「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

80年前の僕の習字、図画と半世紀ぶりに対面

2017-09-30 06:30:57 | 2012・1・1

昨日、東京練馬にある「唐沢博物館」へ出かけた。この博物館は東京教育大学の教授だった唐沢富太郎氏(1911-2004年)が生前私財をなげうって全国から集めた江戸時代から現在までの教育関係の資料7,000点を一堂に集めて展示してある。

約半世紀前の昭和44年、僕は唐沢教授が資料を集めておられるのを週刊誌でしり、父の遺品整理で出てきた僕と姉の小学校時代の習字、図画などの成績物を製本した22冊(写真)を教授に寄贈した。その後、教授から隣家の火事の類焼でこれらの成績物が焼けてしまったかもしれないとお詫びの連絡を受けた。そこで、半ば諦めていたのだが、今年の8月、産経新聞の報道で「唐沢博物館」があることを知り、早速、館長の三女の方に連絡したところ、なんと僕ら姉弟の本は無事保存されていた。

48年ぶりに対面した僕の80年前の図画、習字、先生が謄写版で刷った宿題など見て、改めて父に感謝するとともに、これらを唐沢教授に寄贈した僕の決断の正しかったのを確認した。何回もの転勤で、わが家の貴重な遺品が散逸しかけているが、こうした教授とご遺族の善意で、僕ら姉弟の作品も保存され一般に公開されている。

唐沢博物館には、戦前教育を受けた僕らには忘れられない、天皇陛下の御真影(お写真)を収蔵していた奉安殿の実物も展示されおり、入口には、昔、どこの小学校にもあった二宮金次郎の石像(写真)が安座している。入館は事前予約が必要で、詳細は「唐沢博物館」のホームページをご覧を。
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自己保身 見苦しい前原カチカチ丸の最期

2017-09-29 06:10:08 | 2012・1・1
民進党の前原誠司代表が昨日の同党議員総会で小池百合子都知事の新党「希望の党」への事実上の合流を提案全会一致で了承された。政治の世界は一寸先は闇だというが、合流といっても誰がみても解党である。9月の初め代表に選出されたばかりの前原氏である。その前原氏が”名を捨て実を取る”-として”解党”宣言、自分は無所属で選挙に出るという。指揮官の敵前逃亡もいいところだ。

民進党は前原氏が代表に選ばれた後も、幹事長候補の女性の不倫問題もあって支持率は一向に上がらず、逆に離党者が続出、いつ沈んでもおかしくない”ドロ船”化していたが、まさかこんな形で一か月もたたずに沈没するとは思ってもいなかった。政局はまだ流動的だが、”覆水盆にかえられず”民進党の復活はあり得ないだろう。

不謹慎だが、僕は”ドロ舟”からの連想で「カチカチ山」の昔の民話を読み直してみた。「カチカチ山」は大きく分けてみ三つからなっているが、どれも老婆を殺した悪者のタヌキが、その殺人の敵役、ウサギによって復讐されるという筋である。一つはタヌキがウサギの策略で”ドロ船”に乗せられ、カチカチと火打ち石で舟の上の柴に火をつけられ殺されるというもの。もう一つは、ウサギが策略から、大きな”ドロ舟”と小さな木船を用意してタヌキをおびき出したが、慾の深いタヌキは”ドロ船”選んだが、結局、ウサギに舟の櫓によって殺されたという筋。

あえて民進カチカチ丸劇で誰がタヌキで誰がウサギといわないが、何か示唆に富んでいて面白い。2006年、当時民主党の幹事長だった前原氏がニセメール事件を起こし辞任したが、その時、師と仰ぐ渡部恒三氏から”人を見る目がない”たしらめられているが、今度は大丈夫なのだろか、いいずれにせよ、いみじくも民進党大島敦幹事長が言っているが、すべて”自己保身”から始まってり見苦しい。
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パソコンの故障に悩まされる老人たち

2017-09-28 06:48:40 | 2012・1・1
毎日使用しているパソコンが、ここ数か月調子が悪い。なんとかメールの発着信はでき、こうしてブログも毎日、更新できているのだが、立ち上がるまでに時間がかかり、正体不明な外国語の”ウィルス”が蓮日入ってきて、それを除去するのが日課になっている。ついに昨日ブログに写真を挿入しようと思って、カメラのSDカードを器機に入れ、こんどはそれを取り外そうと思ったがとれない。以前、強引に取り外して大事になったっことがるので、挿入したまま近所の修理店に持ち込んだ。

