ついこの間まで、神社おたくを、自称もし、他称もされていたんだけど。
今は、温泉おたく。
その理由は、温泉は神社だからである、と。
寺社仏閣の壮麗な建物を眺めていると、温泉地にたつ、豪華絢爛な建物とアナロジカルな思いにかられる。
根っこはひとつだ、と。
建築で使うコンパネというベニヤ板があるけれど、あの材料って、たしか、自分の重みで倒れてしまうほどの大木だったように記憶している。
大きくなりすぎて、倒れてしまう。
根を張るほどの準備期間もなく、外へ外へと張り出す、というしくみ。
これ、今に置き換えると、いろんなところで、見て取れるんだよね。
神社にしたって、神は細部に宿りたまふ、というくらいだから、ほんとは、奥の院の又おくの、小さな石ころに、本来のエネルギーがあるのかもしれない。
温泉にしたって、源泉のなかに凝縮した、地球のエネルギーが、そのご本尊なのだと思う。
その外側の構築物って、結局、その時々のパトロンがだれなのか、ということ。
貴族だったり、お侍さんだったり、するんだろうけど、いまは、お金を風呂敷包みにしょった、普通の人々、かな。
と、ここまでは、源泉原理主義的な、リクツなんだよね。
実際には、温泉を管理、運営していくのは、大変なんだろうな。
山村順次さんやいろんな方が研究しているみたいだけど、湯治オンリーの湯浴み客は、高度成長期以降、極端に減ってるようで、10%をきっているらしい。
これ、2007年4月24日に書いたものです。
けっこう、肩に力がはいっているね。
その時々で、心境やら感懐ってのは、変わるものだ。
だから、人生、おもしろい、というわけでもあるんだけど。
今は、温泉おたく。
その理由は、温泉は神社だからである、と。
寺社仏閣の壮麗な建物を眺めていると、温泉地にたつ、豪華絢爛な建物とアナロジカルな思いにかられる。
根っこはひとつだ、と。
建築で使うコンパネというベニヤ板があるけれど、あの材料って、たしか、自分の重みで倒れてしまうほどの大木だったように記憶している。
大きくなりすぎて、倒れてしまう。
根を張るほどの準備期間もなく、外へ外へと張り出す、というしくみ。
これ、今に置き換えると、いろんなところで、見て取れるんだよね。
神社にしたって、神は細部に宿りたまふ、というくらいだから、ほんとは、奥の院の又おくの、小さな石ころに、本来のエネルギーがあるのかもしれない。
温泉にしたって、源泉のなかに凝縮した、地球のエネルギーが、そのご本尊なのだと思う。
その外側の構築物って、結局、その時々のパトロンがだれなのか、ということ。
貴族だったり、お侍さんだったり、するんだろうけど、いまは、お金を風呂敷包みにしょった、普通の人々、かな。
と、ここまでは、源泉原理主義的な、リクツなんだよね。
実際には、温泉を管理、運営していくのは、大変なんだろうな。
山村順次さんやいろんな方が研究しているみたいだけど、湯治オンリーの湯浴み客は、高度成長期以降、極端に減ってるようで、10%をきっているらしい。
これ、2007年4月24日に書いたものです。
けっこう、肩に力がはいっているね。
その時々で、心境やら感懐ってのは、変わるものだ。
だから、人生、おもしろい、というわけでもあるんだけど。