「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

     メーデーが「天長節」に  昭和一ケタの「昭和の日」

2009-04-30 05:46:17 | Weblog
快晴の「昭和の日」の昨日、台湾の友人に航空便を出しに郵便局の本局まで行った。
そのつぃでに自転車で近隣を30分ほど走ったが、祝日にもかかわらず「日の丸」を掲げ
た家は2軒だけだった。大型連休作りで、こうも休日が増えては「国祭日」という意識が
薄れても仕方がない。

昭和一ケタ世代にとって4月29日といえば戦前の「天長節」だ。昭和天皇の誕生日を祝
って学校で式が行われ「天長節」の歌を合唱、お祝いに紅白の饅頭を貰った想い出の日
である。
            ▽「天長節」 黒川真頼作詞 奥好義作曲
     きょうのよき日は おおきみの 生まれたまいし よき日なり
     きょうの好き日は 御光(みひかり)の さしでたまいしよき日なり 
     光あまねき 君が代を 祝えもろびと もろともに
     恵みあまねき君が代を祝えもろびと君が代を 祝えもろびともろともに

「天長節」を祝った世代は、もう70歳以上の高齢者になってしまったが、この世代は戦後の
「天皇誕生日」よりも「天長節」のほうが「昭和」の匂いがする。

「昭和の日」に東京では、働く者の祭典「メーデー」が催され来賓の升添厚労相が「豚インフ
ルは国民が一致団結すれば撲滅できる」と挨拶した。メーデーの挨拶としては型やぶりだが、
それより昭和一ケタにとっては「天長節」に赤旗のメーデーの方がビックリだ。
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   台湾出身元日本兵だったインドネシア人への叙勲

2009-04-29 05:29:20 | Weblog
春の叙勲でジャカルタ在住の台湾出身元日本兵,ウマル・ハルトノさん(89)が旭
日単光章を受勲した。ウマル・ハルトノさんはジャカルタの日本人社会では宮原
永治の名前で知られている。彼は台湾出身の元日本兵で第48師団の一員として
スラバヤ(クラガン)に敵前上陸した歴戦の勇士である。戦後事情があって故郷の
台湾に戻らず、インドネシアに残留、今でも残留者組織「福祉友の会」の顧問として
インドネシアと日本との友好活動をしている。

「宮原」さんはいつも春のお彼岸にはジャカルタの墓碑公園にある元日本軍戦死者
の慰霊碑に在留邦人と一緒に詣で、そのあと現地の新聞に載ったその記事を僕に
届けてくれる。この第2師団廣安部隊30人の慰霊碑は平成13年、墓碑公園の中に
放置されていたのを僕らの努力で再建した。当時の日本大使館は、まったく僕らの
運動を無視したが「宮原」さんは先頭にたって協力してくれた。

NHKが4月5日に放送した「アジアの一等国」という番組が日本と台湾との過去の歴史
について悪意に満ちた独断的だとの批判がでている。とくに日本の統治時代を知る
多桑(父さん)世代については一方的な偏見に満ちている。僕は「宮原}さん以外にも
大東亜戦争に従軍した台湾の友人がいて、何度かこのブログにも書いた。

日本の対台湾窓口の「交流協会」が台湾人の対日意識について調査したところ、”親し
みを感じる”と回答したのが69・7%、その反対が12%だったという。

「宮原」さんが僕の友人宛に送ってきた手紙には「戦後の一部の日本人指導者の馬鹿げた
誤った発言で中国、韓国に日本は頭を上げられず、自虐的になっている。大東亜解放
戦争、民族自決を闘ってきた一人として嘆かわしい」と書いてある。公共放送のNHKの
番組制作者と「宮原」さんとどちらが日本人なのかわからない。
(写真は宮原さん(左)と長野県延寿院伊佐住職)


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         ソマリアの海賊と「休戦海岸」

2009-04-28 05:56:06 | Weblog
IMB(国際海運局)の発表によると、今年1月ー3月の世界での海賊発生件数は
未遂を含めて102件。これは昨年同期に比べて2倍にあたる。うち最も多いのは
アデン湾周辺海域のソマリアによる海賊行為だ。その割りに日本の新聞を見る
限りでは、なぜソマリアが海賊を働くのか、この国の実態があまり伝わってこ
ない。

