29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

家庭と学校の関係を探る大規模調査の報告書(その一?)

2020-11-27 16:32:33 | 読書ノート
東京大学社会科学研究所編, ベネッセ教育総合研究所編『子どもの学びと成長を追う:2万組の親子パネル調査から』勁草書房, 2020.

  教育学。ベネッセと東大によるパネル調査の中間報告である。小学一年生から高校三年生の児童生徒を対象とした調査で、一学年毎に1500人~2000人というサンプルサイズであるとのこと(全体で2万を超える)。年度が変われば新たに小学一年生となった児童のサンプルを加えてゆき、高校三年生以上は対象から外してゆく。最初の年度は2015年で、今年度で6年目となる。

  前半では調査の概要と、クロス集計の結果について解説している。成長につれて、親とではなく一人で過ごす時間が多くなり、図書館などの公共施設の利用は減少するという(3章)。成長するにつれて、勉強が嫌いになっていき、自信がなくなる(4章)。育児を通して親が成長する(5章)。自分の将来について、男子は地位達成を重視し、女子は地元にとどまることと資格取得を重視する傾向がある(6章)。前半最後となる7章は、語彙力テストおよび読解力テストの結果と関連する要因を調べたものである。それによれば、本や新聞を読んでいると語彙や読解力の点数はあがるが、マンガや雑誌を読んでも影響はない(相対的に点数が高くなることも下がることもない)とのこと。

  後半では多変量解析を行った結果について解説している。「調べる」という態度は、家庭の社会経済的地位が高いほど幼い時期から身についており、また早生まれはそれを身につけるうえで不利である(8章)。進路決定において、子どもは親の影響を受けるものの、両者の関係が良好ならば親が四年制大学を希望していなくても子どもの進学希望が通ることがある(9章)。親の働きかけのうち、子どもの成績に強い影響を持つのは、知的な雰囲気や環境作りなどの間接的な方法ではなく、直接的に教育熱心な態度を示すことである(10章)。在籍する高校のレベルによって、進路の決定時期や、家庭の影響の仕方が異なってくる(11章)。勉強する意欲がわかない場合、小学生と中学生に限れば、問題の解き方を先に提示することで動機づけられることがある(12章)。なりたい職業は親の社会経済的地位(SES)に影響される(13章)。同じく、SESによって進学先の高校が変わってくる(15章)。

  面白かったのが14章で、部活動の勉強への影響を探っている。学校の現場には「部活は勉強のジャマになっていない」「部活を頑張った人は引退後に勉強を頑張る」という二つの神話が流布しているという。この神話を、セレクション・バイアス──もともと頑張ることのできる生徒が勉強も部活も熱心に取り組んでいる可能性──を取り除いて検証してみたところ、次のようになった。まず部活が勉強の邪魔になるかどうかについてだが、やはり高校では部活によって勉強時間が削られる一方、中学では影響はないという。次に熱心に部活をやってきた生徒は引退後に勉強を頑張るかどうかだが、「2年生の終わりまで続けた生徒に限る」という条件付きで正しいという(彼らは引退後に勉強時間が増加する)。

  以上。凄い発見というものはないけれども、たぶんそうだろうと考えられてきたことが数字で裏付けられたり、または微修正されたりしているところが評価すべき点だろう。今後の報告も期待である。そういえば慶應の先生もパネル調査をしていたはずだが、どうなったのだろうか(参考)。
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可憐な歌声をもつマイナーな女性シンガーソングライター

2020-11-23 19:20:37 | 音盤ノート
Laura Watling "Early Morning Walk" Shelflife, 2001.

  米国産ギターポップ。Shelflifeは1990年代半ばにカリフォルニアで創業したインディーズレーベルで、NYに本拠地を移してスウェーデンのバンドを紹介するようになってから知られるようになった(現在はオレゴン州ポートランドに所在地がある)。カリフォルニア時代から、レーベルの創業者のEd Mazzuccoと一緒にThe AutocollantsというバンドをやっていたのがLaura Watlingである。(以前WatlingはMazzuccoの奥さんだという記事をみた記憶があるが、今探してみても確認できない)。

