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電子書籍をめぐる出版社vsテック企業の攻防、その後半

2024-01-09 18:34:54 | 読書ノート
John B. Thompson Book Wars: The Digital Revolution in Publishing. Polity, 2021.

  Book Wars続き。7章以降から結論まで。周縁的だが、といっても無視はできないというトピックを扱っている。

  7章はセルフ・パブリッシングについてである。この領域にも少数の先行業者がいたが、アマゾンが参入して裾野が拡大する。ただし、ISBNの無い本が多く、またアマゾンが情報を公開しないということもあってその規模はあきらかではない。Kindle Desktop Publishingは毎年100万冊の作品を発行していると推計される。売上ランキングの上位に入る作品もあり、「電子書籍の売上の停滞」という話は既存の出版社のコンテンツだけの話で、電子書籍領域では自費出版物の成功例が少なからず見られるとする。

  8章はセルフ・パブリッシングのための資金調達の話である。クラウド・ファンディング業者がいくつか紹介されるが、あちらでは出資金が一定額に達したらそのまま出版社に変貌して紙の本を作って販路に乗せてくれる会社があるらしい。出版前に購入者が確保されるので、クラファン業者兼出版社にとってリスクが少ないとのこと。またフリーの編集者を紹介して作品の質を高めるアドバイスをもらえるサービスもある。

  9章はストリーミング。このサービスは音楽業界のように支配的にはならなかったと著者はいう。Kindle Unlimitedは自費出版本だけ、Amazon Primeで読めるのもごく一部だけで、これらに大手出版社はコンテンツを提供していない。Spotifyのように、収益を再生回数で頭割りという分配方法──この分配方法がすずめの涙のような額しか権利者にもたらさないのは周知のとおり──に出版社が合意しないからである。アマゾンのライバル業者が書籍ストリーミングを成功させているが、やはり参加していない大手出版社が目立つという。

  10章はオーディオブック市場で、規模は小さいが成長を続けているとのこと。11章は投稿サイト発の小説の出版で、テレビドラマ化や映画化にまでいたる作品があるとか。ただし、ジャンルがヤングアダルト領域に限られており、この動きが大人向けの文芸小説やノンフィクションにまで広がる気配はないとのことである。

  12章は現状の出版流通をまとめている。出版デジタル化の歴史において最大の事件は、電子書籍ではなくてアマゾンの台頭であるという。消費者の情報を集めて上手く利用することで、アマゾンは米国の紙の出版物においても40%以上のシェアを占めるに至った。このシェアを背景にした交渉力は、出版社や著作権者へのプレッシャーになっている。コンテンツを製作しないハイテク企業にとって、コンテンツとは自らのプラットフォームに人々を囲い込むための誘因にすぎない。それが安ければ、さらに無料であれば誘因としてよく機能する。ハイテク企業はコンテンツの価値を考慮せず、それを毀損するような扱いをとることによって存在感を高めることができる。これに対して、出版社はコンテンツ制作に投資し、赤字のリスクを引き受ける。したがって出版社はコンテンツの価値を守る立場にある。著者は、このような出版社の防衛的な立場に理解を示している。

  以上。紙の本はそれなりの規模で生き残ると予想されるが、現在のクオリティが維持されるかどうかはアマゾン次第ということのようだ。出版関係者は読むべき内容だが、日本語訳が欲しいところ。
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電子書籍をめぐる出版社vsテック企業の攻防、その前半

2024-01-08 21:39:44 | 読書ノート
John B. Thompson Book Wars: The Digital Revolution in Publishing. Polity, 2021.

  米国電子出版についての、一般書寄りの研究書である。2000年代から10年代のおよそ20年の間、電子書籍をめぐって米国の出版関係者がどう反応したのかを、膨大なインタビューによって明らかにする。1980年代から00年代までの変化を描いた Merchants of Culture の続編で、本書も物理的に分厚く500頁ほどの分量となっている。はじめに+全12章+結論という構成となっているが、以下では前半6章までの内容を紹介したい。

  出版関係者が恐れていたほどには電子書籍は普及しなかった、という認識がまず示される。Kindleが登場した2007年から2013年までの間、電子書籍の売上は急速に伸びたが、2014で頭打ちとなり(ピーク時で紙の本:電子書籍=3:1)、以降は紙の本を含めたシェアの15%ぐらいの売上で推移しているという。内訳をみると、ロマンスやSFといった読み捨てにされやすいジャンルが電子書籍の売上の多くを占めた。どうやらちゃんと紙で持っておきたい本というのがあるらしい。結局、電子書籍は紙の本全体を代替したのではなく、マスペーパーバック──あちらでは同じテキストがハードカバー、トレードペーパーバック、マスペーパーバックと発行時期と形態を変えて三度出版される──を代替しただけである、と結論する。

  以降は、上のような結果をもたらした要因について探っている。まずは電子書籍の形が紙ベースの書籍をモデルにしたものとなった事情についてである。ネットでの中編電子書籍販売やインタラクティブ書籍販売という新しい出版形態は失敗した。質は高いが制作コストのかかる作品は、毎日ネットに大量に投入される低質の作品の中に埋もれてしまって、低価格化への圧力にさらされる。ネット発の高品質オリジナル作品は制作コストを回収できない。そこで既成の出版物に頼ろう、というわけでバックリスト問題となる。

