29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

米国におけるレンタルビデオ店の栄枯盛衰史

2022-05-24 14:56:37 | 読書ノート
ダニエル・ハーバート『ビデオランド:レンタルビデオともうひとつのアメリカ映画史』生井英考, 丸山雄生, 渡部宏樹訳, 作品社, 2021.

  米国ビデオレンタルの社会史。関係者へのインタビューが中心で、1970年代後半の創成期から、オンデマンド・サービスに取って代わられる2000年代後半の衰退期までの変化を描いている。原書はVideoland: movie culture at the American video store (University of California Press, 2014)である。著者は、複数のレンタルビデオ店でのアルバイト経験を持つ社会学者である。

  ビデオレンタルが登場する以前の1960年代から70年代にかけて、映画に接するには映画館かテレビ放映のルートしかなかった。その上映期間や日時および放映時間帯は限られており、観るタイトルを気軽に選択できるものではなかった。しかし、70年代後半に家庭用ビデオ機器が登場したことで、80年代から90年代にかけてビデオレンタル店が多く開業し、好みの映画を選ぶという行為が米国人にとって普通になる。ビデオレンタル店は、映画館以上に、個々人の「趣味」の形成を促すものとなった。ただし地域差もあって、都会では名画専門店やB級専門店が多様なニーズを満たす一方、保守的な地域にあるレンタル店ではアダルトビデオコーナーを設置できなかったという。

  80年代には個人経営のレンタル店が多く誕生したが、90年代以降それらは大手グループに統合されていった。しかし、安価なセルDVDが1990年代末に登場すると、借りるのではなく「買う」という消費形態が広まり、レンタル業界は打撃を受ける。さらに00年代後半になるとNeflixなどのオンデマンドサービスが普及し、レンタル店の廃業が加速することになる。このほか、流通業界や映画カタログ(カタログ誌からimdbなどデータベースの話につながってゆく)への言及もある。

  以上。ブルデューなどの名前も出てくるが、衒学的な雰囲気はなく、わかりやすく記述されているのが好ましい。一方で、映画についての詳しい解説はまったくないので、出てくるタイトルや人物名が分かった方が楽しめる(例えば『イレイザーヘッド』など)。まあ、わからなくても読み進めることはできるのだが。ハードウェアの変化が消費にどのような影響を及ぼすかを描いており、出版関係者ならば身につまされる話だろう。図書館との比較もちょっとだけある。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中高生に対して学校の意義についてやさしく解説する

2022-05-13 11:48:40 | 読書ノート
広田照幸『学校はなぜ退屈でなぜ大切なのか』 (ちくまプリマー新書), 筑摩書房, 2022.

  教育学。中高生または先生を対象に、学校で教育を受けることの意味を平易に説くという内容である。「平易に」という点は強調しておきたいところだ。プリマ―新書シリーズには平均的な中高生には難しい内容のタイトルがたまに含まれているから。なお、僕は発売されてすぐに書店で見かけて本書を購入したのだが、その翌日に著者と職場で会って献本を頂いた。というわけで今、僕の手元に二冊ある。

  まずは実体験とは異なる抽象的な知識の意義についてである。学校以外の場でも教育はあり、また学びもある。経験による学びは印象が強烈である。一方で、学校知は児童生徒の生活や経験に直接結びつくことが少なく、その獲得は退屈で不確実である。「しかし…」と著者は議論を展開させる。経験からもたらされる意味の解釈は、すでに持っている知識に依存している。事前知識がなければ、経験から得られる知を、その文脈から切り離して、汎用性の高いものに変えてゆくことはできない。その事前知識として学校知が機能する、という。

  もちろん学校にはいろいろ問題がある。過剰な学歴獲得競争、成績の序列化がもたらす格差や不平等、無意味な校則、おしつけがましい道徳の授業──ただし「道徳の内容が個人主義的であり、望ましい社会についての議論がない」という点が批判されている──などである。著者はこれらの弊害についていちいち指摘してゆくものの、制度改革について立ち入って議論するのではなく、中高生読者に向けてとりあえず現状を解説しておこうというスタンスで筆を進める(トピックによっては現状にもメリットがあるともいう。例えば「学歴獲得競争の結果、人的資本が高まることがある」など)。

  以上。学校制度に厳しすぎることも優しすぎることもなく、まっとうでバランスのとれた教育論でとなっている。「学校に関係する不満の解消」とまでは言わないけれども、「適度な不満の持ち方を身につけることができる」とでも言おうか。教育関係の議論は極端になりがちで、ネット言論の世界では「日本の教育なんかオワコンだから、自分の子どもに英才教育(STEMと英語限定)を施して海外の大学に送り込め」みたいなのがトレンドになってたりする。それと比べれば本書はとても穏健に思える。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エビデンス・ベースド・育児の書だが、わからないことも多い

2022-05-08 10:56:22 | 読書ノート
エミリー・オスター 『米国最強経済学者にして2児の母が読み解く子どもの育て方ベスト』堀内久美子訳, サンマーク出版, 2021.

  育児書。『医者さんは教えてくれない妊娠・出産の常識ウソ・ホント』の続編であり、経済学者である著者が、乳児から幼児にかけての子どもに関する医学・発達心理学の研究をレビューして、適切な育児法を指南するという内容である。著者は働く二児の母だが、本書は専業主婦も対象としている(母親の就業に関するトピックがあり、アドバイスはニュートラルだ)。原書はCribsheet: a data-driven guide to better, more relaxed parenting, from birth to preschool (Penguin, 2019.)である。

  単に科学研究を参照しているというだけでなく、データ分析家として複数の研究結果のエビデンスを評価しているところが、「科学的育児」をうたう他の書籍との大きな違いである。育児におけるある種の処置の影響は、他の要因をコントロールしたときに本当に「ある」と言えるのか、あるとすればどの程度か、という具合だ。と、このように記すと硬い学術書かのように見えるかもしれない。けれども、実際は著者の育児体験談の話も交えて読みやすく書かれている。ただし、エビデンス評価の論理について、読んでわかるようさらっと説明が施されているけれども、それほど詳細ではない。だがそこがよくわからなくても、各章の最後にまとめられているアドバイスを一瞥するだけでもそこそこタメになるはずだ。

  トピックとしては、寝かしつけ方法、添い寝か別室寝か、母乳育児、離乳食、トイレトレーニング、しつけ、テレビ視聴、就学前教育における教育方針、などなどが取り上げられている。乳児段階のトピックでは「この方法がいい」というのがはっきり示される。その目的が睡眠時間など直近で計測できる事柄だからだ。しかし、子どもの月齢があがってゆくと「悪いと言える方法はこれ。世間で言われているある種の育児法には効果がない。しかし、研究不足もあって明確に良いと言える方法はわからない」という結論にしばしばなる。直近の育児手法の目的となるのが、学齢期になってからの学力など多数の要因が関わる長期の結果だからだ。このため、後半のトピックでは、「わからないことが多いのだから親のストレスが少なる方法を採用すればよい」というスタンスとなってゆく。

  というわけで、全体としては「親が気分が良ければ子どもの気分もたぶん良くなるのだから、最悪のことだけを避けてあとは自分が気持ちの良いと思える育児をしなさい」という方向に進んでゆく。育児は楽におやりなさい、というわけだ。僕の子どもはもう高校生だが、彼女が生まれた時に読んでおきたかったな。なお、就学時の問題を扱ったThe family firm (Penguin)というさらなる続編が2021年に発行されていて、早く邦訳されることを期待する。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする