コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

ロベールとキャタピラー(2)

2008-09-27 | Weblog
町で葬式があることになった。有力者の一人が亡くなったのだ。ロベールは葬式が好きだった。彼は葬式の盛り上げ役として有名だったし、葬式に行けばごちそうにありつけ、いつも町の娘たちと懇ろになれた。ただし、町に行くのにはお金がいる。45キロ離れているので、往復の車代が2千フラン要った。娘たちにも数千フランは要るだろう。ロベールはいつもながら素寒貧だった。それに、いつも用立ててくれたキャタピラーは、もう側にいなかった。いや、女はあきらめることにする、車も途中まで歩けばいい。帰りの車代は、町で誰かに借りることにしよう。とにかく、さしあたって千フランがとりあえず必要だ。しかし、いつも借金を踏み倒すので、村人は誰も貸してくれず、その千フランさえどうにもならなかった。葬式に行くのは諦めざるを得ないだろう。家で憂鬱な夕方を迎えた。

妻や子供は、稲田に働きに出ていた。一人家に残っているロベールは、自分はどうしてこんなに貧しいのだろう、と考えていた。そこに何と、キャタピラーが息子とともに訪ねてきた。ワインを一箱携えている。ロベールよ、と彼は切り出した。「あんたは出会ったときから、自分を兄弟のように扱ってくれた。このような人は、世界にそういるものじゃない。もちろん揉め事もあったが、家族の間でそうであるように、いつも円満に解決してきた。」

何を言いたいのだろう。キャタピラーは続ける。「家族も増えてきたので、もう少し森を開墾したいのだ。あんたの部族では、森は売り物でないことは知っている。でも森を使ってはいないのだろう。兄弟の間だから、もしこの森から収益が上がれば、分かち合うさ。代金を払うので、森をさらに売ってほしい。」そして、分厚い封筒を出して言った。「20万フランある。それと、ワインを一箱、ウィスキーを2本持ってきた。」

ロベールに拒否できるわけがなかった。封筒を受け取り、村の長のところに出かけて、森の権利をキャタピラーに譲り渡したことを告げた。譲ったと言っても、両親から相続した森のほんの一部だ。金を得て、ロベールは早速家で宴会を催した。村人が総出でやってきて、一箱のワインとウィスキーは、たちまち無くなった。そのまま村の飲み屋に出かけて、皆に振る舞った。翌朝、ロベールは村人への借金を全て返済した後、きれいに着込んで車を呼び、葬式に出かけていった。

出て行ったのは金曜日。月曜に戻ったとき、ロベールは再び素寒貧だった。そうだ、町に2万5千フランの寄付をした。ロベールの祖先は村の創設者であり、ゴリラを一撃で倒した英雄であったのだから、それ位は寄付しなければならなかった。それに宴会の踊り子たちに、一人何千フランもお祝儀を出したぞ。それからもちろん、娘たちと一夜を過ごしたわけであるが、彼女らにもお金を置いてきた。お金というのは、指の間から抜けて出て行くものなのだ。

キャタピラーはその後もまたやって来て、森の別の部分も譲ってほしい、と言ってきた。金がたんまり支払われたが、ロベールがたんまり飲むだけだった。何度も続くうちに、結局ロベールのもとには、森は殆ど無くなってしまった。一方、村人は、大きな農場を耕すキャタピラーに助けられていた。彼らから野菜やバナナが、町で買うよりずっと安く買えたからだ。モーリタニア人の商人が、村に店を出すようになった。村までの道が舗装され、とても便利になった。それに何より、村人が素寒貧で困ったとき、キャタピラーは用立ててくれた。

(続く)

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