熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

(21)オペラ座の怪人を観る その1

2021年05月31日 | 欧米クラシック漫歩
   1992年にロンドンで書いた「欧米クラシック漫歩」を久しぶりに再開する。

   ロンドンに居たとき、ハー・マジェスティーズ・シアターに4回通って、「オペラ座の怪人」を鑑賞している。
   ロンドンの場合、当時、この「オペラ座の怪人」以外にも、「ミス・サイゴン」「レ・ミゼラブル」「キャッツ」などと言った比較的人気の高いミュージカルが、ウエストエンドからコベントガーデンの劇場にかけてロングランで上演されていたが、チケットの取得が困難で、数ヶ月前から予約をしなければダメであった。
   尤も、数倍のプレミアム料金を払えば、取得は出来るが、行きずりの旅行者などでない限り馬鹿らしいと思う。通になると、開演数分前に劇場の窓口に行って、ダフ屋を叩いて、額面価格で取得するのだと聞いたことがある。

   さて、この時は3回目の鑑賞のときであったのだが、直前になって、チケットがなくなっているのに気づいて大慌てした。
   そのチケットは、前年の4月、すなわち、10ヶ月も前に手配をしていたので、それまで、随分、あっちこっちの劇場やコンサート会場に通っていた所為もあって、大切だと思いながら置き場所を忘れてしまったのである。
   本来なら諦めてしまうのだが、英国の場合には、クレジット・カードでチケットを買っているので、その公演がキャンセルされたりキャストが変更されたときなど連絡が来るのを思い出した。前年の4月に、10月10日と翌年の2月21日にそれぞれ3枚ずつ、ボックス・オフィスで、クレジットカードで予約したので、必ず、本人を特定できる記録が劇場のコンピュータに残っている筈だと思ったのである。ダメ元で、チケットの再発行が可能かどうかを、秘書を通じてボックス・オフィスに照会したら、色よい返事が返ってきた。

   ベソをかいていた「オペラ座の怪人」ファンの小学生の次女をつれて、半信半疑で、ボックス・オフィスに行き、クレジット・カードの記録を示し、私の名前で3枚予約されているはずだからチケットを再発行して欲しいと頼んだ。
   窓口の婦人が、手元のコンピュータを叩き始めた。何回か打ち間違えたのか訂正を繰り返した。データを見つけたようで、メモの座席番号E13~15と照会番号を記入して、これを持って開演10分前に来いと言った。
   英国で、こんなに上手くスムーズに事が運ぶことのないことは、嫌と言うほど経験しているので、貴方の名前を教えて欲しいと言ったら、窓口にいるから心配するなと言った。

   近くの三越で食事をして、少し約束の時間を過ぎて窓口に行った。尤も、もう、先の彼女はいなかったが、窓口で私の名前を聞くと、当日渡しのチケットの中から封筒を取りだして3枚のチケットを渡してくれた。にっこりとした11才の娘は、チケットを持ってエントランスを入った。

   客席は、前から4列目の中央であった。目の前、舞台中央にデンと横たわっている大きなシャンデリアは、後で引き上げられて丁度頭上に固定された。すると、第1幕の最後の場面で、このシャンデリアが頭の真上から急降下して舞台に落下するはずである。娘が心配そうに上を見上げていた。

   このミュージカルは、パリ・オペラ座を舞台にしており、この劇場へはオペラやバレエ鑑賞に何度か行っていたので、劇場のオペラの舞台と思しき場面と実際のストーリーの場面とが交錯して二重写しとなって、私にはスペクタクルとしても面白い。
   原作ガストン・ルルーの小説を読んでいないので、オリジナルのストーリーは分からないが、実際には悲しい物語だが、若い二人のラブ・ストーリーが、その暗さを幾分か救っていてくれている。
   とにかく、ロイド・ウェーバーの音楽が限りなく美しい。

   映画では、バート・ランカスターが、悲しい運命の性を、オペラ座の怪人の父として上手く演じている。映画「山猫」を思い出したが、運命というか宿命というか、避けられない人の定めを、ランカスターは憂いを滲ませた何とも言えない表情で悲哀の限りを演じていて胸を打つ。
   主人公の怪人は、自分の運命を直情的に生き真っ直ぐに奈落に突き進むが、それに止めを刺すのは父親で、運命の悲惨を一身に背負って生きているのが哀れである。
   ところが、このミュージカルでは、父親は登場せず、怪人自身が、自分の運命に止めを刺す。
   
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井上 章一 「京都まみれ 」

2021年05月29日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   京都については、沢山の本が出ていて、どれを読んでも、何が真実か分からないし、確実に京都が分かる本がない。
   自分好みの本を読んで納得する以外になく、良くも悪くも、実際に京都に行って実感して確かめることだと思っている。

   私など、隣の京阪神、実際には、西宮、宝塚、伊丹で、生まれ育って30近くまで過ごして、その間、京都では、大学生活4年と仕事で3年間過ごした程度で、長い海外生活や関東での間、頻繁に訪れてはいるが、いわば、間接的な旅人感覚でしか、京都を知らない。

   ところで、この本には、随分色々な視点から、京都を語っていて、非常に興味深いのだが、今回は、最終章「老舗の宿命」での冒頭、「ベストは同志社」という項で、著者が、調査で、町家を訪れた時に、「ここらあたりでは、息子が京大にはいったら、近所から、かわいそうやなあ、気の毒やなあ言うて、同情される」と言われたと書いていることについて、雑感を述べてみたい。
   何故、京大はダメかというと、「京大に入る子は、京都に、いつかへん。卒業したら、遠いところへ行ってしまう。店も、つがへんやろ、あの店、もう跡取りがおらんようになって、気の毒がられている、そういうことや」と言うことで、京大より、京都志向の同志社の方が良いと言うことらしい。
   確かに、私の同窓でも、現役時代には、地元京都など関西や海外と言った調子で各地に散らばってはいたが、東京などの方が多かったように思う。

   最近は、変ってきたようだが、代々続いた商店では、跡継ぎに高い学歴を与えたがらず、高等教育に根ざした能力主義の世界へ、後継者が取り込まれることを嫌悪していて、このあいだまでは、町人文化の基層をなしていて、精々、京都一中止まりだったという。
   尤も、20世紀の後半には様相が変って、名門の商家が、跡継ぎであっても大学くらいは行かせた方が良いと考えるようになって、今時、大卒出でないといい嫁が来てくれないと、その程度には、老舗の織りなす社会にも、学歴主義が浸食してきたという。

   私の場合は、普通の家庭と言うか、平凡な一般庶民の家に育ち、私学へ行く経済的な余裕がなかったので、何の躊躇いもなく、行けそうだったし勉強したかったので、京大に行った、それだけであった。
   継ぐべき何もなかったので、平々凡々と、大企業に就職して、これも、平凡な人生を送ってきた。
   変ったことと言えば、途中で、海外留学を命じられて、アメリカのトップ・ビジネス・スクールでMBAを取得して、このフィラデルフィアの大学院を出た御陰で、ロンドンパリを股にかけ・・・と言う学生歌を地で行き、切った張ったの国際ビジネスに明け暮れたということであろうか。
   勿論、途中で、血の滲むような苦難や不運を潜り抜けての人生であったのだが、今思えば、波に揉まれて、流されてきただけのような気がしている。
   従って、私には、京都の老舗の大店の経営や跡継ぎ問題については、何も分からないし、持論を挟み込む余地もない。

   ただ、ここで考えたいのは、日本の特殊な中小企業の経営風土なり、政治や経営など上に立つリーダーにとって、教育が如何にあるべきかと言うことである。
   結論から先に言うと、欧米では、学歴が高いほど高い地位に就き報酬が高いという厳粛なる事実から推しても、教育程度が、決定的要因となっていることである。
   最近のアメリカの大統領では、トランプだけは大卒だが、クリントンもブッシュもオバマもバイデンも、総て、大学院を出ており、欧米の政治家や政府高官は勿論、大企業の経営者などリーダーの大半は、大学院を出て、博士号や修士号を持っており、大学しか出ていない日本のトップ集団とは大いに違っている。
   それに、欧米の場合には、文理両方のダブル・メイジャーや学際の学位取得者、T型人間、π型人間など多才な学歴を積んだリーダーが多いのも特徴であろう。

