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図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

社会の流動性が高まったのに「まだまだ」と気を引き締める英国階級本

2023-06-30 10:33:08 | 読書ノート
マイク・サヴィジ『7つの階級:英国階級調査報告』舩山むつみ訳, 東洋経済新報, 2019.

  英国民の階級分析。昔ながらの中流・労働者階級という分け方──月給か週給かで分割されたとのこと──ではなく、職業だけでなく、学歴、所得、資産、文化資本、社会関係資本、居住地といった要素も考慮しているのが新しいところである。原書はSocial Class in the 21st Century (Pelican, 2015)で、2011年~13年にかけてBBCの協力のもとに行われた「英国階級調査」の分析結果の一般向けの報告書である。回答者は32万5000人にのぼったとのこと。

  統計分析の結果、英国民はエリート、確立した中流階級、技術系中流階級、新富裕労働者、伝統的労働者階級、新興サービス労働者、プレカリアートの七つに分けることができたという。社会関係資本はパットナムではなくブルデュー寄りの解釈が与えられており、エリート層が再生産のために使う「コネ」としてネガティブに捉えられている。文化資本の領域では、高尚な文化と新興文化の対立があって、年齢が関わっている。プレカリアートはアンダークラスとかチャヴなどと呼ばれることもある層である。移民は新興サービス労働者に分類されることが多い、などなど。このほか大学間格差や、首都ロンドンの圧倒的優位などについても言及がある。

  著者は特にエリートとプレカリアートに注目して、格差の拡大に注意を払うように読者を促している。この最上位層と最下位層に比べれば、他の五つの階級の間の違いはあいまいだとのことだ。しかし、格差を嘆くのとは別の見方もできる。過去に比べて階級の分類が複雑になり、中間の五つの階級の間を隔てる垣根が低くなっているということは、社会の流動性が高まった結果だろう。それは1990年代から00年代にかけての英国の経済成長の成果であって、否定的に捉えるだけでは一面的すぎるという印象である。もちろん、経済成長があれば格差も拡大するので、それへの対応が必要だという話はわかるけれども。
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日本の10代がどのような本を好むのかについて詳しい

2023-06-28 17:34:48 | 読書ノート
飯田一史『「若者の読書離れ」というウソ』 (平凡社新書), 平凡社, 2023.

  日本の若年層の読書についてのレポート。著者は出版産業に詳しいライターで、『ライトノベル・クロニクル2010-2021』などを書いている。タイトルにあるように、「若者の読書離れ」というのは確認できず、雑誌の不読率の上昇を除けば、高校生や大学生の書籍の不読率は成人のそれと変わらない程度でずっと推移しているという。むしろ、小中学生の読書は昔より盛んになっており、行政の支援やら朝の読書やらはそれなりに成果を挙げているとのことである。

  ただし、読書離れの話は全体の1/4程度の話題にすぎない。残りの3/4は、中高生が実際に読んでいる本の特徴の分析で、これが面白い。ジャンルを問わず、「エモい」とか「子どもが大人に勝つ」などの四つの要素のうちどれかが含まれている必要があるとのこと。具体的なタイトルの分析もあって、『星のカービィ』『化物語』シリーズ、東野圭吾、『夢をかなえるゾウ』などなどが俎上にのせられている。例えば、『人間失格』は、主人公は単なるダメ人間ではなくて、読み手の自尊心をくすぐるような特別性を備えているので今に至るまで読み継がれているという。

  以上、最近の10代の読書傾向を知る上で大変ためになった。かつて娘に勧められて話題のミステリーを数冊読んだことがあるが、いずれもつじつまがあってなくてミステリーとして破綻していると感じたものだ。推理そのものの完成度よりも、著者の挙げる四要素のいくつかを含んでいたから10代の娘には刺さるところがあったのだろう、と本書を読んでみてわかった。
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海外出版事情の論文集だが、たぶん図書館では禁帯出になる

2023-06-24 09:25:00 | 読書ノート
A.Phillips, M.Bhaskar『オックスフォード 出版の事典』植村八潮, 柴野京子, 山崎隆広監修, 丸善, 2023.

  海外出版事情。「事典」とタイトルに記されると項目毎に簡便な説明が入っている様式を想像してしまうが、原書のタイトルはThe Oxford Handbook of Publishingすなわちハンドブックであり、一つ一つの記事は20頁弱ある。つまり全25章の論文集として読むことができる。図書館に買ってもらうために「事典」としたというのが出版社の思惑なんだろうけれども、もし所蔵する図書館があれば貸出可能にしてほしいところだ。が、この価格(税込26,400円)だと持ち出して紛失されるとダメージが大きいか。

