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図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、単身赴任生活の愚痴など。

体や世間体にとって良くないことは「良い」

2017-01-16 20:51:08 | 読書ノート
リチャード・スティーヴンズ『悪癖の科学:その隠れた効用をめぐる実験』藤井留美訳, 紀伊國屋書店, 2016.

  体に悪いことや下品な振る舞いなどの効用について検証したポピュラーサイエンス本。ただし、セックス、飲酒、悪態、スピード違反、恋愛、ストレス、退屈、臨死体験が扱われており、必ずしも「悪癖」に限られた内容ではない。原書はBlack sheep : The hidden benefits of being bad (John Murray Learning, 2015.)である。

  内容について一例だけ挙げる。学生にアンケートをとると、退屈なものの筆頭に「大学の講義」がくる。退屈のあまり配布物や教科書の余白にイラストを描きだす輩もあるが、これには集中力を引き戻す効用があるらしい。電話を通した単調な聞き取りテストをしたところ、何もしない被験者よりも、受話器を受けながらペンで塗り絵をしていた被験者のほうが点が良かったとのこと。ボーっとしている学生よりお絵かきしている学生のほうが講義での話を覚えている可能性が高いのか。また、悪態をつくことによって痛みへの耐性が高まるとのこと。痛い目にあったら、すぐに「クソッ」とか「畜生」とか言うことにしよう。なお、著者はこの悪態の研究でイグノーベル賞を貰っている。

  他の研究だが、スカイダイビング中に記憶力のテストをするとか、よく思いつくよな。この世には、一見くだらないように見えることを真剣に考えている科学者たちが存在する。このことに、個人的に勇気づけられた。
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イラク人質事件で日本政府は身代金を払ったはずだと

2017-01-12 21:25:19 | 読書ノート
ロレッタ・ナポリオーニ『人質の経済学』村井章子訳, 文藝春秋, 2016.

  崩壊国家における誘拐・難民ビジネスについてのジャーナリスティックな内容で、邦題に銘打つほど「経済学」してはいない。関係者からのインタビューに基づいて事情を説明するものである。著者はイタリア人ジャーナリストで、すでに『マオノミクス』(原書房, 2012)と『イスラム国』(文藝春秋, 2015)の邦訳がある。オリジナルはMerchants of men: How Jihadists and ISIS turned kidnapping and refugee trafficking into a multi-million dollar business (Seven Stories Press, 2016)である。

  9.11後の米国がドルによる資金洗浄を難しくしたため、犯罪者集団らはユーロを決済通貨としたという話からはじまる。当初は麻薬が彼らの第一の商品で、コロンビア─アフリカ西部─サハラ砂漠─マグレブを経由してヨーロッパに運ばれていた。しかし、一部ジハーディストが先進国の観光客を誘拐して身代金で大金をせしめることに成功し、誘拐ビジネスがイラク、アフガニスタン、ソマリア、シリアに広がっていったという。ソマリアでは、誘拐が海賊が地域の重要な収入源となり、トリクルダウン効果さえもたらしていた。しかし、観光客はそうした地域には来なくなり、たまの訪問者──ジャーナリストやNGO──側でも対策が進んで、誘拐は難しくなる(それでも無謀なジャーナリストのワナビーが拘束されることはある)。そこで次に現れたのが難民輸送ビジネスで、これまで築いた人脈をつかって組織的に大量に難民を運ぶことに成功したために、英国のEU離脱を原因の一つとなったとしている。

  日本の話も出ている。2004年にイラクで三人の日本人ボランティアが人質になり、解放された事件があった。あのとき政府は身代金は払っていないと説明していたが、「テロリストと交渉しない」という建前の手前、各国政府は決して認めることはない。だが、著者によれば、誘拐がビジネスとして成立している以上、政府は交渉したうえに当然金を支払っているとのことである。金払いが一番いいのはイタリア政府であるとのことだ。税金が犯罪者集団に支払われているわけである。著者いわく、プロのジャーナリストでも状況の見極めが難しいシリアなんかにわざわざ行って目立とうとしないようにと、ジャーナリスト志望者に釘を刺している。