   私の場合、自分自身のビジネススクール(経営修士コース)の経験と、娘たちが経験したヨーロッパの高校、大学、大学院を横から見た知識しかないので、口幅ったいことは言えないが、
   欧米の教育では、大学はリベラル・アーツを学ばせる教養コース的な位置づけで、専門は、大学院の修士・博士課程、プロフェッショナル・スクール(大学院:ビジネス、ロー、エンジニアリング、メディカルetc.)で学んで習得すると言うことで、この過程を通過しなければ専門知識なり高等教育を受けたことにはならない。
   グローバル・ビジネスをしていて、欧米のカウンターパートと比べて、特に、日本のトップやビジネス戦士が引けをとっているのは、リベラル・アーツなどの知識教養の欠如と程度の低さで、この初戦の人間力の差で負けてしまっていることである。
   遅れていて、行け行けどんどんの、キャッチアップ時のJapan as No.1の時代は、それでも良かったが、現在、益々、落ちぶれて普通の国になって、先進国の後塵を拝し始めると、一気に制度疲労を起こしてしまうのは、その辺りのリーダーの質に問題があるのかも知れない。

   後継者の問題に絡めて、フランスの最高学府エコール・ポリテクニークについて、触れておきたい。
   ヨーロッパに駐在していたときに、パリのエンジニアリング会社の社長と親しくなって、聞いたのだが、
   エコール・ポリテクニークを卒業すると、すぐに、官庁でお礼奉公としてしばらく働き、その後、自分のように、若年で未経験でも、しかるべき民間会社の社長として天下るのだと語っていた。貴族が廃止されたフランスでは、代わって、ポリテクやENAなどのトップ最高学府が、そのような今様貴族たるエリートを輩出していたのであろう。
   映画「戦場にかける橋」でも見たように、欧米では、将校は絶対に兵卒の仕事はしないし、学歴によって厳しく規定された任務を遂行すると言う身分社会が定着している。

   良いか悪いかは、文化文明の違いで別問題だが、先の「ベストは同志社」と言う異次元の京都の常識との落差の激しさが面白い。
   8年前に、「高学歴軽視の日本と、必死に高等教育を推進するオバマ」を書いて警鐘を鳴らしたが、
   大学院卒を不遇に追い込んで平然としている高等教育軽視のツケは、必ず、文化文明を蚕食するはずである。

   
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わが庭・・・ばら:ミダスタッチ咲く

2021年05月28日 | わが庭の歳時記
   枯れかけていて、やっと、1輪だけ蕾を付けたミダスタッチが咲いた。
   この名前は、ディオニュソスから、触れるものがすべて黄金に変る力を授けられたミダス王の黄金の手でタッチした黄金色であるから、ミダスタッチ、ないし、ミーダスタッチの筈だが、何故か、バラの名前としては、いつも、マイダスタッチと呼称されている。
   どっちでも良いけれど、私は、ミダスタッチと呼び続けている。
   イングリッシュ・ローズのフォールスタッフも同じで、シェイクスピアの有名な太っちょの無頼漢なら、ファルスタッフであるはずである。

   わが庭には、黄色いバラが何株かあるが、牡丹も、3株の内、2株は黄色である。
   黄色は、中国の王朝では高貴な色だが、このミダスタッチのような鮮やかで混じりけのない黄金色は美しい。
   昔、山口県の某割烹で、美大を出て繪を描いていた人に、黄色いバラの繪を頂いたのだが、綺麗なその繪の影響もあろうか、
   フィンランドとロシアだったと思うが、黄色い壁面の王宮風の建物を観たが、風格があって美しいと思った。
   
   

   わが庭のアジサイは、何となく、遅い感じだが、少しずつ咲き始めている。
   
   
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髙樹 のぶ子「小説伊勢物語 業平」

2021年05月27日 | 書評(ブックレビュー)・読書
  今朝から、久しぶりに本格的な雨が降り出して、巣籠もりになってしまった。
  何時もの通り、和室に入って本を読み始めたのだが、庭の新緑を叩きつける激しい雨音に気をとられて、変った本を読みたくなって、手に取ったのが、高樹のぶ子の「業平」。
  日経の朝刊で掲載されていた小説「業平」だが、掲載時には、時々、気づい時に、断片的には読んでいたので、記憶には、少しは残っている。
  
   伊勢物語は、在原業平について書かれた一代記だと言った感じで、受け取ってはいたが、
  「むかし、おとこありけり・・・」と言った書き出しで、主語がはっきりしない短編の物語が続いて、和歌が多いこともあって、私にはあまり興味が持てなかったので敬遠していた。
   しかし、能を観はじめてから、業平が登場するなど、「伊勢物語」の挿話などが主題となったりすることが結構出てきて、勉強する必要を感じた。
   古典文学全集など原典に直接当たるよりは、と思って、解説書を兼ねた「伊勢物語」の参考図書を何冊か買って読み始めた。関係のある本を読んで勉強し始めたのである。
   岡野弘彦の「恋の王朝絵巻 伊勢物語」など、結構、勉強になって面白い。
   
   能の舞台で、一番最初に観たのは、「杜若」で、その後、「井筒」、「雲林院」と言った順序で、そのほかにも、業平をテーマにした曲が出てくるなどして、それなりに、面白くなってきた。
   歌舞伎の舞台でも、「競伊勢物語」など、「伊勢物語」に関係する演目があり、知っているのと知らないのとでは雲泥の差がある。
   しかし、学校で正式に、「伊勢物語」を勉強するなどと言うことは、殆どないので、専門に勉強する人以外は、趣味の世界であろう。

   まだ、途中までなので、何とも言えないが、この高樹のぶ子・伊勢物語は、私の知っている部分では、結構丁寧に原典をフォローしているように思えるが、殆ど、創作文学のような感じがしている。
   原典を解説入りで読んで、在原業平をイメージするよりも、高樹のぶ子は、遙かにビビッドに貴公子業平を生身の人間として描いていて、実に、面白いのである。
   高名な作家たちの「源氏物語」の現代語版が犇めいているが、これらは、ある程度、翻訳的な要素が濃厚なので、どこか文学として限界があるような気がする。
   しかし、高樹伊勢物語業平は、実にイキイキとした現代小説なのである。私には、そう思えて実に面白い。
   冒頭の初冠から、光源氏譲りのドンファンぶりで、本来は、小説よりも奇なりと言った破天荒(?)な恋多き文化人であったのであるから、当然だろうが、源氏物語を読んでいるようなドラマティックな展開が魅力である。
   光源氏は、藤壺以外はことごとく上から目線で、強引に迫ったが、業平の場合には、高貴な禁断の乙女に誠心誠意必死になって恋求め続けていたのは、歌詠む貴人の美学であったのであろうか、高樹のぶ子は、業平の禁忌の恋の軌跡を、感動的に綴っている。
   源融なども登場してくるので、この本と源氏物語を読めば、爛熟して微かなアンニュイの香りさえ漂わせる平安王朝の文化の豊かさ素晴らしさが垣間見えてきて興味深い。

   いつも、経済や経営の専門書ばかりを読んでいるので、雨の日、急に思い立って、この本を読んだのだが、これも、読書の楽しみなのであろう。
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イノベーターズ:天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史

2021年05月25日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   ウォルター・アイザックソン の「イノベーターズ:天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史」二巻本。
   著者のウォルター・アイザックソンは、アスペン研究所の所長兼CEO、CNNの会長兼CEO、『タイム』誌の編集長などを歴任したと言うアメリカの凄いジャーナリスト兼伝記作家で、私は、これまでに、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(2017年)と『スティーブ・ジョブズ』(2011年)しか読んでいないが、とにかく、スケールの大きな作家で、圧倒されて読み進んだ。
   
   ハーバード大学で歴史と文学を専攻し、オックスフォード大学で、哲学・政治学・経済学を学び、First Class Honoursで卒業したと言うから、文化系のバックグラウンドでありながら、理系専攻でも舌を巻くような詳細に亘ったICT革命、デジタル革命の歴史を書いており、まさに、欧米の偉大な知識人の典型である。
   ウィキペディアによると、
   アイザックソンは、2012年にはアメリカ歴史家協会会長を務め、ロイヤル・ソサエティ・オブ・アーツのフェローであり、2013年には同協会のベンジャミン・フランクリン・メダルを受賞した。また、アメリカ芸術科学アカデミー、米国哲学協会の会員である。2014年、全米人文科学基金は、アイザックソンを人文科学分野での業績に対するアメリカ連邦政府の最高の栄誉であるジェファーソン・レクチャーに選出した。と言うことであるから、科学分野に造詣が深いのも当然なのかも知れない。