修理店の外国人の店員はいとも簡単にSDカードを取り出して笑って見せたが、当たり前の話だ。その当たり前の事が年寄りには理解できないことがある。僕は文系出身だからと思って理系出身の友人に聞いたら関係ないといった。事実、友人たちはもPCが故障すると子供や孫の世話になっている。結局、僕のPCは「診断処方箋」によれば、”器機の劣化から故障しかけている。新しいのに買い替えをお勧めする”という診断だった。確かに僕のPCは7年前に買っており寿命がきているのかもしれないのだが、無知からくる疑心暗鬼、新品を買わせるための戦術とも思えてきた。

新聞の折込広告に39、980円のPCが100円で買えるという、大手通信販売会社のチラシがあった。新品に買い替えたいと思っていたので、電話をして聞いてみたら、通信用端末セットを新しい会社に切り替え、月々、4,760円を支払えとい条件がつぃていた。今、わが家は修理会社と契約して別な端末セットを使用しているが、修理会社の話では、切り替えると莫大の費用が掛かるという。どうしたらよいか、今孫と相談中だが老人にはPCの取り扱いは難しいく周辺器機は理解しにくい。

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国難突破解散というが

2017-09-27 05:03:59 | 2012・1・1
今回の衆院解散いついて安倍晋三総理は”国難突破解散”と名づけた。「国難」とは久しぶりに聞く言葉である。戦争中、小学生だった僕らは、明治時代の古い軍歌「元寇」(永井建子作詞作曲 明治24年)をよく歌ったものだ。♯ 四百余州にこぞる十万余騎の敵 国難ここにあり 弘安四年夏の事、なんぞ恐れん われに鎌倉男子あり、正義武断の名 一喝して世にしめせ”。また、戦時下の翼賛選挙でも”国難突破大演説会”といった立て看板をよく見たような記憶がある。 

もしかすると、僕は戦後70年、「国難」という言葉を初めて聞いたのかもしれない。戦争放棄の平和憲法の下、幸い一僕らは一度も「国難」には遭遇しなかった。そのため平和ボケしてしまったのか、安倍総理が「国難」と言われても今一つピンとこない。確かに北朝鮮が、わが国の上空を何回もミサイルを飛ばし、そのたびにJアラートのサイレンがなり響く事態は「国難」である。が、今一つ、東京に住む80歳半の僕には「国難」の緊迫感がない。

昔の歴史書を見ると、700年前の二回にわたる元寇時代、鎌倉幕府は北条時宗の時代だったが、時宗はモンゴル帝国から高麗を通じて何回もの朝貢要求を黙殺した。一方、全国、四百余州から兵をこぞり、九州の警備にあたった。文永(1274年)弘安(1280年)の二度の元寇は、結果的には”神風”が吹き、わが国は侵略に会わなかった。史家によれば、わが国の勝利は時宗の専断的な意思決定だったといわれる。安倍総理の場合はどうか。「国難」突破といっても選挙の告示から投票まで半月間、政治が空白になる恐れもある。国難突破の理由付けは、どんなものだろうか。
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「希望の党」の戦術と勝算

2017-09-26 05:36:15 | 2012・1・1
安倍晋三総理が昨夕の記者会見で衆院の解散を正式に表明、政局は10月10日告示ー22日投票に向けて一挙に選挙ムードに入った。政局で注目される一つは、小池百合子都知事の新党へのかかわりあいだったが、小池知事は、総理の会見に先立ち、自らが代表となり、党名も「希望の党」と命名した。

新聞報道によると、「希望の党」は全国で150名の候補者をたてるようだが、その中心は首都圏一都三県(神奈川、埼玉、千葉)である。一都三県には、公選法によると、小選挙区が東京25、神奈川18、埼玉15、千葉13.計71あり、一方、比例代表制定員は東京ブロック17、南関東ブロック(千葉、神奈川、山梨)22、北関東ブロック(茨城,栃木、群馬、埼玉)19、合計58名と大票田である。「希望の党」が首都圏を第一のターゲットにするのは当然だ。ちなみに7月の都議選の党派別得票数は、小池知事の「都民ファースト」が第一位で、1,881,030に対して自民党は1,260,101、公明党734,692、民進党は僅かに385,762票であった。

安倍総理は選挙の勝敗ラインは自公併せて衆院定員465名の過半数233だとしている。現在、自民党は288人、公明党は35人合計323人の議席を持っているから、総理は随分低く勝敗ラインを設定したものだ。それだけ、苦戦は覚悟しているのだろう。問題は野党第一党の民進党である。現在の議席数88を維持できるだろうか。「希望の党」の進出で、もしかすると第一党の座を譲ることになるかもしれない。いずれにせよ、政党別勢力地図が塗り替えられるのは間違いない。
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面目は保ったが大相撲9月場所の教訓

