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図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

2024年1月~4月に読んだ本についての短いコメント

2024-05-01 07:00:00 | 読書ノート
青山和夫, 井上 幸孝, 坂井正人, 大平秀一『古代アメリカ文明:マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像』(講談社現代新書) , 講談社, 2023.

  ヨーロッパ人に征服される前に中南米に栄えた古代文明の研究動向を伝える新書。個人的には、マヤ・アステカは文字ありでインカは文字なし、前者には人身御供の習慣があった、という以上の知識を持っていなかった。著者らは現地調査と遺跡の発掘に加え、キリスト教に改宗した後に現地民が記した、多分に偏見が含まれると思われる記録の再解釈を通じて、その実像をあぶりだそうとする。それぞれの文明の姿がある程度わかるというだけでなく、文明の発生に農耕は必須だが大河は必要ない、宗教は社会統合のために重要、といった一般的な歴史認識も得られる。

フランク・ウェブスター『「情報社会」を読む』田畑暁生訳, 青土社, 2001.

  再読本。Theories of the Information Society (Routledge, 1995)の邦訳だが、英語版は2014年に第四版が発行されている。著者は英国の社会学者である。情報社会の到来を革命的に捉える議論とそれを否定する議論に分けて、その意義を探っている。ダニエル・ベル、ギデンズ、ハーバーマス、ボードリヤールといった著名な思想家のほか、ハーバート・シラー、マヌエル・カステルといった日本ではあまり知られていない思想家も扱われている。著者自身は、情報社会はこれまでの資本主義社会の延長であって新しい現象ではないという立場に立っている。だが、資本主義社会に包摂されることが情報社会論にとって問題なのではなく、そこで優位に立つ企業や職種の入れ替わりが問題なのではないだろうか。このあたりへの言及がないわけではないが、深く追及されているわけではない。

佐野晋平『教育投資の経済学』(日経文庫) , 日経BP/日本経済新聞出版, 2024.

  教育経済学。入門書ではあるものの、中身はこの分野の研究レビューでなっていて、因果関係の論理にうるさく、新書にしては読むのに少々頭を使う。扱われているトピックは、人的資本論、シグナリング論、非認知能力、学級規模、授業時間、生徒間の影響関係、家庭・教員の影響、学校間競争、奨学金などである。これまでの研究でわかっているところとまだわかっていないところがさらりと明らかにされており、この分野の現状を通覧するのに優れているのではないだろうか。10年ぐらいのサイクルで新版が出ることを期待したい。

リリアン・H. スミス『児童文学論』(岩波現代文庫) , 石井桃子, 瀬田貞二, 渡辺茂男訳, 岩波書店, 2016.

  図書館員向けの児童文学批評。原書はThe Unreluctant Years (ALA, 1953)で、最初の邦訳は1964年である。著者はカナダ人で、トロントとニューヨークの図書館に勤めたことがあるとのこと。これまで読み継がれてきた児童書はなぜ名作だと言えるのか。それはこれまで読み継がれてきたからだ、というトートロジー的主張が時折出てくる。こう書くと駄目な本みたいだが、そういうわけではなく、絵本だとか歴史小説だとかジャンル別に児童書の評価ポイントを示した良い本である。大人でかつプロの評価が、子どもの嗜好と一致するわけではないということに注意して読むべきもの。

マーリン・シェルドレイク『菌類が世界を救う:キノコ・カビ・酵母たちの驚異の能力』鍛原多惠子訳, 河出書房新社, 2022.

  英国の生物学者による、菌類についての一般向け科学書。原書はEntangled Life (Random House, 2020)。菌類は植物でも動物でもない生物界の第三カテゴリであるが、その生態については十分調べつくされていない。菌糸を通して情報伝達をしているようだが、仕組みには不明な部分がある。植物(特に根の部分)と絡まりあって共生(寄生?)しているが、それぞれのメリットとデメリットがよくわかっていない。プラスチックなど人間にとっての有害物質を分解できるが、そうした能力を発揮させるための条件のコントロールが難しい。などなど、菌類研究のポテンシャルを列挙してゆく内容である。少々学術書寄りである。

貝塚茂樹『戦後日本教育史:「脱国家」化する公教育』(扶桑社新書), 扶桑社, 2024.

  教育制度やカリキュラムの変遷ではなく、その時代に論争となったトピックに関心を向けた日本の教育史。著者は道徳教育の専門家である。教育勅語、教科書裁判、国旗国歌、日教組、道徳教育、ゆとり教育など、字面を見ただけで面倒くさそうなトピックが並んでいる。論争の結果として行政側の対応がなされたのだが、その後の議論はどうなったのか。答えは、大した反対論もなく受け入れられ定着した、というのが著者の見立てである。
コメント
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