   この本は、第4次産業革命の機動力で最も重要な発明であるコンピュータとインターネットに焦点を当てて論じられている革命史だが、この本で重要な点は、誰が発明して作ったのかは殆ど明確には分かっていない世界のイノベーション論であることである。ICT革命の先駆けでもあるエジソンやベルやモールスと言った殿堂入りの天才発明家が、何を発明したのか明快だが、デジタル時代の発明は、これとは逆で、ほとんどが、突出した特定の発明家だけの偉業ではなく、コラボレーションのなかから生まれてきている。そこには、独創的な人間や、少数ながら真の天才まで、魅力的な人間が数多くかかわってはいるものの、
   原タイトルが、The Innovators: How a Group of Hackers, Geniuses, and Geeks Created the Digital Revolutionであるように、本書は、偉大な現代のイノベーションは、先駆けした先駆者たちに加えて、ハッカーや天才的なギーク、異端児などが八面六臂の活躍をするなど、発明家、アントレプレナーたち挙っての集団が、どのようにして、「デジタル革命」を創造したのかを、物語っている。
   その創造の源が何だったのか、どのようなコラボレーションが繰り広げられたのか、そして、チームとして働く能力が彼等の創造性を一層引き出したのは何故かを、アイザックソンは、克明に描写して解き明かしている。

   冒頭から意表を突く描写で、詩人バイロン卿の唯一の娘であるラブレス伯爵夫人エイダの「数学の美」を愛でる「詩的科学」から説き起こして、最後に、「エイダよ永遠に」で、「人文科学と自然科学の交わりがイノベーションを生む」と結ぶ。
   エイダは、芸術と科学技術という素晴らしい組み合わせがコンピュータという形で顕在化する日を夢想した。イノベーションを生み出すのは、美とエンジニアリング、人間性とテクノロジー、そして、詩とプロセッサーを結びつけることの出来る人物であり、人文科学と自然科学の交差点で何かを成し遂げられるクリエーター、両方の美に気づかせてくれる新鮮な驚きのセンスを忘れない自由人であり、それは、エイダ・ラブレスの精神的後継者であると言うのである。

   その章の間に、「コンピュータ」「プログラミング」「トランジスタ」「マイクロチップ」「ビデオゲーム」「インターネット」「パーソナルコンピュータ」「ソフトウエア」「オンライン」「ウェブ登場」と、克明にかつビビッドに、デジタル革命史を活写する。

   リチャード S テドローの「アンディ・グローブ」を読んでインテルを知り、先の「スティーブ・ジョブズ」などジョブズの本を読み、ビル・ゲイツや「マイクロソフト」関係の本を読み、断片的には、大きなデジタル史の山は分かっていても、最初の方のコンピュータの発明などは、我が母校の「ペンシルベニア大学」がコンピュタの発明に関わったと言うことくらいしか知らず、わかり始めたのは、ムーアやグローブの登場する「マイクロチップ」くらいからであった。
   しかし、この本のように、エポックメイキングな、革命的なイノベーションが、次々に生まれ出でて、あたかも万華鏡のように展開されてゆく状態を、史実を追いながら鮮やかに映し出されると、良質な戯曲を観ているようで感動的でさえある。

   シェイクスピアではないが、
   All the world’s a stage, And all the men and women merely players.
   この世は舞台、アンディ・グローブも、ビル・ゲイツも、スティーブ・ジョブズも、登場しては消えていく役者に過ぎない。

   そんな感動的な物語が、この本である。
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エリザベス・ドリュー:トランプの大嘘とその結果

2021年05月24日 | 政治・経済・社会
The Big Lie and Its Consequences
May 17, 2021
ELIZABETH DREW

   ワシントンベースのジャーナリストで、近著に『ウォーターゲート事件とニクソン失脚に関するリポート』があるエリザベス・ドリューのプロジェクト・シンジケートの「トランプの大嘘とその結果」という興味深い、しかし、当然というか良識派のトランプ糾弾の論文を紹介したい。
   主義信条は二の次にして、選挙に勝つためには、トランプの大嘘をものともせずに、トランプの人気頼みでトランプ党に変節して、支持者層でない国民を選挙権から排除するなど、なり振り構わず暗闘暗躍する保守党の姿を活写して、「トランプの大嘘とその結果」として立憲民主主義の悲劇を論じている。

   FTのマーティン・ウルフが、述べていたように、
   ”安定した自由民主主義なら、トランプのような必要な資質と能力の総てを欠いた人物を指導者に選ぶことはなかったであろう。”と言うほどではないにしても、トランプの存在そのものが、アメリカの民主主義の危機だと言うから、勇ましい女傑である。
   しかし、平時において、これだけ酷い大統領を選んだということが信じられないのだが、
   虎の子の民主主義が如何にひ弱いものであるかと言うこと、人類の歴史が有史以来少しも進歩しておらず、何時暗転しても不思議ではないことなどを思い知らされた感じで、不安を禁じ得ない。
   
   まず、彼女の論考を披露すると、
   2020年の選挙に関する彼の嘘にもかかわらず、ドナルド・トランプに対する渇望への忠誠心を示すことによって、共和党は、もはや、単に、党本来の主義信条のために行動してはいない。アメリカの選挙制度の完全性そのものに疑問を呈することによって、今や、米国の憲法秩序に対する公然たる脅威を露呈した。米国の歴史の中で、今現在、大統領を選出するためのアメリカの民主主義システム(米国市民の最も結果的な義務)が、破壊された瞬間と見做されよう。
   確かに、米国憲法の約束と中心的な前提については、国民が大統領を選出するという大前提は完全に果たされていない。アメリカの権力者であった建国の父たちは、国家の最高機関の為政者を選ぶのに、一般大衆(または奴隷や女性)を信用していなかったので、米国は、賢明な人々、 すなわち、選挙人による投票によって大統領を選ぶことにしたのである。
   
   ドナルド・トランプが俎上に上げた問題は、選挙人の数が実際に州の人気投票結果を表しているかどうかであった。「ビッグ・ライ( 大嘘)」と呼ばれるようになったのは、選挙がトランプから「盗まれた」と言うだけでなく、本当の結果を逆転させようとする下手な手段を正当化しようとする試みが含まれていたとしたためである。
   20年の選挙に向けて、トークショーの司会者は、トランプが負けたら、単にホワイトハウスを去ることを拒否するかもしれないと冗談を言った。しかし、トランプはもっと精巧で危険な行動を考えていた。もし負けたら、投票数が間違っている、選挙が盗れたと宣言したのである。
   ワシントン・ポスト紙によると、破れた候補者のこの戦略は、しばらくの間、右翼の間で漂っていた。連邦議会の以前の候補者は拒否していた。しかし、トランプは自分の行動が他人や国に与える影響についてあまり懸念しなかったし、憲法を把握しているという証拠もほとんどない。
   公式の選挙結果の真実性を疑問視することは、選挙制度の完全性の前提を損なうことである。しかし、不名誉で、拒絶され、2度弾劾された元大統領は、彼の証拠のない主張を、共和党員の4分の3までも説得して追随させたのである。

   これがどう言うことかを深く考える価値がある。重要な要因は、ビッグ・ライを利用するという概念は、トランプだけではなく、いくつかの放送局が執拗に報道し続けるので影響された右翼活動家の集団によっても追認されていることである。トランプは、有能なデマゴーグの修辞的なスキルを持っている。彼は、危険な害毒を香水のようにファンに撒き散らした。また、アメリカの有権者の多くは十分な情報を得ていない。市民権についての教宣は本質的に消滅している。そして、トランプはメディアに対する不信感を煽った。彼は真実をバレーボールに変えた。
   彼がすでに醸成してきた巨大な情熱的な説得を考えれば、彼のクレイムの性質を満足させ、何千もの小さな嘘をついて、トランプは、彼の最も非常識な議論の地ならしをしてきた。脅しと権力を通じて、彼は党指導部の潜在的なライバルを押しつぶしてきた 。 慎重な上院少数派院内総務ミッチ・マコネルは、トランプのグリップを壊そうとしたが、失敗した。

   現職の共和党議員が十分に従順でなければ、トランプは別の共和党員を支持することによって、これら異分子を排除することができる。彼の選挙への主張が根拠のないことを知っている多数の現職の共和議員は、同時に、彼が1月6日の米国議会議事堂への攻撃を助長したことを否定しているのも知っていながら、トランプを警戒すると同時に、彼に従う有権者も恐れているのである。これに加えて、トランプは党の最も熟練した資金調達者なのであるから尚更である。

   トランプの存在が国にとってさらに大きな危険である。2020年の選挙での彼の敗北は、少なくとも、ホワイトハウスから独立していると思われてはいるが、国防総省と司法省の政治的支配を含む政府権限に対する彼の更なる行進を止めた。
   彼は一部の州当局者を脅迫して選挙結果を虚偽に操作させようとして法制度を危険にさらした。政敵を起訴するという彼の要求は、それまで無関心であった司法長官ウィリアム・バーへは行き過ぎであった。国境で移民の子供たちを家族から切り離すことは国家の恥であった。

   下院共和党がリズ・チェイニーを共和党の議長から外すという彼の要求は、盗まれた選挙に関するトランプの嘘が憲法に対する脅威であり、ニューヨークのエリーゼ・ステファニクに置き換えられるという主張によって、チェイニーをはるかに強力な敵にした。実際、共和党の下院議員トップ3人のうちの1人が、ミスガイドとは言え党の立場を率直に批判したのは不都合であるという共和党の議論には、何らかの問題があり、根本的な憲法上の問題において、共和党は、反対意見を押さえ込むと言う一層明白な点を回避できなかった。

