終戦直後。
日本にやってきた外国人が、街で靴磨きをしてもらった。
その子が、おなかをすかせていたので、パンだったか、をあげた。
すると、その子は、大事に紙にくるんで、家に持って帰るという。
小さな妹がまっているから、と。
その外国人は、心うたれた。
自分がおなかをすいているのに、そこで、むさぼり食らう、ということをせず、妹に持って帰る、ということに。
産経新聞に、そんな記事がのっていたらしい。
産経新聞党の、ケーキ屋けんちゃんが、言っていた。
そういう良質な部分も、あるんだよね、とぼく。
編集方針は、そりゃ、いろいろあって、部数を伸ばすために、ご苦労されているんだろうけど。
社会の木鐸、つまり、人々を善導する、なんて、大それた事をいわなければ、いいんだけどね。
どうも、新聞って、その出自からして、腕まくりして、肩に力が入っている感じがするからね。
それはともかく、けんちゃんは、むさぼり食らう、ということが、当たり前になっちゃっている現代というものを、嘆いていた。
たしかに。
食べることも、話すことも、見ることも、むさぼる、という表現かな。
愼独、ということばがあるけど、独りをつつしむ、と。
そんな感じでもあるな。
最後に、ブログ、やめちゃ、だめですよ、と釘をさされたので、こうして、書いてます。
日本にやってきた外国人が、街で靴磨きをしてもらった。
その子が、おなかをすかせていたので、パンだったか、をあげた。
すると、その子は、大事に紙にくるんで、家に持って帰るという。
小さな妹がまっているから、と。
その外国人は、心うたれた。
自分がおなかをすいているのに、そこで、むさぼり食らう、ということをせず、妹に持って帰る、ということに。
産経新聞に、そんな記事がのっていたらしい。
産経新聞党の、ケーキ屋けんちゃんが、言っていた。
そういう良質な部分も、あるんだよね、とぼく。
編集方針は、そりゃ、いろいろあって、部数を伸ばすために、ご苦労されているんだろうけど。
社会の木鐸、つまり、人々を善導する、なんて、大それた事をいわなければ、いいんだけどね。
どうも、新聞って、その出自からして、腕まくりして、肩に力が入っている感じがするからね。
それはともかく、けんちゃんは、むさぼり食らう、ということが、当たり前になっちゃっている現代というものを、嘆いていた。
たしかに。
食べることも、話すことも、見ることも、むさぼる、という表現かな。
愼独、ということばがあるけど、独りをつつしむ、と。
そんな感じでもあるな。
最後に、ブログ、やめちゃ、だめですよ、と釘をさされたので、こうして、書いてます。