「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

    年金の行方不明と老人

2007-05-31 05:45:09 | Weblog
年金記録が5,000万件も行方不明だという。算術計算だと日本人の
年金記録の半分近くが宙に浮いてしまっている。信じられない数字
である。政府は”おっとり刀”で社会保険庁を解体し非公務員型の
「日本年金機構」を設置する特別法案を今日にでも強行採択しよう
としている。

このニュースを知り、僕はあわてて箪笥から「年金手帳」を引っ張
り出し、改めて点検した。手帳には”再交付”の印が押してあって、
さらに重複取消済の印が二つも押してある。ところが、平成9年に
加入者全員に割り当てたという基礎年金番号が記されていない。
平成3年以来、きちんと年金を受給しているから問題はないのだが
気になるので調べたら「年金手帳」とは別に「国民年金・厚生年金
保険年金証書」があり、これには”基礎年金番号”が記載されていた。

老齢になると、年金についての知識はこんなものだ。昨日安倍総理と
小沢民主党代表の党首会談をテレビで見たが、この中で安倍総理は、
「日本年金機構」移行後の問題にも触れていたが、僕には始めての
ことがかなり多かった。国民の大方はそうだと思う。まだ、この問題
は十分に審議されていないし、PRも不足している。

早くも社会保険庁の出先機関には問合せが殺到している。大分県では
役人の対応が悪いと暴力事件まで起きている。政府は1年間で問題解決
をしたいそうだが大丈夫なのか。平成9年の統一基礎年金のときも僕の
記憶にはない。慎重に対応しないと、また同じことが起きる。
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     松岡農水相の自殺と林業の危機

2007-05-30 05:20:09 | Weblog
「政治とカネ」でとかく疑惑の多かった松岡農水相が林業談合追及の
渦中自殺した。多少、日本の林業を知っている僕には、松岡農水相の
自殺は、日本の林業の危機を象徴する事件で、改めてある意味では大
臣に同情しお悔やみを申し上げたい。

僕は林業の専門家ではないが、外国人の林業研修のお手伝いで、北は
帯広から南は屋久島まで林業施業現場や研究施設を20数か所視察して
いる。日本の領土の70%以上が山地だが、今ここに植えられている山林
が荒廃していることは関係者以外あまり知られていない。

荒廃の一番の原因は人手不足と不在森林地主が多いため、人工林の手入、
間伐が出来ない。これに加えて外材との価格競争に負け、ここ10数年衰退
の一途である。最近、自然災害が多いのも林業の衰退に原因していると指
摘する向きがある。かって若者に人気のあった林業高校も現在、東京など
19都府県では一校もない。

林業関係者は本業だけは生活できない。そこで国の「林道」事業に頼らざ
るを得ない。現金収入は「林道」造成といっても過言ではない。林道を
造っても間伐材を切り出せなくては危機解消にはならないのだが。

松岡農水相の地元の阿蘇にも、彼の母校があり、姻戚の政治家のいる鳥取
に超立派な林道が走っている。「林道」建設はは政治家の票である。かくして
林業危機の根源は解消されず、深まるばかりである。松岡農水相は、この
矛盾を一番知っていた政治家だったが、そのために命を絶った。悲劇である。










 
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       春の運動会 秋の運動会

2007-05-29 05:11:28 | Weblog
      「四方緑に包まれて 梢に高き富士の峰を仰ぎて
       ここにつどいつつ 大崎健児 日野健児 」
これは東京の五反田駅前に戦災まであった母校(廃校)の応援歌である。
明治時代の作詞だが、もちろん、今この地からは富士の清峰は望めない。
歌詞からみると、季節は春みたいだが、これを歌って応援した運動会は
秋、10月だった。

先週の土曜日、一番下の孫の運動会に応援に出かけた。息子のときは一
度も行ったことがなかったがー。好転に恵まれ会場は超満員。敬老席に
招かれて座った。赤白の帽子をかぶった元気な子供たちを見て想いは60
数年前にまい戻った。

当時の運動会には今のように大勢父母は来なかった。少なくとも父親の
姿はなかった。敬老席などなく、むしろの上に、おばあさんが座っていた
のが残照として残っている。孫の学校は人工芝だが、僕の学校の校庭は
固いコンクリート、転倒して”赤ちん”を塗って貰う子が多かった。男も女も
あの当時は白い”裸足タビ”をはき、女の子はブルーマ姿であった。

運動会は春がよいのか、秋がよいのかー。首都圏では最近春が多くなって
きた。太宰治の作品「津軽」の中で、乳母と再会する運動会は昭和19年5月
である。札幌に勤務していたときも確か春だった記憶がある。やはり北国で
は、秋より春のほうが開催にはふさわしいのだろう。

首都圏では気候的には春秋同じ条件だそうだ。そうだとすれば老人には想い
出があるだけに秋の開催に戻してもらいたいものだが。
 
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      64年前牝馬がダービーを制した頃

2007-05-28 05:31:31 | Weblog
「ウオッカ」とあまり牝馬にはふさわしくない名の馬がなみいる牡馬
を押しのけて2,400㍍の芝生の馬場を駆け抜けた。日本ダービー史上
三番目の快挙、昭和18年以来、なんと64年ぶりの記録だという。

”64年ぶりの記録”と聞いて、あの戦争中にダービーがあったのかーと
一瞬思った。昭和18年といえば4月に山本五十六・連合艦隊司令官が
戦死し、戦局は泥沼化していた。とてもダービーなど楽しむ時代ではな
かった。しかし、東京競馬場で実施され「クリフジ」という牝馬が勝利し
ている。

日本ダービーは昭和9年、目黒競馬場で開始され、今年で第74回目だ
が、この間中止になったのは空襲下の20年と占領下の21年だけである。
19年は勝馬投票なしで変則開催されている。あの時代を知っている者
にとっては、18年の開催はちょっと考えられない。

しかし一方ではあの時代は「愛馬行進曲」(昭和14年)の時代でもあった。
日本軍は”おまえ(馬)の背なに日の丸を立てて”南京に入城した。「馬」
は重要な兵器の一部であり、戦争末期までは「騎兵」さえ存在していた。
馬匹改良は国策で、馬にも「赤紙」が来て徴発された時代であった。時代
背景を考えれば、ダービー開催があってもも不思議ではない。

きのうのダービーには皇太子殿下もご観覧、安倍総理夫妻は牝馬中心に
馬券を買われて儲けられたそうだ。戦後、強い牝馬が何度か挑戦しなが
ら勝てなかったダービーだ。今後の「ウオッカ」の活躍を祈りたい。

ちなみに「愛馬行進曲」はあの栗林硫黄島守備司令官が陸軍省馬政課長
だったたとき補作された歌である。
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      「千の風になって」 と仏教の危機

2007-05-27 05:46:59 | Weblog
一昨日、菩提寺のお施餓鬼会に参席した。年に春秋の彼岸などしか
墓参しない信仰心のうすい”佛教徒”だが、歳とともに、ここ数年多少
信仰に関心が出てきた。お施餓鬼会での法話は、毎回、僕にとって
仏教にふれる唯一の機会であり興味深い。今年の法話には、最近耳
にする機会の多い「千の風になって」の歌詞のコピーが用意されていた。

      ▽「千の風になって」(冒頭の一部)
            (作詞不詳 作曲新井満 日本語詞新井満)
      
       私のお墓の前で 泣かないでください
       そこに私はいません 眠ってなんかいません
       千の風になって 千の風になって 
       あの大きな空を吹きわたっています

NHKの紅白で秋川雅史が歌って以来、この歌を僕でも知っていた。た
だ難しい歌でなかなか上手に歌えないが、メロディが印象的で、好い
歌と思っていた。まさか、この歌が上人の法話に引用されるとは考えて
もいなかった。
   
上人の法話によると、この歌詞の中の”お墓の中に私はいません。眠っ
ていない”のくだりが仏教にとって問題なのだという。墓の中に仏(先祖)
がいないとなれば、墓参する者がいなくなり、仏教の根源が崩れることに
なるのだという。

最近、墓参代行とかPCによるバーチュアルの墓参もあると聞く。若い
世代が亡くなった霊は”風になって”、大空をかけめぐっている。墓参
しても意味がない、と思うと、本当に、この歌は仏教にとって危機になる
かもしれない。
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        「軍艦マーチ」と戦後レジーム