  ただ、どうすればいいのかの展望は得られない。著者はこうした状況を造りだした先進国を批判するが、失敗国家を再植民地化して秩序と安定をもたらすというわけにもいかないだろう。一方で、放っておくというのも人道的ではない。ときおり出てくる著者の先進国批判は空回りしており、この点については期待すべきではないだろう。イスラム国の評価も高すぎる気がする。
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19世紀のマイナー作曲家の記録を求めての探索誌

2017-01-10 22:24:32 | 読書ノート
安田寛『バイエルの謎:日本文化になった教則本』音楽之友社, 2012.


  日本では定番のピアノ教則本『バイエル』。その作者の謎につつまれた生涯を明らかにしようと、音楽史家の著者がそのゆかりの地をまわって文献探しをするという探訪記である。残念ながら僕はピアノのレッスンとは縁の無いような階級の育ちであるため、著者の感動を共有できる知識も教養もない。だが、図書館情報学者としては図書館およびアーカイブの訪問記として楽しめた。なお2016年に新潮文庫版が発行されている。

  著者は、日本に輸入されたバイエルの英語初版、現地ドイツ語での初版、それらの発行を知らせる新刊目録、バイエルの戸籍や洗礼簿、などなどを求めて、米国の大学図書館やオーストリアの国立図書館、ドイツの小都市の音楽出版社の書庫や公立図書館、文書館を次々と訪ねてまわっている。数年にわたる調査の甲斐あって、著者はある程度のバイエルの生涯をイメージできるほどになる。その矢先にどんでん返しがある。グーグルによる過去記録の電子化によって、バイエルの詳細なバイオグラフィーが記された1863年の訃報記事がネットで簡単に手に入るようになっていたのだった。

  こうしたバイエルの人物情報探しのほか、バイエルが日本でなぜ広く受容されたのかについての考察や、バイエル教則本についての著者流の解釈、また調査を進める著者自身の心情や人間関係までも伝えており、複数の主題を持つ内容となっている。著者の歩みを辿って謎解きに付き合う楽しみを提供できるよう書かれているのである。僕のような人間にとっても面白い本なのだが、ピアノのお稽古をやるような中流家庭に育った人ならばもっと楽しめるんだろうなあ。
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復興運動からみた米国キリスト教史

2017-01-07 19:56:03 | 読書ノート
森本あんり『反知性主義:アメリカが生んだ「熱病」の正体』新潮選書, 新潮社, 2015.

  一昨年の話題作だが今さらながら読んでみた。内容は米国キリスト教のリバイバル史であって、直接「反知性主義」を扱うものではない。この概念に取り組んだ基本書籍、ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』が扱う領域のうち、その一部分である宗教に特化して詳しく語ったという趣きである。本書を購入した大宮のブックオフでも宗教書のコーナーに置かれていた。

  米国キリスト教史としては大変興味深く、日本人にはわかりにくいプロテスタントの会派──メソジストやらバプティストやら──について直観的に整理されておりわかりやすい。米国に会派は数あれど、教理には大して違いがなく(そもそもプロテスタントという出自のゆえに教会が特定の聖書解釈を独占できないという)、布教方法や信者の社会階層や居住地域が違うだけだという。伝道者のうち名が残るような者は、米国の広大な地域に散在する街から街へと行脚し、広場やホールに集まった聴衆を演説一丁で回心させる技量を持つ。米国ではそういうスター伝道者がときおり現われて、一般の下層労働者の支持を集めたというのが全体の話である。

  ところで、著者によれば、反知性主義というのは知性に反対しているのではなく、知性と結びついた権威に反対するものだということである。知識を権威づけるために持ち込まれるヒエラルヒ―こそが、キリスト教的な平等の観点から否定の対象となるというのである。ならば、反権威主義と言えばいいのになぜ反知性主義と言うのか、という点は疑問に感じたところ。出てくるスター伝道者像があまりにトランプ的なので、やはり知性に反対しているように見えてしまう。
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日本の住宅政策の問題は規制の過少にあるという

2017-01-05 13:20:34 | 読書ノート
野澤千絵『老いる家 崩れる街:住宅過剰社会の末路』講談社現代新書, 講談社, 2016.