  扱っているトピックは、出版の歴史、著作権、商業出版の市場、学術出版、教科書市場、マーケティング、図書館、などなど。収録記事の間で話題が重複していたり(著作権)、あるべきトピックが抜けていたりして(古書市場)いて、完璧に編集されているという印象はない。だが、学術出版や教科書出版のデジタル化の動向に詳しいのは良い点である。特に、出版ビジネスの章におけるお金の話は興味深い。本書によれば、初版30万部クラスの小説で希望小売価格29ドルの場合、出版社の取分は53%で一冊につき15ドル程度だという(p.194-195)。53%というのは業界標準とのことで、日本の出版社の7割弱と比べればかなり低い。あちらでは小売での値引きがあるので、希望小売価格が高めに設定されているのだろう。このほか日本人にはよくわからない「出版エージェント」の解説や、英国で再販制を止めたら小規模な小売書店が活性化したなどの話もある。全体としては、電子書籍販売とそれに伴う自費出版の増加が、今後の出版を大きく変化させてゆくだろうという予想を打ち出している。

  以上、海外の──といっても主に英米の──出版動向が掴める内容である。高価なので個人購入向きではないものの、興味のある記事を図書館でコピーして読めばいいと思う。
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労働時間や勤務地の限定も「ジョブ型」に含めた雇用改革論

2023-06-07 09:31:49 | 読書ノート
鶴光太郎『日本の会社のための人事の経済学 』日経BP , 2023.

  経営論。メンバーシップ型雇用が主流の日本企業に対して、「広義のジョブ型」雇用のメリットを説き、その導入をどう進めたらよいかについて解説している。著者は慶應義塾大学の先生で、以前『性格スキル』をこのブログで紹介したことがある。

  「広義のジョブ型」とはなにか。「メンバーシップ型」というのが、会社から与えられた仕事を何でもやるというだけでなく、労働時間と勤務地についても会社の指示に従わなければならず、その見返りとして終身雇用があるという雇用形態だった。これに対置される「ジョブ型」は、厳密には職務内容が限定されているという特徴に留まる(狭義のジョブ型)。著者はこの概念を拡張し、職務限定または労働時間限定または勤務地限定のいずれかに該当する雇用形態を「広義のジョブ型」と定義する。職務内容の限定は日本企業ではいろいろ導入が面倒くさいが、労働時間と勤務地の限定は容易で、かつワークライフバランスを求める労働者から需要があるというわけだ。なお「広義のジョブ型」もいちおう正社員であるものの、年功序列型の賃金とはならない。その導入方法であるが、ジョブ型の採用枠を設けるというだけでなく、メンバーシップ型雇用者からジョブ型に転身できる制度も作るべしとのことである。

  以上。職務に焦点を充てた「狭義のジョブ型」論の文脈では、労働者の側はジョブ型に適合するような専門スキルを「自力で」獲得する──異動する可能性があるので会社は訓練費用を負担しない──必要があるわけで、そうなると高校や大学がそれに合わせるべきか、というのがこれまで議論されてきた。「広義のジョブ型」論では労働時間や勤務地が焦点になるわけで、そうするとジョブ型社員とメンバーシップ型社員の間には労働技能の点で違いがないことになる。確かに日本企業にとって導入しやすいと考えられるが、一方で両者の待遇の差を合理的に説明できるのだろうか──すなわち、裁判になったときに経営側が勝てるのか?
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少人数学級は効果がありかつペイするという。

2023-06-02 08:54:00 | 読書ノート
北條雅一『少人数学級の経済学:エビデンスに基づく教育政策へのビジョン』慶應義塾大学出版会, 2023.

  少人数学級の効果の検証。統計データが用いられているものの、詳細は省かれており簡易な表現にまとめられている。専門書ではあるが、広く読者にアピールする狙いなのだろう。著者は駒沢大学の教授である。

  第1章で、先行研究のレビューおよび著者自身の研究から、少人数学級には効果があることが示される。標準偏差を1としたとき、おおよそ0.1程度の学力の向上が見られるとのことである。その上昇幅は、社会経済的地位の低い家庭出身の子どもほど大きい。しかし、少人数学級には効果があるというのはすでに知られている話で、問題は費用対効果が低いということだったはずである(例えばハッティ (2018))。この疑問に対して、さらに著者は費用対効果を計算することで答えている。いくつかの仮定を置いた推計によれば、教員の人件費増加分に比べて児童の将来の収入の増加分のほうが高くなるので、少人数学級はペイするという。このほか、少人数学級によって児童の非認知能力が向上し、また教員の負担が減るというメリットもあるとのこと。

  以上のように、本書では少人数学級の導入が支持されている。ただし、著者が懸念しているのは学級数増加に伴う採用の問題で、採用数を増やせば教員の質の低下が起こる可能性がある。前述のハッティもOECDのシュライヒャー (2019)も少人数学級よりも質の高い教員の方を重視している。とすると、次の課題は、質の高い教員の採用(すなわち待遇改善)と少人数学級のどちらがコスパが良いかを検証することになるのだろう。
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