  特徴的なのがその声である。可憐で可愛らしくて子供っぽい。内気な女子中学生みたいな歌声である。この押しの弱い歌声の好みは分かれるところで、女性歌手に力強い表現を求める向きにはうけないだろう。とはいえ、落ち着いた歌唱であり芯の強さも感じなくもない。また、このアルバムの内省的で清廉なサウンドの耳あたりはとても良い。収録されている曲の中には王道のtweepopもあるが、アコースティックギターによるフォークロック風の曲のほうが印象に残る。バック演奏の音圧も薄めで、鍵盤はかつてのカシオトーンのように安い音だ。全体としては1970年代前半の古き良きウェストコーストロックを思い出させる。

  このアルバムは彼女の唯一のオリジナルソロアルバムである。このほかに編集盤一枚と数枚のシングルがあるが、いずれのCDもレコードも入手困難のようだ。ネット音源を探すほかないが、CMが入るのを我慢できるならばyoutubeでアルバム全体を聴くことができる。

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自己家畜化による協調行動と組織的な暴力傾向との併存を説明

2020-11-19 19:44:52 | 読書ノート
リチャード・ランガム『善と悪のパラドックス:ヒトの進化と<自己家畜化>の歴史』依田卓巳さん訳, NTT出版, 2020.

  人間の暴力的傾向についての進化論的考察。著者はハーバード大学所属の霊長類学者で、『男の凶暴性はどこからきたか』(三田出版会, 1998.)と『火の賜物:ヒトは料理で進化した』(NTT出版, 2010.)の二つの邦訳がある。原著はThe goodness paradox: The strange relationship between virtue and violence in human evolution (Pantheon, 2019.)となる。

  人間には、温和で協調的な傾向と攻撃的で暴力的な傾向が同居する。しかし、それぞれの傾向のどちらか一方が生物学的な本性に近く、どちらか一方が文化的というわけではない。どちらにも共に生物学的な根拠がある、というのが本書の主張である。まず攻撃的性向を「反応的攻撃」と「能動的攻撃」の二つに分類する。前者は他者の挑発や攻撃に対する防御的反応であり、後者は冷静な思考によって準備・計画された暴力であり殺害である。飲み屋で喧嘩して刑務所にはいるような行為は前者で、戦争は後者だ。この分類は神経生理学的に裏付けられるとのこと。

  警戒を怠ることのできない野生動物と異なり、家畜にとって反応的攻撃を抑制することは適応上のメリットになる(人間に従順であれば食糧と繁殖機会が保証される)。現生人類には、旧人類と比べて形態的に幼児的特徴がある。こうした特徴は「家畜化」の証左であり、したがって、人間は反応的攻撃を抑制するように進化した可能性が高い。家畜化は協力行動を容易にするので、そうでない集団より組織化された争い事の遂行で有利である。こうして現生人類は、形態的に家畜化の程度が低いネアンデルタール人を滅ぼしたのだろう、と推測される。

  では、なぜ家畜化が人間に起こったのか。著者は、暴力的なチンパンジーと平和的なボノボを比較しながら、食べ物が豊富であるという生態学的なストレスが少ない環境と、言語が可能とする個体間の協力関係が重要だとする。それらの条件がそろうことで、群れは暴力的な個体に特権(特に繁殖機会)を与えず、処刑によって暴君を排除することができるようになる。結果として、排除されないよう、群れの仲間の機嫌に配慮する平等かつ平和的な性向が人間に埋め込まれた。ただし、狩猟採集民を観察する限りでは、その平等は男性だけのものだったとも付け加えられる。

  能動的攻撃は人間が協調行動ができる能力の帰結である。他集団の人口を減らし資源を奪うことは自集団のメリットになるという点で進化的な意味での適応である。ただし、その発現の仕方は、チンパンジーほか野生動物の生態や狩猟採集民の記録から推論すると、奇襲攻撃による「攻撃する側にとって安全な形で、多数の味方で少数の敵を殺害する」という形となることが多いという。会戦形式でぶつかり合うような戦闘には、戦闘員の本能を克服するような心理的な操作が必要だ。したがって、そのような戦争はコントロールできる、とも匂わされる。

  以上。自己家畜化現象が人間の行動にどのように現れるかについて、壮大なストーリーを展開したという内容である。憶測の部分も多く、特に能動的攻撃については十分説明されたという感じはしない。証明よりも、今後の研究のために仮説を示した本という位置づけなのだろう。少々複雑な論理展開ではあるが、語りの展開が上手く面白く読める。

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社会が豊かになれば個人主義的な価値観が必ず優位となる

2020-11-15 06:00:00 | 読書ノート
ロナルド・イングルハート『文化的進化論:人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる 』山﨑聖子訳, 勁草書房, 2019.