   ビッグ・ライをめぐるような共和党内の分裂は、過去にはない。それは党の将来を決定する可能性がある。ジョー・バイデンの選挙人の勝利は僅差であったので、3つの州(ジョージア州、ウィスコンシン州、アリゾナ州)で、約43,000票を反対に切り替えただけで、選挙結果が逆転していた。
   そして今、州レベルで、共和党議員は、共和党の大統領勝利を意図して、不品行者排除や投票者拒否などで黒人が投票するのを難しくするために編み出した法律の成立を急いでいる。これらの法律が成立すれば、バイデンや他の民主党員が、2020年の選挙地図を悪化させて復活するのを困難にし、民主党が不利になる可能性がある。

   アメリカ人は法の支配にコミットした国であると主張している。しかし、民主主義は、自発的な協力、信頼、抑制がなければ、成功できない。法律は自己執行的ではなく、最高裁判所の指名が今や悪質な争いの対象となっているのには正当な理由がある。時には彼の行き過ぎには境界を設定しているが、トランプが大統領であった結果として、裁判所は、当分は、間違いなく保守的な支配下にある。
   重要人物が一貫して不誠実な行動を取れば、法律は最終的に我々を守ってはくれない。トランプと彼が緩めてしまった体制は、私たちの立憲民主主義に対する脅威なのである。

   ドリューの論陣は、かなり控えめだと思うが、殆ど異存はない。
   とにかく、アメリカでは、信じられないような茶番劇が演じられていると言うことである。
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ケネス・ロゴフ:人類の残りの66%の救済を

2021年05月22日 | 政治・経済・社会
Helping the Other 66%
May 4, 2021
KENNETH ROGOFF

   先に、同じくプロジェクト・シンジケートの記事「ドルの脆弱な覇権」のケネス・ロゴフ教授の新しい論文「他の66%の救済」である。
   各国とも、国内の深刻な不平等に悩んでいるが、もっと深刻かつ緊急事は、世界的な不平等で、先進国16%と中国18%を除いた残りの66%との深刻な経済的不平等を解消すべきだと、パンデミックの苦境を絡ませて論じている。
   コロナから解放されつつある豊かな先進国や中国は、積極的に、有効な国際機関や組織手段を活用して財政的資金的に援助を行って、コロナに苦しむ66%の発展途上国の人々を救って、深刻なグローバルベースの不平等を解消すべきである、と言うのである。

   論文の概要は、ほぼ、次の通り。
   国内の不平等への対処は、今日の緊急な政治的課題である。しかし、世界全体に亘る不平等、特に、先進国と中国以外に住む人類の3分の2に影響を及ぼす大きな格差に取り組むことは、21世紀の地政学的安定を維持するための真の鍵である。
   近年、先進国におけるナショナリズム感情の高まりについて注目すべき点は、気候変動やCOVID-19パンデミックなど、今日の最も差し迫った課題の多くが、グローバル・ベースで解決を必要とする世界的な問題である時期に起こっていることである。ワクチンの乏しい国の市民間で巻き起こっている怒り、基本的には、先進国と中国の外で住む人類の3分の2の怒りが、急速に、豊かな世界に跳ね返ってくるだろうことである。

   バイデン米大統領のアメリカの不平等に対処する野心的な計画は、政権が、税金を引き上げ、経済経済成長を加速して、長期的なコストをカバーすることに成功すれば、歓迎されるべきである。また、パンデミックの影響を激しく受けているイタリアやスペインなどのEU加盟国を支援する次世代EUスキームが、小規模とは言え、依然として重要である。
   先進国に住む世界の16%は厳しいパンデミックに直面しているが、今や回復の見込みである。世界人口のさらに18%を占める中国は、コロナウイルスを封じ込める対策の効果と国家権力のおかげで、リバウンドした最初の主要経済である。
   しかし、その他の地域の人々は、 IMFが4月の世界経済見通しで強調しているように、世界的に、大きな不平等の落差の底にある。インドのCOVID-19の恐ろしい波は、貧困が蔓延している多くの発展途上国を今後急速に見舞うであろう徴候を示している。これらの殆どの国は、少なくとも2022年末までに、パンデミック以前の生産レベルに戻る可能性は低い。.

   これまで、21世紀は、発展途上国のキャッチアップの成功物語であり、1980年代と1990年代に実現したよりも成長発展してきた。しかし、COVID-19危機は貧しい国々に打撃を与え、豊かな世界に、パンデミックと迫り来る気候変動による大惨事の両方を封じ込めるためには、発展途上国の経済に大きく依存しているという事実を思い知らせた。パンデミックが露呈した世界的な不平等について、テロリスト集団やならず者為政者為政者を封じ込めるのと同様に、強力な協力が必要であることは言うまでもない。

   さらに悪いことに、新興市場を含む発展途上国の多くは、急激に増加した対外債務悪化状態でパンデミックに突入した。金融政策金利は先進国ではゼロまたはマイナスだが、新興市場や発展途上国では平均4%を超えており、開発に必要な長期的な借入金利は、はるかに高い。アルゼンチン、ザンビア、レバノンを含む多くの国はすでにデフォルトしており、不均一な回復が世界の金利を押し上げると、さらに多くの国が危機に直面する。

   それでは、貧しい国々はCOVID-19ワクチンとその救済をどのように賄うのか、ましてやグリーン経済への移行においては尚更である。 世界銀行とIMFは、解決策を見つけるという大変なプレッシャーにさらされており、少なくともこの問題を説明する上で良い仕事をしてきたが、これらの組織は、この規模の課題に対処するために必要な財務構造を欠いている。近い将来、特別引出権の新たな割り当てが役立つだろうが、この手段はあまりにも粗雑で、日常的に使用するには設計が不備であう。

   第二次世界大戦の終わりに設立されたブレトンウッズ機関は、主に貸し手として機能するように設計された。しかし、豊かな国々がパンデミックの間に、無条件トランスファーをしたように、発展途上国にも同じことをする必要がある。より高い債務は、特に様々な公的および民間の貸し手の間で優先順位を決定することに関与する困難を考えると、パンデミックの余波の影響によるデフォルトを悪化させるだけである。スタンフォード大学のジェレミー・ブローとロゴフは、長い間、無条件譲渡は、貸し出し手段としてよりクリーンで、好ましいと主張してきた。
   まず第一になすべきは、豊かな世界は、多国間COVID-19ワクチングローバルアクセス(COVAX)に完全に資金を提供することで、発展途上国の予防接種のコストを取り除く必要がある。この数十億ドルのコストは、より豊かな国々が自国経済に対するパンデミックの影響を軽減するために費やしている数兆ドルに匹敵する。
   先進国は、ワクチンの代金を支払うだけでなく、ワクチンを提供するための広範な補助金と技術支援を提供する必要がある。この方が、多くの理由から、少なくとも別のパンデミックが存在するとすれば、ワクチン開発者から知的財産を免除するよりも効果的な解決策である。
   同時に、国内のグリーンエネルギー開発に数兆ドルを費やす準備ができている先進国は、新興市場における同じ移行を支えるために、年間数千億ドルの財源を拠出できるはずである。この支援は、理想的には世界カーボンバンク(発展途上国の脱炭素化を支援することに焦点を当てた新しいグローバル機関)によって仲介される炭素税によって賄われるであろう。

   また、先進国が、諸国間の不平を低下させる主な要因となる世界貿易を、開放し続ることも重要である。各国政府は、アフリカやアジアの何十億人もの人々に不利益を与える貿易障壁を築くのではなく、移転と社会的セーフティネットを拡大することによって、国内の不平等に取り組むべきである。そして、これらの人々は、また、世界銀行の援助機関・国際開発協会の大幅な拡大の恩恵を受けるであろう。
   国内の不平等に対処することは、現在の政治的問題かもしれない。しかし、非常に大きな国際的な格差に取り組むことは、21世紀の地政学的安定を維持するためには、真のキーとなる。

   以上、ロゴフ教授の見解は、了解できるし正論だと思うが、果たして、Gゼロの世界でリーダーを喪失し、米中の深刻な対立が、新冷戦状態にあり、世界政府もなく、国連など国際機関が機能不全に陥っている現下で、どのように機能させ得るのか。
   ミャンマーの惨状を思うと、暗澹とせざるを得ないのだが、欧米先進国も日本も、自国のコロナ終熄に汲々としており、益々、コロナが悪化する66%など、全く念頭にない。
   残りの66%との深刻な不平等とその格差を埋めない限り、地政学的な安定など夢の夢、
   どうするのか。
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バイデンのイノベーション戦略

