熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

映画:ローレンス・オリヴィエの「ヘンリー5世」

2010年04月17日 | 映画
   先日、NHK BS2で、ローレンス・オリヴィエ監督主演のシェイクスピア戯曲「ヘンリー5世」の映画を放映していて、一にも二にも、シェイクスピア・ファンであるから、存分に、楽しませてもらった。
   1944年の制作だが、丁度、イギリスがナチス・ドイツと対峙していた時で、イギリス政府が、国民の戦意と志気を高めるために、ローレンス・オリヴィエに頼み込んだと言う。
   ヘンリー5世の評価については、多々あるのだが、一応シェイクスピアは、中世時代の騎士の鏡のように崇められている英国で最も人気の高いヘンリー5世が、王位継承が定かではないフランスから、テニスボールの贈り物で煽られて、劣勢にも拘らず、フランスに進軍して、アジンコートの戦いで勝利して、フランス王をも継承して、王女キャサリンを王妃に迎えると言う物語をオーソドックスな戯曲にした。
   イギリス人としては格好の物語で、兎に角、ロンドンにまで空襲を受けた戦況下で、大変な人気を博したと言う。
   兎に角、若くて溌剌としたオリヴィエのヘンリー5世の威容と凛々しさは格別で、こんなに男前俳優であったのかと驚くほどである。

   この映画の冒頭は、14世紀と思しき当時のロンドンの上空からの俯瞰撮影から始まり、サウスバンクのグローブ座にフォーカスして劇場の様子を映し出す。
   あの「恋に落ちたシェイクスピア」の劇場シーンと良く似ているのだが、この時には、現在の復元成ったグローブ座が出来上がっていた。
   しかし、このオリヴィエの映画は、70年近くも前の作品なので、当時の学問的な考証も経ての集大成の舞台だったのであろうが、歴史的にも貴重な映画にもなっていて面白い。

   このヘンリー5世は、この口絵写真のように、この戯曲の冒頭から途中、すなわち、ヘンリー5世が、軍団を引き連れてサザンプトンを出航するするところまでは、このグローブ座でのシェイクスピア劇として演じられており、その後は、映画として撮影されて、最後には、このグローブ座の舞台で幕を降ろすという趣向なのである。
   オリヴィエ・ヘンリー5世の左手には客席が映っていて、手前には、平土間の立ち見客の帽子頭が映っているのだが、当時の雰囲気を物語っていて興味深い。
   もう少し付け加えると、平土間と1階席は安くて、2~3階などの上の方が上席なのだが、上の観客の方が身なりが良いのが分かるであろうか。(小さい画面なら、写真をクリックすると拡大。)
   
   この映画は、楽屋裏での役者たちの出番待ちの様子や立ち働く人々の姿など興味深いシーンを映しているのだが、2階の音楽隊の様子や劇の進行等は、今のグローブ座でも継承している。
   私自身は、まだ10回程度しか、このグローブ座での観劇の機会はないのだが、途中で雨が降り出して右往左往する平土間客の様子などが映っていて、今はビニールを被るのだが、日照りに困って紙の帽子を被って日除けするなど、青天井の劇場では、今も昔も同じなのを思い出させてくれて面白い。
   この映画でも、何度も、序詞役が、物語の展開を語りながら「×××と想像してくれ」と言うように、狭い舞台に世界中を詰め込み、場面展開が激しいのに舞台が殆ど変わらないシェイクスピア劇では、観客の想像とイメージ作りが必須なのである。
   何しろ、青天井で陽がカンカンと照り付けている舞台で、ハムレットの漆黒の闇の舞台を演じるのであるから、当然のことで、シェイクスピアは観に行くのではなく、聴きに行くのだと言うのは正に至言である。 

   さてこの映画だが、オリジナルのシェイクスピアからは大分台詞など省力されて簡略化されているのだが、やはり、シェイクスピア役者として第一人者のオリヴィエだけに、国威発揚の映画と言うに止まらず、シェイクスピア戯曲の値打ちを映画芸術を通して観客に叩けつけており、その後のシェイクスピア映画の先鞭をつけた。
   この映画では、ノミネートされただけだが、次のハムレットでは、オリヴィエは、オスカー賞を獲得している。
   面白いのは、シェイクスピア役者としてのオリヴィエの真価が分からなくて、1930年、23歳で契約したハリウッドのRKOスタジオが、ロマンス劇に出演させて失敗し、その後、映画界が、20年近くもオリヴィエを忘れ去っていたことである。
   この映画でのオリヴィエのシェイクスピア役者としての雄姿に惚れ惚れするが、アジンコートの戦いへ出陣する前に、士気の高揚のために全軍に戦いを鼓舞する演説など、滔々と流れる素晴らしい叙事詩を聞いているようで、正に感激であったが、台詞回しの上手さは抜群である。
   終末でのフランス王女キャサリンを口説き落とす様子などは、正に、一転してメロドラマ風となり、先に結婚にこぎつけたビビアン・リーとの幸せな生活を髣髴とさせて面白かった。 

   この映画の見せ場でもある戦争シーンは、当時としては大変な意気込みであったのであろう、フランス軍の騎馬部隊がイギリス軍に向かって突進する連続シーンの迫力など抜群であった。
   当時の生活場面での風景などは、丁度ピーター・ブリューゲルの絵を見ているような感じで、フランスの城や町の遠望などバックの風景は、当時描かれていた歳時記の挿絵や絵画を移し変えたようなメルヘンタッチで展開されていて、正に、昔々の物語になっていて楽しませてくれた。

   ところで、私は、ストラトフォード・アポン・エイボンやロンドンで、半分以上のシェイクスピア劇を観ているが、残念ながら、このヘンリー5世は、まだ、観劇の機会はない。
   しかし、はじめてロンドンのバービカン劇場で観たシェイクスピア劇は、この前のヘンリー4世三部作で、無頼漢のフアルスタッフと放蕩の限りを尽くしていた王子ハル時代のヘンリー5世を観ている。
   この売春宿に入り浸り追剥ぎまでした放蕩三昧のハル王子が、即位すると、一切過去から決別して清廉潔白となったと言う、このヘンリー5世とのその落差の激しさ。
   このオリヴィエ版ヘンリー5世では、見捨てられたファルスタッフが、意気消沈して寂しく死んで行く姿が描かれているのだが、このファルスタッフが、エリザベス女王陛下の希望とかで、「ウィンザーの陽気な女房たち」で、色事師として復活して、シェイクスピアのキャラクターでは、全英一の人気者だと言うのだから、兎に角、シェイクスピアは面白い。
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