半世紀近く前の昔だが、僕はアデンから隣接のUAE(アラブ首長国連邦)にかけて
2週間旅したが、その時アデン港に沢山の群れの羊がソマリアから輸入されてきて
いるの知り、アラビア半島とアフリカとが意外に近いのを実感した。

当時UAEは独立前で「休戦海岸」(Trucial States)という名の英国の保護領であっ
た。「休戦海岸」という変な名前だが、そのいわれは、18世紀から19世紀にかけて
今のUAEのアラビア湾一帯は海賊の巣で、そこを航海する船舶を悩ませた。そこで
英国が周辺の土侯と「休戦条約」を結んだことに名前は由来している。

英国の新聞「インディペンデント」によると、ソマリアの海賊はただの小魚で、UAEの
ドバイやケニヤのナイロビなどに大きサメがいるとのこと。かってこの地域を支配し
ていた英国らしい見方だ。同紙の報道では、ソマリア沖海域でこの1年間海賊によ
って奪われた身代金は8000万ドル(約78億円)にのぼり、このうち数百万ドルが中
東の銀行でマネィロンダリング(資金洗浄)に使用されているという。これも英国ら
しいうがった見方のような気がするが、話としては面白い。いずれにしてもソマリア
の実態を伝えるニュースが日本のマスコミには少なすぎる。

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             16連休というが!?

2009-04-27 05:52:30 | Weblog
毎日が日曜日の年金生活者にとって「黄金週間」といっても特別な計画も感銘もな
いが、今年は不況を反映して16連休の企業もあると聞いてびっくりした。厚労省の
調査では連続休暇の平均日数は「5・5」日だそうだが、不況の自動車企業の生産
現場では、連続10間もラインをストップするという。

戦前、"二宮金次郎“的勤労観で育った僕ら世代にとって休日は“悪”である。昔の
小学校の通信簿に休日が載っているが、夏季休暇(自7月21日至8月31日)冬季休
日(自12月25日至1月7日)学年末休業(自3月26日至3月31日)の他の休日は靖国
神社祭4月30日、10月23日、鎮守祭10月3日、開校記念日11月11日、皇后陛下御
誕辰3月6日だけである。国民の祝日にあたる四大節、新年(1月1日)紀元節(2月11
日)天長節(4月29日)明治節(11月11日)は休業ではなかった。式典があったので休
みではなかったのである。

戦後「黄金週間」と呼ばれるようになったのは4月29日の天皇(昭和)誕生日、5月3日
の憲法記念日、5日のこどもの日と休みが”飛び石”的に続き、年によっては土日が
中に入って連休になる。このため昭和60年の祝日法改正で今のような大型連休化
されたわけである。

それにしても16連休とは長すぎる。好景気の時はよいが今年のように不況ではカネも
なく家でブラブラしているだけ。バカンスとかレジャーなんていう言葉は空遠い。

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          豚インフルとカミュのペスト

2009-04-26 05:31:03 | Weblog
戦前の東京の街にはドブネズミがやたらと多かった。金網で出来たネズミ捕りが市
販されており、これでネズミを捕まえ交番を持ってゆくと、たしか5銭で買い上げてく
れた。今考えると、これは伝染病予防の一環だったわけだが、当時は保健衛生は内
務省、つまり警察の管理下にあったのだ。

メキシコと米国で豚インフルエンザが発生し、1300人以上が感染し、81人が死亡した。
テレビの画像には予防のブルーのマスクをした市民たちの姿が映し出されている。WHO
(世界保健機構)では緊急の会議を開き、感染の拡大を検討、日本でも全国の検疫所
での水際チェックを強化した。

伝染病というと昔読んだフランスの作家、カミュの「ペスト」を思い出す。ペストは14世紀
ヨーロッパで大流行し、当時の人口の3割が死んだという。カミューは舞台をアルジェリア
に起き、ネズミを媒体としたペストの流行を人間の心理面から描いている。戦前の日本
でネズミ捕りが奨励されたのもペストの流行防止だっとのだろう。

