「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

金正日は来日,謝罪のチャンス

2006-06-30 06:08:26 | Weblog
拉致犠牲者、横田めぐみさんの元夫と称する男の茶番劇をテレビで見た。
彼も拉致の被害者であり,置かれている環境が北朝鮮なので、あえて彼の
発言の信憑性も問わないし、彼の無礼な態度も追及しないことにする。
しかし、一言いわなければならないのは、「拉致」が国際的な犯罪である
ことを彼が認識しているか、どうかである。

きのうの記者会見でみる限り、彼は自分は拉致被害者ではないといって
いる。それは、ある意味では彼の勝手だが、彼のかっての結婚相手の
横田めぐみさんは明らかに拉致の犠牲者である。結婚生活の中で彼は
じゅうぶんそれを知っていたはずである。めぐみさんのおかあさん、
早紀江さんも言われていたが、13歳の少女が拉致され、異国の環境に
置かれれば、どうなるかー。子供の時の外傷から精神に異常をきたす
ことなどありえない。

金正日・国家主席(本当は敬称もつけたくないが)、いまあなたが
しなければならないのは、テポドンなどの威嚇外交ではない。すぐにでも
拉致被害者を日本へ帰還させ、犯した罪について誠心誠意謝罪すべきで
ある。貴国との国交回復のため二度まで足を運んだ小泉総理の任期も
あと数ヶ月である。小泉さんへの答礼をかねて来日、謝ったほうが
将来のお国のためにもよいと思うのだがー。





 



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「養老院」はなくなったがー

2006-06-29 05:58:19 | Weblog
「養老院」というと、暗い、貧しい、汚いといったマイナス・イメージだ。
事実、僕の脳裏には昭和30年代のはじめ取材のため訪れた東京・板橋の
養老院の孤独な老人たちの姿が残っている。汚い畳の大部屋で内職の袋
かけをしていた姿である。横浜の聖母の園・養老院の火事で100人ちかい
老女が亡くなった惨事は昭和30年2月であった。建物が旧海軍の木造二階
建ての老朽施設だっただけにあっという間に全焼してしまった。

半世紀を経た今この「養老院」のイメージは払底された。全国各地の老人
施設は格段と改善された。とくに有料の老人ホームの中には高級ホテル
より立派なものもある。友人が外国旅行の間、母親のために借りた施設も
"絢爛豪華”だった。ただ値段のほうも五つ星なみだったという。

好いことずくめのようだが、現実はそうではない。昨夜のNHKテレビに
よれば、身内の老人介護をめぐって、最近だけで10件もの刑事事件が
発生している。まさに悲劇である。先日、僕の先輩の一人が青あざの
腕をみせて「妻の認知症介護の勲章です」と笑っていった。笑っている
程度ならいいのだがー。高齢社会の到来で、75歳の僕のまわりにも
確実に老老介護が始まってきた。






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「大江戸線」よ有難う

2006-06-28 05:13:43 | Weblog
きのう37年ぶりに両国を訪れた。あの"相撲の町”の両国である。同じ
東京でも特別用事でもない限り訪れる機会がないものだ。僕ら夫婦は
東京環状線、山手線の外に住んでいる。だから東京の中心へ出るには
私鉄で最低150円かかっていた。
ところが70歳以上になると僅かのおカネで、都民はバスと都営地下鉄が
自由に乗れる。以来、僕らは私鉄に代わってバスを利用、都営地下鉄を
利用することになった。交通費が夫婦で往復1,000円は節約できる。昼食
代ぐらいにはなる。

「大江戸線」は都内西北部の郊外から都心下町11区を結ぶ延長40キロの
放射状の地下鉄である。僕らの住まいからは,あまり縁のない地域を
走っているので、70歳以前は使用しなかったが、今はすこし不便で時間が
かかっても、バスと他の都営地下鉄を乗り継ぎ乗り継ぎ「大江戸線」の
お世話になっている。


沿線には六本木ヒルから始まって築地、深川不動,清住庭園、大江戸博物館、相撲
博物館などなど。いつどこへ行っても、われら老人男女のグループで一杯で
ある。寝たきり老人になるよりはるかに健康的だ。「大江戸線」よ、有難う
である。
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戦争"負の遺産” 遺棄兵器

2006-06-27 06:12:38 | Weblog
また中国東北部(旧満州)松花江で旧日本軍の有毒化学兵器がみつかった
との情報を受け、専門家チームが派遣され調査中である。専門家でない
ので詳しいことはわからないが、この地域での各種遺棄兵器の数は70
万発ともいわれる。このうち有毒化学兵器があれば、国際条約に従って
2007年までに最終処理しなければならない。その労力も金額も大変なもの
である。

現代に生きる我々にとってはまさに戦争の"負の遺産”である。戦争の
大きな代償である。なぜ、こんな馬鹿なことをやったのかと、恨みたく
もなるが、敗戦、ソ連の無法な参戦など当時の状況をを考えればやむを
えなかった。これらの有毒兵器がソ連軍の手に渡っていたらと想像する
だけでもぞっとする。

中国の事情には詳しくないが、南方地域を旅すると、いまだに戦争の
ツメ跡に遭遇する。敗戦でこの地域でも僅かに残っていた兵器を処理
した。有毒兵器類はなかったと思うが、いまだに海中などにその残骸
をみつけることがる。陸上には塹壕、防空壕などもそのままになって
いる。従軍世代がいなくなると、証人もいなくなり、これらのツメ跡
が語り部がないままに将来、"牙”をむいてくることさえありうる。
出来ることなら今のうちに処理したほうがよいと思うのだが



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ブッシュ 小泉 プレスリー

2006-06-26 06:04:38 | Weblog
小泉首相にとっては最後の日米サミットとなる今回の会談のあと、首相の希望で
大統領専用機でともどもテネシー州メンフィスにある"ロックの王様”、故エルビス・
プレスりーの記念館「グレイスランド」を訪れる。
「グレイスランド」はプレスリーが生前(1957-1979年)住んでいた住居の跡で
国の史跡に認定されている。

国家の首脳としては異例の訪問先を発表したブッシュ大統領はテレビの前で「60年
前敵と味方として戦っていたときには、とても考えられなかった」と珍しく感興を
こめて語っていた。ブッシュは昭和21年、小泉とて17年生まれ事実上戦争を知らない世代である。

プレスリーが活躍した1950年代から60年代、両指導者とも青年だった。小泉が
プレスリーのファンであるのは理解できる。自分のことで恐縮だが、当時僕は
週刊誌にプレスリーのことを書いた。彼が徴兵されたことに対して、ファンが
大騒ぎした、という内容だった。小遣い稼ぎのくだらない原稿だったが、予期に
反して、日本のファンからも編集部あてに抗議が殺到、驚いた記憶がある。

プレスリーはその後西ドイツで二年間兵役につき軍曹にまで昇進した。そのせいか
彼はベトナム戦争推進派だった。ブッシュは反対で、徴兵忌避のため州兵に応募、
パイロットになったという説もある。小泉さんの当時のことは知らない。徴兵制の
ない日本だから軍隊にはいっていない。ちなみにプレスリーの血液型はO,小泉は
A型、ブッシュはわからない。首脳会談で小泉首相から直接きいて貰おう。

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日銀総裁と一万田”法皇”

2006-06-25 06:16:26 | Weblog
福井日銀総裁の罷免決議を野党四党が休会中の国会に出すという。大方の
世論も”福井さん、辞めてください”と大合唱している。にもかかわらず、
福井総裁は妙な弁解ばかりして辞任の気配がない。

国民は一部あなた方特権階級の”マネイ”遊びにうんざりしている。これ
以上、国の貴重な時間をあなた方(あえていわせて頂く)のために空費さ
れるのはコリゴリなのだ。あなた方の”マネイ”遊びがなんらかでも国の
役にたち、国民に還元されているのなら別だがー。


第18代日銀総裁、一万田尚登氏は歴代の総裁中、在任期間が8年7月と
ずば抜けて長い。戦後の難しい時期を占領軍と渡りあってまで確固たる
金融政策を貫いた。その一貫した姿勢について当時のマスコミは、かれに
”法皇”という異名を献じた。日銀総裁辞任後も彼は鳩山、岸両内閣で
大蔵大臣を勤めている。

第29代総裁は、どうだろうかー。”ファンド購入は私利私欲ではない”
と弁解している。”将来性のある若い人へのはなむけ”といっているが、
我々には理解できない。第18代総裁は国際基督教大学(ICU)の設立に
私財を投じている。彼はキリスト教徒ではないし、公職を辞してからの
話である。




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「安里屋ユンタ」の謎

2006-06-24 05:49:17 | Weblog
”僕が沖縄を初めて訪れたのは、戦後もずっとたった昭和59年である。
それまで仕事上もプライベートの面でも深い関係はない。それなのに
沖縄の民謡「安里屋ユンタ」のメロディと最後の囃子言葉”死んだら
みんな神様よ”の部分だけ知っている。ボやっとした記憶では、敗戦
直前の勤労動員先で歌ったような気がする。と、なると、やはり沖縄
戦の最中に内地で流行したのだろうかー。”死んだらみんな神様”が
なんとなく兵隊たちの悲しいパロディみたいでもある。

