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ヨーロッパ各国による移民大量受入れの帰結

2019-12-26 09:12:13 | 読書ノート
ダグラス・マレー『西洋の自死:移民・アイデンティティ・イスラム』町田敦夫訳 東洋経済新報, 2018.

  欧州の現状のレポート。タイトルからヨーロッパ衰退の兆候全般を扱う広い内容かと想像したが、焦点を移民に、とくにムスリム移民に絞った内容だった。著者は英国のジャーナリストで、原書はThe strange death of Europe : immigration, identity, Islam (Bloomsbury, 2017.)で、邦訳では2018年のペーパーバック版のあとがきと、中野剛志による解説が付されている。500頁以上ある大著だが、政治家や官僚・イスラム団体の要人らの公式および非公式の発言、移民へのインタビュー、新聞報道された事件の記録で多くを構成しており、思弁的な内容ではない。

  20世紀半ばから、ヨーロッパ各国は移民を大量に受け入れてきた。しかし、受け入れを支持してきたエリート層の期待は外れて、彼らは受入れ先の国の文化に同化してこなかった。その逆に、「堕落した」消費社会を憎む過激派によるテロが広がっているだけでなく、暴力事件や、女性・LGBT・ユダヤ人への差別も近年、目に付くようになってきている。ムスリムの中の穏健派でさえも、西欧的=世俗な価値観の受け入れを拒否して、宗教的な生活を優先し、リベラル・デモクラシーから距離を置いているという。彼らは将来人口面で旧ヨーロッパ人を圧倒してしまうことになると予言されている。

  なぜこのような状況を招いてしまったのか。著者は、ヨーロッパ各国のリベラル思想、ナチスの行為への贖罪(これがドイツの外にも広がっているらしい)思想の混交のせいだという。移民反対派がムスリムという属性を取り上げると、「人種差別だネオナチだ」とレッテルを貼って批判を封じてきた。それだけでなく、暴力的な報復も現実に起こっており、恐怖のために報道や言論の自由が損なわれているらしい。こうした結果、古くから住む住民のほうが、来たばかりの移民から「この国が嫌ならば出てゆけばいい」と言われる倒錯した状況が生まれているという。

  加えて、根拠なき楽観という原因もある。移民問題は20年以上前から報道されてきた。しかし、「ヨーロッパの指導者層は長年、何の対策もしてこなかった」と著者は指摘する。彼らには西欧的な「自由」の魅力に対する過信があって、全人類がそれを求めるだろうと勘違いしていた、と。神への服従を優先して自由を至上としない大きな集団が存在することを認識できなかったのだ。

  以上。一方的なところはあるのだろうけれども、現象の一面を捉えてはいるのだろう。個人的には、移民問題そのものよりも、「道徳的な優位」を誇示したがるインテリ層のメンタリティのほうが気になったしまった。余所者に対する一般庶民の素朴活直観的な警戒感を、「大量虐殺につながる」というロジックでねじ伏せねばならないという使命感はいったいどこから来るのだろうか。
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1 コメント

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Unknown (Hiroshi)
2019-12-27 08:45:04
ご存知かと思いますが、かなり早い時から移民の問題を重要視していた人物にE. Toddがいます。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3892/trackback

1990年に出した大著、『新ヨーロッパ大全』で西欧の中近代史を俯瞰した彼には、次の大きな問題がこの移民であるとの確信があったようです。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/15/trackback

この本の最後に以下のように述べていたのが印象的でした。

『…イデオロギーが消え去ろうとするまさにその時に、新たな人間集団が外から来て住み着いたことによって、階級とは何か、民族とは何かという定義を巡る本質的な問題が突きつけられることになったのである。流石の歴史も、これほどの策謀と悪意と倒錯を見せた事は無い… 下巻p342-3』

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