2021年05月20日 | 政治・経済・社会
   今日の日経が、「米「中国対抗法案」審議入り 半導体に5.7兆円投資」という記事で、
   米議会で18日、先端技術の競争力向上を目指す「米国イノベーション・競争法案」の審議が始まった。半導体の生産や研究開発の補助金などに計520億ドル(約5兆7千億円)を投じる。半導体分野に巨額投資をする中国への対抗法案で、成立すれば米中がハイテク覇権を争う構図が鮮明になる。と報じている。
   先に、プロジェクト・シンジケートのジョセフ・ナイ教授の見解などを通して、米中競争とバイデンの科学技術イノベーション重視の政策について論じてきたので、もう少し考えてみたい。

   バイデン大統領は、今回の中国とのテクノロジー競争をアイゼンハワーが経験したスプートニク・ショックになぞらえて、危機意識を醸成して、ドラスティックな投資戦略を立ち上げたのである。
   アイゼンハワー政権のアメリカは、ソ連が人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功し、大陸間弾道ミサイル開発でも後れをとるなど、ソ連の脅威と「ミサイル・ギャップ」の劣勢を痛感し、これを覆すべく、宇宙開発競争を開始して、科学教育や研究に膨大な予算と労力を注ぎ込んで、軍事・科学・教育を大きく前進させ、アポロ計画を改変して1969年に月面着陸に成功するなど起死回生を成し遂げた。
   新世代の技術者を養成するために、国家防衛教育法など様々な教育計画を実施して、科学研究に対する支援を劇的に増したが、この時の政策提案は、ほとんどは国防総省が発議するなど政府主導であった。後に、アイゼンハワーが、軍産複合体の暴走の危険について警鐘を鳴らしたのは、皮肉と言えば皮肉だが、しかし、その後の、インターネットを筆頭にしてアメリカのイノベーションの多くは、軍事技術の開発から発していることを忘れるべきではない。
   今回のバイデン案は、半導体の生産や研究開発の補助金などと言った性格を帯びているので、民間の活力を期待しての、科学技術の振興策に重点をおくのであろう。軍産学複合体をドライブしてドラスティックに推進したアイゼンハワーやケネディなどの科学技術促進政策とニュアンスが違ってくるのは時の趨勢であろうが、NASAプロジェクトの民間移管などを見ても、イノベイティブナな民間の活動をインスパイアーしようとするのであろう。

   イアン・ブレマーが、「中国との「競争的共存」目指す米国」の中で、
   この米中競争を「競争的共存」と捉えて、政策を追求するのは容易ではないだろう。としながら、対外政策について、
   中国は国家統制型の経済で、政府は自国企業をより効果的に展開し、自国に直接利益となる形で資金を提供できる。それでも米国が戦略的に対外支援を打ち出し、重要国のプロジェクト投資で民間企業にインセンティブを与えれば、提供できることは多い。さらに、国際通貨基金(IMF)などの国際機関に対する影響力を生かして、中国よりも有利な条件で透明性の高い融資を提供するよう働きかけることも可能だ。その過程でこうした国際機関の機能を強化できるメリットもある。
   と述べているのは、この辺りの対応を見越しての提言であろう。

   アメリカは、既に、2017年1月に、米国イノベーション・競争力法American Innovation and Competitiveness Act を立ち上げて、
   科学による起業を奨励し、研究の機会を最大化し、研究者の管理業務負担を軽減し、納税者がファンディングする研究の監視・監督を強化する。同時に、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics )分野、民間セクターのイノベーション、および製造技術における多様化も促進する。としている。
   しかし、トランプが、科学技術や文教予算などをぶった切り、虎の子のIT人材や学者たちのビザ発給にストップをかけるなど、アメリカの基礎科学研究開発を軽視して抑制するなど科学技術の振興にブレーキをかけてしまった。中国を叩いても、自家発電を怠ってはダメだとさえ理解できない愚かさ。4年間の空白は致命的であった。

   さて、ここで、ウォルター アイザックソンの「イノベーターズ  天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史 」で、スプートニク・ショック当時の興味深い逸話を紹介しているので、触れてみたい。
   アイゼンハワーは、科学者の文化や考え方、イデオロギーに囚われないところ、合理的なところが気に入っていて、就任演説でも、「自由を愛するとは、・・・科学者の才能に至るまで、自由に必要なあらゆる事柄を守ることに他ならない」と宣言し、ケネディ家は芸術家を集めたが、アイゼンハワーは科学者を集めてホワイトハウスで晩餐会を開いていたし、たくさんの科学者にアドバイザーをお願いしていた。
   スプートニクは、アイゼンハワーにとって自由の信念を具体化するチャンスとなった。キリアンMIT学長など科学者を顧問やアドバイザー陣に糾合し、また、ペンタゴンに高等研究計画局(ARPA)を設置して軍学協調体制を敷き、ここで、リックライダーが、対話型コンピュータで情報の流れをスムーズにする方法を研究する指揮・統制研究と、心理的な要因が軍の意思決定に与える影響を研究する情報処理技術局(IPTO)を率いて、インターネット開発に大いに貢献した。と言うのが、非常に興味深い。
   軍産学複合体は好きではないが、激烈なグローバル競争下においては、偉大なブレイクスルーには必要悪なのかも知れない。

   余談だが、学術会議の会員任命について、雌鶏歌えば家滅ぶの類いではなかろうが、為政者がしゃしゃり出て、説明責任も果たさずに任命を拒否しているのだが、これなど、トランプ並みの暴挙もいいところで、最低の所業であり、この一事を観ても、科学技術のみならず、落ち行く国家の将来が見え隠れしていて、実に悲しい。
   次元の違いはあろうが、科学技術、学問芸術などの分野では、異端ほど、異分子ほど、並外れた発想をする人間ほど、桁外れにスケールの大きい人物ほど・・・等々、常識の枠にはまらない人々ほど、貴重な人材であることは、ギリシャやルネサンス、新世界の発見、産業革命など人類の偉大な歴史の転換点で証明済みの筈である。
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わが庭・・・ルージュ・ロワイヤル、ビョウヤナギ

2021年05月19日 | わが庭の歳時記
   わが庭の最後のバラ・ルージュ・ロワイヤルが、やっと咲き始めた。
   最後というのは、殆ど枯れかけて、一輪だけ蕾を付けているレディ・オブ・シャーロットとミダス・タッチは、まだだが、まずまず、咲いたバラの最後と言うことである。
   
   

   まだ、咲いていたり蕾が開き始めているバラも残っているが、わが庭の春のバラのシーズンは終ったので、秋咲きを期待して、手入れをしようと思っている。
   
   
   
   

   椿は、ミランダが一輪だけ咲いている。
   青い珊瑚礁が、結実したので、この種を蒔いて実生苗を育てようと思っているのだが、花が咲くまで、元気でいられるかどうか、それが問題である。
   今年、この青い珊瑚礁と王昭君の綺麗な新芽が出たので、4本ずつ挿し木をしたので、楽しみでもある。
   
   

   ビョウヤナギが咲き始めた。
   ウィキペディアによると、
   ビヨウヤナギに未央柳を当てるのは日本の通称名。由来は、白居易の「長恨歌」に
   ”太液の芙蓉未央の柳此に対ひて如何にしてか涙垂れざらむ”
   と、玄宗皇帝が楊貴妃と過ごした地を訪れて、太液の池の蓮花を楊貴妃の顔に、未央宮殿の柳を楊貴妃の眉に喩えて 未央柳の情景を詠んだ一節があり、美しい花と柳に似た葉を持つ木を、この故事になぞらえて未央柳と呼ぶようになったといわれている。
   
   
   

   アジサイが、少し色づき始めた。
   プランターのトマトが、結実している。
   
   

   雑草というか、植えなくても、庭一面に咲くのは、ムラサキカタバミ、
   枝を伸ばしてしっとりと咲くのが、トキワツユクサ、
   黄色いカタバミ、
   風が運んでくるのか、鳥が種を落としてゆくのか、庭には、気づかないうちに、新しい草花や木が芽を出す。
   
   
   
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The Economist:バイデンの特許権一時放棄案に反対

2021年05月18日 | 政治・経済・社会
   今日の日経にエコノミストの特約記事「豊かな国はワクチン備蓄やめよ」が掲載されていて、バイデン大統領の特許権一時放棄案に反対だと表明している。
   昨日、スティグリッツの記事で、バイデン案に賛成し、薬品会社の貧欲を非難して、人命重視が優先であって、薬品会社の利益は、それからだと言っているのとは、対極にあり興味深いので、考えてみたい。

