29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

2022年8月~12月に読んだ本についての短いコメント

2022-12-31 12:43:32 | 読書ノート
サンキュータツオ、春日太一『俺たちのBL論』河出書房, 2016.

  男性向けBL解説。サンキュータツオが春日にBLの読み方を指南するというスタイルで議論が進む。なぜ、腐女子が男女間の恋愛を描いた作品を楽しめず、男男間のそれならば楽しめるのかについての疑問に対して、「男は傷つけられても大丈夫だという考えを腐女子側が持っているから」という仮説が提示されている。これってめちゃくちゃ性役割的な発想なんだが、フェミ系のBL論者は納得してくれるのだろうか。あと、BLで描かれる人間関係の多彩さが強調されて腐女子はクリエイティブであると評価されるのだが、男性同士のさまざまな関係をすべて恋愛関係に見立ててしまうのは多様性がある状態とはほど遠いだろう。いや、ためになる知識も与えてくれるので悪い本ではないのだけれども、BLの魅力について説得力ある解釈が提示されているわけでもないという印象。

成田悠輔 『22世紀の民主主義:選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(SB新書), SBクリエイティブ, 2022.

  民主主義の問題を「新しい仕組み」によって解決しよう提言する書。冒頭で民主主義国の停滞や失敗と非民主主義国の成功という21世紀の現況が示されるので、読んですぐさま「独裁国家のほうがいいというのか!!」といきり立つ読者もいるかもしれない。しかし、さらに読み進めると、著者が民主制の停止を目論んでいるのではなく、バカや利権(日本では特に高齢者支配)に毒されない仕組みを取り入れましょうという穏健な提案をしているだけなのがわかるはずである。しかしなあ、そうした仕組みの採用自体が現行の仕組みでは不可能だろう。その辺も著者もわかっているようで、改革に対する深い絶望感があるゆえに提案自体もあまり真剣なものに感じられない。あまり売れそうにないテーマだと思うのだが、露出が多い人が著者だとベストセラーになるのか。

山本敏郎 『高校生が感動した確率・統計の授業』(PHP新書), PHP研究所, 2017.

  確率・統計とあるけど確率がメインの記述で、順列と組み合わせの話がほとんどである。確率分布は出てこない。問題を出してひたすら解いてゆくという内容であり、複数の解法を丁寧に解説してくれる。ちゃんと問題に取り組めば、PとCの使い方はしっかりとマスターできると思う。ただし、タイトルはちょっと引くなあ。

藤沢数希 『コスパで考える学歴攻略法』(新潮新書), 新潮社, 2022.

  親を読者対象とした教育戦略論。学習塾や私立中学受験に投資してペイするか、とまずは問う。日東駒専レベルがGマーチレベルの大学歴になるならば、入ることのできる企業からみてペイすると著者はいう。ただし、学歴で人生が劇的に変わるわけではなく、「ワンランク上」になれるかもしれない程度であるとも強調される。以上の認識をベースに、中学受験を論じ、公立高校を評価してゆく。損得勘定だけで考えたアドバイスばかりでとても潔い。とはいえ、個人主義を徹底したときのベストな選択(「医者になる」)と、国全体のメリットとの乖離が垣間見える瞬間もあって、ちょっとだけ考えさせられるところもある。

本郷和人『歴史学者という病』(講談社現代新書), 講談社, 2022.

  東大の史料編纂所に所属する著者の自伝。偉人伝など「物語」としての魅力から歴史を好きになり、大学に入って「実証」の重要性を理解し、キャリアを積み重ねることによってまた史料重視の「実証」一辺倒の問題にも気づくようになった、という知的遍歴を披露している。この間、1980年代~90年代の東大の日本史研究者や網野善彦が論評され、また奥さんとの出会いなどの話も出てくる。歴史学は流行に左右されやすい、と著者はいうものの、この点についてあまり深刻そうでもない。読む方としては、流行が学問にどういう歪みをもたらしのかもう少し詳しく聞きたいところだった。

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因果分析による民主主義のクセの検討

2022-12-24 09:35:57 | 読書ノート
北村周平『民主主義の経済学:社会変革のための思考法』日経BP, 2022.

