コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

「行進」の行方

2010-12-18 | Weblog
昨日(12月16日)に、アビジャンの街中でいったい何が起こったのか。夜の11時になって、バグボ政権のギリエウル内相が声明を読み上げた。いわゆる「警察側発表」である。それでも、全部で20人の死者が出たという。

「(1)アビジャンでの事態
ヨプゴン地区:2人の警官が負傷する。
アボボ地区:1人の警官が殺害される(銃創)。建物放火により、3人の軍兵士、一般人1人が焼死。3人の騒擾参加者が殺害される。
ココディ地区:ゴルフホテル付近、国軍と反乱軍の間での交戦により、兵士が2人死亡。
アジャメ地区:騒擾参加者どうしの間で互いに銃撃し、2人が死亡、8人が負傷。
トレシュビル地区:騒擾参加者が1人死亡。
(2)国内各地の事態
ボンドゥク:催涙弾がデモ参加者を直撃し、負傷。
ディボ:警官1人、憲兵隊1人が、銃撃され負傷。
(3)以上を合計して、20人の死者が出た。そのうち10人が国軍・警察側で、10人が騒擾参加者側。」

これが「主催者側発表」ではどうなるか。ところが一夜明けて、新聞を買いに人をやっても、野党系の新聞は一切売られていない。昨夜のうちに、バグボ政権によって発禁処分になっていた。唯一、中立系の新聞「ランテール」紙だけが、店に出ていた。
「死者、死者、さらに死者」
と見出しが出ている。正確な数は、聞く人ごとに違うと断りながら、アジャメ地区で3人、アボボ地区で8人、ヨプゴン地区で少なくとも1人、トレシュビル地区で3人、そしてゴルフホテル付近の交戦では、兵士が何人死んだか数えられない。記事ではそう述べている。「ランテール」紙は、記事に加えて、何人もの人が大量の血を流して倒れている、生々しい写真を掲載している。おそらく、死者の数は、ギリエウル内相が発表したよりははるかに多いのだろう。

正確な情報が乏しい中で、昨日(12月16日)に起こったことをまとめると、次のようになる。大きく分けて、二つの動きがあった。一つは、アビジャンの数ヶ所、アボボ地区、アジャメ地区、トレシュビル地区といった地区で、ウワタラ大統領の支持者たちが街に出て、「行進」を始めた。AP通信の記事を見ると、これはおそらくアボボ地区の写真であるが、ものすごい数の人々が参加している。しかし、国軍・憲兵隊は、道路を封鎖して、この人々が地区から出られないようにした。「行進」を封じ込めたのである。

その一方で、ゴルフホテルから出発したソロ首相以下の「行進」一行は、たちまち国軍・憲兵隊に阻止された。ゴルフホテルから私の公邸前に続く道のどこかで、バリケードを構築して待ち構えていたのだ。そのバリケードを排除するために、ウワタラ大統領側の軍「新勢力」の兵士たちが前に出た。そして、両者の間で交戦が始まった。その間、何が起こったのか、情報に乏しい。唯一「友愛朝報」が、「従軍記者」の記事を載せている。

「10時55分、「行進」の列はホテルから約1キロの場所で、共和国防衛隊が築いたバリケードに遭遇した。どうやって、このバリケードを乗り越えるか。誰にもいい考えはなかった。11時10分、「新勢力」軍の兵士たちが、後ろからやってきた。人々は拍手で出迎える。彼ら兵士は、実に立派な体格をして、カラシニコフ銃とロケット砲を携えていた。5分後に銃撃が始まった。カラシニコフ銃と、火砲が撃ち込まれた。時間とともに、交戦は激しさを増した。
取材していた報道関係者は、その場を立ち退くように依頼された。国連平和維持軍は、そこにいた全ての人々に、ゴルフホテルに戻るように言った。50人ほどの報道関係者は、その指示に従って、ホテルに戻った。11時35分、砲撃が止んだ。しかしその5分後、銃撃が再開された。ゴルフホテルのロビーでは、そうした銃声もものとせず、カク・ジェルベ外相ほかの閣僚たちが集まっていた。ウワタラ大統領も降りてきて、皆の大喝采を浴びた。
一人の男が、携帯電話に耳をあて、叫んでいた。何、うちの連中が民主党党本部の場所まで到達しただって。じゃあ、戦闘に勝ったのだ。この検証しようのない情報に、周囲は沸き立っている。何人かの人々は、すぐに外に出て「行進」を再開しようとした。しかし、連れ戻されてじっとしているように言われた。
13時40分、銃声はほとんど聞こえなくなった。ソロ首相の広報担当を務める、サンドゥ報道官が現れて、短時間の記者会見に応じた。共和国防衛隊に闘いを挑んだのは、ソロ首相の身辺警護の兵隊たちであったと説明された。」