   この記事では、バイデン批判の見解部分だけに絞って論じたい。
   記事を、そのまま引用させて貰うと、
   ワクチン特許放棄は実効なし
   本誌はバイデン氏の考えは間違っていると考える。特許権の放棄で、バイデン政権が世界を気にかけているというメッセージは送れるだろう。だがこれはせいぜいポーズにすぎず、悪く言えば他の国を侮った行動だ。
   特許を放棄しても年内のワクチン不足の解消にはつながらない。この問題を議論するWTOのトップは、採決は12月になる可能性があるとしている。技術移転に今すぐ着手しても、完了するのに6カ月はかかる。米ファイザーや米モデルナのメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの場合、もっとかかるだろう。
   技術移転が迅速にできたとしても、経験豊富なワクチン製造業者を手配することはできず、大量の受注を抱えるサプライヤーから原材料を調達するのも難しいだろう。ファイザーのワクチン生産には19カ国のサプライヤーから280の原材料を調達する必要がある。急ごしらえで生産できる企業はないだろう。
   いずれにしても、いずれにしても、ワクチンメーカーは自社の技術を独り占めしているわけではない。そうでなければ、生産はこれほど急増しない。各社が締結した技術移転契約は空前の214件に上る。便乗値上げはみられず、資金力のなさがワクチン確保の障害にはなっていない。貧困国はワクチンが高くて手が出ないのではなく、新型コロナワクチンを共同購入する国際枠組み「COVAX(コバックス)」により無償で分配されている。
   特許放棄の長期的な効果は予測し難い。貧しい国に技術移転が実現する可能性はあるものの、サプライチェーン(供給網)の混乱や資源の無駄遣いという弊害が生じかねない。結果的にイノベーション(技術革新)が抑制される可能性がある。いずれにしても、22年にワクチン不足が解消すれば、対策は遅きに失する。

   さらに、
国際共同購入の枠組みに寄付を
   バイデン氏が状況改善を真に望むのなら、コバックスを通じてただちにワクチンを寄付すべきだ。豊かな国はどのワクチンが有効かわからず、過剰発注した。英国の発注は成人1人あたり9回分以上、カナダは13回分以上に上る。余剰分は至急他の国に回すべきだ。死亡リスクが極めて低い10代の若者に、貧しい国の高齢者や医療従事者より先に接種するのも間違っている。豊かな国は万が一に備えて人口の何倍ものワクチンを備蓄すべきではない。
   ”豊かな国はワクチン備蓄やめよ” 貧困国へ、備蓄するワクチンを放出せよというのである。

   これに対して、スティグリッツは、途上国が新技術に基づいてCOVIDワクチンを製造する能力もスキルを欠いているという議論は、偽りである。
   米国とヨーロッパのワクチンメーカーが、インドの血清研究所(世界最大のワクチン生産者)や南アフリカのアスペンファーマケアのような外国の生産者とのパートナーシップに合意したとき、これらの組織は顕著な製造上の問題を抱えていなかった。さらに、ワクチンの供給を増やすのに同じ可能性を持つ企業や組織が世界中に沢山存在しており、彼らに必要なのは、技術とノウハウへのアクセスだけなのである。
   CEPIは、ワクチンを製造できる約250の企業を特定しており、モデルナの元化学ディレクター、スハイブ・シディキは、技術とノウハウを十分に共有すれば、多くの近代的な工場が3、4ヶ月以内にmRNAワクチンの製造を開始できるはずだと主張している。として、”ビッグファーマーの大きな嘘”と一蹴している。
   ”イノベーション(技術革新)が抑制される可能性がある”と言うことについても、スティグリッツは、先日論じたように問題にはしていない。
   知的財産権の保護は、イノベーションにとっては、両刃の剣であって、細心の注意を払って対応すべきであろう。

   興味深いのは、フランスのノーベル賞経済学者のジャン・ティロールが、「善き社会の経済学」の中の、「イノベーションの知的財産権」で、
「知的財産権というものは、本質的には、研究開発や芸術的創造を促すための”必要悪”である。」と論じている。
   私自身は、原則的には、知的財産権は、法制度としては確立しておくのは当然だと思っているが、人類社会の運命の帰趨を決するような、今回のパンデミックのような緊急非常事態時においては、特例として、知的財産(特許)の保護を一時免除して、COVID-19緊急免除を発令すべきだと思っている。
   エコノミストの ”豊かな国はワクチン備蓄やめよ” と言うスローガンについては、全く異存はないが、この記事での、トップ一流紙としての知見を疑う。

   問題は、スティグリッツも問題にしているように、バイデンのCOVID-19外交の拙さで、トランプと殆ど変らない「アメリカ・ファースト」で、膨大なワクチンを抱え込んでいることである。
   中国やロシアのように積極的に発展途上国を援助するワクチン外交と比べて、あまりにも、悲しい現実に、覇権を喪失しつつあるアメリカの黄昏を観る思いである。
   「私たち全員が安全になるまで誰も安全ではない」 地球上の人類が総てパンデミックから解放されない限り、COVID-19は居座り続けて、アメリカさえ吹っ飛ばせてしまうと言う厳粛なる事実を、バイデンは分かっているのかどうか。
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ジョセフ・E・スティグリッツ:企業の貧欲はパンデミックを長引かせるのか?

2021年05月17日 | 政治・経済・社会
Will Corporate Greed Prolong the Pandemic?
May 6, 2021
JOSEPH E. STIGLITZ, LORI WALLACH

   プロジェクト・シンジケートのジョセフ・E・スティグリッツとロリ・ワラッハの上記の論文「企業の貧欲がパンデミックを長引かせるのか?」
   時宜を得ているので、紹介しておきたい。

   世界中のメーカーが必要な技術と知識へのアクセスを許可されれば、世界のCOVID-19ワクチン生産の不足は終熄するであろう。しかし、まず、米国や他の主要政府は、現在の必須要件であるレントシーキングを認めないこの解決策に対して、製薬会社が反対していることを認識する必要がある。
   COVID-19パンデミックを終わらせる唯一の方法は、世界中の十分な人々に、ワクチンを接種することである。「私たち全員が安全になるまで誰も安全ではない」というスローガンは、我々が直面している疫学的な現実を言い得て妙である。あらゆる地域での感染で、ワクチンに耐性のあるSARS-CoV-2変異体が発生し、私たち全員が何らかの形でロックダウンを余儀なくされる可能性が出てきた。インド、ブラジル、南アフリカ、英国などで、気になる新しい突然変株株が出現しており、これは、最早、単なる理論的脅威ではない。

   さらに悪いことに、ワクチンの生産量は、現在、ウイルスの拡散を止めるために必要な100〜150億回の用量を提供するには程遠い。4月末までに、世界中で12億回しか生産されていなかった。このままでは、途上国の何億人もの人々が、少なくとも2023年まで無免疫のままで放置される。
   したがって、バイデン米大統領政権が発表して、他の100カ国が同調して、ワクチン独占を可能にしてきた世界貿易機関(WOT)の知的財産(IP)規則を改めて、新型コロナワクチンの知的財産(特許)の保護を一時免除する考え・COVID-19緊急免除を求めたとの提言は、ビッグニュースである。これらの障壁を一時的に取り除くWTO協定のタイムリーな交渉は、世界中の政府や製造業者がワクチン、治療、診断の生産を拡大する必要がある法的確実性を生む。

   昨年秋、ドナルド・トランプ元大統領は、一握りの豊かな同盟国を糾合して、そのような放棄交渉を阻止した。しかし、このような利己的なブロックに対してバイデン政権に対して圧力が高まっており、200人のノーベル賞受賞者と元国家元首と政府のトップ(多くの著名な新自由主義者を含む)、110人の米国下院議員、10人の米国上院議員、400の米国市民社会グループ、400人の欧州議会議員、その他多くの人々の支持を集めている。

   さて、このWTOのCOVID-19緊急免除問題にどう対処すべきか、リベラル派のノーベル賞経済学者スティグリッツの結論は、
   製薬会社に、人命よりも前に、利益を上げさせてはならない。We must not let drug companies put profits ahead of lives.
   詳細に語られているが、尤もだと思っているので、コメントは避けて、スティグリッツたちの論文の紹介(一部抄訳)を続けたい。

不必要な問題
   開発途上国のCOVID-19ワクチンの不足は、主にワクチンメーカーの独占管理と利益を維持するための努力の結果である。非常に効果的なmRNAワクチンのメーカー、ファイザーとモデルナは、彼らのワクチンを生産しようとする資格のある製薬メーカーによる多数の要求への応答を拒否している。また、世界保健機関(WHO)の自発的なCOVID-19テクノロジーアクセスプールを通じて、貧しい国々と技術を共有しているワクチンの創始者は1社もない。

