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理性の進化論。「先のことを考える」のが重要である、と

2017-05-02 14:33:01 | 読書ノート
網谷祐一『理性の起源:賢すぎる、愚かすぎる、それが人間だ』河出ブックス, 河出書房, 2012.

  ヒトの能力に関する哲学的考察。「哲学的」といっても、認知科学や生物学での成果を参照ての、科学的知見をもとにした議論となっている。著者は東京農業大学の先生だが、勤務先となる学部は東京にはなく、北海道の網走にあるらしい。

  ヒトにおいて理性がなぜ備わったのか、そもそも理性とは何か、というのが本書で提示される問いである。「進化によって理性が発達した」と一応言えるとして、人間は理性の不足に見えるような馬鹿をしでかすこともあるし、進化の必要を超えるような「理性の過剰」──現代の科学など──を見せることもある。人間の思考はどうなっているのか?これに対して、直観による経済的な判断システムと、熟慮を求める高燃費な判断システムの二重過程説が紹介される。特に後者が重要であり、未来に備えてリハーサルでき、時間的に先にある収穫のために計画を立て・現在の消費を抑えて投資できることが、ヒトとその他の動物を分かつものだという。

  以上のように単純化してみたものの、きちんと機能する心的リハーサルには、シンボルを使ったり、他者の心を推測できたり、あるべき状態を実現しようとする意欲が付随したり、などなどの条件が付く。というわけで短い本ながらけっこう複雑な議論が展開されている。しかし複雑ながらケムにまかれるような感覚はなく、理性の進化を考えるための必要な情報が与えられており、読者の好奇心を満たすだろう。

  なお、ちょっとした疑問があった。本書において、心的リハーサルの能力の発達は、狩猟局面での獲物の動きの予想を例として、動物-人間間の関係から推論されている。しかし、獲物を追跡は直観=ヒューリスティクスで説明したほうが適切だろう。これよりも、人間間の心の読み合いのような、マキャベリ的知性仮説でアプローチしたほうがいいんじゃないかという気がする。
  
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