平成の時代になって僕は石垣島に二回、外国人の研修の手伝いで長期
滞在した。そして「安里屋ユンタ」が竹富島に400年も前から伝わる
民謡で、その元歌にも新しい替え歌にも”死んだらみんな神様”と
いうのはないのを知った。囃子言葉は”マタハリーヌ,チンダラ カヌ
シャマヨー”である。

この”マタハリーヌ”の囃子言葉がインドネシア語の”matahari cinta-
lah kamu sama"(太陽、同じお前の恋人)だという説がある。言語学的には異なる
と思うが、琉球王国時代からマラッカ王国との往来が明史に記述されて
おり、あながち関係ないと否定は出来ない。謎である。


 
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息切れ さむらい日本

2006-06-23 06:39:27 | Weblog
サッカー"音痴”のサッカー評である。ごめんなさい。きょうも早朝起きて
テレビで王者ブラジルとの試合を観戦した。前半終了まぎわまでの1対0の
展開は善戦だった。が、豪州戦の時と同様、後半逆転された。息切れである。
日本のサッカーの特徴は敏捷さだと聞いたが、耐久力、持久力に問題あり、と
素人には映ったがー。

無責任な提案である。真偽のほどは知らないが、スキーのジャンプ競技の
ように自国に有利のように競技規定の改善をFIFAに提案してみてはー。
例えば、現行の45分制を30分に短縮するとか。日本の敏捷性が生きて
競技もスピード感が出て面白いと思うのだが。

"さむらい"と冠をつけたのに、ユニフォームの”ブルー"は似つかわしくない。
もっと日本にあったカラーがあったと思うのだが。今回の敗北でまた、監督
バッシングが起きると思うが、やはり監督は日本人のほうがよい。こまかい
選手とのコミュニケーションがとれるし、より選手と一体感がでる。
サポーターも息切れせずに頑張って!





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沖縄慰霊の日に想う

2006-06-22 06:06:57 | Weblog
あす23日は沖縄慰霊の日である。沖縄での組織的戦闘が事実上終結
した日を記念して県が制定した。小泉総理も就任以来5回目の参拝を
する。当然である。この戦争では23万余の人が亡くなっている。この数は
当時の沖縄県民の四人に一人にあたる。

沖縄の戦闘では当時、師範学校、中学校、女学校の生徒だった十代の
少年、少女が鉄血隊や姫ゆり隊を結成、1,780人のうち890人が
戦死している。なんと半分に近い生徒たちがである。そのころ
同年代だった僕も、沖縄についで予想された本土決戦に備え利根川
運河の掘削工事に動員されていた。来る日も来る日もモッコを担ぎ、
「沖縄を思え」と現場監督の兵隊からしりを叩かれた。広島、長崎原爆の
尊い犠牲がなかったならば、いまの僕はこの世になかったかもしれない。


慰霊の日をあすに控えた今日、姫ゆりの塔に近い糸満市米須では米国
5インチ艦砲不発弾の処理が行われ、交通が遮断される。戦闘は数か月で
終ったが、基地問題を含む戦後処理は60年経過した今でも未解決。
考えさせられる。
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日銀総裁とお公家さん

2006-06-21 05:47:35 | Weblog
日銀発足時、職員にはお公家さんが多かった、と先輩記者から聞いたことが
ある。おカネに困らない公家ならおカネで悪いことはしないだろうという発想から
らしい。ひるがえって今回の騒ぎをみてみよう。日銀のトップは「カネ儲けして
どこが悪い」と強弁している容疑者に組してその分け前に預かっていた。

たしかに正当なカネ儲けは悪ではないし、福井日銀総裁の村上ファンド運用も
犯罪ではない。しかし、国の金融政策のトップが政策推進の裏で、今回のような
資金運用に参画していれば、庶民は誰もがが自分だけ儲けやがってと嫉むに
違いない。今の”零金利政策”の下で短期間に1千4百万円の運用利益を得るのは
不可能だからである。

先日、82歳のかっては一流企業の幹部だった知人から、インチキ商法に
ひっかかって8百万円損をした。何とかならないかと相談があった。年金だけ
では生活できないから、小金のある老人の中には、ついこんな詐欺まがいの
商法の犠牲になってしまう。彼らからみれば、総裁の今回のファンド運用は
一種の”インサイド取引”である。

福井総裁は辞任しないと頑張っている。儲けた運用利益は社会福祉に寄付する、
といっている。しかし、問題はそんなことではない。自分が日本の国の金融
政策最高責任者であることを再度自覚し、くだらない私欲に走らないで欲しい。
僕ら庶民の感覚からすれば、最高の名誉と高額な手当てを貰っておられるのだから。





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