のが、日曜日だった。
その前日、出刃包丁を砥ぎ、メジナとカワハギを捌いた。
のだけれど、微妙に、切れ味が鈍っている感じがして、やっぱり。
仕上げの砥石、なきゃダメなかな、という思いが満ち、近所の。
ホームセンターに付属する工具屋さんに直行、ちょうど居合わせた娘と駐車場で鉢合わせ。
でもあったんだけど。
結果、#6000という砥石を購入。
さて、というわけで、帰宅後、そそくさと砥ぎを始めよう、という時、あれ、ひょっとしたら。
と浮かんだのが、砥石を研がなきゃ、かもな、ということで。
これまた、しばらく前に購入しておいた荒砥石にて、中砥石を研いでみたわけだ。
たしかに、手で触ると、真ん中が凹んでいるんだよね。
こりゃ、すごいもんだね、と。
で、傍で、次男坊がスマホで検索しながら、砥石の砥ぎの注意点などを解説しつつの。
そんなシチュエーションの中での、表題なのでした。
学ぶとは、知らないことがあったと知ることが知ることで、知/不知=知、なんて安富さんは書いていて。
その知を身に着けること、それが習う、習ということ。
その繰り返しが、学習過程、なんてこと、「論語」に関わりつつ、書いていた。
なんてことを、体感した時間だったのです。
今朝の秋空も素敵だ。
皆様も素敵な秋をお過ごしくださいませ。