  「世界価値観調査」1)の主導者による、国際比較とトレンドの分析という内容である。メスーディ著と邦訳タイトルが似ている(原題はまったく同じ)が、本書は生物学な進化論とは無関係であり、価値観の変容に一定の方向性があるという意味で「文化の進化」を使っている。原書はCultural evolution : people's motivations are changing, and reshaping the world (Cambridge University Press, 2018.)。

  世界価値観調査によって、世界各国は「非宗教的・理性的価値vs.伝統的価値」の軸と、「生存価値vs.自己表現価値」の軸の二つでできた図の中に位置づけることができるという。その結果は「イングルハート‐ヴェルツェル図」として下記サイト2)で見ることができる。途上国においては生存価値と伝統的価値が高く評価され、先進国では世俗的価値(=非宗教的・理性的価値)と自己表現価値が評価される傾向にある。日本は儒教圏として高度に世俗的でかつ中位の自己表現価値を持つ国として位置づけられる。

  著者の言う「文化の進化」とは、経済が発展して生存が当たり前になれば、必ずや個人主義や自己表現が重視されるようになるということである。一方で、宗教は衰退し「自国のために戦う」と答える国民は減少する。こうした傾向は、調査結果の経年的変化で確認できる。価値観の変化は民主制度の導入に先行する。しかし、例外的に見える現象もある。先進国における排外主義である。これは、オートメーション化の進展による雇用構造の変化の結果生まれた「文化的」なものだと解釈され、排外主義支持者の生存価値が脅かされているわけではない、と著者は分析する。

  以上。なるほどと思わせる議論であり、大雑把な傾向は著者の記すとおりなのだろう。ただし、ヨーロッパにおけるイスラム系住民を上手く説明できていないので、そうだとすると排外主義の分析は不十分である。また、旧共産圏の混乱への分析もあるが、そこで示されたように国家体制の崩壊が幸福感を低下させるならば、混乱より安定のほうがマシということで権威主義的体制を国民が支持し続ける可能性も高いはずだ(中国とか)。そういうわけで、世界のリベラル化の傾向に対してそう楽天的に構えていいものかという疑問が残った。

1) World Values Survey Database http://www.worldvaluessurvey.org/

2 「世界価値観調査」の視覚的表現 http://wvs.structure-and-representation.com/
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高度な演奏技術でミニマル・ミュージックを黎明期から支えた演奏家

2020-11-11 23:09:45 | 音盤ノート
Jon Gibson "In Good Company" Point Music, 1992.

  現代音楽。ジョン・ギブソンは1940年米国LA生まれのマルチ楽器奏者で、フィリップ・グラス・アンサンブルでのどこで息継ぎをしているのかわからない高速サックス演奏で特に知られている。先月の11日に脳腫瘍で亡くなったとのこと1)。享年80歳。スティーヴ・ライヒの初期録音にも顔を出しており、”Four Organs / Phase Patterns” (Shandar)ではオルガンを、”Drumming” (John Gibson + Multiples Inc.) ではマリンバとピッコロ・フルートを演奏している。自身の作曲+演奏によるアルバムも70年代に二枚発表している──"Visitations I & II" (1973)と"Two Solo Pieces"(1977)、いずれもChatham Squareから──が、しばらく間をおいて発表された久々のリーダー作が本作となる。

  1970年代の録音二枚は、ミニマルミュージック黎明期の録音ということで実験的であり、少々敷居が高い。90年代になって発表された本作は、現代音楽の一つのサブジャンルとして認知を得たミニマルミュージックを、カタログ的に聞くことのできる入門編的なアルバムである。作曲家集としても聴けるし、BGMとしても使える。収録曲は、ギブソン作のWaltz、ジョン・アダムス作のPat's Aria、ライヒ作のReed Phase、テリー・ジェニングス作のTerry's G Dorian Blues、グラス作のBed、テリー・ライリー作のTread on the Trail、ギブソン作のSong 3、グラス作のGradus (For Jon Gibson)、ギブソン作のExtensions IIの9曲。演奏にはラモンテ・ヤングとグラス組のマイケル・リースマンが鍵盤で参加している。ギブソンは演奏で主にサックスを使っている。