こうした出来事があった時間には、私は公邸から一歩も出ずに、ただ銃撃と砲撃の、空気を割るような音を聞いていた。激しい銃撃や砲撃の応酬になって、いったい「行進」自体はどうなったのか、素手で歩き始めたソロ首相をはじめ、ウワタラ大統領や閣僚たちは、その戦闘でどうなったのか、心配をしていた。

そうしたら、夜になってソロ首相が海外放送のテレビ画面に現れた。いや、公邸の海外放送は、ケーブルテレビが遮断されてしまったので、見ることができない。別のところで海外放送を見ている担当から、そういう連絡が私のもとに届いた。ともかくも、ソロ首相が変わらずテレビに現れ、記者会見を開いたということは、いちおう無事だったのだ。

「私たちは、新しい放送局長を国営放送局に送り込むまで、「行進」を止めるつもりはありません。バグボの手下の傭兵たちが、戦車で砲撃し、カラシニコフ銃で銃撃しても、引っ込みません。」
ソロ首相は、記者たちを前にそう言った。
「明日(12月17日)も、「行進」を続けます。明日は、国営放送局と、首相府の両方に向かいます。」

初日の衝突にもかかわらず、もう一日続けるという。
「バグボの兵士たちは、私たちの「行進」を襲撃し、2人の死者と1人の重傷者を出しました。たいへん嘆かわしいことです。しかし、国営放送局を解放するのだ、という私たちの決意は何ら挫けません。バグボは、1人のコートジボワール人を殺せば、1万人の同志が立ち上がるということを、知らなければならない。私たちは、国民の皆さんに訴える。新しい放送局長を送り込み、首相府を取り戻すために、一層の動員をかけてください。」

続いてソロ首相は、意外なことを言い始めた。
「憲兵隊、警察部隊、国軍に敬意を表したい。」
たしか、バグボ政権の側の軍隊は、さきほどまで「行進」を阻む側に立ち、ウワタラ政権側の人々に銃を向けていたのではないか。
「彼らはこのたび、コートジボワール国民を銃で殺すことを拒否したのです。私は、国軍のマングー参謀総長、憲兵隊のカサラテ司令官、警察隊のムビア司令官を称賛します。」

ソロ首相は強く訴えた。
「彼らに呼び掛けたい。民主主義を守ろうとする人々と一緒に、バグボを権力から追放しようではないか。わが軍・治安部隊の共和国精神に、私たちは多大な敬意を表します。選挙で選ばれたウワタラ大統領のもとに参集してください。このアフリカにおいて、選挙を行って選ばれた大統領を就任させるために、戦車と向かい合わなければならないというのは、悲しいことです。コートジボワールに共和国政府を確立するというのが、私たちの目的なのです。この国に自由をもたらすための闘いに、コートジボワール国民よ、参集してください。」

ソロ首相は、人々を殺害したのは、バグボ大統領が支配下におく傭兵たちである、と説いている。正規軍の国軍や、憲兵隊、警察は、平和と民主主義を求めるコートジボワール国民に銃を向けるわけがない。それが共和国の正規軍が示すべき対応なのだ。私は、ソロ首相が「行進」に打って出た意味が、少しは分った気がした。バグボ大統領と、ウワタラ大統領と、どちらの側に正義があるのかを、人々や軍に判断させようとしたのだ。それも、体を張って。

しかし、「行進」を翌日も続けるというソロ首相の宣言にもかかわらず、本日(12月17日)には「行進」は行われなかった。私は公邸に留まって、ふたたび銃撃の戦闘が始まるかと待ち構えていたけれど、最後まで騒動は起こらなかった。なぜ「行進」が再開されなかったのか、まだ理由は分らない。街には誰も出ていない。公邸の前の道路には、車通りがまったく途絶えている。不気味な静けさが、一日続いた。

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1 コメント

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La mariage (Kenya)
2010-12-19 02:11:15
そうでしたか。
ソロ首相の真意は 体を張ったそういう民衆への訴えだったのですね

Incidentally, 来週予定通り 友人の結婚式出席のため 久しぶりにアビジャン入りします。
フライト予定が変わっているので、宿泊なしで2日かけて日本から早朝アビジャンに到着して その日の正午の結婚式にヨレヨレで出席・・ とならないよう、気を引き締めてゆきます。

大使や皆さんも 気をつけてお過ごしください。 

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