生前の父はよく、出版社経由の依頼しごとで池波さんと初めてお会いしたときに食べた新橋第一ホテルのレストランのシャリアピンステーキがいかに素晴らしく美味しかったかを家族に語った。父が頼まれた池波さんとのしごとというのは池波さんの作品に関わる古文書史料の解読だったようなのだが、もともと美味しい料理に目がない父は、しごとの話以上に美食家の池波さんと意気投合し、次は是非、池波さんオススメの、京都の三条小橋のお寿司屋さん、松鮨にのんびり行きましょうという話になったらしい。ただお忙しい池波さんのご都合ですぐには京都の寿司屋で食事というわけには行かなくて、そのうちに池波さんはホテル仕事場で倒れられて亡くなられてしまった。〈池波先生と京都のお寿司屋に行かれなかったのは本当に残念だった〉と父はよく言っていた。晩年の父は、病に倒れる前のささやかな穏やかな日々、『鬼平犯科帳』や『剣客商売』のドラマ番組をたのしみに見、ドラマ原作の文庫本をよく開いていた。そんなことを時折思い出します。
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