アマルティア・セン『不平等の再検討:潜在能力と自由』池本幸生, 野上裕生, 佐藤仁訳, 岩波現代文庫, 岩波書店, 2018.
不平等論。言葉遣いは平易ではあるが、経済学から倫理学を横断してゆく内容で、抽象度は高い。原書は1992年のInequality reexamined (Oxford University Press) で、邦訳は1999年に岩波書店から発行されている。最初の邦訳では三人の訳者それぞれが解説をつけていたが、2018年の文庫版は解説がもう一つ追加されて計4本となっている。
冒頭は、なぜ平等が必要なのか、平等じゃなくてもいいのではないか、という疑問に対しての反論である。近年のまともな政治哲学はみな「何か(効用やら権限やら自由やら)」の平等を扱っており、平等であるべきことは議論の前提であると返す。読者としてこの返しは前記の疑問に対する十分な反論だとは思わないが、本書の論点としては重要なところではないのだろう。
その後は、何の平等であるべきか、の話が中心となり最終章まで議論が続けられる。これまで所得や基本財(=権利)が平等のために分配または再分配されるべきものと考えられてきた。しかし、そうした資源を補填しても、不遇な境遇のゆえにそれをうまく厚生に転換できない者がいる。不遇な境遇としては、長年の貧困、障害、女性がイメージされている。彼らに対して、capability(潜在能力)アプローチを採ることで、厚生が改善されるはずだと著者はいう。
このケイパビリティ概念は謎めいていて、どうやって測定するのだろうというのがまず疑問だ。行政は人がケイパビリティを発揮できない環境に置かれているかどうかの判定をできるのだろうか。障害、ジェンダー、マイノリティのような一目瞭然のケースもあるが、それだけだとアイデンティティ・ポリティックスと変わらない。著者の議論の射程はそれを含むとしても、それだけに留まらないだろう。
あまりに射程が広いと再分配の原資の問題も起こりそうだ。対象者が多いと、各々がケイパビリティを100%発揮するために使用できる社会的な資源は少なくなり、全員が50%分で満足しなけれならなくなるかもしれない。このような不十分な達成は正当化できるのだろうか。
以上のようにケイパビリティは未完成の概念ではあるが、その点は著者も認めている。未完成ながら魅力のある概念であり、言及する論者は多い。登場して20年以上経ている概念であり、進展はなかったのだろうか。このあたりは個人的に調べてみたい。
不平等論。言葉遣いは平易ではあるが、経済学から倫理学を横断してゆく内容で、抽象度は高い。原書は1992年のInequality reexamined (Oxford University Press) で、邦訳は1999年に岩波書店から発行されている。最初の邦訳では三人の訳者それぞれが解説をつけていたが、2018年の文庫版は解説がもう一つ追加されて計4本となっている。
冒頭は、なぜ平等が必要なのか、平等じゃなくてもいいのではないか、という疑問に対しての反論である。近年のまともな政治哲学はみな「何か(効用やら権限やら自由やら)」の平等を扱っており、平等であるべきことは議論の前提であると返す。読者としてこの返しは前記の疑問に対する十分な反論だとは思わないが、本書の論点としては重要なところではないのだろう。
その後は、何の平等であるべきか、の話が中心となり最終章まで議論が続けられる。これまで所得や基本財(=権利)が平等のために分配または再分配されるべきものと考えられてきた。しかし、そうした資源を補填しても、不遇な境遇のゆえにそれをうまく厚生に転換できない者がいる。不遇な境遇としては、長年の貧困、障害、女性がイメージされている。彼らに対して、capability(潜在能力)アプローチを採ることで、厚生が改善されるはずだと著者はいう。
このケイパビリティ概念は謎めいていて、どうやって測定するのだろうというのがまず疑問だ。行政は人がケイパビリティを発揮できない環境に置かれているかどうかの判定をできるのだろうか。障害、ジェンダー、マイノリティのような一目瞭然のケースもあるが、それだけだとアイデンティティ・ポリティックスと変わらない。著者の議論の射程はそれを含むとしても、それだけに留まらないだろう。
あまりに射程が広いと再分配の原資の問題も起こりそうだ。対象者が多いと、各々がケイパビリティを100%発揮するために使用できる社会的な資源は少なくなり、全員が50%分で満足しなけれならなくなるかもしれない。このような不十分な達成は正当化できるのだろうか。
以上のようにケイパビリティは未完成の概念ではあるが、その点は著者も認めている。未完成ながら魅力のある概念であり、言及する論者は多い。登場して20年以上経ている概念であり、進展はなかったのだろうか。このあたりは個人的に調べてみたい。