ヴェルナー・トレスケン『自由の国と感染症:法制度が映すアメリカのイデオロギー』西村公男, 青野浩訳, みすず書房, 2021.
米国感染症対策史。といっても感染症対策は事例としての扱いであり、公衆衛生のための課税やワクチンの強制が、個人の自由が強く尊重される憲法制度およびイデオロギーに対して、いかにして調整されてきたのか、というのが中心的な主題となっている。「社会全体の厚生か個人の自由か」というおなじみの対立だ。なお、著者は米国の経済学者であり2018年に亡くなっている。原書はThe pox of liberty : how the constitution left Americans rich, free, and prone to infection (University of Chicago Press, 2015.)である。
トピックとしては、天然痘とワクチン接種、腸チフスと上下水道の整備、黄熱病と港における検疫が取り上げられている。米国が占領したキューバやプエルトリコでは、軍がワクチン接種を強制したことによって感染症が速やかに減少した。一方で、米国本土では「政府による強制」への反対があったため、天然痘の撲滅は遅れた。また、自由主義に基づいた抵抗がやっかいだっただけでなく、連邦政府か地方自治体かという役割分担にも問題があった。感染症対策には、連邦政府のほうが効率的であるにもかからわず、地方自治体がその責任を担ってしまったのである。
しかしながら、地方自治体別の感染症対策にもメリットはあった。各地域でそれぞれ効果的かつ効率的な感染症対策を競い、上手くいった政策は他の地域でも模倣された。経済活動を優先したことは感染症対策を遅らせたが、最終的には上下水道など高価な公共財の供給を可能にした。経済学理論から予想される「底辺への競争(=感染症対策を放棄して、地域間の経済発展競争に勝つ)」も実際には起こらず、地方の民主主義は機能した。地域別の対策は、経済活動へのデメリットを最小限に抑えて、効果的な対策を採用させてきたのである。
以上。「感染症対策は遅れたけれども、最終的には根絶できたのだから評価できる。地方自治体に任せても上手くやれる」というニュアンスである。すなわち、自由を優先しても公共の福祉は大きく毀損されない、と。しかしながら、対策の遅れによって積みあがった死体の山を無視できないと考える人もいるだろう。米国の新型コロナ対策を考えても...。というわけで素直に首肯できない。だが、公共の福祉と自由が単純なトレードオフとはなっていないことがわかるところは良い。
米国感染症対策史。といっても感染症対策は事例としての扱いであり、公衆衛生のための課税やワクチンの強制が、個人の自由が強く尊重される憲法制度およびイデオロギーに対して、いかにして調整されてきたのか、というのが中心的な主題となっている。「社会全体の厚生か個人の自由か」というおなじみの対立だ。なお、著者は米国の経済学者であり2018年に亡くなっている。原書はThe pox of liberty : how the constitution left Americans rich, free, and prone to infection (University of Chicago Press, 2015.)である。
トピックとしては、天然痘とワクチン接種、腸チフスと上下水道の整備、黄熱病と港における検疫が取り上げられている。米国が占領したキューバやプエルトリコでは、軍がワクチン接種を強制したことによって感染症が速やかに減少した。一方で、米国本土では「政府による強制」への反対があったため、天然痘の撲滅は遅れた。また、自由主義に基づいた抵抗がやっかいだっただけでなく、連邦政府か地方自治体かという役割分担にも問題があった。感染症対策には、連邦政府のほうが効率的であるにもかからわず、地方自治体がその責任を担ってしまったのである。
しかしながら、地方自治体別の感染症対策にもメリットはあった。各地域でそれぞれ効果的かつ効率的な感染症対策を競い、上手くいった政策は他の地域でも模倣された。経済活動を優先したことは感染症対策を遅らせたが、最終的には上下水道など高価な公共財の供給を可能にした。経済学理論から予想される「底辺への競争(=感染症対策を放棄して、地域間の経済発展競争に勝つ)」も実際には起こらず、地方の民主主義は機能した。地域別の対策は、経済活動へのデメリットを最小限に抑えて、効果的な対策を採用させてきたのである。
以上。「感染症対策は遅れたけれども、最終的には根絶できたのだから評価できる。地方自治体に任せても上手くやれる」というニュアンスである。すなわち、自由を優先しても公共の福祉は大きく毀損されない、と。しかしながら、対策の遅れによって積みあがった死体の山を無視できないと考える人もいるだろう。米国の新型コロナ対策を考えても...。というわけで素直に首肯できない。だが、公共の福祉と自由が単純なトレードオフとはなっていないことがわかるところは良い。