2017-09-25 05:29:09 | 2012・1・1
初日から三横綱が欠場し、途中から二大関もケガで土俵を去る波乱の九月場所だったが、千秋楽終わってみれば、独り横綱、日馬富士が決定戦で大関豪栄道を破る逆転優勝であった。小ブログは序盤、五日目で日馬富士が三敗した時まさか優勝するとは思っていなかったが、横綱の土俵入りのない場所は寂しい、欠場しないで頑張って欲しいと、日馬富士に激励のエールを送っていた。それだけに日馬富士の優勝は嬉しい。

波乱の場所、どうなることと心配していたら、番付通り、収まる所に収まる結果になったが、大相撲の関係者には大きな反省材料を与えた。今場所だけならよいが来場所も、横綱大関の欠場が続くならば、”看板に偽りあり”で、今のような札止め、満員の場所は続かないであろう。今場所千秋楽の恒例の三役そろい踏みは、まさに”底上げ”の土俵であった。

先日のブログでも解説者、舞の海さんの言葉を借りて、今の力士の”メタポ”がケガを多くし欠場を多くしている、と指摘した。そして、改めて、今場所NHKのBSが放送していた平成3年場所のビデオを見たら、土俵上の力士にあまり白い包帯やサポーター姿がなかった。平成3年といえば、現在の相撲協会の八角理事長が横綱、北勝海時代で、若貴兄弟や舞の海さんが幕内で活躍していた時代だ。

力士の”メタポ”は、必ずしも強い力士にするとは思えない。その証拠には”メタポ”が原因でケガをし、番組をさげた、かっての関取が幕下に群居している。やはり、力士の大型化は問題があるのではないだろうか。廃止された公傷制度の復活と共に、相撲関係者は是非検討してもらいたい。
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総選挙 小池都知事の動向と 新党への希望

2017-09-24 05:50:42 | 2012・1・1
10月総選挙を前にして小池百合子都知事の息のかかる新党が、知事の朋友の若狭勝衆院議員と先ごろ民進党を離党した細野豪志元環境相らとの間で進められており、28日にも正式に発表になる。それを前にして小池知事の新党への”関わり”が注目されているが、やはり、都知事職を配慮してか一人の「代表」ではなく、「共同代表」あるいは「顧問」でおさまるらしい。しかし、小池色を前面にだし、知事の政治塾「希望」の名前をとって「希望の党」になるようだ。

「希望の党」に誰がどんな形で立候補するのか寡聞にして知らないが、最近、政治家として忘れかけられてきた、かっての政党の党首や、最近民進党を離党した議員たちが、どうやら立候補するらしい。それも比例代表区からの当選を狙っているようだ。政治に素人の僕からみても、新党の政治に同調しての立候補ではなく、”泥船”の政党にいるよりは、という人たちが多く見える。

一方、野次馬的で申し訳ないが、選挙を前にして大変なのは東京の選挙区選出の自民党の諸先生だろう。この中には、昨年の都知事選で親子ぐるみで小池知事に反対した石原慎太郎元知事の二人の子息、伸晃氏や宏高氏、都議選敗北の責任者、元文科相の下村博文氏もいる。当落は週刊誌の恰好の材料となろう。

小池旋風が、都議選の時のように吹くとは思えないが、大義なき解散、総選挙である。それも選挙は水物といえる。しかし、新党が民進党からの離党者の受け皿とみられるなら、勝利はない。やはり、なんと言われようとも、勝利するなら、小池カラーを、もっと前面に出すべきだろう。第二の民進党では困る。

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ロケットマンと老いぼれのケンカ、口だけにして欲しい

2017-09-23 05:31:48 | 2012・1・1
米国のトランプ大統領が得意のツィターで、北朝鮮の金正恩委員長を”ロケットマン”呼ばわりしたら、こんどは金正恩がトランプの事を”老いぼれのならず者”だと返してきた。そして、米国に対して超強硬の措置をとり、トランプを火あぶりにするといっている。その強硬措置は、北の外務大臣によれば、太平洋で地上最大の水爆実験だとのことだ。言葉だけの言い合いならよいが、公海での水爆実験となると話は違ってくる。

トランプが金正恩を”ロケットマン”と呼んだと聞き、僕はよく言いあてていると苦笑した。しかし”ロケットマン”とは、1972年に英国のシンガーソンガーライターのエルトン.ジョンが宇宙飛行士について歌った”Rocket man"から来ているとは知らなかった。早速ネットで歌詞の一部を拾い読みしたら、こんな章節があった
”Rochet man burning out his fuse up here alone"(ロケットマン、一人ぼっちで焼け落ちた)”Mars aimed the kind of place to raise up kids, in fact,its cold as hell"(火星は子供を育てるところではない。まるで地獄みたいだ]。金正恩がトランプを”老いぼれ”と呼ぶのは、よく解る。

