29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

統計学なしに相関と因果の違いを丁寧に解説する

2022-03-21 13:32:39 | 読書ノート
菅原琢『データ分析読解の技術』(中公新書ラクレ), 中央公論, 2022.

  統計表・グラフ読解術。しっかりした統計知識なしに、相関と因果の概念だけでデータ分析の結果をある程度に正しく解釈できるようにする、という野心的な試みである。目指すのは、誤った解釈に対して正しい分析結果を提示できるほどにはならないけれども、相関と因果の間にあるグラデーションを理解しており、強い因果を主張するような解釈に対して留保をつけることができる、というレベルである。著者は『世論の曲解』の政治学者。

  データ分析の例題を示して、どこが問題なのかを解説してゆくというスタイルで書かれている。例題は、地方創生政策と移住者数、交通事故と報道の量、特定の疾患と県民性、生涯未婚率と男余り率、新聞購読と学力、ほか著者の専門の選挙関連である。全体で8章あるが、ほぼすべての事例において因果関係に影響する隠れた第三の変数(書籍中では「交絡因子」)を見つけ出すというパターンとなっている。マスメディアで流布する安易なデータ分析のもどかしいところが、ほぼその点に集約されているということなのだろう。サンプリングの偏りや、分析者の意図(間接的にデータ分析を発表する側のメリットや立場から推定する)などの話も扱われているが、ほんの少しだけである。

  こういう本は挙げられた事例が興味を引くかどうかだが、「そんな相関関係は知らなかった」かつ「そこそこ関心があるトピックである」ということが多かったので、個人的には面白かった。また、結果に対する解釈だけに留めて、やっかいな分析過程の話を避けているので、統計学の知識がなくても読めるものになってはいる。文系学生の初年次教育に非常に役に立ちそうだ。
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イグノーベル賞系の研究紹介だが、対立する説も記す

2022-03-11 10:05:03 | 読書ノート
越智啓太『すばらしきアカデミックワールド:オモシロ論文ではじめる心理学研究』北大路書房, 2021.

  珍妙な主題を扱った科学論文を紹介する内容。エドゥアール・ロネの『変な学術研究』(早川書房, 2007.)や、サンキュータツオの『ヘンな論文』(KADOKAWA, 2015.)の系譜にある。トピックの例を挙げると、性的魅力が高まる条件、自撮りにおける顔の向き、気温の高さとトラブルの関係、ペットと飼い主の類似度、偽薬と知って摂取した場合の効果、社会的地位と注文するピザのサイズ、抽象画のタイトルと深遠さ、目の写真と不正の抑制、などなどである。

  理論には深入りせずに現象だけを記した軽薄な内容ではある。だが、トピックによっては対立する研究まで報告しており、そこはありがたい。例えば、アスリートは長生きするかどうかというトピックではメジャーリーガーの寿命を扱っているが、「メジャーリーグに在籍した」事実をどのように区切るかによって結果が変わることが示されている。「試験前には祖母が亡くなる」という笑い話は大学の先生にはよく知られているが、原著論文があってそのサンプリング方法には疑問があると指摘される。加えて、ある研究に対して反証となる研究を紹介したとき、「今後の研究の進展を待つ」というスタンスとなるのも好ましい。反証が一つでもあると、SNSでは「はい仮説は棄却されました」と短絡されることが多いけれども、そう単純な話ではないということだ。

  なお、副題で「心理学研究」とはなっているが、国別のノーベル賞受賞数とチョコレート消費量の関係の研究や、引用されやすい論文タイトルの研究など、医学や科学社会学領域の雑誌を掲載誌としている論文も少々混じっている。難しい内容ではないとはいえ、やはり最小限の統計学の知識、特にグラフに示される信頼区間の意味がわかる程度の知識があると読みやすい。あと、「論文のタイトルは短いほど引用されやすい」らしいので、研究者ならば知っておこう。
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フランスにおける小中高での作文指導、レベル高すぎ

2022-03-07 09:49:02 | 読書ノート
渡邉雅子『「論理的思考」の社会的構築:フランスの思考表現スタイルと言葉の教育』岩波書店, 2021.