  日本の都市計画および住宅事情。現状すでに800万戸の空き家があって、将来も増え続けると予想されている。市街地に虫食い状に人の住まない区域が広がってスラム化する恐れがある。また、一方で、農地や丘陵地などの広域に戸建てが散在しているため、道路や水道、エネルギーなどインフラの維持費によって自治体財政が圧迫されるようにもなる。このような将来が明らかなのに、どんどんマンションや戸建てが今でも新築されているのはなぜなのか。なぜコンパクトシティはうまくいかないのか。こうした疑問について探っている。

  本書によれば、その答えは「規制が少なすぎる」ということになる。江東区に高層マンションが立つようになったのも、市街地に空き家があるのに新築戸建てのスプロール化が止まらないのも、小泉政権時代の規制緩和と地方への権限移譲が後押ししているからだという。高齢化や人口減少の激しい地方自治体は、農地の中に戸建てがぽつんと立つことを認めることで流入人口を増やそうとしているらしい。しかし同じことを隣りの自治体もまたする。近隣自治体の間での「底辺への競争」が起こっているわけである。結果、著者が検証したそうした自治体の多くでは人口は増えていないようだ。

  都市工学の専門家である著者は、こうした現状に対し、政府はもう少し強い住宅の立地誘導の政策を採るべきだとしている。規制ではなく、インセンティブを変える──すなわち土地の評価額を変えてしまうような──という対策である。すでにある建築物には適用されないので、短期的には効果が薄いだろう。そのおかげで現状受け容れやすいものとなっているように見える。とはいえ、個人の財産(それもおそらく占める割合の大きい)に関わることなので、もしかしたらかなりの困難があるかもしれない。
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協力行動をもたらすものとしての「虚構」

2017-01-03 19:07:06 | 読書ノート
ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福』柴田裕之訳, 河出書房, 2016.

  人類史。イスラエル人歴史学者による2014年のベストセラーSapiens: A brief history of humankind (Harper)の邦訳。歴史の本ではあるが、王朝の交代や個別の戦争などの細かい話はない。現生人類の認知能力が他の動物──ネアンデルタール人も含む──とどう異なっていて、その能力をどう使ってきたかを跡付ける内容である。

  著者が強調する現生人類特有の能力は、宗教や民族、法制度、貨幣(の背後にある信用)といった目の前には存在しない「虚構」を信じることができることだという。昔ながらのマルクス主義者ならば「そういう上部構造の批判がかつてあったな」と思い出すところだろう。が、マルクス主義者にとっては抑圧と疎外のシステムだった「虚構」の数々が、人類の協力行動を可能にしたのだと著者はその価値を反転させてみる。そうした虚構が、顔も知らない相手に対する同朋意識を育ませ、地球上の生物のみならず動員力の劣る他の文化までを征服することを可能にしたというのだ。

  後半では、より効率的な帝国の支配を可能にする点で、宗教よりも科学を優位におく。無知の自覚こそが征服の原動力となったという。加えて、世界は「統一」に向かっているという。弱い文化は滅びてきた。こういった点からわかるように、本書はあまり文化相対主義的ではないのが特徴で、近年ではかなり珍しいかもしれない。ダンバー数や農業革命による栄養摂取量の低下など、言及されているトピック自体はそれほど目新しくはない。しかし、それらをパーツとして大きな歴史に取り込んでゆく手つきは見事である。

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よくわかる人間関係の切れ目の数々

2016-12-31 20:45:51 | 読書ノート
速水健朗, 円堂都司昭, 栗原裕一郎, 大山くまお, 成松哲『バンド臨終図巻:ビートルズからSMAPまで』文春文庫, 文藝春秋, 2016.