   最近、会社は、より貧しい国で最も危険にさらされている人々に、仲介機関であるCOVID-19ワクチングローバルアクセス(COVAX)を通じて、ワクチン用量を与えることを約束した。これは、代替手段ではなく、これらの約束は製薬会社の罪悪感を和らげるかも知れないが、世界的な供給への有意義な追加手段ではない。

   営利目的の企業である製薬会社は、グローバル・ヘルスではなく、収益に焦点を当てている。彼らの目標はシンプル:利益を最大化するためにできるだけ長くマーケト・パワーを維持することである。このような状況下では、ワクチン供給問題の解決に、もっと直接的に介入すべきは、政府の義務である。

常識的なソリューション
   ここ数週間、製薬会社のロビイスト軍団は、WTO のCOVID-19ワクチン特許免除を阻止すべく政治指導者に圧力をかけるためにワシントンに群がっている。業界が尤もらしい議論をするのと同じくらい多くのワクチン用量を生産することにコミットしていたら、供給問題はすでに解決されていたかもしれない。
代わりに、
   製薬会社は多くの矛盾した主張に頼ってきた。彼らは、既存のWTOフレームワークは技術へのアクセスを可能にするのに十分な柔軟性があるため、放棄は必要ではないと主張する。また、発展途上国の製造業者がワクチンを生産する工場や能力を欠いているので、免除は効果がないと主張する。
   免除は、研究インセンティブを損ない、欧米企業の利益を減らし、他のすべての主張が失敗した場合、中国とロシアが西側を、地政学的に凌駕するのを助けるとしたらどうするのかと警告する。
   バイデン政権が放棄交渉を行うと発表した直後の主要なワクチンメーカーの株価の急激な下落によって証明したように、「市場」はこの考え方を追認している。免除すれば、より多くのワクチンが製造され、価格が下がり、利益も得られる。
   それでも、業界は、放棄が、ひどい前例を作ると主張しているので、その主張のそれぞれを順番に検討する価値があるとして、スティグリッツは、特許放棄の是非を論じる。

ビッグファーマーの大きな嘘
   長年にわたる情熱的なキャンペーンとHIV/AIDSの流行における何百万人もの死者の後、WTO諸国は、医薬品へのアクセスを確保するために、強制的なIPライセンス(政府が特許所有者の同意なしに国内企業が特許のある医薬品を生産することを許可する場合)の必要性に合意した。しかし、製薬会社は、この原則を覆すために可能な限り全力を尽くすことを決して諦めなかった。そもそも免除が必要なのは、製薬業界の強烈な反抗のためである。一般的な医薬品IP体制が、より柔軟であったなら、ワクチンや治療薬の生産はすでに急増していたであろう。
   途上国が新技術に基づいてCOVIDワクチンを製造するスキルを欠いているという議論は、偽りである。米国とヨーロッパのワクチンメーカーが、インドの血清研究所(世界最大のワクチン生産者)や南アフリカのアスペンファーマケアのような外国の生産者とのパートナーシップに合意したとき、これらの組織は顕著な製造上の問題を抱えていなかった。さらに、ワクチンの供給を増やすのに同じ可能性を持つ企業や組織が世界中に沢山存在しており、彼らに必要なのは、技術とノウハウへのアクセスだけなのである。
   その一方で、CEPIは、ワクチンを製造できる約250の企業を特定した。WTOの南アフリカ代表が最近指摘したように:「発展途上国は、高度な科学技術能力を持っている。ワクチンの生産と供給の不足は、特許権利者自身が、人命よりも利益を優先して、自身の狭隘な独占的な目的を果たすために制限的な契約を結んでいる。」からである。
   mRNAワクチン技術の開発は困難で高価であったかもしれないが、実際の製品の生産が世界中の他の企業にとって手の届かないところにあるわけではない。モデルナの元化学ディレクター、スハイブ・シディキは、技術とノウハウを十分に共有すれば、多くの近代的な工場が3、4ヶ月以内にmRNAワクチンの製造を開始できるはずだと主張している。

   製薬会社の頼みの綱は、既存のWTOの「柔軟性」に照らして免除は必要ないと主張することである。彼らは、発展途上国の企業は、スタンドプレイしているように、強制的なライセンスを求めてこなかったと指摘している。しかし、この関心の欠如は、欧米の製薬会社が、既存の柔軟性が決してカバーできない可能性のある特許、著作権、独自の工業デザインと企業秘密と言った類いの「排他性」の膨大な法的システムを作成するためにできる限りのことをしたという事実を反映している。mRNAワクチンは世界中に100以上の成分を持っており、多くは何らかの形でIP保護を受けているため、このサプライチェーンの各国間の強制ライセンスを調整することはほとんど不可能である。
   さらに、WTOの規則では、この貿易は世界的なワクチン供給を増やすために絶対に不可欠であるにもかかわらず、輸出のための強制的なライセンスはさらに複雑である。例えば、カナダの医薬品メーカーBiolyseは、J&Jが自主的なライセンスの要求を拒否した後、J&Jのワクチンのジェネリックバージョンを開発途上国に生産し、輸出することは許可されていない。

   ワクチン供給不足のもう一つの要因は、企業レベルと国家レベルの両方での恐怖である。多くの国は、米国と欧州連合(EU)が、何十年もの脅威の後に強制的なライセンスを発行した場合、援助を遮断したり、制裁を課したりするのではないかと懸念している。しかし、WTOの放棄によって、これらの政府や企業は、企業訴訟、差し止め命令、その他の課題から絶縁されるのである。

人民ワクチン
   大手製薬会社が行う第三の議論: IP免除は利益を減らし、将来のR&Dを妨げる。前の2つの主張と同様に、これは特許的に偽りである。WTO免除は、IP保有者に、ロイヤリティやその他の補償を支払うと言う国家法的要件を廃止はしていない。しかし、より多くの生産をブロックするという独占者の選択肢を取り除くことで、免除は、製薬会社が自発的な取り決めに入るインセンティブを高めるであろう。
   したがって、WTO免除があっても、ワクチンメーカーは収益を積み重ね得る。2021年にファイザーとモデルナのCOVID-19ワクチン収入は、政府が、基礎研究の多くを資金調達し、ワクチンを市場に投入するための多額の前払い資金を提供したにもかかわらず、それぞれ150億ドルと184億ドルに達すると予測されている。
   はっきり言うと、製薬業界にとっての問題は、医薬品メーカーが投資に対する高いリターンを奪われるということではない。それは、彼らが、間違いなく豊かな国で高い価格で、将来販売される年間成長製品を含んだ販売で独占利益を逃すかも知れないと言う疑いである。

   業界の最後の手段は、免除が、中国とロシアに、米国の技術へのアクセスを得るのを助けるだろうと主張することである。しかし、ワクチンはそもそも米国の創造物ではないので、これはカナードである。mRNAとその医療応用に関するクロスカントリー共同研究は何十年も前から進められてきた。ハンガリーの科学者カタリン・カリコが、1978年に最初のブレークスルーを果たし、トルコ、タイ、南アフリカ、インド、ブラジル、アルゼンチン、マレーシア、バングラデシュ、および米国国立衛生研究所を含む他の国々で作業が続けられてきた。
   さらに、魔神はすでにボトルから出ている。ファイザー製ワクチンのmRNA技術は、BioNTech(トルコ移民とその妻によって設立されたドイツの会社)が所有していて、すでに中国の生産者Fosun Pharmaにワクチンを製造するライセンスを与えている。中国企業が貴重なIPを盗んだ本物の例は多々あるが、これはそのうちの1つではない。また、中国は独自のmRNAワクチンを開発して生産しようとしている。1つは第III相臨床試験であり、他は、冷蔵庫の温度で保存することができ、コールドチェーン管理の必要がないものである。

どうして米国が本当に負けるのか
   地政学的問題に焦点を当てた人々にとって、より大きな懸念の源は、建設的なCOVID-19外交に従事するアメリカのこれまでの失敗である。米国は、使用していないワクチンの輸出を阻止している。感染の第二の波が、インドを壊滅的な状態に追い込んだときに、未使用のアストラゼネカ用量を解放する適期と判断した。一方、ロシアと中国は、独自でワクチンを開発生産したのみならず、世界中のパートナーシップを築き、世界的な予防接種の取り組みをスピードアップするために、重要な技術と知識の移転に従事してきた。
   毎日、感染症が世界の一部の地域で新たに増殖の一途を辿り、危険な新しい変異体が出現して、我々全員のリスクが高まっている。世界は、この重要な瞬間に、どの国が助け、どの国がハードルを投げたかを覚えている。

   COVID-19ワクチンは、多くの政府が支援する基礎科学のおかげで、世界中の科学者によって開発された。世の中の人々が利益を享受するのは適切である。これは道徳と私利私欲の問題である。製薬会社に、人命よりも前に、利益を上げさせてはならない。We must not let drug companies put profits ahead of lives.
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コロナ・ワクチン第一回接種