  学校での作文指導を主題とした比較教育学。日米を比較した『納得の構造』の続編であり、副題で示されているとおりフランスが取り上げられている。著者は名古屋大学の教授である。

  日本の学校の作文指導においては、出来事を時系列に従って整理し記述することが好まれる。米国になると、結果を最初に提示してその後に原因となる出来事を列挙する、因果律に従った書き方が好まれる。フランスの場合はそのどちらとも違っていて、大学入試では「定立-反定立-総合」という構成の弁証法形式での記述試験があるという。

  本書の例に従えばこう。「国家への服従の義務はあるか」という主題に対しては、国家が不正である場合は義務ではないと反論する。しかし、自由な意志にもとづいて服従を受け入れることもありうるので、国家への服従は意志に従う、と総合される。なんだか答えをズラされてしまった印象があるが、最初の問いの問題設定に従ってストレートにyes/noで回答するのはフランスでは思考が浅いとみなされるらしい。作文が、反対意見に対して十分に配慮しつつ、回答することを投げ出さずに一定の結論を得るまで粘り強く思考するという訓練となっている。

  要求されている水準が高すぎるように見える。生徒の多くが望ましいレベルを達成できるのだろうか、と疑問がわいてしまう。この点についてはやはり批判があるようで、小中高と長期間、段階的にトレーニングしても、大学入試の作文において議論を「総合」する箇所で「不自然な和解」または「安易な妥協」を繰り出すだけのまま、ということはしばしばあるようだ。そうであるとしても、政治に参加するうえでの正しい議論の形式としてフランスでは重視されているという。

  以上がその内容。なんのための作文訓練なのか──フランス共和国の市民となるためだ、というはっきりした目的意識があるという点は興味を引いた。フランスの人文学の伝統の上に築かれた作文思想であり、著者が記すように真似することは難しいように見える。しかし、哲学・文学・歴史と細分化・専門家してしまった日本の大学の人文学を再考する上でヒントがあるとも思う。
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自由を重視するあまり共同体が立ち行かなくなる

2022-03-01 09:39:23 | 読書ノート
マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング『リバタリアンが社会実験してみた町の話:自由至上主義者のユートピアは実現できたのか』上京恵訳, 原書房, 2022.

  米国北東部の田舎町で試みられた「リバタリアンによる統治」の顛末記である。原題はA libertarian walks into a bear: the utopian plot to liberate an american town (and some bears) (‎ PublicAffairs, 2020.)で、表紙にもシルエットが描かれていることからわかるように、野生の熊対策が話の鍵になっている。著者はジャーナリストである。

  舞台はニューハンプシャー州のグラフトン郡。2003年に町に移住してきたあるリバタリアンが、インターネットで同じ思想を持つ者に移住を呼び掛けて「フリータウン・プロジェクト」が始まった。リバタリアンらにとって、あらゆる政府は悪であり、納税は拒否すべきもので、公務員は追い返したりやっかいな議論をふっかけたりする対象であった。町の消防はボランティア労働、図書館は週一日三時間だけの開館、保安官にはボーナスを与えないこととなり、近隣の郡では普通の水準の公共サービスは提供されなくなった。一方で、州政府による自然保護政策によって野生の熊が増加し、グラフトン郡にも出没するようになる。州の鳥獣局に従って合法的に駆除しなければならないのだが、リバタリアンらは州政府と関わりたくない。さて彼らはどうしたか──。

  というのが話の基本線で、リバタリアン思想は、町を発展させなかったばかりか、酷い状態に留め置いたというのが本書の結論である。リバタリアンらは、ビジネスを興すわけでもなく、税金を払わないので郡の財政には貢献しない。彼らは協力行動ができないだけでなく、人間関係の調整も不得意なためトラブルが頻発し、町がギスギスする(著者のようなジャーナリストの取材を避けるために銃の存在をにおわせる等)。

  読んでみるとわかるが、リバタリアニズムに惹かれるような人物には、何か人格的な欠陥があるかのように見える(実際にトキソプラズマへの感染を暗示する章もある)。リバタリアニズムを信奉する学者が理想とするような、「長期的な利益のために協力行動することも厭わない」ような理性的なリバタリアンは出てこない。自らの主義主張のために一切の妥協を拒否する頑迷な人物ばかりである。こういう人が隣人となって共同体が崩壊するのはよくわかる。公共の福祉よりも個人の自由をとことん重視するとこうなる、というのが楽しく理解できる良書である。
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