2007-05-26 06:19:14 | Weblog
戦後生まれの学者が新聞のコラムに「軍艦マーチ」の感受の可否が
日本人が戦後レジームから脱却できるかどうかの試金石だ、と書い
ていた。彼は昨年自衛隊の艦上で「軍艦マーチ」を聞き、このような
結論に至ったようだ。

僕は「軍艦マーチ」を聞いても彼のような感動は受けない。彼が引用
している日露戦役当時の小学生は「軍艦マーチ」を聞きながら「日の
丸」を振って艦隊を送っただろうが、戦中を生きてきた世代の多くは
「軍艦マーチ」に対して異なった感情を持っている。

彼は敗戦後の日本人が娯楽の場(パチンコ屋)で「軍艦マーチ」を聞
いたのは、戦後の日本に巣食った、ニヒリズムからだ、と書いている
が、果たしてそうだろうかー。戦争中「軍艦マーチ」は大本営の戦果を
伝えるラジオの曲だった。敗戦直前、この曲(ニュース)にだまされた
国民もいる。それよりも戦争の悲惨さを直接体験した世代にとっては、
単純に、この曲を”戦後レジームからの脱却への試金石”にされてはた
まらない。

敗戦から60年、僕らは新生日本、平和な日本を再建した。たしかに憲法
自体には、今の時代にそぐわなくなってきた項もある。改憲には反対で
はない。が、自衛隊の艦上で「軍艦マーチ」を聞いただけで、この感受
が戦後レジーム脱却への試金石とされては困る。

僕らの世代には、いまなお「国防色」(カーキ色)に対してアレルギー
がある。戦後の日本はニヒリズムではない。今の時代よりも国民は元気
にあふれていたと思う。「戦後レジーム」はそんなに悪かったのか。
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     ツバメが東京に来なくなった!?

2007-05-25 04:53:45 | Weblog
「今年はツバメを見た?」と老妻に聞いたが、彼女も見ていないらしい。
終戦直後の昭和22年「夢淡き東京」(サトーハチロー作詞)が大ヒット
した。”柳青める日、ツバメが銀座に飛ぶ日”という歌だが、あのころ
焼跡の銀座にもツバメは飛来してきたようだが、今はどうなのだろうかー。

早朝のラジオ体操の会場にもツバメの姿はみかけない。代わって緑色をし
た可愛いインコが街路樹の茂みの中にいる。在来のインコではなく、40年
ほどまえ、わが家から約2㌔にある東京工業大学のキャンパスで巣造りを
はじめた”ワカケホンセイ”という外来のインコだそうだ。きれいで可愛いイ
ンコだが、生態系への影響はどうなのだろうか知らない。

先日、息子が自宅のある葉山の海岸で野生のトンビに襲われ、手にしてい
た鶏のから揚げと割箸まで持っていかれた。それこそあっという間の出来
事であった。トンビは羽を広げると1mもあり、獰猛なくちばしをもっている。
息子のそばには小学生の孫もいたが、襲わられずよかった。湘南の海では
トンビの事故が多発している。これから海水浴シーズンに向かってご注意を!

湘南では野生化したリスの被害もでていると聞く。僕も鎌倉のお寺の境内で見
たことがあるが、台湾からの外来種だという。ペット・ブームで誰かが飼ってい
たものが逃げ出したものだろう。リスならよいが、最近は蛇、鰐など獰猛な動物
を飼っている愛好家もいるそうだ。くれぐれも責任をもって飼育お願いします。

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     「親学」 子供じみた議論

2007-05-24 06:00:19 | Weblog
あまり聞きなれない「親学」なるものが政府の教育再生会議で
話しあわれている。まがりなりにも”親”を卒業した僕にとって
不謹慎かも知れないが、あまり興味はなかった。ところが、新
聞でその一部を知り、思わず噴飯した。ここまで日本人の”幼
稚化現象”は進んできているのかー。驚いた。

”子供は母乳で””授乳しながらテレビをみてはいけない”"子守
唄を聞かせろ””早寝早起朝御飯””テレビよりナマの演劇を”など
などー「家庭生活のマニュアル」が「親学」のようだ。昔の育児雑
誌の座談会ではない。言葉は悪いが、いい年をした”有識者”が
政府がスポンサーの会議で討議するテーマではない。