  洋楽邦楽問わず大衆音楽領域のグループやデュオの解散理由についてのアンソロジー。オリジナルは河出書房社から2010年に刊行されている。この文庫版では加筆およびSMAPなど項の追加とがなされ、一方でオリジナルにはあったコラムが削られている。中身は、各執筆者による憶測交じりのエッセイ的な内容かと思いきや、報道記事やインタビュー記事をきちんと検証しての論述であり、予想されるよりも手堅い。

  副題は「ビートルズから」となっているが、冒頭はクレイジーキャッツである。前半は洋楽グループが多く、後半は邦楽グループが増える。邦楽グループの場合、「音楽性の違い」という紋切型の理由や、マンネリ化した(=飽きた)からという理由もけっこうあり、こういうケースは真相に迫り切れていない印象があって、あまり面白くない。この種の本ならもっとゴシップ的でもいいだろう、と下世話ながら思う。洋楽だが、二人の男性メンバーが女性メンバーを獲りあったと言われているGalaxie 500やThrobbing Gristleは入れるべきだった。フロントマンを追い出したら売れてしまったBauhaus / Love & Rocketsとかも。

  全体としては、やはりメンバー間の感情のもつれが最大の原因のよう。その要因として、音楽性の違いや、対等だったメンバーの中で売れるうちに一人(たいていはボーカル)が目立つようになってしまったというケースもある。日本特有だが、事務所とグルーブの思惑のズレというのもある。金銭絡みだと、自殺者が二人も出たBadfingerが悲惨だった。これから何かユニットを組もうという若者にはたぶんタメになるだろう。
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リスナーの期待と本人たちがやりたいことにズレ

2016-12-28 21:31:30 | 音盤ノート
Tom & Joy "Antigua" Yellow Productions, 2005.

  ボサノバ要素のあるフランス産アシッドジャズ。このデュオは、一作目の名義がTom & Joyce、次の編集盤の名義がTom & Joyce Hoze、オリジナル二作目となる本作の名義はTom & Joyとなっていて、ややこしい。なお日本盤にはボーナストラックとして、アルバムタイトル曲のリミックスと、デビュー曲'Vai Minha Tristeza'の日本語ヴァージョンが収録されている。後者は日本語云々以上にアコースティックなアレンジが聴かせる。

  収録曲はアコギが活躍する爽やかな曲と、ファンキーな曲の二つに分離している。冒頭1曲目こそAntonio Carlos Jobimの名曲'Meditation'で一作目のボサノバ路線を踏襲しているものの、続く2-3曲目はブラス隊が活躍するアシッドジャズである。どうだろう、大半のリスナーは、このアルバムの洗練されたジャケットやデュオ名からボサノバのほうを期待して聴いているのではないだろうか。全体としてはバラードやボサノバ系統のゆったりした曲のほうが多いのだが、数曲あるファンキーな曲がアクセントというには目立過ぎてしまっており、アルバム全体の統一感を損ねている気がする。それらを飛ばして聴けばなかなか佳曲揃いの作品といえるだろう。

  これが彼らの最後のアルバムで、調べてみるとThomas Naimの方は現在もソロで活動しているよう(ジャズロック?)だが、Joyce Hozeの方は何をやっているのか不明だった。一作目ほど話題にならなかったので、たぶん売れなかったのだろう。また、本作でファンキーな曲にチャレンジしているように、本人たちもボサノバよりもジャズのほうに関心が向いていたという事情もあると推測する。
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科学技術立国というのは画餅。早急に対策せよ。

2016-12-26 22:02:59 | 読書ノート
山口栄一『イノベーションはなぜ途絶えたか: 科学立国日本の危機』ちくま新書, 筑摩書房, 2016.