  経済学。「新しい政治経済学」だと本文でうたわれているが、政治を経済学的手法で分析するというテーマ自体は昔からあるものだ。差の差法や回帰不連続デザインなど因果分析の手法を使っている点が「新しい」ところなのだろう。著者は、スウェーデンの大学で学位を取得した経歴を持つ大阪大学の准教授である。

  最初の二章は概説となる。以降の章の中心的なテーマは民主制は「最適な」財政支出を実現するか否かである。これについて、中位投票者が選挙結果に影響するケース、浮動票が影響するケース、立候補者の政策への好みが影響するケースの三つを仮定し、理論モデルを検討したうえで対応する実証研究を紹介している。条件次第ではあるが、民主制は支出を「最適」よりも多めに行う傾向があるようだ。このほか、(スウェーデンに限っては)政治家は有能である、政策の方向性は最初の議題設定の段階で大きく影響を受ける、大統領制より議会制の国のほうが財政支出が多くなりがち、などの知見が得られる。

  各章の前半はモデル式の展開に費やされる。詳しい説明がなされているので難しくはないものの、抵抗感を持つ読者もいるかもしれない。しかし、ちゃんと理解できれば「この項のこの要素が結果を左右するわけね」と分かりやすく感じられるはずである。なので、丁寧に読み進める価値はある。
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発明に関係する事柄を多面的に検証する

2022-12-08 15:43:27 | 読書ノート
長岡貞男『発明の経済学:イノベーションへの知識創造』日本評論社, 2022.

  特許を主とした発明についての経済学研究。簡単な説明だけで高度な回帰分析の結果を毎章二つから三つ程度示す内容で、読む人を選ぶ研究書籍となっている。著者は東京経済大学の教授。2022年の日経・経済図書文化賞受賞作である。

  全11章あるうち、最初の1章は発明の創造過程についてである。ほとんどの発明は研究開発の主目的に沿ってなされるが、付随的な発見は基礎研究でかつ必ずしもビジネス上の制約を課せられないときに多いとのこと。2章はプライオリティについてで、ライバルがいると研究スピードが速くなり、(特許文献ではなく)科学技術文献の利用の方が効果的だとのこと。3章は発明者の動機についてで、金銭的報酬より内発的動機のほうが発明の価値を高め、報償として一時金よりは長期の処遇で対応したほうが良いとする。4章は発明者のキャリアについてで、日米の発明者の比較をしており、かつ日本の論文博士の制度にはメリットがあるとしている。

  5章では発明の4割は利用されていないことを指摘し、その理由について探っている。6章は発明の価値についてで、新規性の高い発明は関わった人数と月日と相関するとのこと。7章は特許ライセンシングについてで、クロスライセンスは独占の壁を克服して発明を促す効果的な対応方法になっているらしい。8章はオープンな技術標準についてで、標準があることの効果はそこそこ大きく、また分野によって異なる(電気工学分野で大きい)とのこと。9章は特許情報の公開で、公開様式(論文か特許か)やタイミングが調べられている。10章はパイオニア的な研究への支援について、11章は特許権の効果的な縮小・蕩尽についてである。

  以上。情報量が多くかつかなりの駆け足で記述されている。個人的には、長くなってもいいのでもう少し言葉を費やした説明がほしいと各章で感じたが、関係者はこれでわかるのだろうか。
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制限付きの競争入札は情報コストを下げるので合理的だという

2022-12-02 10:06:23 | 読書ノート
渡邉有希乃『競争入札は合理的か:公共事業をめぐる行政運営の検証』勁草書房, 2022.

  日本の公共調達に残る競争制限的な要素について問う内容である。博士論文を書籍化したもののようで、頁数は200頁ほどで決して長くない。しかし、僕のような門外漢にはかなり難解な内容だった。結論はわかるのだが、論証の部分でかなりの知識が必要だったからだ。

  公共調達の方法として、随意契約と競争入札の二種類がある。近年では、前者は業者との癒着を生むとして忌避され、後者が推奨されてきた。しかし、日本の競争入札には、予定より低価格の入札については業者に対する調査が科せられたり、そもそも予定価格以下の入札業者が失格になったりすることがある。このような競争制限的なシステムは如何にして正当化できるのか、というのが本書の問いである。「競争的な制度でないことの合理性」が問われているのである。

  この目的のために調達する行政側へのアンケートや実際の競争入札のデータを用いた計量分析が行われる。この部分が難しくて、入札の仕組みや論理についてきちんと理解していないとどの事項が別のどの事項と相関しているのかよくわからなくなる。で、分析結果が著者の議論のどの部分を正当化しているのか混乱してしまう。だが一応結論はわかる。「制限のない競争入札で価格だけを基準とすると公共事業の質を保てない恐れがある。だが、すべての入札参加業者について情報収集するのは高コストになる。このため、最低基準を設けて応募業者を絞りこむ」というとのことだ。

  僕も地方自治体のパートタイム委員として、公共図書館の指定管理業者の選定に参加したことがある。それは本書で描かれた土木工事の世界とは異なるのだが、価格が重要な要件ではなかったことは確かだ。そこでは「総合的な評価」が求められたのだが、競争入札の純粋なコンセプトからは邪道であることを本書で知った。そして、そうした評価は調達する側にとって合理性があるとのことである。
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