  全体的にかなり落ち着いた雰囲気で、曲によってはアンビエント音楽的であり、温かみもある。メカニカルな演奏はグラスやライヒの曲を演奏するときだけで、自身のコントロール下の本作ではジャズやクラシックの影響も感じ取ることができる。目が回りそうなグラス組での演奏と比べると、鋭さや緊張感には欠ける。このあたりは好みがわかれるかもしれない。「ミニマリズムの徹底が足らん」みたいな不満はあるが、人間味のあるサックス演奏であることは確かだ。現時点ではCDは入手困難である──輸入盤にはDean Suzukiなる人物によるライナーノーツがある。またかつては日本盤も発売されていた──が、探せばネット配信で聴けるようだ。

1) Steve Smith "Jon Gibson, Minimalist Saxophonist and Composer, Dies at 80" New York Times Oct. 19, 2020.
  https://www.nytimes.com/2020/10/19/arts/music/jon-gibson-dead.html
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児童生徒の学習を上手く導くための教師の知識とスキル

2020-11-07 11:52:54 | 読書ノート
ジョン・ハッティ, グレゴリー・イエーツ『教育効果を可視化する学習科学』原田信之訳者代表, 北大路書房, 2020.

  教育方法学。邦訳が552頁のハードカバーで刊行されているので学術書と見紛うが、中身は現役教師や教職志望者向けの一般書籍である。全31章あって分量は多いけれども、ソフトカバーで発行されたハッティ著『教育の効果』より読みやすい。原書はVisible learning and the science of how we learn (Routledge, 2013.)である。

  生徒の理解を促進するような教師の教育的態度を解説するという内容である。科学的知見を参照しているものの、証明に頁が割かれているわけでないという点が一般向けであるという理由である。また、細かい教授テクニックを教える内容ではない。熟達者は初学者のつまづきの石がわからないことがある(けれども知識に欠ける教師は生徒に尊敬されない)という話から、教師主導の復唱型授業(アクティブラーニングと対比される)のメリットとデメリット、適切なほめ方、知識の獲得とはどういうことか、などの話が前半である。

  後半は「べからず集」として面白い。個々の生徒の学習スタイルの違いがあるというのは幻想だ(正確には、違いがあっても理解の仕方は同じなので過大評価すべきではない)、マルチタスクは理解を妨げるので音楽を聴きながら勉強してはダメ、根拠なき自尊心は円滑な社会生活を妨げる恐れがあるけれども個々のタスクをある程度処理できるという自己効力感は学習においては重要である、学習者の努力を折り込んだ成果のフィードバックを心掛けるべきだ、などなど。モーツァルト効果や笑顔の作り方の話もある。

  以上。教師の態度や心がけは効果的な学習の形成の重要な要因となるということだ。もちろん、学びには生徒側の態度や心構えも影響する。端的に言えば、そうした生徒側の態度や心構えを教師がコントロールするための知識やスキルについて解説しているのが本書だ。誰かを教える立場にある人には大いに役に立つだろう。
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客席ではなく足元のペダルを見つめて演奏するジャズ

2020-11-03 15:13:39 | 音盤ノート
Jakob Bro "Bay Of Rainbows" ECM, 2018.

  ジャズ。デンマーク出身のギタリスト、ヤコブ・ブロのECM四作目で、ニューヨークでのライブ録音となる。編成は、ブロのほかベースのThomas MorganとドラムのJoey Baronのトリオとなる。

  ECMからのスタジオ録音三作は、つかみどころのない曇天のアンビエント・ジャズと表現すべき音楽が展開されていて、なかなか集中して聴き通すのが難しかったりした。このライブ盤では、音数はいつもの通りわずかだけれども、少しだけ張り詰めた空気が感じられて楽しめる。収録曲はオリジナルが6曲。うち4曲はいつものような牧歌的な曲であるが、曲の輪郭がはっきりとしていて聴きやすくなっている。それらと毛色が異なるtrack 2やtrack 4では、モーダルな曲の進行で、エフェクターを駆使しての装飾音が目立ち、ごくまれに凶暴なフレーズも出てくる。こういう引き出しもあるのるのかと感心したところである。

  なかなか優れたアルバムだ。だが、曲によっては本人がYoutubeに挙げているライブ動画(Jakobbormusicという名義)のほうが良かったりして、完璧な演奏とはいかない。動画では、足元にエフェクターべダルが置いてあるので、ブロはうつむいて演奏している。Shoegazing Jazzと呼びたいところだが、受けないだろうな。

  あとYoutube動画の中で一番いいと思ったのがこれ。メンツが本作とは異なっていて、音数も多い。完全にジャズロックである。

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