埼玉県の行田市では半年間で、計10回の「親学」講座が開かれた
そうだ。受講生は20-60歳の男女で、大半は女性だという。全国
でこのような「親学}が2万か所も開催されていると聞き、びっくりし
た。”子育て”真っ最中ならとても忙しくて、こんな講座には出席で
きない。

僕らは「家庭生活のマニュアル」がなくとも、なんとか子育てを終え
た。今の日本には本当に「親学」が必要なのであろうかー。最初、
僕は「親学」を耳にしたとき、冗談ではなく、社会マナーが最低の世
代、車内でエロ漫画を読みふけっている若年寄り世代の再教育かと
思った。「美しい国」造りへ即効薬ならば「罰則」中心の道徳再武装
だと思う。戦前への回帰でイヤだが仕方がない。

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自首を呼びかけよう 英国人女性殺害犯

2007-05-23 05:49:16 | Weblog
英国人女性リンゼイ・ホーカーさんが千葉県市川市のマンション・ベ
ランダで惨殺体で発見されてから2か月、依然容疑者の市橋達也
(28)はどこへ消えてしまったのか、事件は解決されていない。僕は
4月19日のブログで安倍総理に事件解決を呼びかけて貰いたい、と
お願いした。総理は多忙だから警察庁長官で結構です。日英友好
のため再度これをお願いしたい。昨年1月タイで英国人女性が殺さ
れた時、当時のタクシン首相は「”タイの名誉を傷つけた犯人”を捕
まえよ」と厳命している。

英国の新聞の報道によると、リンゼイさんの両親は日本は世界でも
安全な国だと信じ、愛娘の日本行きを許したのだという。リンゼイ
さんには、すでに婚約者まであり、結婚までの青春の想いで旅行で
あった。両親の嘆きは大きい。

行徳署の捜査本部(電話 047-397-0010)は市橋容疑者の防犯
カメラの映像を公開、写真ビラ3万枚を全国に配布して捜査に全力し
ているが、解決には至っていない。

11年前、東京の池袋で大学生の息子を殺され、まだ犯人が捕まって
いない埼玉県春日部市の小林邦三郎さんが市橋容疑者の父親宛て
に親の責任を感じるなら自首して欲しい、と手紙を送ったと新聞が伝
えていた。息子の不始末で動顚しているのはわかるが、異国で愛娘
の命を奪われた犠牲者の気持ちを思って欲しい。日本の恥である。
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”ハンカチ王子"と神宮球場

2007-05-22 05:18:48 | Weblog
”ハンカチ王子"こと早稲田大学の齋藤佑樹投手ブームで東京六大学
リーグに観客が戻ってきた。一昨日の早明戦には3万人の観客が神宮
球場に押しかけた。春季の優勝をかける6月2,3日の早慶戦の前売
切符は僅か1時間で6,000枚が完売、という人気だという。ただ麻疹の
流行で予定どおり行われるかどうか。

戦前戦後のある時期までの東京六大学野球はプロ野球よりはるかに人
気があった。小学生だった頃、僕は弁当持参で電車に乗って神宮球場へ
何度も通った。当時の外野席は芝生でピクニック気分で楽しかった。当
時の選手は60余年経った今でも覚えている。白木、宇野、大舘、別当
(慶応)石黒、小島、指方、南村(早稲田)鶴岡(法政)etc.

昭和20年11月18日、僕は戦争で中止されていたオール早慶戦を神宮球
場へ観に行っている。敗戦から2か月なのに球場は超満員だったのを記
憶ている。選手の中にはやせこけた軍服姿もあった。翌21年4月の後楽
園球場のオール早慶戦もスコアボードの鉄桟の上から観戦した。超満員
でここしか観る所がなく、おかげで一張羅のズボンをカギ裂きにしてしまっ
た。

六大学野球の醍醐味はやはり伝統の応援合戦である。校歌「都の西北」
(早稲田)「若き血潮」(慶応)をはじめとする応援歌である。あのドロ臭い
プロ野球の鳴物入りの応援は御免だ。ところで、今年は判官びいき、僕は
慶応を応援したい。

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