれは事実である。
お世辞にもスポーツマンシップとは縁遠い結果が殆どを占めている。
その一つがヌートバーへの死球だ。

死球は野球には付きものだが、このケースに置いては伏線のようなものが存在していたと考える。
WBC大会前にK国のコ・ウソク投手の発言がそうだ。
「大谷へは、投げるところがなかったら痛くないところへボールをぶつけようかな」
この発言が物議をもたらしたのは記憶に新しい。
後に発言を撤回し謝罪をしたが、たとえジョークであっても、プロとして何よりもスポーツマンとして言ってはならないことだ。

死球を背中に受けたヌートバー選手だが、直後に相手投手を睨みつけた。
これについてK国の元メジャーリーガーであるパク・チャンホは「メジャーリーガーまで登りつめた選手がそんなことをしてはならない」という発言をした。

そうじゃないだろう!!!
先ずはぶつけた投手へ何らかの言葉を言うべきだ。
自国の選手であるが故に何も言わないことで投手を擁護し、ぶつけられた選手を戒める。
これも相手が日本選手だからだと推測してしまう。

では何故ヌートバー選手は睨みつけたのか・・・
自分なりの憶測だが、理由は三つ考えられる。
①大谷選手への予告死球ともとれる発言があったこと。
(実際にこのすぐ後、大谷選手へ思い切り内角攻めをし、避けなければまともに当たっていたボールがあった)
②相手投手との駆け引き。
睨むことで揺さぶりをかけ、次のバッターに対するプレッシャーを与えるため。
(事実、この後の近藤選手は四球となって出塁した)
③MLBにおいて背後への死球が意味するところの違い。
MLBでは、背後への死球はかなり忌み嫌う行為であり、乱闘騒ぎになっても決しておかしくないほどの意味を持っている。日本やK国とはそこが大きく違ってくる。
またネット動画で確認したが、キム投手はぶつけた後マウンドをスタスタと降りながら「なんか文句があるのか」というような表情でヌートバー選手を見ていた。

そうじゃないだろう!!!
「帽子を取って謝罪の意を表せ」とまでは言わないが、せめて故意ではなかったという意味を表情や態度で示すべきだろう。
それが何故できないのか・・・
悲しいかな、これがK国の対日本戦における現実が如実に現れたシーンだ。

K国にとって日本は「絶対に負けてはならない国」「必ず勝たなければならない国」である。
歴史的に因縁があることは誰しもが知っていることだが、勝利以外は許されないという歪んだナショナリズムが色濃く存在している。
所謂「反日教育」の賜だろう。
日本に対してはどんなことをしてでも勝つ、結果がすべてであり敗北は許されない。
もし負けでもしたら、それこそメディアを始め国民からどれほどの罵声を浴びせられるかは火を見るより明らかだ。
それにより勝つためには手段を選ばないようなケースすらあるのが事実だ。
たとえ勝っても相手が日本であれば相手を貶す、まるで目の敵にするかのようなメンタルとプレーになってしまている現実。
もちろんすべてのプレーヤーがそうであるとは言わないが、根底にある反日教育がもたらしたスポーツマンシップの欠如、そして相手をリスペクトするということの無い試合展開。
こんな試合をしていてK国の選手達は楽しいのだろうか。
こんなチームを応援していて本当に楽しいのだろうか。
勝って嬉しいのだろうか。
言い方は荒くなるが、K国の民度の低さを感じてならない。

スポーツってそうじゃないだろう。
同じグループで戦ったチェコチームのひたむきなプレーを思い出して欲しい。
スポーツを楽しむ純粋なプレーを思い出して欲しい。
そしてチェコ監督の言葉をもう一度思い出して欲しい。

ことわっておくが、チェコチームがプロではなくそれぞれが仕事を持った掛け持ち選手で、決して強国ではないから純粋にひたむきにできるんだ・・・ではない。
予選グループのすべての相手国に胸を借りているから・・・ではない。
野球に限らず、スポーツの持つ本来の意味、意義をよく知っているからこそプレーで体現できるのだ。
そこに国を代表していることへの誇りを感じざるを得ない。
そう考えると、K国の選手達はある意味反日教育の犠牲者にも思えてくる。

彼等だって日本に勝ちたいから野球を始めたわけではないだろう。
幼い頃に野球が好きだったから始めたんだろう。
それがいつしか「日本にだけは・・・」となってしまっただけなんだろう。

K国選手に問いたい。
心から野球を楽しんでいるかい?

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1 コメント

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おはようございます (yorosiku)
2023-04-26 05:50:40
あ~~~気持ちいい、胸がすっとした記事でした

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