豚インフルは豚が媒体なのだろうかー。米国では人から人への感染の例もあったようだ
が、はっきりしない。パンデミック(大流行)の危険はあるのだろうか。前もっての予防に
力をいれるのにこした事はない。しかし、必要以上の騒ぎもどうだろうかー。カミューは
「ペスト」中で閉鎖社会の人間の不条理を説いている。早くも豚インフル完全予防の
マスクが高価な値段で売り出されている。医学的にまだ解明できていないインフルがなぜ
完全予防できるのかー。
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             帰化植物の繁殖力

2009-04-25 05:46:52 | Weblog
路傍のコンクリートの割れ目から紅色をした可憐の花が顔を出していた。老妻に
聞くと、帰化植物の一種で「ナガミ・ヒナゲシ」というケシ科の一年草だという。40
年ほど前、東京の世田谷で発見され、在来のヒナゲシ(虞美人草)を追いやるほ
どの勢いで全国に繁殖しているとのことだ。

僕はナガミ・ヒナゲシがコンクリートの壁を破るようにして、健気に咲いている姿が
面白くレンズに収めたが、なぜかこの花はアルカリ性の土壌を好むのだそうだ。そ
ういえば、咲いている場所は、どこも舗装された道路脇などに多い。

東京工業大学のキャンパスで巣造りを始めた外来種のインコが、大挙して家の近
くのお寺の森に飛来してから久しい。動物や植物の世界にも国際化の時代が来て
いるのだろうか。「ナガミ・ヒナゲシ」は、もともと地中海沿岸から中欧にかけてが
原産地なのだという。初めてこの花の存在が確認された40年前といえば、日本人の
海外渡航が許された頃だ。それまではハワイ旅行も”あこがれ”の時代であった。

「ナガミ・ヒナゲシ」は、今やものすごい勢いで繁殖しているらしいが、役所の除草
の予算がつく5月頃には、すでに花は散り枯れ死しているため、除草が出来ないとの
ことだ。花は可憐だが、憎まれ者なのは可哀そうだ。





































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           無意味な新聞の”靖国”論議

2009-04-24 05:52:08 | Weblog
昨日まで靖国神社の春季例大祭であった。僕はそれを忘れていたが、麻生総理の
真榊奉納の是非をめぐる例によって例のような新聞論議で知った。国のために亡く
なった英霊を祀る大祭の本来の意味とはかけ離れていると思うのだがー。

戦争中東京の小学生だった僕らの世代は、靖国神社の例大祭について色々と想い
出がある。戦後は21-23日が大祭になったが、昔は30日で学校もこの日は休みで
あった。歌にもある九段の坂の両側には天皇陛下の参拝する日には全国から集まっ
た戦死者の遺族の代表で一杯だった。

総理の真榊奉納について昨日の「朝日新聞」は、内閣と政府を代表し外交に責任を
持つ総理がやるべき行動ではないと批判し、逆の立場の「産経新聞」は、総理は真
榊奉納だけでなく、直接総理が出向いて参拝すべきだと主張している。

戦後60余年、時代は変わって来ている。戦争体験の日本人の一人として僕は戦争で
亡くなった英霊に対して哀悼の気持ちは持っている。靖国神社へも参拝している。しかし
新聞が事あるごとに総理や閣僚の「靖国」問題をとりあげ、賛否を論議するのはそれこそ
”いかなるものか”という気がする。

総理もあえて総理の立場で靖国を参拝する必要もない。敗戦記念日の8月15日、政府
主催の戦没者慰霊式典が行われ、天皇陛下も参席し、総理以下閣僚も列席している。
戦争犠牲者に対し、国民が哀悼の意を表し平和を祈念すれば十分である。戦争中の
靖国神社の境内には見世物小屋がたち、人出で一杯だった想い出がある。
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          老老夫婦の介護の備え

2009-04-23 05:52:45 | Weblog
タレントの清水由紀子さんが静岡県の富士の見える父親のお墓の前で自殺した。
遺体のそばには車イスの母親が意識不明のまま座っていた。なんとも痛ましい限
りだ。清水さんは長年病気の母親の看護に疲れ、父親の墓前で自らの命を絶った。
今の日本の老人介護福祉の現状を象徴するような出来事だ。

