コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

二つの政府

2010-12-09 | Weblog
コートジボワールでのこの騒動が、日本でも報じられるようになった。そこではおおむね、選挙管理委員会の発表で当選したウワタラ大統領と、憲法院の開票結果無効によって当選したバグボ大統領と、「2人の大統領が並ぶ異常事態」という内容を報じている。そして、国連や国際社会が、ウワタラ大統領の側を支持しているという、というところも報じている。

しかし、この報道だけでは、何が問題なのか今一つ分らない。一体全体に奇妙な話になっている国がある、という内容だけだからだ。欧米のメディアは、かなり様相を異にしていて、「民主主義を踏みにじっている国がある」、ということを報道している。つまり、日本の報道は、二人の大統領という「結果」を報じている。欧米の報道は、民主主義の観点からの「過程」を報じている。

バグボ大統領と、ウワタラ大統領と、単に2人の大統領が並び立つというだけでは、この事態がどうして、国連事務総長までが声明を出して懸念を示し、そして欧米で、アフリカで、国際世論を沸騰させるようなところまで行っているか、ぴんとこない。欧米でもアフリカでも、今のコートジボワール情勢に抱く関心とは、「民主主義を守れ」、「国民の選択を尊重せよ」ということであり、それはバグボ大統領に対する怒りである。

バグボ大統領は、自分には憲法政治上の正統性があり、また、どの大統領が正統なのかは国家主権の範囲であり、国連や国際社会の口出しは内政干渉だ、と主張している。しかしながら、民主主義という点でも、憲法政治という点でも、バグボ大統領のやり方は、そうとう無理があると言わざるを得ない。

第一に、民主主義の点について、バグボ大統領は、「暴力沙汰」が多かった地域の投票結果は暴力によって民主主義が歪められているので、これを全部無効にするべきなのだ、と弁じている。ほんとうにそんな「暴力沙汰」があったのか、でっちあげだ、というふうに事実関係を論じても、水かけ論になってしまう。しかしここに一つだけ、誰にも否めない数字がある。

選挙管理委員会の発表:有効投票数4,590,219票
憲法院の発表:有効投票数3,993,209票
その差:597,010票

つまり、バグボ大統領は、約60万票の投票を無効にしたうえで、やっと当選を決めることができたのだ、ということだ。60万票といえば、全体の13%である。投票数の13%を無効にするというのは、前代未聞の選挙である。そんな選挙結果で、バグボ大統領は、民主主義的に正統であると言えるだろうか、おおいに疑わしい。

第二に、憲法政治の点である。バグボ大統領は、憲法上は憲法院が選挙結果を確定できるのであって、その手続きを通った自分が、正統な大統領であると主張している。しかし、ここにも誰にも否めない数字がある。それは、その憲法院が選挙結果を確定するのに、何日の日数をかけたのか、ということだ。憲法院が、選挙管理委員会の機能不全を理由に、自ら選挙結果を出すと言いだしてから、その憲法院の選挙結果を発表するまで、わずか1日に足りない。憲法院は、自分のところに届けられている2万枚の開票調書をもとに、選挙結果の妥当性を判断する責務がある。とてもそうした作業ができる時間ではない。つまり、憲法が想定する機能を、憲法院がちゃんと果たしていないことは明らかだ。これで憲法政治に則っていると言えるか。

私に向かって、バグボ大統領こそが憲法上は正統な大統領なのだ、それに口を出すのは怪しからん、とまくしたてる人々がいる。私は、上の2つの数字を示して、どう考えるか、と聞く。60万票を無効にする行為と、2万枚の開票調書をたった1日で調べ上げたと主張する憲法院が正常なのかという疑問である。そうすると、たいがいそういう人々は黙ってしまう。バグボ大統領のいう正統性には、かなり作為と虚偽があることは否めない。

しかし、そうした正統性の乏しいバグボ大統領ではあるけれど、少なくとも国の南半分で、国の統治機構を掌握しており、だから大統領として実効的に職務を続けている。問題は、単に「二人の大統領」が居並ぶという異常事態の話ではない。正統性がないのに権力の座に居続けるバグボ大統領に対して、国際社会も認める正統性があるウワタラ大統領が、民主主義の旗印を掲げて挑んでいるという話なのである。

さて、二人の大統領が、相次いで宣誓式を行った。バグボ大統領のもとでこれまで首相を務めていたソロ首相は、ウワタラ大統領側に移って、引き続き首相として新しい内閣を組織した(12月5日)。バグボ大統領は、これに対抗して、アケ・ンボ首相を任命する(12月6日)とともに、こちらも新しい内閣の陣容を発表した(12月7日)。つまり、二人の大統領に加えて、二人の首相、二つの政府ができあがった。主な閣僚の名前を並べると、こういうことになる。

(1)ウワタラ大統領のもとで、ソロ内閣
ソロ首相
カク・ジェルベ外相
バカヨコ内相
アウスー法務相
ディビ・コフィ財務相
アシ経済インフラ相
カマラ国民教育相
(他13閣僚)

(2)バグボ大統領のもとで、アケ・ンボ内閣
アケ・ンボ首相
ジェジェ外相
ギリエウル内相
ヤポ法務相
ダロ財務相
オブル国民教育相
ブレ・グデ青年職業訓練相
(他26閣僚)

ある国の政権に対抗して他の国で亡命政権を作る、という例はあろう。また、内戦で国が分裂し、国土領域の半分で一つの政権、もう半分で別の政権という例もあろう。しかし、二つの政権が、一つの国のおなじ場所に成立して、それぞれ自分の方が正しい政権だ、と主張しているというのは、およそ他に例がない。

そういう百科事典学的な興味はともかく、その現場にいて、しかも大使などという仕事をしている私たちにとっては、政府が二つあるというのは深刻な問題である。どちらの政府を相手にするべきか、ということだ。米国やフランスは、それぞれオバマ大統領とサルコジ大統領が、ウワタラ大統領の当選を祝福した。今後は、バグボ政権は相手にせず、ウワタラ政権を相手に仕事をしていくということだ。大統領としての正統性は、先に述べたように、明らかにウワタラ大統領にあるのだから、この立場はとてもすっきりしている。

しかし、官僚組織、司法警察権など、およそ国家機構はみな、旧来からのバグボ大統領の権威に服している。個々具体的な案件となると、バグボ大統領の政府を相手に仕事を進めざるを得ない場面が出て来るのではないか。例えば、邦人の安全などの話で、ここの警察にお願いをしなければならないかもしれない。そうすると、大使として、ウワタラ政権のバカヨコ内相に相談にでかけても、これはどうにもならない。やはり、現時点で警察を指揮している、バグボ政権のギルエウル内相に話をせざるをえないのだ。他にも、経済協力の案件など、具体的な調整が進行中である話もある。これが事務的なレベルでの作業であるうちはいいけれど、合意文書の取交わしなど、大臣を相手にしなければならないレベルになったら、どうしたらいいのだろう。

日本の外務省は、昨日(12月8日)外務報道官談話を発出し、「ウワタラ候補が選出されたという選挙結果を尊重する」という立場を打ち出した。これは、民主的に選出された大統領として、ウワタラ大統領を支持するという国際社会の立場に、歩調を合わせたものである。それでも、ウワタラ政権が唯一正統な政権であるとまで言ったわけではない。私は現地の大使として、バグボ政権との付き合い方も考えながら、現場の必要に応じて、うまく舵取りをしていかなければならない。

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