29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

鎌倉幕府成立の経緯を段階的に追う

2022-01-24 09:40:53 | 読書ノート
呉座勇一『頼朝と義時:武家政権の誕生』(講談社現代新書) , 講談社, 2021.

  武士による全国統治がどのように成立したかを、源頼朝と北条義時の生涯を辿りながら跡付けるという歴史書である。個人的に、この著者の本を読むのは五冊目(参考: 1 / 2 / 3 / 『応仁の乱』(中公新書:エントリなし))となる。複数出版されている、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の便乗本のうちの一つであるが、ライバルとなる他の本については読んでいない。

  武家政権は朝廷からの段階的な権限の委譲によって永続化したものであり、頼朝は意図して武士の支配を作り上げたわけではなかった、というのが全体としての主張である。だが、この主張は近年の歴史教科書で示唆されていることと同様であり、目新しいとは言えない。本書の価値は、画期となる合戦や権限移譲がどのように起こったのかを細かく記して、読者にわかりやすく提示しているところである。これまで京都の華美を嫌ったとされてきたが、頼朝は朝廷の権威を上手く利用しており、公家文化に対して否定的ではなかった。北条義時も、承久の乱までは朝廷と良好な関係を望んでいた、という指摘もある。著述スタイルはこう。一次資料(『吾妻鏡』『平家物語』や日記類など)を参照しつつ、資料執筆者の政治立場上の偏りを指摘し、他の歴史研究者の学説を並べて一番合理的な解釈はこれだ、と判定していく。この点で歯切れがよく、「富士川合戦で頼朝軍は主力ではなかった」など意外な指摘もあって、読ませる。

  ただ全体の読後感は「旧弊な時代が終わり新しい時代が到来した」というようなさわやかなものではない。源頼朝も北条一族も、平氏を滅亡させたというだけでなく、味方であったはずの同僚・同族・親族・兄弟をあれこれ難癖つけて殺しまくっている。鎌倉幕府が全国の武士に支持されて安定したのはおそらくこういうことだろう。身内重視で部外者には冷たい平氏とは対照的に、血縁にも容赦ない源氏のほうが部外者にとっては公平で開放的に見えたというような。
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移民をめぐる経済学研究のレビュー、未確定なことも多い

2022-01-20 15:05:33 | 読書ノート
友原章典『移民の経済学:雇用、経済成長から治安まで、日本は変わるか』(中公新書), 中央公論, 2020.

  移民をめぐる経済学研究をレビューする書籍である。著者は青山学院大の経済学部教授だが、北米での滞在経験が長いとのこと。移民の経済への影響についてはわからないことが多い、というのが本書の結論である。ローカルな範囲での雇用やマクロ経済への影響については、移民によってプラスになるという論者とマイナスとなるという論者がそれぞれいる。移民の影響は、データ取得の範囲や移民と競合する国民グループをどう定義するかで変わってくるらしい。ただし、移民と直接競合する分野の労働者が損をし、彼らを低賃金の移民に置き換える資本家は得をするというのは確かみたいである。移民と直接競合するのは低賃金労働者だけとは限らない。高技能の移民ならばこれまで高技能とされてきた国内労働者ととってかわることもあるとのことである、大学の先生とかね。

  わかっていることもある。家事労働を移民女性を使って代替できるので、高賃金でフルタイム就業している女性にとっては労働時間が長くなって得になる。しかし、低賃金の女性は家政婦を雇うことはできず、また就いている職が移民女性と競合する場合は待遇が悪くなる。このほか、移民によって犯罪が増加することはない、また社会福祉への負担にはならない、伝染病の原因となる確率も低いとのことである。人口が増えるので短期的には国全体として地価も上がる。「ただし」という点は重要なところで、移民が高技能か低技能か、移民のエスニシティ(デリケートな問題ではあるがやはり出身国によって犯罪の確率は変わってくるらしい)、あと移民の規模(毎年数万人かそれとも数十万人か)によって、長期的な予想は変化する。

  以上。では政策としてどうすべきかという話になるが、本書はそこまでは踏み込まない。もっとも重要な論点である今いる国民の厚生が移民によって高まるのかどうかについての判断がわかれているため、言えることはあまりないということだろう。高技能労働者に限って年間数万人規模の移民を認めるというは、マクロ経済を長期に改善するうえで受容できると思う。けれども、現在の日本企業が国際水準からみて適切な待遇を彼らに用意できない可能性は高く、絵に描いた餅かもしれない。わからないことが多いとはいえ、低賃金労働者となる移民を大規模に受け入れることはやめておいたほうがいいと直観的には思う。そうすると将来の労働力不足をどうするかなんだけど、特に案はなし。
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ローマ帝国との関係からはじまるドイツの民族意識形成史

2022-01-11 11:30:12 | 読書ノート
今野元『ドイツ・ナショナリズム:「普遍」対「固有」の二千年史』(中公新書), 中央公論, 2021.

  ドイツのアイデンティティ史。四章構成で、一章は古代からフランス革命前まで、二章はフランス革命後の占領とビスマルクによるドイツ統一、そして1945年の敗戦まで、三章は戦後の東西分断からベルリンの壁崩壊まで、四章はその後となっている。著者は政治史が専門の研究者である。

  前半の二つの章は、歴史的事件を材料にドイツ人のアイデンティティをめぐる議論を辿るものだ。ローマ帝国や西欧(イギリスやフランス)といった「普遍」的価値への同化が目指されつつ、並行してドイツ民族という意識もまた徐々に形成されていったことが明らかにされる。後半となる三章では、東西ドイツ分断期には、ナチスへの反省からの民族意識の徹底的な否定と、西洋的=普遍的価値の絶対化が主流思潮となったことが示される。四章では、統一ドイツがナショナリズムを否定し西洋的価値を徹底的に信奉したことがEUほか国際社会における主導権をもたらしたこと、一方でこれが国内で移民問題や東独出身者の疎外問題を引き起こし、また国外ではドイツの傲慢さをもたらしていることが指摘される。後半をまとめると、普遍への一体化と民族性の抹消がまた民族的アイデンティティとなったということである。

  以上。ドイツというと、移民問題でも環境問題でもその主張の「極端さ」を感じることがしばしばある。本書は、そうした民族的傾向を「普遍」との距離間から読み解いたという内容である。ロシアや日本と比べると、ドイツはローマや英仏といった歴史の中心に近すぎるという問題があったとのことだ。どこの国も隣国の動向に翻弄されるとはいえ、ドイツ特有の不幸があったというわけね。
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