問題は水爆実験だ、おそらく長距離ミサイルに水爆措置を塔載して飛ばすなのだろうが果たして安全なのだろうか。僕らの記憶の中には、1954年3月、米国が太平洋の ビキニ環礁で行った水爆実験で、操業中の第五福竜丸など多くの漁船が”死の灰”を被曝して犠牲者が出たことが、今でも鮮明に残っている。


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1000万人の一人 僕も”糖尿病”患者

2017-09-22 05:40:20 | 2012・1・1
糖尿病が強く疑われる成人の推計が初めて1000万人を越えたとの厚労省の統計が新聞に出ていた。このほか、その疑いがある予備軍は、前回平成24年度の調査に比べれば、50万人減ったが依然、1000万人いるそうだ。合計すれば2000万人。日本人の成人、5人に1人は糖尿病”の疑いがあるということだ。簡単にこういうが、糖尿病の深刻さを考えれば大変なことだ。

昨日かかりつけの病院から、先月行った後期高齢者医療保険加入者を対象にした「特定健康検査」の結果が知らされた。レントゲン、メタポ、心電図、尿、血液など総合的なチェックだが、医師にいわせると、80歳代後半の老人にしては、”まあまあ”の結果であった。メタポの指針となるBMI(体重÷身長÷身長)が260mg/dl,、つまり太り過ぎだが、治療中の糖尿病の血糖値(HbA1c)は6.4p%と前回より下がっていた。

戦中、戦後の食糧難時代、日本から糖尿病患者はいなくなったといわれている。僕が現役時代の20数年前までも、あまり糖尿病は今のように問題にならなかった。僕も50歳ごろから高血圧で、降圧剤を服用したが、高血糖といわれたことはなかった。医者から糖尿病と初めて診断されたのは、70歳代になってからの事だ。

厚労省によると、糖尿病が増えている原因の一つは、日本人の急速な高齢化によるものだという。たしかに僕の体験からもそんな感じがする。年金生活に入ると、どうしても運動不足になる。それでいて、飽食の時代から美食が多くなる。さらに、80歳代になると、足腰が弱り、家に閉じこもりになる。主治医は食事療法を勧め、毎月、僕の血糖値を見ながら薬の量を調節してくれているが、今回また薬の量が減ったのは有り難いことだ。
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赤い花なら曼珠沙華 幸せだったじゃがたらお春

2017-09-21 06:03:04 | 2012・1・1

季節の移り変わりは正直だ。彼岸の入りの昨日、近くの遊歩道を散歩していたら曼珠沙華(彼岸花)が赤い花(写真)を咲かせていた。毎年の事だが、この花を見ると、僕は戦争中、流行した「長崎物語」の歌を想い出す。
♯ 「長崎物語」(作詞梅木三郎 作曲佐々木俊一 昭和13年)
  赤い花なら曼珠沙華 オランダ屋敷に雨が降る 濡れて泣いていたじゃがたらお春
  みれんな出船か ああ鐘が鳴る ララ鐘が鳴る

戦争中まだ小学生で、軍歌全盛時代だったのに何故、僕がこの歌を今も覚えているのかわからないが、子供心にも德川幕府の鎖国令によって幼い少女が、家族から引き離されて。遠い異国に連れて行かれるのに同情したのかもしれない。また、当時の時代背景として、国民の目が南方地域に向けれていたことがあったかもしれない。


縁があって、戦後の昭和41年、僕は1年間余、じゃがたらお春が流された地、バタビア(現在のジャカルタ)に住むことになった。お春の時代からは400年近く経ち、当時の面影はほとんどなかったが、戦前、日本の領事館があった裏庭には、お春時代の日本人の一人、宗兵衛の墓があったという話は、まだ伝っていた。

10年ほど前だが、僕は、その宗兵衛とお春との関係について書いた「じゃがたらお春の消息」(白石広子著 勉強出版 平成13年)を読んんだ。過去の資料を駆使して書いた貴重な本だが、じゃがたらお春は、日本人一般が抱いている”オランダ屋敷に降る雨に濡れて”祖国恋しや”と泣いていた少女ではなく、実際は現地で、やはり平戸にいたことがあるオランダ人と結婚、裕福な幸せな生活を送っていた。でも、話としてはやはり、”赤い曼珠沙華”のお春なのである。
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