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新テストの駄目さは思想の問題か、作問技術の問題か

2019-08-17 10:25:19 | 読書ノート
紅野謙介『国語教育の危機:大学入学共通テストと新学習指導要領』ちくま新書, 筑摩書房, 2018.

  センター試験廃止後の、2020年度から始まる「大学入学共通テスト」を批判する内容である。といってもまだ実施されていないテストであるため、2017年に公表された記述式テストの問題例と、同年に実施された試行調査のためのプレテストの二つを分析するのに大半の頁を割いている。加えて、学習指導要領の検討が少々ある。著者は日本文学研究者で、麻布高校での教員経験がある。今年度から日本大学の文理学部長の任に就いており、僕もヒラ教員として一度だけお話したことがある。

  多くの報道において、「大学入学共通テスト」への関心は記述式回答の客観性を保つことや採点コストに集中しがちだった。本書はそうした問題にも言及しつつも、新テストがこれまでの「国語」とはかなり違った方向を目指したものであることを明らかにしている。第一に、大問一つに対して読解用に提示される文章は、これまでは1つだけだったが、新テストでは2~3の複数の文章を扱うことになる。第二に、そうした文章のいくつかは、これまでのような著名な著作家による記名記事ではなくて、行政文書や契約書を模した実用的文書や、解釈の状況を設定するための創作的な会話である。

  著者は、新テストを進める文科省や中央教育審議会の側に、複数の資料を受験生に読解させることで「統合的な思考力や判断力」を測ろうとする意図があるとみる。それは、著者の意図や表現の効果を云々するようなこれまでの国語とは異なったものだ。しかしながら、公表された問題例およびプレテストは、作問が稚拙で簡単すぎるか難しすぎるかのどちらかで、受験生の能力を弁別するという役割を果たさないだろうと予想される。また資料の分量も多すぎる、と批判される。

  本書の議論を評価するには、これら新テスト例とプレテストの駄目さ加減が、統合的思考力を測るという文科省の意図に埋め込まれた限界であるのか、それともそうした意図を十全に反映させられない作問者のせいなのか、という疑問の判定が必要となる。前者ならば新テストは必然的に混乱を呼び起こし、失敗に終わる。後者ならば、出題者が経験を積めば改善される可能性がある。著者は前者とみている。しかし、読者としては後者の可能性も捨てきれない、という印象だった。

  ただし、著者の言い分もわからなくもない。挙げられた問題例からわかるのは、AI研究者の新井紀子(参考:本書でも言及される)が危惧するような基礎的な読解力が問題とされているように見える。しかしながら、そうした読解力を持たない層は、大学を受験する層とはかなり違う。すなわち、テストでそもそも測ろうとしている能力が、通常の大学入試で測られるそれとは違っているのだ。今後そこがうまく大学入試用にチューニングされるのかどうか、なのだが、そうすると目指すところが変わったという解釈となるのだろうか。
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2 コメント

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Unknown (Hiroshi)
2019-08-17 12:26:19
新テストを実際に自分で解いてみた感想としては、それなりに面白いと思いました。ただし解いたのは専門外の数学だけです。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5004/trackback

後でその問題の正答率が低いとの批判ができたようですが、
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5287/trackback

難易度はこれから調整がいくらでも可能なのは経験済みで、その点はあまり心配することではないでしょう。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5254/trackback

ご自分で解かれてみてはどうでしょう? その上で、また上記の本の評価も変わるかも?
Unknown (hiroyuki-ohba)
2019-08-31 11:53:10
Hiroshiさま

どうも。僕も、現状の国語教育に懐疑的であることもあって、国語の新テストの方向性はまあアリかな、とは感じています。英語のほうが問題でしょうね。

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