  既発表の作品の電子書籍化は著作権問題を引き起こす。1994年以前の作品の場合、紙版の出版社は電子化する権利を持っていない。このことを見抜いたベンチャー企業が法廷闘争を勝ち抜き、未契約のバックリストを開拓していったという。とはいえ、バックリスト問題の真打はグーグル社で、グーグル・ブック・プロジェクトは出版社団体や著作権者団体からの訴訟を受けて12年に及ぶ法廷闘争となった。当事者間の合意が裁判所によって破棄されるということもあって、その顛末を簡単に要約することは難しい。結果だけをみればグーグルが勝利したと言える。しかし、敗北した側の出版関係者は、この法廷闘争が著作権のある書籍をネットで無料公開しようとする今後の試みへの牽制になったと評価している。

  バックリスト問題で出版関係者がもめている間に、Amazonがするすると電子書籍市場を独占するようになった。大手出版社は価格決定権をめぐってAmazonに対して訴訟を起こす。大手出版社は、Apple社に対して出版社側は「徒党を組んで」取次モデル(agency model)での契約──出版社が価格決定権を持つ──を行い、iPad向けの電子書籍を供給していた。これが反トラスト法に抵触した。結果として電子書籍販売における買切モデル(wholesale model)は認められた。しかし、司法判断が下されたのは2014年で、電子書籍市場はすでに飽和していた。このため、Amazonは大手出版社とagency modelで契約した。その理由は、販売価格を高く保つことでマージンを維持し、かつ他の業者が新規参入してくるのを防ぐためだとしている。一方で、個々の出版物の目立ちやすさ(visibility)を高めるAmazonのレコメンド・システムは高く評価されている。

  Amazonが消費者に安価で優れたサービスを提供しているのは確かである。けれども著者はAmazonを警戒する。独占的な地位にあっても消費者に不便をかけさせて「いない」という点で、米政府はAmazonを反トラスト法の取り締まりの対象としていない。これに対して、Amazon側はその市場シェアにもとづく交渉力を出版社に向けている。Amazonは自身の取り分を多くするのに、小売価格を上げるのではなく、出版社の取り分を下げることを目指す。その結果として、出版社は苦境に陥り、これまでならば可能だった質の高い書籍の発行が苦しくなるのではないか、そしてその結果は貧しい商品の選択肢として消費者に跳ね返ってゆくのではないか、と著者は問題を提起する。これは、ネットでの消費が一般化することで壊滅した音楽市場を見れば杞憂ではないという。

  以上が本書の前半。後半についてはまた後日。
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音楽とは何かについて生物学と人類学を使って答える大著

2024-01-02 21:33:02 | 読書ノート
マイケル・スピッツァー『音楽の人類史:発展と伝播の8億年の物語』竹田円訳, 原書房, 2023.

  心理学と進化論と比較文化の三つを切り口とした音楽論。著者はリバプール大学教授で、ビートルズの逸話も披露される。だが、基本的なトーンは西洋音楽批判であり、クラシック音楽を念頭にすべき内容である。そのほか、中国、インド、中東、アフリカの音楽、クジラや鳥の歌など、日本人には馴染みのない音楽がたくさん紹介される。YouTubeでそれらの動画を検索しながら読むと理解しやすくなると思われる。原書はThe Musical Human: A History of Life on Earth (Bloomsbury, 2021)である。

  第一部は音楽享受の発達段階論、といっても心理学的にではなく、比較文化的な視点から論じている。近年、欧米の人々のライフサイクルにおいて、歌い演奏したりするのが子どもの頃だけの行為となり、大人は大半が聴くだけの人間になってしまっている。著者はそこに演奏する者と聴く者を分かつ西洋音楽文化の問題を見る。西洋以外の地域では参加型の音楽文化があり、また西洋においても民衆文化の領域では参加型の音楽文化があるとする。例としてサッカースタジアムでの大合唱が挙げられる。

  第二部は音楽史で、石器時代から始まって、西洋、イスラム、インド、中国へそれぞれ分岐してゆく様子が描かれている。西洋はポリフォニー、イスラムは装飾、インドは味、中国は音色にそれぞれの特徴があるという。また、西洋音楽が強力だったのは、他の文化圏とは異なり、師弟関係に基づいた伝承ではなく、記譜法によったからだとする。この部は情報量が特に豊富であり、日本の音楽家として久石譲と武満徹、伊福部昭が言及されている。あとK-POPの世界制覇にも触れられている。

  第三部は音楽の進化学で、音楽を奏でる昆虫、鳥、クジラなどが採り上げられる。サルや類人猿は歌わないらしい。進化学の論理では、それら生物が音を出すのは「生殖のため」と単純化される。しかし著者は、彼らは音を出すのを楽しんでいるのではないか、という説を提出している。なぜ音を出すのが楽しいのか。それは集団との一体感が得られるからだ、というのが究極の答えとなる。人間においてもそのような性向が遺伝的にあるはずだとし、新しいテクノロジーが参加型の音楽享受(例として初音ミクが扱われている)を容易にすることが期待されている。

  以上。時間的にも文化的にも生物学的にもスケールの大きい議論で、あちこち話が飛んでゆくので、わかりやすいとは言えない。本書は、著者の博識に幻惑されながら読むものなのだろう。議論の大枠そのものだけでなく、挙げられたトピック──ギリシアの音楽がどういうものだったかとか、クジラにも音楽の流行があるとか──が初めて聞くような話ばかりなので、そこを楽しめるかどうかだな。僕は面白かった。
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