2021年05月16日 | 
   今日から、鎌倉市で、ファイザーのコロナ・ワクチン接種が始まった。
   5月10日から、80才以上の接種予約が始まっており、初日なので、子供や孫の助けなどを借りて、苦労して予約に成功した人たちなのであろう。
   やはり、老年なので、付き添いが付いたり、車椅子の被接種者が結構いた所為もあってか、医師や看護師をはじめ接種会場でお世話に当たっておられる方々は、非常に、懇切丁寧であって、親切であった。
   特に問題もなくスムーズに終ったのだが、恥ずかしい話、当然必要なはずの本人確認のための運転免許証や健康保険証を携行せずに行き、手間を煩わせてしまった。
   巣籠もりが続いて、普段着スタイルで、外出モードではなかったのである。

   接種場所は、自宅からはかなり離れた鎌倉武道館だったのだが、鎌倉市では、会場への往復二回分のタクシーチケットが配布されているので、その点、移動には便利であり問題はない。
   時間調整が付かず、少し早めに会場に着いたのだが、殆ど混んではおらず、来場者から順に接種を受けられたので、非常にスムーズに進行して、思ったより早く終った。
   接種後、20分ほど出口で待機して様子を見て、異常がないことを確認して帰った。
   次は、3週間後の6月6日、同じ場所で同じ時間での接種予約である。
   ホッとしている。

   明日、17日から、65才以上の人たちのワクチン接種の予約が始まる。
   また、悲喜こもごもの予約合戦が始まるのであろう。
   いずれ、時間が来れば予約してワクチンの接種が叶うのであろうが、早く受けるに越したことはない。

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わが庭・・・クレマチス湘南、ワスレグサ

2021年05月11日 | わが庭の歳時記
   我が家に咲く唯一のクレマチス湘南が咲き始めた。
   京成バラ園で、ばら、クリスマスローズ、クレマチスのセットで買ったときに付いてきたので、偶々、住んでいるのが湘南なので、門扉よこの梅の木に這わせて植えてある。
   
   
   
   
   
   正式には、ワスレグサと言うようだが、1日しか日持ちしない黄色いユリに似た雰囲気のカンゾウが咲き始めた。
   蕾が結構着くので、毎日咲き続ける感じである。
   
   
   
   

   バラが咲き続けていて、華やかである。
   
   
   
   
   
   
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わが庭・・・ばら・バビロン咲き始める

2021年05月10日 | わが庭の歳時記
   オランダのインタープランツのバラ:バビロン系の花が咲き始め、満開になると小さな花が房状に咲くのだが、この黄色いストラボ・バビロンは、真っ先に咲いた1輪ずつを追いかけている。
   この系統は、花弁数が少なくて、花心に近づくと一気に濃い色になって模様のように色づくのが面白い。
   
   
   
   
   
   
   

   アメジスト・バビロン
   
   
   
   
   

   プリンセス・バビロン。
   
   
   
   


   昨秋は沢山実を付けたので、今年はダメだと思っていたが、夏ミカンが花を付けている。
   キウイの花も咲き出した。
   
   
   
   今日から、鎌倉は、80才以上の高齢者のワクチン接種の受付が始まった。
   私がパソコンの前に座ってキーを叩いた。何度も何度も試みたが、いつまで経っても、ページがオープンしない。
   家内は、固定電話とスマホで電話をかけ続けたが、「しばらく経ってからお掛けください」ばかりで繋がらない。NTTなど電話会社が回線を制限しているのだから、尚更、繋がるはずがない。各地で、予約が出来なくて多くのシニア国民を泣かせて、何の福祉国家か。
   幸い、次女のlineが繋がって、無事予約を入れてくれたので、一段落したのだが、もっと賢いやり方はないのか。
   対象者が少ない80才以上の高齢者の予約さえ、このような状態であるから、一般大衆になったらどうなるのか、多難となろうか。
   アメリカでも、予約が困難だったと言うから、仕方ないとしても、こんな馬鹿なことをしていては、日本が沈没してしまう。

   オリンピックを開催すると言いながら、努力はすれども、無能なので実質は無為無策で、当事国でありながら、先進国では最低のコロナワクチン接種国という体たらく、
   第4派が更に深刻度を増して悪化している状態では、出場国なり出場選手が、来日拒否をして、オリンピックが吹っ飛ぶか、大荒れするような気がしているのは、私だけではなさそうである。
   
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GDPを縮小させる「消費者余剰」

2021年05月09日 | 政治・経済・社会
   今日の日経のエコノフォーカスで、次の記事が掲載されていて、「消費者余剰」について論じられていた。
   「GDPの外」経済拡大 動画配信など「お得感」25%増

   まず、消費者余剰だが、「消費者がこれくらい払ってもよいと考える価格(支払許容額あるいは支払意思額と呼ばれる)と、実際に払った価格の差」で、わかりやすくいうと「お買い得感」である。
   これまで、レンタル店に行って、個々にDVDやCDを借りていたのを、ネットフリックスやアマゾンプライムに入って僅かな定額を支払えば、見放題に楽しめる。
   配信サービスでは、DVDのように複製や運搬のコストはほぼかからず、料金は安くなる。映画やドラマを何本見ても追加費用はかからず、その分、消費者余剰は膨らむ。
   しかし、逆に、動画配信の普及でDVD生産や販売・レンタルが減るので、その分、GDPは縮小して、工場やレンタル店で働く人の雇用を圧迫する。

   野村総合研究所がネットの利用時間などを基に試算したところ、20年にデジタルサービスから生まれた消費者余剰の総額は日本全体で少なくとも200兆円を超えた。16年時点では161兆円だったとはじいており、4年で25%ほど増えたことになる。動画配信だけでなく、オンライン会議の普及や機能を増やすSNS(交流サイト)が消費者のお得感を一段と高めたと分析する。20年通年のGDPは実質で前年比4.8%減り約529兆円となったが「落ち込みの一部を急増した消費者余剰がカバーしている」(野村総研の森健氏)。GDPだけをみると16年比でも2.4%減ったが、消費者余剰との合計なら4%弱増加した計算が成り立つ。と言うのである。
   この関係を日経記事のグラフを借用すると次の通りである。
   

   勿論、これまで、何回も論じているが、GDPに含まれない経済活動は、デジタルだけではなく、ほかにもある。その典型は、サミュエルソンが半世紀以上も前に論じたように、主婦の家事や育児など家庭内の無償労働だが、同じ仕事を外注すれば、GDPの増分となる。
   また、アルビン・トフラーが説いた生産消費者 (prosumer) が行う、市場を通さない、自分自身や家族や地域社会で使うためもしくは満足を得るための無償の隠れた経済活動など、DIYも、このジャンルの重要なプレイヤーである。
   同じ宴会でも、家人などが準備する内食ならGDPに含まれないが、レストランへ行けばGDPに加算され、親が子供の勉強を見ればGDPには関係ないが、塾や予備校に行けば、GDPが増えると言ったケースである。銀行など、窓口なら無料だが、客に総てやらせるATMで手数料を取るなど言語道断だというクレイムも分からないわけではないと言う類いもそうである。
   それに、百均などの価格破壊も「消費者余剰」を生み出しており、経済発展の根幹である破壊的イノベーションも「消費者余剰」を惹起するなど、消費者産業は、知恵を絞って、如何に、「消費者余剰」が感じられるような魅力的な商品を売り出して商戦に勝とうかと鎬を削っている。
   しかし、上記グラフの「生産者余剰」は、即、付加価値で、その総計がGDPであり、三面等価の法則で分配所得と等価なので、雇用の維持には、この部分を拡大する必要があるのだが、どんどん、「消費者余剰」に蚕食されて伸びなくなっていると言うことであるから、経済成長が頭打ちの現下の成熟経済下では、非常にゆゆしい問題であるところが、難題である。
   この消費者余剰現象も含めて、現代の経済成長は、GDPには換算されない質の向上に比重が移って、実質的に生活水準はどんどん上がって豊かになっているにも拘わらず、GDPベースで、経済成長が実感されないと言う現象については、これまで、何度も書いてきたが、
   問題は、国の膨大な借金も、雇用の拡大も、GDPをアップしない限り解決しないことである。

   コロナ騒ぎで、行動が制限された御陰で、人間活動が内向き志向となって、最近、この「消費者余剰」や「生産消費者」を志向した経済活動が、どんどん、増えていく感じで、質の向上で生活水準は上昇しながらも、雇用に直結するGDPの増加が見込めない閉塞経済状態が続いている。
   社会が進めば進むほど、人間が豊かになればなるほど、知的水準が上がれば上がるほど、人間は、自分自身の知的や情緒的な満足を、自分自身で内的に増幅して追求してゆくであろうから、ますます、この傾向が強くなって行くような気がしている。
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