昨日のNHKの朝の番組「生活ほっと」で介護に悩む家族の問題を取り上げ「老老」
「しんぐる介護」の現状にスポットを当てていた。幸い僕ら老老夫婦は今のところ、
健康で家族にも他人にもお世話になっていない。二人とも介護保険料を”高い高い”
と冗談言いながら支払っている。

だが、後期高齢者である。いつお世話になるとも限らない。”老”は確実にやってきて
いる。生身の身体だから明日にでも倒れるかも知れない。正直いって自分では、ど
うしてよいか判らない。出来ることといったら、自分の身体だから自分で気をつける事
ぐらいだ。

そうだ。明日からでも”冬眠”していた朝のラジオ体操を始めることだ。腰の痛みのと
れた老妻がまず、先遣隊として今朝から参加した。医者から言われて買った血糖値
測定器でいくら血糖値を測っていても健康にはならない。そして、ない知恵をしぼって
こうしてブログを書こう。多少認知症の予防には役立つかもしれない。
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         不況は子供の世界にまで?

2009-04-22 06:00:39 | Weblog
家の近くに出来たコンビニ型ミニスーパーで、ちょっとした”異変”が起きている。
店内に子供の姿がめだち、それでなくとも混んでいるレジの前の行列を長くして
いる。子供たちのお目当ては店内で売られている安価なスナック菓子やアイスクリ
-ムなどのようだ。

百年に一度の厳しい不況は大人だけでなく子供の世界にまで影響出はじめたの
のかー。日本珠算教育連盟が今月、首都圏の小学生4年ー6年生300人を調査し
たアンケート結果が新聞に出ていたが、それによると、小遣い額は月1000円ー
1100未満が26・0%と一番多く、平均は913円だという。そして使途で最も多いの
は菓子やファーストフードの購入で55・7%だそうだ。

最近、東京では僕らが子供時代にはあった”駄菓子屋”がなくなり、子供たちは、
もっぱらコンビニなどを利用しているようだが、わが家の近くのミニスーパーは、確
かにコンビニより安い。

コンビニに比べて、ミニスーパーは店内の装飾などカッコウはよくないが、子供にと
ってはやはり値段が安い方がよい。店にとっても子供とはいえ大事なお客さんだ。
レジ待ちの行列の子供たちに店員が籠にいれてキャンディを配っていた。昔、子供
だった頃”駄菓子屋”のおばさんが、お得意の子供たちに小さな塩コンブをおまけに
配っていたのを想い出した。
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         やっとやってきた都会の鶯

2009-04-21 16:23:06 | Weblog
隣家の庭で鶯の鳴き声を聞いた。”花に鶯”というが、桜の花も散ってしまった今
頃になって何故姿を見せ初鳴きをしたのだろうかー。近所のミニ開発で庭木が減
り巣造りの場所がなくなったためなのだろうかー。”ホオホケキョウ”の鳴き声を聞
いて、なんとなく心がなごやかになった。

東京の上野の隣駅に「鶯谷」駅がある。江戸時代から明治の中頃までは、文人墨
客が住む風流の里であったようだ。僕の先祖は文人墨客ではなかったが、明治34
年から36年にかけて日暮里村金杉という音無川のほとり、つまり鶯谷に住んでいた。
先祖が残した文書によると、当時の鶯谷では,春には鶯の声を聞く会、初夏には蛍
狩さえ楽しめたそうだ。駅前にラブホテルが乱立する今の鶯谷からは想像もつかない。

僕の住むあたりでも、つい10年ほど前までは梅の咲く時期には鶯の初音を聞いたもの
だったが、最近は庭木で囲まれていた邸宅がミニ開発で分割されて樹木も切られてし
まった。わが隣家も、どういう事情か判らないが、最近家人の姿をみない。財産相続で
売却されるという噂も流れている。150坪もある住宅である。一軒まるごと引き受ける
買主がいればよいが、分割されれば梅の古木も多分伐採の運命にある。いよいよ鶯
の棲家はなくなってしまう。

▽ 声絶えず 鳴けやうぐいす ひととせにふたたびとなに 来べき春かな
                     (古今和歌集 巻二)

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