  日本における研究開発の衰退や、科学的知識が十分に普及しないことを論じた書籍。著者は同志社大の教授で、物理の博士号を持ち、NTTの研究所に勤務し(すでに退職)、ベンチャー企業支援などを行ってきたという経歴の持ち主である。誤解を恐れずに要約すれば、科学に無知な人間が日本企業で要職に就いているため、先端技術を支援するための企画が単なる中小企業支援対策に堕し、予見できた事故に有効な対策を打てないままとなっているという。

  対案として、理系出身者を官僚や経営者に入れろ、大学では文系に科学をもう少し教えろということになる。ただし、もう少し微妙なニュアンスもある。というのは、科学にも二種類あって、パラダイムに則ってパズルのピースを埋めてゆくようなものと、パラダイム自体を問い直すようなものとである。現在日本に不足しているのは既存のパラダイムを問い直すような後者の科学であり、積極的に採用すべき人材はそうした志向を持つはずの領域横断的な理系科学者であるという。

  前半は研究開発と企業および公的支援の話だったのに、後半は社会で科学知識が不足していることの問題の話となってしまい、大風呂敷の感はある。しかし、シャープや、福島の原発事故、福知山線の脱線事故など、具体的事例の分析は興味深い。究極的には、成果があるかどうかわからない研究活動に社会はいくら金を出せるのか、という問題となる。だが、その前段階である科学知識の普及度が日本では不十分に見え、正しく研究活動を評価できない可能性が高いというのがまずもっての本書の危機感なのだろう。
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グローバル化は今やメリットよりも害悪をもたらしている、と

2016-12-23 21:48:53 | 読書ノート
ダニ・ロドリック『グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道』柴山桂太,大川良文訳, 白水社, 2014.

  反グローバル化を訴える経済学啓蒙書。グローバル化の歴史的な経緯から説き起こして(帝国主義がそのはじまり)、それに対抗して一般民衆の雇用を重視する現在の国民国家ができたという話が続き、さらに1970年代以降になると世界経済の再度の統合が進んで再び世界中で雇用が不安定化するようになったという。この問題を克服するために9章で「世界経済のトリレンマ」というコンセプトを示して将来を指南する。原書は2011年発行。

  世界経済のトリレンマというのは、「グローバル化」「国民国家」「民主主義」の三つは鼎立しないというアイデアで、そのうち二つを採ることは一つを捨てることになるという。その基本には、円滑な経済運営には統治制度が必要という考えがある。グローバル化を徹底しつつ経済の安定を両立させるためには、国民国家を捨てて民主主義的な世界政府を樹立することが必要である。これは非現実的だ。一方、国内の一部の(あるいは大半の)階層の利益を無視することのできる非民主的な体制ならば、グローバル化と国民国家を両立させることができる。しかしこれはのぞましくない。というわけで、国民国家と民主主義を維持して、グローバル化を捨てるのが望ましいと著者はいう。ただし、鎖国や保護貿易を支持しているわけではなく、資本移動や移民労働力などのマイルドな規制を求めているだけで、グローバル化から完全撤退することを主張しているわけではない。現状すでにグローバル化しているので、この段階からさらに貿易規制を撤廃しても1-3%程度の利益しかない、とも。

  本書では、安定した経済成長をもたらした制度として、たびたび1950年代から60年代のブレトンウッズ体制が理想化されているが、固定相場制および為替変動という面からのアプローチが無いのが気になったところ。また、問題提起のわりには挙げられた処方箋がぬるい気がするのだが、経済の不安定化に対抗するのに有効なんだろうか。結局、グローバル化は程度の問題なんだろうけれども、ではどこまでが適正なのかという点については明解ではない。論証よりはあくまでも問題提起を重視した書なんだろう。
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